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先日、トド母入院時にお世話になった車椅子。27年前はたいそう高かった。調べたらかなり安い物も出ているのだ。時代は動いているなあなんて...これなら安心して買える。親が必要になるかもと思うとやたら目につく。車椅子に乗ったまま乗れる車も、普通に手に入れられるほど身近になった。それだけ需要も伸びたのだろうし、不自由な方が押し込められる時代から自由に出歩こうという変化が現れたのだろう。その彼、当時は 小学4年生だったような気がする。色々な子がいた。精神薄弱の子達は 重度と言われる子が多く、自閉症だったり 知的障害だったり。最初の修行時代の学校は 肢体不自由が主体だったのだが 先に書いたように 精神薄弱の子もいた。以前 書いたのだが 山下清がいた施設の子達も 当時はこの学校が管轄だった。山下清がIQ50で優秀で...という話も書いたから省略。大抵の子は 名前を呼んでも反応すら無い。彼は肢体不自由のクラスだった。脳性麻痺による四肢障害と機能障害。多少 成長に遅れもあったのだと思う。言葉を話すにも 麻痺があるので時間がかかる。同じクラスには 歩行困難で 補助具をつけただけの子たちもいて 短い休み時間の中の遊びでは その子たちがおしゃべり担当となり 彼と話す時間は無かった。楽しそうに 笑いが浮かんで ちょっと質問するうなづくくらい。だから、彼の声も記憶に無い。いつも しっかりと見つめている目が印象的だった。最近 ピッピ殿のお散歩で 見かけてはいたのだけれど 覚えていないだろうと 様子をみるだけで話しかけたことは無かった。アネマジロもかなり様変わりしてるしねぇ(笑)たまたま 通りがかりのおじさまが ピッピ殿の写真を撮らせて とおっしゃるので 撮って頂いたあとのことだった。ピッピ殿に合わせてアネマジロもしゃがんでいた。立ち上がろうと、ふと見ると 彼が昔と変わらぬ眼差しを向ける目線がぶつかった。何か言いたげに 道の真ん中で止まって 見ていたのである。近づいて話せない彼を待たずに声をかけてみた。彼の目線より低い位置にしゃがんで話を始めた。「こんにちは!」表情は固い。「○○養護で会ったよね。覚えてる?」「うん♪」(^。^)ちょっと笑ってうなづく。あ~~覚えてたんだ...スピードが違いすぎて声がかけられなかったんだなぁ...「元気?」(^。^)「仕事、行ってるの?」「うん」「どこ行ってる?作業所?」「うん、作業所」「そか、近くにあるんだね」「いくつになった?」ニャッと笑う。「言えない?」再び ニャッ。「そか、言えないくらいになったか?」「うん」(^。^)顔には、きちんと剃った髭あとがわかる。アネマジロの頭を触ろうとして 何か言いたげ。最近 暑くて 短くしたのである。「頭? 髪?」「うん」「暑いから短くしたの。ほら、同じ同じ~」アネマジロも彼の髪を指し示す。ニヤニヤ笑ってよけている。「頑張ってるね~」「うん」「君は頑張り屋さんだったものね...」「頑張ってね。またね。」うん。笑顔ではない。まだ話たかったのだろう。わかるのだけれど アネマジロも言葉が見つからなくなってしまった。以前の仲間たちに会っているか 聞きたいけれど、彼らは遠距離のスクールバス通学だった。今だって移動手段は 自分で車椅子を押しての移動手段を使っているのである。24時間テレビでトライアスロンに挑戦しているような方とは違い、一押しで少しずつ ゆっくりと進むのがやっと。夏の炎天下、座って地表に近いところを進むのは 大変なことだろう。友達と会えている確率は低い。ご両親の話にしても、彼女の話にしても同じ。辛い話だったらどうしようと考えてしまう。また 会った時にしよう。自分に言い訳をして 別れた。またっていつ??会えなかったらどうする?アネマジロ 在職中に 小学生で亡くなった子がいた。いつも 隣り合わせに死がある。アネマジロも最近じゃ同じだけれど、だからこそ 一期一会を考える。でも 今日は いいか。多分、意を決して話そうと考えたのだろう彼の心中...痛い言い訳だなあ...それでも 元気で変わらずに成長しているのを確認できて とっても嬉しい日だった。24時間テレビで 何人もの障害と戦っている方々の出演。とりわけ、筋肉が骨に変わって行く、200万人に一人という難病に侵された小学生の男の子。誰にでも 本当に優しい。きっと 生まれながらにして 天使になったんだ...先日 東大校内を歩き、何故 ここに来なかったのか 問われているような気がして仕方無かった。彼らを目にして 研究者に治療法を託すしかないのが 歯がゆい気さえする。今となっては 間に合わない。来世に持ち越し...またまた 言い訳をするしかない自分に 呆れつつ 生きるために 言い訳ばかり考えていることに気づかされた1日だった。
