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ここ数年、ふだん使いの まな板は、100均商品を使っています。魚をおろしたり、玉ねぎを刻んだりするときは大きなまな板を使うのですが、ふだん、野菜を切ったり なんだり・・でちょちょっと使うための、小さい まな板。いままで、あれこれ ちょっと お高めのものも使ってきましたが、いろいろ 思うところあり、安いのを こまめに交換した方が衛生的だなーと 思うように、なりまして。とはいえ、なかなか 「捨てられない」私は、100均商品とはいえ、もったいなくて結構 いつまでも、未練がましく 使い続けているし。おまけに、思い切って 買い替えても、「これ、ナンカに使えるかも?」とさらに いつまでも、台所の隅に 残しておくし。相変わらずでございます。さて、ここ2~3回は、薄ーいプラスティックのまな板を使っていたんですけど、今回は、桧のまな板にしてみました。ほんとかどうか わからないけれど、桧で、30×19センチ(つまり、そこそこの大きさ)で、100円ですよ、100円。(正確には 110円だけど。)それでも、買うときは、ちょっと 迷いました。たしか、プラスティックにする前にも木のまな板、使っていたんだよな。だけど、なんか 問題があって、プラスティックにしたんだったよな。だけど、だけど、その問題がなんだったのか、思い出せない。中国製なのは ちょっと 気になったものの、まぁ、食品に影響を与えるほどではないだろう、と、とりあえず 使ってみることにしました。そしたら、なんとまぁ、音がイイ!キャベツを 千切りするときにも、トントントントンと、包丁の当たる音がとっても 耳に心地いいのです。ああ、本音を言えば、この音を、寝床で まどろみながら、聴いてたいのだが・・・(笑)包丁の当たりも、なんとなく 優しくてね、なにかを刻むの、もともと 好きな作業ではあるのですが、これまで以上に 気分よく 刻めるもんだから、千切りキャベツやコールスローの出番が増えたほど。ああ、天然素材って、やっぱり、なんか、説明できない 良さがあるんだなー。ちなみに、これまで使っていた プラスティックのまな板、一度は プラゴミの袋に入れたのですが、その10分後には「あ、これ、ちょうどいいじゃん!」という使い方が 見つかり、すぐさま 救出。現在は 脱衣所にて、第2のまな板生を過ごしています(謎)なんかね、くだらなくても、こういう「捨てなかった」成功体験が ちょくちょく あるもんだからよけいに、なかなか 捨てられないんだよね。いいのだ。「迷ったら、捨てない!」で、いいのだ。いつか、あっさりと、「あ、もう、いいや。捨てよ」という日がやってくるから。・・・たとえ それが 30年後だったとしても。← 生きてないよ。ありがとうございます。
2021.08.29
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5月に 冷蔵庫へお引越しをした、糠床。甕から、魔法のバケツ(角・小)に 移し替え、冷蔵庫の一角に おさめましたが、これが、なかなか 良い感じです。(正式名称は、「いきいきBOX」)なんといっても、3~4日 混ぜないでおいても、大丈夫!なのが、良い。その分、漬かるまでの時間が長くかかりますが、もともと、私は 浅漬け気味の方が好きだから。(父が古漬けが好きだったから、なんか 引っ張られてた。)食べてみて、「もうちょっと漬けておいても 良かったかな」という具合でも、十分 美味しいんです。毎日 毎食 食べているわけではなく、気が向いたときに、漬けてあるものを 糠床から 取り出して、代わりに 新しいキュウリやら ミョウガやらを突っ込んでおく、そして また数日後、取り出す・・・というサイクルなんですが、食べるたび、たいてい 私の好みの漬かり具合になっていて、つくづく、あぁ、美味しいな、と。実家へ行くときには、たいてい母の朝ごはん用のおにぎりを つくっていくので、糠漬けも 一緒に出すと、いつも「うわぁ、糠漬けなんて、久しぶり」と 喜んでくれます。