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2006年11月19日
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テーマ: 鉄道雑談(1639)
カテゴリ: 旅行記
【鹿島鉄道】 乗車区間 石岡~鉾田  2006年8月26日乗車

鹿島鉄道の路線は常磐線の石岡駅から鉾田まで営業キロ27.2kmの非電化路線である。元々は関東鉄道の一路線だったが、赤字線の為に経営分離して別会社となった。現在でも、関東鉄道グループの一社で100%子会社となっている。最近まで、関東鉄道からの支援を受けて、経営を続けてきたが、関東鉄道の経営が厳しくなった事が原因で、支援を打ち切られる事が確定した。更に、沿線自治体からの支援継続も怪しくなり、今年3月末に来年(2007年)3月末日で廃止する旨を、国土交通省に提出した。
航空自衛隊百里基地への航空燃料輸送も2002年3月末で廃止され、更に旅客数も年々減少している事が廃止を決定づけたようだ。(神岡鉄道と違い、貨物輸送の売上は全体の25%程度で、2000年から急激に減少してしたので、これが致命傷となった訳でもなさそうだ。)

現在、沿線の中学・高校生を中心に『かしてつ応援団』を立ち上げ、存続運動を展開している。また沿線自治体も、今年10月までに第3セクター化を含めて検討していたが、現在は結論を先送りにしているらしい。

石岡駅にて 元加越線のキハ430系(左)と元国鉄のキハ600系

朝食を駅前のコーヒーショップで済ましてJR石岡駅と跨線橋で結ばれた鹿島鉄道のホームへ向った。跨線橋を降りた所に改札があるのだが、列車が到着していない為なのか、係員はいない。
ホームや停車中の車輌を被写体にして、撮影をしているとやがて、鉾田から折り返しの列車が到着した。そして中から車掌と思しき方が改札に立ち、切符を販売し始める。乗車当日は休日だった事もあり、一日フリーきっぷを購入した。終点鉾田まで片道1080円なのだが、このきっぷは乗り降り自由で1100円。ほぼ半額で往復できることになる。

鹿島鉄道の石岡駅は島式ホームの形態をしているが、現在は片側のみ使用されている。百里基地への航空燃料輸送があった時代には、JRとの連絡線や貨車の留置線がJR側のホームとの間にあったのだろうが、現在はレールも剥がされ、砂利のみとなった空間が虚しく広がっている。

石岡駅を出発すると、常磐線と別れて左に進路をとる。線路の右側には住宅が続くが、左側には緑が多く残っている。程なく場内信号機が現れて、石岡南台駅に到着する。列車交換が可能な駅なのだが、かつて貨物輸送が行なわれていた為に有効長が長くとられている。今では無用の長物と化してしまっているが・・・


購入した切符類 やはり石岡南台と東田中駅の乗車人数が多い為か、専用の車補が用意されている。

この駅から先は、一気に風景が閑散としてゆく。周りは住宅が少なくなり、木々が線路の両側に覆う様に茂っている。ほぼ直線の線路を進み玉里駅に到着する。この駅も列車交換が可能な駅なのだが、駅の周りには人家は少なく、工場らしき建物があるだけだ。駅を出ても風景はそれ程変化を見せない。速度も上がらずに500m程進むと新高浜駅に到着する。
駅を出て、国道沿いに進むが、ますます住宅が見あたらなくなる。やがて駅の周りが整地されて広くなっている四箇村駅に到着する。やはり駅間は1kmも無いと思われ、新高浜駅同様に本線上にホームがあるだけの無人駅だった。
駅を出発すると、切り通しの様な所を走る。両側には木々が茂り、小さな林に入り込んだ様な車窓となる。やがて周りの風景は藪と水田となって、さらにしばらく進むと両側に水田が広がるようになる。

四箇村駅~常陸小川駅間 藪と水田が多い

沿線に住宅が現れ始めると、常陸小川駅に到着する。この駅も列車交換が出来る構造なのだが、対向式ホームの反対側にも側線を持っている。その側線には錆が浮き出た『ホキ』車が2両留置されているのだが、まるで廃車体の様な感じだ。(実際に廃車体なのかもしれないが・・・)
この駅には、昔の貨物ホーム跡の側線が残っていて、そこには昔使われていたDLが残されている。今後、鹿島鉄道が廃止となった場合、どの様になるのか心配だ。
この駅で対向列車と交換する。

常陸小川駅を出ると、水田の中を走る事になる。鹿島鉄道に乗ってから、初めて川らしい所を橋梁で渡ると小川高校下駅に到着する。これまた、駅間が1kmなさそうな近さだ。周囲には蓮根の葉が茂る畑も見受けられて、流石に日本一の産地である事を実感する。駅を出でも風景はそれ程変化しない。唯一、次の駅まで距離があるのと、列車の速度が速くなった事くらいが違いだろうか?
線路の両側には開けた土地が広がり、ただ水田と畑が連なるばかりだが、やがて進行方向右側に大きな水面が現れる。最初は川なのかと思ったのだが、余りにも幅がある事に気が付き、ようやくこの水面は霞ヶ浦の一部なのだと理解する事が出来た。