August 28, 2006
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アネマジロが 養護学校に勤務していたのは かれこれ25~27年前のことである。今の養護学校は 登校拒否の子もいたりして かなり様変わりしているそうだが、アネマジロが経験したのは 肢体不自由と精神薄弱の学校である。当時 県下には 21校しかなく 新しく作るというので その準備要員とされちゃったのである。ぺーぺーであるのに 一年後は一人でやらにゃ~いかんというので 頑張っていたわけである。様々な障害の人がいるのに 数も少なく、まだ専門に偏るなんて事もしきれず...肢体不自由児と精神薄弱児の保護者同士は 教育方針や方法、学校側の対応の向け先の取り合いで 色々大変だった。24時間テレビで松井選手に会いに行った彼がいたが、彼の通う桐が丘養護学校というのは当時は一番進んでいる学校だかモデル校だったと思う。県も違うのに良く名前を目にしたものだ。そのような学校が出来れば 周辺住民も色々とうるさく言って来る。自分たちが後から居住したにも関わらず 言いたい放題である。人生初仕事でしかも公務員ながら 結構 重かったのである。直接 生徒達と関わる事は 少なかったのだが 昼休みに遊んであげた子たちがいた。そのうちの一人に 今日 偶然会ったのである。
August 27, 2006
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エリア88 DVD-BOX(完全予約限定)先日 甥っ子たちと戦争の話をした と書いたら アクセス数が 約1200になっていた。カウンターがおかしいのか、関心を持つ人が増えたのか、マニアが多いのか...ヨン様や冬ソナ話は 2000件を超えたから 無い数字では無いのだけれど。近代戦争 云々徴兵制 云々...至極 一般的な知識を教えてくださった方がいらしたが...知識を披露するならご自身のhpででもすれば良いし、世間に認められたければ本でも出版されれば良い。ディベートするなら 手法を覚えてからされた方が良い。貧相な日本語では、それだけで説得力が失せて 負け惜しみや言い訳に取られてしまう。相手が何を考えての発言かを見極めなければ すでに 発言は無意味である。戦争話で良く見かけるHNで さすが というような方々は そのあたりを良く心得ておられる。その辺に転がっているhpから引っ張った知識だけでは ただの机上論であるし、井戸端の噂話と変わらない。「エリア88」これに反応するのは いくつくらいの方だろうか?アネマジロが 何気なく読んだのは 20年~30年前なんじゃなかろうか?架空の傭兵パイロット部隊のコミックだったと思う。まあ 傭兵話は 子供でもわかる時代だったのだろう。沖縄はアメリカだし、ベトナムは泥沼だったし 独立戦争も耳にしたし。アルカイダの訓練風景と同じように ベトコンの様子を撮ったドキュメンタリーも見た気がする。昔の話なので 時間が曖昧なんだけれど。たまたま 大きな波に 日本が飲まれなかっただけなんだろう。6年前の911テロのとき カラチについちゃったわけだが 実は 23歳の時に「こんなとこ 二度と来るか!」と思っていた場所だった。南回り30時間という空の旅の途中で 給油だけのために降りたらしいが 窓はブラインドを上げるな、外に出るなと。それでも 隙間から見た 我が機の周りは 軍用機だらけ...サンダーバード2号みたいな輸送機が見えたが 外にもエンジンが明らかに動いているものが何機もあった。なんて国だ!!まあ 何も考えずに旅だったアネマジロは 二度目のカラチでパキスタニの友人に 独立戦争が長引いてたなんて話を聞いた。実際は 内紛だったのかなとも思うのだけれど。じゃなきゃ民間機は止めない??外貨獲得のために 入れてたのか??まあ どちらにしても 怖い思いをしたんだけれど。海外で不自由な思いをするくらい滞在すると 自分がつくづくMADE IN JAPAN なんだと思い知らされる。