2012/07/30
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カテゴリ: 古代史系の妄想
昨日の仮説のつづきです。
結論からいうと、天智孫はお妃のほうです!!
大炊王の母親・当麻山背のほうが天智天皇の孫ではないか?
としました。
舎人妃の当麻山背こそ天智孫ではないかと推測します。
当麻山背の父当麻老は上総の守です。
大友皇子落人伝説が木更津市に残っています。
藤原鎌足娘、耳百刀自は大友皇子とともに上総にのがれたと伝えられます。
大友皇子が実際上総に落ち延びたかどうかはともかく、耳百刀自は落ち延びた可能性はあります。
娘の壱志姫王が生まれたらしいですが、その後の消息が不明です。
この 壱志姫王を上総の守当麻老が養女にしたらつじつまが合います。
天智系の姫が欲しかった舎人のニーズにも合致します。
つまり大友皇子の血統だと天武朝ではつらいので、当麻氏姫にして、せっかくの天智孫の
血統を舎人がいただいたとすれば、
1.舎人親王が即位できなかった謎。
2.淳仁天皇が即位できた謎。
ひいては
3.光仁天皇が即位できた謎まで一気に説明できるのです。
私の妄想の中では、壬申の乱後、天武(大海人皇子)は大友皇子にこう伝えたのです。
「新羅へ帰れ」と
そしてこう付け加えました。
「弟たち、子供たちのことは心配するな。俺の子孫では日本国王として豪族の支持は得られない。お前の弟か子の子孫が天皇でないと、唐も新羅も納得しない。今のお前では、日本国を統べることはできない。」
素直に言うことを聞いた大友は新羅で文武王になります。
その後、日本と新羅との間で、戦争がおきていないのはそのためです。





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Last updated  2012/08/02 10:21:19 PMコメント(0) | コメントを書く


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