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【東京株、終値は125円反発 世界同時株安をとめる 上海株も大幅反発に転じる】【ギリシャ「ドラクマ復活」なら儲かる日本株の最右翼はコレ!? 】報道ステーションで「チプラス首相がブリュッセルに直行!?」!?2年間の債権を獲得するため!?今週は、勝負だ!
2015年06月30日
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やっと外に出てくると、銀が入っている石が置いてある。持ってみるとかなり重い。これを運ぶというのか?すごい!昔の人は、きっと体がすぐにガタガタになった(悪くなった)に違いない。それでも掘るというのか!?佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)にやって来た。【世紀中頃創建と伝えられる鉱山の守り神。製錬の神「金山彦命」を祀る神社。日本最大規模の山神社で、現建物は文政2(1819)年再建。境内付近から、山吹城の急峻な山容を望める。】
2015年06月30日
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いよいよメインとなる【龍源寺間歩】にやって来た。チケット購入し、中に入る。人の力によって掘られたが、どれくらいの時間と人がかかったのだろうか。困るほど狭くはない。しかし、写真を撮るにはくらすぎて、いいのは撮れない。行動の堀り方についても説明をしてくれた。行動の堀り方には二つの方法があ瑠用に説明をしてくれた。一つは、(古い掘り方)鉱脈に沿って掘る方法。もう一つは(新しい掘り方)、縦軸と横軸のような感じで掘ったらしい。なかなか長い。
2015年06月30日
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【独仏首脳、ギリシャを守るのはもう限界-さいは投げられた】チプラス首相は世界経済をどん底に落とすつもりか!デフォルトが行われると・・・いや、もう起こっているのではないでしょうか!
2015年06月29日
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【間歩(まぶ)】というのが鉱山の坑道という意味である。(知らなかった)現在は番号をうってわかりやすくしたり、危険なため入れないようフェンスをしてあったりする。新切間歩は「五カ山」の1つ。正徳5年、坑道内にたまった地下水を抜くための疎水坑として開発されたが、享保年間に鉱脈に掘りあたった。安政5年の記録には、銀掘17名、柄負山2名、手子8名が働いていたと記されている。「福神山間歩」は、採掘にあたった山師個人が経営した「自分山」のものですが、一時期、代官川崎市之進(1767~78)のころには、代官所直営の「御直山」の坑道になったこともあった。「御直山」は天保15年(1844)には23か所まで増えたが、「自分山」は、享保14年(1730)に55か所もあったものが、天保15年には9か所となってしまいます。 石見銀山には、主な鉱脈が32本あったと伝えられており、そこから岩盤の亀裂に沿って30cm前後の幅で鉱石を含んだ支脈が延びていました。 この間歩は坑口が3か所あって、上段の坑は空気抜き坑、下段の2坑は中でつながり、説明板のある道路の下 2m ほどのところを通って銀山川の下をくぐり、後ろにそびえる銀山の最高地点「仙ノ山」の方向に掘り進んだと伝えられ、「仙ノ山」の逆方向に向かって坑口が開いている珍しい間歩である。
2015年06月29日
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まず最初に来たのは、「妙正寺」。昔はもっと大きかったらしい。今は、小屋みたいだ。歩いて行くとあちこちにお墓や、寺跡などがある。大久保石見守墓所がある。ガイドさんからもその人のすばらしさを伺う。(詳しくは『大久保石見守長安逆修墓』)豊栄神は、社毛利元就の木像を御神体とした神社。 毛利氏ゆかりの長州藩士による灯篭などの寄進物などが残るが、ここも毛利家が出てくる。毛利家は、中国地方では絶対的な大名だったのだろう。清水谷精錬所跡は、段畑のようで、ペルー・チチカカ湖の太陽の島を思い出す。清水寺には、本堂までいく。推古天皇の時代に創建された真言宗の古刹寺院で、創建時は仙ノ山の山頂らしい。明治22年に現在の地、清水谷に移り名前も清水寺となったそうだ。本堂の天上には、丸に桐、鷹の羽紋、長安の家紋である下り藤などが描かれておりきれいだ。この辺の財力が少しだがかまみられる。溝は、当時のままのものがあり、これが、(写真)当時のものである。いよいよこの辺りから鉱山の掘った跡がよくわかってくる。