愛国心とは少し違う。外国人との違いを思い知らされる。トイレ話を以前に書いたが 腰掛けると いきなり ギョッ!!お金の価値とその執着の度合い。言葉や行動の裏にある考え方。もちろん、宗教の呪縛とそれで成り立つ命や生活。理解するというには 程遠く、そういう国なんだ、人なんだ と妥協するしか 完全調和は無いように思える。もっとも これはアネマジロが日本人であり 出会った外国人は まだ知識レベルが高い人たちという条件付きである。貧困層の方々には ちょっと危険な匂いがするので 話すら出来ない。アネマジロが 10000円 を持っていたとする。国によったら 殺しちゃえ と思う人もいる額になる。20年前だと その意識はもっと凄いものだったわけだ。戦争でも政治でも ブレインとなっているのは ごくごく一部。あとは 頭の無い烏合の衆。逆に その方が組織がうまく回ることが多い。単純なイエスマンばかりなら 巨大組織でも簡単に動かせる。そのバランスが崩れた時が怖い。烏合の衆の中の天才的なマッドマンが出て別組織が動く。極端な例なら ヒットラーだが あのような人物が クーデターを起こさないと 誰が言えるだろうか。あるいは 突如 ボケてしまう(縞ボケなんていうわかりにくい症状もある)あるいは 突如 ブレインが死ぬ...この マッドマンが傭兵軍団だったとしたら??すでに 根本的価値観の違いがあるのは書いた。金が 絆なだけに 日本人のような義理人情という文化の無い人種がどう考えるのか。日本人のアネマジロには 見当もつかない。戦争のプロ?自衛隊が?警察が?実情は ???そのお話は また次の機会に。「エリア88」新谷かおる 作1979年これは赤いシャツさをが詳細を解説をして下さったので参照を。エリア88が戦争をクローズアップしておらず人間模様が面白いのだけれど 戦争ものでなく 似たような話がある。「11人いる」萩尾望都 作1976年連載開始特別な指名を果たす為に 10人が選出され 宇宙船に乗り込む。ところが 船内には 11人いる。誰が最後の一人だかわからないまま 発進...ところが 食料も燃料も空気も 10人で計算された量しかない というような 今じゃ考えにくいスタートを切る...これが やはり人間模様が面白かったように記憶している。なかなか無いとは思うが 見つけた方は 読んでみると良いと思う。いずれもコミック。調べたら楽天内にある。映画になっていたのか...DVD BOXがある。アネマジロは 初版のコミックをお勧めする。新谷さんの絵が好きらしい。最近 携帯でDLしているコミックにも 新谷さんのが混じっていた(^o^)v-~~~古本が楽天ユーブックスにある。気になった方は←ここで検索
August 22, 2006
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毎年 7月の終わりは隅田川の花火で 翌週は 我が家の近くで花火大会である。以前は窓ガラスが揺れるほどの距離だったが 今は少し離れてしまった。徒歩5分程度の距離で刻んで考えると 少しずつ時間差が生じる。たった5分 されど5分...迫力の違いは 大きい。それでも 人ごみに入る気力も失せているので 見える場所まで出る程度である。ここで またまた お祭り犬ピッピ殿が活躍。開催お知らせ花火から始まって、なんか鳴った!!鳴ってるよ~!!と 訴える。こればかりは チョンチョン バシバシ攻撃ではなく 走り回って吠えてしまう。風向きによっちゃ、ディズニーランドの花火も聞こえるからそれでもお知らせ犬になる事がある。彼女には一大事なんだろう。抱っこして出ると もう吠えない。ドン!!!って音と同時に ビョン!!て驚くのが 笑える。花火が見えると ちゃんと見てるし。色々な匂いが またたまらないんだろうねぇ...また 来年。
August 20, 2006
