2009/03/29
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カテゴリ: 古代史系の妄想


あくまでも妄想ですから、賛否両論しかるべきで
反対ご意見をもらってよりよいものにしていきたいですし、
ごらんになった方の知的満足のたしになればと思っています。

タイトルの天智・大友 神仏ですが、
この親子は神道派ではないかと思われますが、
支配者は日本人=神道でも、被支配者層の倭国民の宗教は仏教ですから、
天智天皇も数々のお寺を建立してます。
大友皇子は神仏どちらかであったかは不明確です。


供養ということになると、斉明天皇の観世音寺とかやはりお寺になります。
なぜ神社ではだめなのでしょう?
偉人は死ぬと神になるという思想は後世のものだからでしょうか?

斉明・天智の血縁関係を疑う要因のひとつとして、神道の天智が仏教の斉明の怨霊を恐れて相手側の宗教に合わせたと聞きます。

大友は敗者でした。
斉明もある意味敗者です。
敗者の怨霊を恐れてお寺で供養するのが普通だったのでしょうか?

本当は与多王は新羅明神にて供養したかったのではないでしょうか?
そのカムフラージュもしくは持統天皇の顔色をうかがいながら三井寺を建立したのでしょう。

確かに世渡り上手な葛野王と比較すると、与多王は不器用で実直な好感をを持てる人物に映ります。

ところで、このところマイブームになっている倭姫王と古人の謎を少しずつほぐしていきたいと思います。







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Last updated  2009/03/29 05:45:31 PMコメント(0) | コメントを書く


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