2009/03/18
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カテゴリ: 古代史系の妄想

こんにちは

古代史妄想コーナーへようこそ

 最近、ブログ上を天智天皇=新羅武烈王(金春秋)説がにぎわしていますが、とすると大友皇子は新羅王子?という妄想が当然頭をよぎります。

あまり大友皇子=新羅王子を言及した説をみかけないので、大友皇子は天智天皇の皇子ではないのではないか?との疑惑ももっていました。

以前このブログで大友皇子墓と最有力視される滋賀の園城寺(三井寺)に新羅明神が鎮座するので、大友が新羅人だからの鎮魂であると言及しました。

断片的には蓋然性のある意見だと自分でも思いますが、弱点もあります。

天智天皇死後、近江朝における大友皇子(通説では即位して弘文天皇)の側近は百済亡命人が主流で、倭の残党蘇我氏も多いからです。

壬申の乱では、大海人皇子が蘇我氏を取り込んで勝利したようなものですが・・・・・

つまり近江朝廷には新羅色がないのが弱点です。

想像をたくましくすると、母国新羅を追われた父子が異国の地「倭国」 で「日本国」と建国したが、わずか数年で倭国の残党に破れ去った・・・・とすればかなりドラマチックな小説が書けるかもしれません。






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Last updated  2009/03/19 02:22:33 PMコメント(0) | コメントを書く


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