私自身も、トシをとるごとに、漬物を 美味しく感じるようになってきた。きっと、カラダが 欲しているのでしょうね。なんか、若い頃は(というか、つい最近まで)「毎日、混ぜて、手をかけてこその、糠床!」なんて、思っていたけれど。糠漬けが好き、というよりは、そういうめんどくさいことやってるわたしが好き、だったんだろうな。あはは。容器も、冷蔵庫に入れる以上、しかたなく小さなサイズにしました。だけど、冷蔵庫に入れている限りは、手を入れて 大きく混ぜる必要もなし(野菜を突っ込むついでに 指でチョロっと混ぜれば OK)そんなに たくさん 漬けるわけでもなし、かえって、取り回しが楽になって、いいことだらけ。もっと早く、冷蔵庫を活用していれば よかったです。ありがとうございます。
2021.08.28
実家へと向かう道の途中。長い間 工事中だった場所に、いつのまにか、 コンクリート屋さん?の新しい施設が 完成していて、入口には 大きなディスプレイが 設置されていました。車で その前を通った ほんの一瞬の間にチラ見しただけなのですが、そのディスプレイに 流れていたのは・・・「おはようございます。今日も良い一日にしましょうね。」という文字。それを目にしたとき、なぜだろう、私の中を 爽やかな風が通り抜けていったような、そんな感じがしました。多くの車が通るであろう、朝の その時間帯に、会社の広告・宣伝となる文言・映像を流すのではなく、「良い一日にしましょうね」と呼びかけている。しかも、一瞬で通り過ぎてゆく、単なる 通りすがりのひとびとに、向けて。たぶん 数多く用意されているであろう 表示例の中からこのメッセージを選んだ、そのひとは、ものすごく キレイな心の持ち主なんだろうな。なんか、うまく言えないけれども、そのとき 私は、そのメッセージによって自分の心まで洗われたかのように、 感じたのでした。私だったら・・・同じような意味でも、「良い一日になりますように」というような表現を 選んでしまうようにも 思います。けれども、このメッセージは、今日という日を「自分が」良い一日にすることを、軽やかに、さりげなく、けれども きっぱりと宣言しているのです。わずか一瞬のことながら、私の中のどこかが ぐっと 引っ張られたのは、その部分だったのかもしれません。いままで なにげなく やり過ごしていた・・・けれども とても大切な視点を、思い出させてもらったような気がしています。ありがとうございます。
2021.08.26
グゥーグゥルー ホッホホー(ファーミ ラッララー)鳩の優しい声が、やけに近くから聴こえてきます。も、もしや・・?と、カーテンの隙間から こっそり 外を見てみると、ベランダの向こうの、あの電信柱の あの場所に鳩が座り込んでいました。小さくて、柄のキレイな・・・たぶん、あの べっぴん鳩さんだ!避難から、ほぼ1ヶ月。あの後、この地域では たいしたことはなかったものの、台風やら大雨やらありましたのでね。避難してくれて、よかった。どこかで元気に 子育てしていてくれたらいいな、と 思っていたんですけど。もしかして、また ココに巣をつくろうとしている?うーむむむ。たしかに、小枝の残骸は、まだ残っています。ここから再構築するのが 手っ取り早いのも、わかります。この電信柱は なかなかの人気物件らしくて先日は カラスも、チラッと下見に来ていましたが、カラス界では「あそこは、あかん」という事故物件扱いになっているらしく、ご成約には至らなかった模様。もちろん、巣をつくり始めたら、いつものように「ココは、やめとけ!」と 全力で説得しますけどね。それしても、あの べっぴん鳩さん、前の卵は どうしたんだろう。なんらかの事情で ダメになってしまって、また新しい巣をつくりに来たのかな。そもそも、鳩って、そんなに短期間に ぽんぽん卵を産めるものなの・・??実は、さきほど 外を覗いたとき、こちら側を向いて座っていた鳩さんと、バッチリ 目が合ってしまったのです。