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真面目に たそがれた次が これか...これが アネマジロ的なので 気になさいませんように...土曜日に たどたどしい語り口調で 甥っ子弟が 電話をくれる。「ピーちゃん、ドドンカドンに来たいかなぁ?」ドドンカドン....言わずと知れた 盆踊り ピッピ殿用言語である。その前の週にも 彼らの近所であったらしいが ピッピ殿不参加。甥っ子弟は 突然 思い出してくれたらしく、親に聞く間も与えずに電話をしたらしい...まあ、すごい行動力。ピッピ殿は というと 前に書いたと思うが 部類のイベント大好き犬 なので ヘロ~ っと寝ていたはずなのに 電話に出る!と足元で正座状態である。甥っ子弟と約束をして その後から ピッピ殿のチョンチョン攻撃が開始。夕方まで 説得するのは 結構めんどいものであるが ギリギリの時間帯になると 対面位置に座って アネマジロの顔を見つめながら バシバシ状態である。人間なら 人差し指と中指を合わせた程度の面積なので 「ん??」て感じ。かくして 弟○坂アルマジロ宅を目指して ピッピ殿を抱えつつ、ゆっくりとドライブ...先代パピーと違い、車に弱いピッピ殿。それでも ブーブー大好物なんで助かるのだが 年がねぇ...心配しつつも 無事到着。会場まで お散歩を。すると、また 甥っ子弟から電話が。現在位置を伝えると しばらくして 小さい人影が タタタタと音を立てて 走って来る。いや、ほんと ちっこい...近づいて ご挨拶して 今度は道案内をしてくれる。いつもは テレリン散歩のピッピ殿も 遠くに聞こえる太鼓や音楽で ルンルン状態のうえに 大好きな甥っ子の出現で 速いハヤイ!あっという間に会場についてしまった。何をするでもなく、抱かれて眺めているだけなのだけれど ご満悦の様子。甥っ子達の知り合いのお母さんに抱っこしてもらうと 野球観戦状態である。最後まで参加して また帰路をゆっくりドライブ。戻ると いつもの要求無しのわんこご飯一気喰いで あっという間に 爆睡である。翌日...おかしいのか??生きてるか??と思うほどに眠りこけている。最終日の ドドンカドン があるけれど...行くのか どうか 聞いてみる。耳 動く...体制変わらず...つまりは 悩みながらも シカト のご様子。よほどお疲れなのね...今年は 終わる...あと 何回の ドドンカドンに行けるのだろう??これが 最後にならない事を祈りつつ....甥っ子弟も 甥っ子兄にかばわれるように 子供たちの好奇の仕打ちから ピッピ殿をしっかりガードしてくれる。立派な紳士である。自分が守るべき 弱い存在。生まれた時にはピッピ殿が君を守ったよ。良い関係であります^^
August 20, 2006
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トド母は 新品の治療器を持参して 無事退院しました。毎日 頑張って着けて寝ています。どんな仕様かというと トップガンのごときマスク(鼻だけ)にホースもついて 戦闘体制(^^ゞいびきと言えば 口が開いちゃいますから 開かないようにベルトをかけて...おかげで周囲は めちゃ静か♪圧力のかかった空気を押し込まれるトド母は、それで寝られないかというと 寝ています...これで安心! と思いきや 呼吸が止まっていても深い睡眠を取れていたので「眠れない」 と曰う(ρ_-)oま、いいやね♪入院中に 甥っ子達が来てくれまして お昼を食べながら 色々な話をしました。「おばちゃん、日本は戦争になるかなぁ」「なるかもしれないねぇ。今も戦争してるとこがあるし」「え~ じゃ 俺たち 殺されちゃうよ~」「殺されるなら まだいいよ。 殺しに行かなきゃならないんだよ」「。。。。(絶句)」小5の彼には 自分が駆り出されるなどとは 思いもしなかった事なのでしょう。「来る時に黒い変な車が通って...」どうやら右翼の方々に遭遇したらしく、日本人にも色々な考え方の人がいるんだよと解説。だから 戦争にならないように みんなで頑張るんだよ...云々「アインシュタインも原爆を発明しちゃって一生後悔していたから」正確には原理を発見したのだったかな...「アインシュタインが!?(絶句)」相対性理論なんかのテレビ番組で名前は知っているらしい。「アインシュタインだって、戦争に使われるとは考えていなたかったんだよ。平和利用して欲しかったんだから。」詳細は、ま、いいよね。話変わって「このあたりでも銅像が溶けてるんでしょ?」「あ~あるよ。そこの緑の中に西郷さんがあるから 見て帰れば?」子供たちも疲れているから と連れて行ってもらえなかったようですが...疲れているのは 大人なんだろうなぁ...行きたがっている時が 一番いいチャンスなのに。「テポドンはどうなるの?」「今 お休み中だね~」随分と 色々 考えるようになったものです。それでも アネマジロがこの年の頃は もっと色々だったかな??1970代は 本当に色々ありましたからね。