2015年06月28日
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そして、驚いた話がいっぱいある。それを箇条書きすると、(1)石見銀山の銀は、世界の1/3以上を生産していた。(2)その時、人口が20万人以上いた。(3)寺や神社が100以上もあった。(4)石見銀山は、ここから見られる山だけではない。(もっと広範囲にわたる) (5)地理的に見て、日本海側だけでなく瀬戸内海側にも運ばれた。(この山からどうやって運ばれたというんだろうか)遊歩道を歩いて行くが、きっとこちらが昔のメインストリートのように思う。
2015年06月27日
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ガイドさんが自己紹介をする。ガイドさんは、何か、学校の先生を退職したような方だ。他の観光客はのろのろ歩くなか、私はガイドさんと一緒に歩く。バスのなかでもいわれた質問を早速訊く。「石見銀山を掘った人は誰ですか?」「職人です」・・・。何か、普通の質問であり答えでもあるが。佐渡金山は、江戸時代ではいわゆる囚人によって掘られた。しかし、石見銀山は一般人によって掘られたというのである。石見銀山の銀産出量のピークは17世紀初頭らしいが、発見の仕方は諸説あるらしい。【石見銀山について 石見銀山(世界遺産)・島根県大森町 - 羅漢寺】に詳しく載っているが、推古天皇の時期とか書いてあるが、その他にガイドさんによると、「、本格的に開発したのは博多の商人・神谷寿貞がこのあたりを歩いていると“ピッカ!”と光った。そこを掘ってみると銀が出てきた」ように話してくれた。ガイドさんも他の観光客も、苦笑いをしながら言ったり、聞いていた。しかし、その可能性はある。というのもブラジルの鉱山にも光る鉱山があるからだ。
2015年06月27日
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すぐにシャトルバスに乗ることができた。バスでは意外と早く10分到着した。近道があるみたいだ。すぐに、レンタサイクルを借りようとしたがもうない。それならば、バスで紹介してもらった案内付きのウオーキング(500円)で行くことにする。遊歩道を歩いて行くため、自転車では行けないところなのでなかなかよい。
2015年06月26日
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「石見銀山周辺は大渋滞だろう!」と思っていたが、渋滞はない。石見銀山の入り口にやって来た。ところが駐車場は満車。何と、シャトルバスが出ているが、そこまで約20分???どれだけ遠い!仕方がない。「JAしまね仁摩支店」というところだ。そこまで行くと、隣は再び徳島ナンバーの車だ。(笑)出雲大社のときの車とは違うが、徳島の人もあちこちに行っているんだと改めて思う。
2015年06月26日
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【オリックス、チャベス獲得を発表 ベネズエラ出身の外野手 】チャベスの入団???ラミレスがここに来てオリックスバファローズの何をするの?阪神の掛布みたいな存在???カラバイヨは今・・・1軍?2軍?松葉は?吉田は?マエストリは?バリントンは?中島がファースト?小谷野?昨年ゴールデングラブ賞のT-岡田は外野?原は起用しないの?平野はケガですか?縞田はどうするの?鉄平の背番号を替えるつもりはない?春先よかった坂口は?この前、1軍に登録された谷は?竹原も最近出てこないな・・・その代わりに宮崎?方向性が・・・わからない!
