♪らんどくつんどく♪

2003.02.01
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加藤繁美著・小学館

 子育て本を読んでいると最近は「子どもの時代にしっかり甘えさせてやろう。それが子どもの自信になる」というものが多く、一方で「なんでもかんでも子どものいいなりはだめ。子どもが勘違いする」と、その傾向をたしなめる内容のものとがあります。
 いったいどっちなんだあ!と、現役子育て真っ最中の親たちは悩んでしまう。(そもそも本を読んでその通りにするっていうのが間違ってるのかもしれないのだけど、いろいろ悩みが出てくるとアドバイスが欲しくなるもの)
 この本は見た目、その辺の子育て本と変わらないのですが。読んでびっくり。そうした迷いに道筋をつけてくれる貴重な本です。

 自分勝手でわがままな振る舞いをしたり、何かできないとパニックを起こす子どもが増えていること。「超わがままタイプ」と「超おりこうさんタイプ」と。前者は「子どもの自主性にまかす」といいながら放置・放任をした場合、後者は子どもの人生のためにという名目で早期教育など過剰に干渉した場合に多い。いずれも「荒れた行動」を起こす子どもたちは、発達段階で自己形成が上手にできないまま来てしまい、「大人たちの価値観と自分の中に育ってきた要求との間で」右往左往しているのだと、著者は指摘しています。

 じゃあそれを「しつけの欠如」といってしまっていいのか。地域社会が親とともに子育てに関わっていた時代から、母親の子育ての結果としての子どもというプレッシャーのかかる時代への変化。そして、学校化社会(学校という価値によって人間の幸福までも決定されてしまう社会)に育った今の親たちは、子どもが育つ道筋や大人の関わり方を伝えられずにきたため、学校的価値にしがみついて子育てするしかない。著者はそれら社会の変化事体が子育てを難しくしているといいます。

 子どもはどうやって自己形成をしていくのか。本書では子どもの発達段階に応じてその過程を示しています。子どもは1歳半から3歳のころに「第二の自我」が生まれてくる。第二の自我というのは自己主張としての自我に対して「社会に適応する知性としての自我」。この二つの世界を対話させる力が育ってくるのが4歳半をすぎたころ。「こうしたい、でも今はこうしたほうがいい」と、自己決定する力をつけていく過程が「自分づくり」なのだといいます。著者の言い方ではこの自己内対話能力は「一生の財産」。

 こうした自己内対話能力がうまく育っていないのが「荒れ」の原因。この時期に親はどう対応すればいいのか。そこで、最初にあげた子どもの要求の受け止め方をどうするかという問題がでてきます。著者は第一の原則として「子どもの自我を受け止めては切り返す。受け止めては意味づける」という関係を根気よく続けていくこと、をあげています。このキャッチボールの心地よさ、大人から返された言葉が子どものなかに「第二の自我」として刻まれていく。「受け止める」と「受け流す」は違う。(受け流すというのは「いやならいいよ。ほしければ買えばいいよ」と子どもの自我に大人が振りまわされる関係)この受け止めるというのがムズカシイ。


 こうした日ごろの何気ないやりとりこそが、自分作りの基本になるということに気がついていなかった。驚きと恐ろしさが今更ながらこみあげてきます。

 著者は子どもとつきあうのは面白いんだよ、もっと子どもの言葉に耳を傾けようよ、と呼びかけています。だれでも経験する子どものちょっとしたいい間違いや、突拍子もない発想。自分なりに意味づけをしようと「哲学する」子どもたちの言葉。そのオモシロさに気がついて、というのが題名の意味になっているようです。 





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Last updated  2003.02.03 02:59:44


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