トド母の病室では 東大の生協に行く話を持ちかけてみました。安田講堂の下にあるそうで 東大のマーク入りのTシャツやらグッズがあるそうな。Harman君からも頼まれたので アネマジロは参りますが...「安田講堂に 行ってみる?」「何 それ?」「三島由紀夫が 立てこもって 割腹自殺した所」「え~~!!」正確には微妙に違うかもだけど ま いいか。彼らには まだ 三島由紀夫が何者なのか わからないし...学生運動の話もわからんだろうし。ツマジロは アネマジロより半年 年上なんですが 海外にいたこともあり 知らない模様。真剣に考えるようになるには まだ時間がかかるかな...甥っ子弟は 父 弟○坂アルマジロに似て ひょろっとして、まだちっちゃくて...小1の彼は「テポドンはど~した!?」おっ??知ってるの。すごいね~今はお休み中...教える以前に感心を持ってくれるのが先ですよね。彼らには どんな日だったのだろうか。
August 17, 2006
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眼下には 上野不忍池の蓮池が広がり、上野の小山が見えます。 その先には 浅草の アサヒビールの社屋が見えます。 トーチを模して作られた炎が消防法に違反するとかで 横にされちゃって 通称うん○ビル。 中央に光るのが そのビルです。 その隣がビアジョッキを模したビル。 アサヒビール本社があります。 東大病院へは 上野とお茶の水からのバスがあるのですが、アネマジロは お茶の水から。 行きは ニコライ堂がある千葉寄りの橋 聖橋の上にバス停あり。 15日今日は その手前で止められました。 撮影とか。 船越英一郎と的場浩二の脇をすり抜けて乗りましたよ。
August 15, 2006
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すっかり 途絶えてしまっているのですが 仕事関係がゴタついていたり、種々雑多でして(^^ゞトド母が昨日より入院中。とはいえ、検査入院で 明日には退院です。7月から東京大学附属病院に行き始めて 2つの科にかかっているのですが 無呼吸症候群の方が大詰め。今 一番良いとされる眠る時に機械を付けて圧力をかけた空気で呼吸を確保するというもの。初診日から(というより診療申込みから)1.5ヶ月でここまで来るとは...通常は 初診日が申込みから2ヶ月かかるというのに 奇跡です。昨夜は 検査機器を着けられ サイボーグのようだったらしいのですが おかげで状態がハッキリしました。睡眠時の呼吸の状態、脳波、血中酸素濃度など...中等度から重度に移行する程度でした。呼吸の約1/4が無呼吸、1/4が不完全なもの。無呼吸の最長時間が42秒!酸素濃度は 90%以下。但し、睡眠は深い時間が長い!この状況でも深い眠りがある!(゜゜;流石 トド母!本日は 治療用の機材を着けて プレッシャーを調べながら眠っています。明日はこの機械持参で戻ります。呼吸の状態により自動的に圧力が変わる優れもので大きさはゲームキューブより小さい。ようやく 20年もかかってようやく入り口。先は長いです。入院手続き中に身長.体重を計ったら ナント!トド母、8cm縮む!ようやく 自分の体重の凄さがわかった様子。杜仲茶で 痩せるつもりのようです。早く聞く耳があったら こんな事にならなくても良かったのに。それでも、今日はご機嫌で 早く来れば良かったと言っております。機材は 帝人が提供したものを病院から借りるそうで、その費用は4,000円(健康保険がきくらしい) 気になる方は 診察した方が良いですよ。ただ、今回の2泊3日の入院...睡眠時の検査がメインなので 個室です。差額ベッド代が16,800円/日 !!!痛い!これに治療費がプラス。高額療養費適用とはいえ、きつい!それでも、以前は1週間の入院だったそうです。部屋には ウォシュレット付トイレと シャワー。薄型テレビでネットもでき、電話も使えます。(使用料はかかりますが)簡易な応接セットがあり、夜景も綺麗♪こんな良い環境の入院は 二度とはさせられません。でも 皆で旅行に行けるよね~ と貧乏症丸出しでトド母と悔しがったアネマジロでした。
August 15, 2006
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