小川高校下駅~桃浦駅間 右の水面が霞ヶ浦


桃浦駅を出発すると、周囲はまた前の風景に戻る。水田の中を淡々と進むが、やがて築堤が現れて丘を登って行くと、いきなり林の中に入り込む。
当然、住宅などあるわけも無く、何でこんなところに駅があるのかと思えるような場所に、八木蒔駅がある。
駅を出ると、しばらくは林の中を走る事になるのだが、やがてまたも水田の中を走る事になる。霞ヶ浦も奥に見える程に水田のみが続き、見晴らしが良い。その風景が続く中、浜駅に到着する。この駅のホーム奥には、キイロコスモスと思わしき綺麗な花が、沢山咲いていた。浜駅を出発すると、しばらくは相変わらず水田の中を走るが、やがて左に大きくカーブを描いて、霞ヶ浦を後にする。
林の中に入り込むが、線路両側の雑草は綺麗になっていた。その為なのか、それ程の圧迫感を感じない。
林を抜けると、両側には水田が広がり、程なく玉造町駅に到着する。島式ホームを持ったこの駅は、列車交換が可能な駅で、更に昔は貨物ホームだったのであろう、倉庫付きのホームが残っている。何に使っているのか不明だが、貨物ホームには線路もそのまま残されており、転轍器も健在だった。この駅で再度列車交換をした後、出発。



玉造町駅を出発した列車は、しばらくの間、田畑や点在する人家の間を走るが、やがて木々が多く茂る場所に入り込む。進行方向右側は丘と林となり、左側にのみ人家が点在する。その内に切り通し区間に入り、車窓の両側に木々が茂る中を走る事になる。この区間も、下草が刈られていて、軌道の整備に関しては良く行なっている様な感じがした。林の様な区間を抜けると、少し開けた所に出るが、この区間には新しいバラストも散布されており、今後、本当に廃線になる線なのかと思わず思ってしまう。この区間は駅間が長く、感覚的にはこの路線中で一番長い区間となっている様だ。
右側に続く防風林らしき木々が途切れると、やがて榎本駅に到着する。

この駅では2002年まで、航空自衛隊百里基地への航空燃料輸送が行なわれていたのだが、それも現在はない。しかし駅構内の側線はそのまま残されている様で、錆びたレールが敷かれたままとなっている。側線以外にも無駄な空間が広がっている事から、昔はもっと側線の本数が多かったのだろうか? それとも、貨物ホームでもあったのだろうか?

榎本駅に到着 側線が残されている。

榎本駅を出ると、周りは畑が広がる。人家もあまり見当たらない中を進む。ほぼ直線の線路を走ると、畑の中に借宿前駅のホームが現れる。駅を出発すると両側は藪が広がっているが、先に進むに従って、線路の両側の草木が線路に覆いかぶさる様になってくる。先程までの整備された線路脇の感じからは全く想像できない状態で、たまに木の枝が車体に当たる音も聞こえてくる。
この落差はなんだ?と思っていると、列車がスピードを落とし始めたので前方を確認すると、保線を行なっている人達が草を刈っていた。たまたま、この区間では整備が行なわれていないという事だった様だ。そうとは言っても、レールの間には草が生い茂っていて、今までの区間とは、何となく違う様な感じがする。そういえば、榎本駅からの先の枕木がPCから木になっている様な・・・

少し周りが開けてくると、巴川駅に到着する。この駅も列車交換が可能な駅だ。貨物輸送は、かなり前に終了しているはずだが、構内の有効長は長いままで、2両程度分のホームしか用意されていない姿がアンバランスである。
駅を出ると、すぐに川を渡る。線路の左側には住宅がそれなりに存在していて、今までの雰囲気とは少し違っている。住宅が多くなり左カーブを曲がると、また林の様な所に入り込み、坂戸駅に到着する。この駅も林の中に存在する様な感じで、周囲には人家は見えない。わざわざこんな所に駅を造るのはなぜなのだろうか?
列車は駅を出ると、また平地に戻る。周りには荒れた畑と水田が広がる風景が現れ、やがて大きくカーブしながら、終点である鉾田駅に到着する。

鉾田駅前

鉾田駅の構内は不思議な構造となっていて、基本的には1線折り返しとなるのだが、ホームより石岡側に待避線らしき側線を持っている。レールは錆びているので、毎日使われているとは思われないが、奥には出発信号機と思われる物があり、信号機自体は赤を現示しているので、まだ現役なのだろう。駅に進入する際の場内信号機も2基あったので、何かの際(臨時列車の運転等)には使用しているのかもしれない。
簡易的な信号所として運用されているのだろうか?
そうであれば、結果的に列車交換が出来そうだ。但し、ポイントは両方とも手動転換のもので、この線を使う場合は分岐器付近に係員を置く必要があるだろう。いずれにせよ、その正式な用途は不明だ・・・。

始めにも書いたのだが、現在、路線の存続活動が続いている。『カシテツを救え!』と書かれたのぼりも多く見られる。以前の桃花台新交通とは大きく違い、沿線住民も関心が有る様で、ある意味、救われた思いがした。(見捨てられた時点で、存続の可能性はゼロだから・・・)

鉄道ファンの一人として、なんとか存続が決定される事を祈っている。





おわり



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Last updated  2006年11月20日 00時59分41秒
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