なぜ彼が私を嫌うのか、理由はわからない。
もともと彼との接触はあまりないし、彼自身が人との関わりを持とうとしないのだから、考えられる理由は限られてくる。
だと言うのに、彼の嫌悪を買っているのだ。
私が気づかないうちに、カンに触れる言動をとっていたのだろう。
彼が私を嫌っているのだろうとの推測も――ふとした拍子に気づいたことだ。
人との接触を持たない彼だったけれど、明らかに私との他の人との対応が違うのだ。
この前だって肩がぶつかったとき、一言も言葉を発しなかった。
狭い教室だ。
何かの拍子に体が衝突することだってある。
ほかのクラスの女の子が同じ状況に陥ったとき、彼は無表情だったものの「いいよ。気にしないで」と明らかに相手を気遣うそぶりを見せた。
それが決定打だった。
たった一言の、たった一つの動作だったけれど、私が彼の中では「ことさら関わりたくない人物」に入っているのだとわかった。
彼が嫌悪を外に出した行動をとったことはない。
可能な限り、私との接触を拒んでいる。
それが他人に気づかれない程度、にじみ出ていた。
嫌悪をむける相手だけが気づく程度の、本当にわずかなもの。
橋川が、言葉に、行動に出していないから、私も突き詰めて聞くこともできない。
互いにいさかいなく、平穏な学園生活を望むなら、私も橋川との接触を極力避ける必要があった。
グランドに戻ると、先導にしたがい、決められた組に整列する。
競技は男子の徒競走が終わり、女子の徒競走へとうつる。
男子のときのように、黄色い声が飛ぶことはない。
親しい友人に、「ころぶなよー!」とか「一着以外、許さん!」とか、そんなからかい半分の声援が時折混じっていた。
運動は苦手だ。
陰鬱な心は、スタート地点に立つと最長に達していた。
ずっと人の背で塞がっていた視界が急に開け、障害物のない景色が広がっている。
支持されるまま、クラウチングスタートの体勢をとり、火薬のはじける音でスタートする。
懸命に走ったものの、結果は6人中5番目。
橋川やカエのように、集中的な運動の練習量はこなしていない。
でも時々、カエと一緒に走りこみの練習をした。
……たいした成果はあがっていないけど。
あがった息を整えながら、促されるまま、順位順に並ぶ。
記録係が順位を書き留めてから、解散となる。
解散の合図を受けて、その場から少し離れた芝生の上で留まっていた。
2組あとにカエが走る。
カエは予想どおりの1着。
記録を終えると、私に気づいて側にきた。
素直な賛辞を送ると「これしか取柄ないし」とはにかみながら答える。
カエは陸上部の短距離走者だ。
「長野」
カエと話し込んでいると、不意に彼女を呼ぶ声がした。
振り向くカエに、体が強張る私。
「橋川……」
会いたくない人が――できれば見たくもない人が、カエの後ろにいた。
いつもの無表情で「先輩が呼んでる」と淡々とした口調で話している。
「なんで?」
「リレーの作戦を立て直すって」
「え? なんで?」
「土壇場で白が順番変えたんだと」
「ええ~。いいじゃん。ちょっと変わったからって、総タイムがそう変るわけないじゃない」
「文句は直接本人に言えば?」
「できるわけないでしょ。それにー。全学リレー、トリじゃない。お昼もまだなのにー」
体が強張ったまま、とにかく私は橋川が離れるのを願っていた。
……と、ほんの一瞬、橋川が私を見た。
動かした視線の先に私が存在してしまった。……と、言ったほうが正しいだろう。
身がすくむ私を、ほんのわずかに眉をよせて、何事もなかったように顔をそむける。
橋川は、文句をいいつづけるカエを置いて「用件は伝えた」とばかりに、先に歩いていく。
ぐずっていたカエも、あきらめのため息をこぼして「じゃあ……行ってくるね……」と重い足取りで歩いていった。
「気をつけてね」
離れていく橋川にほっとしながら、よろよろと歩いて「いやだ~」との心境を体全体で現しているカエに、手を振る。
最近、橋川が側にいると息が詰まる。
橋川の心情がわかるから、身の置きどころが……なんというか、足元がざわざわして気持ち悪い。
橋川が私に向ける嫌悪は、ちょっと……痛いものがある。
ため息をこぼして、私は空を見上げた。
十月上旬に行われる体育祭は、秋の気配をふんだんに含んでいて、過ごしやすい。
空は青く、空気はほどよい冷気を含んでいる。
汗ばんだ体には、吹きぬける風がここちいい。
さわりと前髪を揺らした風を感じながら、頬に触れて流れる風を感じながら、私は空を見上げたまま目を閉じた。
(……嫌われて、平気な人なんていないんだよ)
そう、胸のうちでこぼして。
小説「クチナシの庭」80 2006年11月01日
11月か……。 2006年11月01日
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