私は すぐに 引っ込み、べっぴんさんは、その後も しばらく そこに座って心地よい声で鳴いていましたが、数分後、パタパタと 飛び立っていきました。せっかく巣をつくって 子育てを始めても、また誰かに通報されて 途中で 撤去されてしまう可能性が高いのだから。あの場所での巣作りは やめさせることが、なんといっても 鳩さんのために、良いのですけどね。あの べっぴん鳩さんが また来てくれてちょっと嬉しく思ってしまっているのも、事実。いや、いや、いかん。悲しい想いをさせないためにも、断固として巣作りは阻止せねば。あっちに こっちに、心ざわめく夏の終わりです。・・・まだまだ残暑厳しいけれど。ありがとうございます。
2021.08.24
今日8月21日は、「献血の日」だそうです。常日頃、献血に関して 思っていることがあるのですが・・・(スタッフさんにも 直接 何度も 言っているし、たぶん、このブログのどこかで、前にも書いていると思う)献血に対して積極的ではない人々に「献血してください!」と呼びかけるよりも、献血大好き、もっとしたい!という層の 年間献血可能量を増やせばいいのに。私は、諸事情により、もう全血献血しかできないので年に2回、年間800mlまでしか 献血できません。(成分献血は、受付の時点で、アチラから断られる。)この基準を定めた時代と現代とでは体格や栄養状態なども異なるでしょうから、1人当たりの年間採血量(つまり、回数)を増やしても問題ないのでは?と、思うのです。たかが400ml 抜いたくらいで、回復するまでに半年もかからないでしょ。どうせ事前に検査をするのだし、量や回数は 各自選べるのだから、最大可能量だけを大幅にアップして、その中で、検査を通った人だけが 基準に適合した量を 提供すれば良いだけなんだもん。少量を大勢から かき集めるよりも、ある程度安全だとわかっている1人から たくさん採った方が、血液を必要としている人のためにも良いでしょうし。献血可能量を増やすデメリットって、あるのかな。たまに、献血ルームの受付で、体重が少なくて200mlを希望する女性が「本日の200mlは終了しました」と告げられて残念そうに帰っていく姿を、見かけます。(私の体重、20キロくらい、分けてあげたくなる。)200mlよりも400mlを、という理由は わかるので、ならば よけいに、献血可能量を増やして、採られたいひとから 採ればいいのにさ。私が献血を始めたのは、献血バスが主流だった時代。献血をしたところで、200mlパックのジュースを1本もらえるだけでしたが、それで 十分でした。いまは、献血ルームのサービスが 過剰なほど充実しています。裏を返せば、そうでもしないと 献血志願者が集まらないのかもしれないけれど。それだって、「献血大好き」な人々を ターゲットに絞れば、そんなもんなくても 好き好んで 献血に来るのだから、お菓子やら飲料やらお土産やらの経費だってかなり節減できますよね。わざわざスタッフの方が 街頭に立って暑い中、寒い中、雨の中・・・ 献血を呼びかけなくても、勝手に 提供希望者が集まってくると思うのです。つい先日も、駅前で献血バスを見かけ、「あ、できるかも?」と、献血カードを確認しましたが、次回の献血可能日は、10月。小雨の降る中、プラカードを持って献血を呼びかけるスタッフさんの前を、頭を下げ、肩身の狭い想いで、通り抜けました。とはいえ、求められているのは、こんな おばちゃんの アブラにまみれた血液ではなくて若くてピチピチした血液なのでしょうね。だけど、もっとたくさん献血しても良くしてくれるなら、血液をキレイにするために、玉ねぎ、食べるよ?(笑)※自分で食べられるレベルまで小さく切って火を通した自作玉ねぎ料理に限る。もはや 吸血鬼にも襲ってもらえないどころか避けて逃げられるであろう、血管は細いけれど 体型と神経は ずぶとくなった おばちゃんの、「献血の日」に当たっての 涙の訴えでした。ありがとうございます。
2021.08.21
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