2015年06月25日
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次は、『石見銀山』である。島根県の東から西へと国道9号線をドンドン向かう。なかかなの距離である。しかし運転は息子。楽だ!1時間くらい運転する。【キララ多伎】という道の駅がある。日本海を右手に進んでいくとモーターパラグライダーで楽しんでいる人たちがいる。「石見銀山周辺は大渋滞だろう!」と思っていたが、渋滞はない。
2015年06月25日
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再び参道を通って帰ることにしたが、兎たちがあちこちにいる。『稲葉の兎』か・・・。鳥居まで帰ってくると、家人が「ぜんざい、食べよう!」という。まあ、いいか!そこで食べることにした。『出雲大社勢溜前 ぜんざい餅』にはいる。「冷たいぜんざい」と「温かいぜんざい」がある。当然、『温かいぜんざい』でしょう。ちょっと高い!それでもいい雰囲気の店である。この辺がいい雰囲気だともいうべきかな。出雲大社を後にした。
2015年06月25日
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【東京株、18年半ぶり高値=ITバブル超え2万0900円】http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150624-00000028-jij-bus_all株価上昇!しかし気をつけろ!ギリシャの動向はどうなるか!?TPPでアメリカは???中国の動きも心配。
2015年06月24日
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「島根のそばは美味しい!」と昨晩、息子は1歳上の先輩から聞いている。そこで、「そば食べる?」というと家人は「おなかいっぱい。・・・それよりもお土産を買おう!」というのでお土産屋さんで買うことにした。今日は祝日ということもあってか『日の丸』がなびいている。
2015年06月24日
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ここで、おみくじを引く。あまりたいしたことのない内容だったので、おみくじをくくるところにくくりつける。その横には、池がありその上には藤の花が咲いている。なかなか綺麗だ。
2015年06月24日
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「宝庫」「氏社(北)御祭神 天穂日命」によりながら、再び戻る。「婚儀殿 神楽殿」の方へ行く。すると、四国放送で見ているCMのしめ縄があった。出雲大社結婚式場『神楽殿』である。「そうだったのか・・・。こちらのしめ縄の方が大きい、太い。
2015年06月24日
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本殿の真後ろにやって来た。「素鵞社 御祭神 素戔嗚尊」というものもあるらしいが、とにかく本殿を注目する。TV番組で狩野英孝が、本殿の屋根に注目すると、「雄と雌に分かれている」といっていたが、出雲大社はどちらだったかなあ・・・。
2015年06月23日
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「八足門・観祭楼・瑞垣」のところで礼拝する。近くで来たことを表す帳面を書いている。「本殿」に行きたいが、当然、入ることはできない。後ろから回っていくと回廊(?)に趣がある。「彰古館」という古めかしい建物があるが、ちょっとそこはスルーする。
2015年06月22日
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続いて、手水舎で身を清める。拝殿へ入るとすぐに、納付金の札が飾ってある。すごい数だ。そして、馬と牛の銅像がある。 拝殿と本殿へ向かう。拝殿は、出雲大社の遷宮期間中に「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」が祀られていたところで出雲大社は、昔高さ48mの場所に神殿が作られた。その時の柱の痕跡がある。大きな神殿が実在していた証らしい。それよりも、この太いしめ縄には驚く。しかし、四国放送で見ているCMのしめ縄でないように思う。
2015年06月22日
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松の参道を通って拝殿へ向かう。なにやら人だかりがする。特に記念撮影をしている。「大国主命(大黒様)と稲葉の兎」の銅像がある。ちょっとまねをする。息子もする。珍しい光景である。(笑)
2015年06月21日
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鳥居の前にやった来た。かなり大きい鳥居だ。しかし、その前に見下ろす商店街も圧巻だ。鳥居をくぐってまずは行列ができていたのは『祓社(はらいのやしろ)』。よくわからないがとりあえず並び、手を合わす。進んでいくと次にあったのは『祓橋(はらいのはし)』。坂道が続いていくが、何か気分がよくなる坂道だ。
2015年06月21日
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2015年5月5日(火)6:00に起床。朝風呂の入る。そして、7:00に朝食。食べてすぐに車に乗る。出雲大社に向かう。早く行かなければ、渋滞になってしまうかもしれない。昨日の七類港から息子が運転している。しかし、安全運転過ぎるので、出雲大社までは私が運転する。なかなか遠い。出雲ドームも見えてきた。約2時間後、出雲大社に到着した。しかしあちこちの駐車場が満車。そしてやっと見つけた駐車場。「んんん!徳島ナンバーの車もがある!」日本各地から来ている!すごい!早速、出雲大社の方へ向かう。
2015年06月21日
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私は、ホテルを出て松江の美味しいものを食べに行く。しかしこのあたりは・・・繁華街だ。それは知らなかった。しかし、美味しそうな店はあまりない。ついに入った店は、シジミラーメンの「トタン屋」だ。入る。シジミラーメンは食べづらいのであまり好きにはならない。そしてやって来たシジミラーメン!まずまずだ!ホテルに戻って風呂に入る。すると息子が帰ってきた。近所の子と一緒だ。といっても、私の教え子でもある。会いたいというので1階へ降りていく。「あら、まあ~綺麗になって!」5分ぐらい話をして帰る。午前0時くらいに部活の先輩もロビーにやって来た。息子だけが行く。早く寝ないと・・・疲れた。
2015年06月21日
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「撮影スポット」という表示があるところへ行く。しかし・・・雲が分厚い!ホテルの人によると「一昨日はきれかった!」といっていたが・・・悔しい!しかし雨はもうやんでいる。だから許そう!海岸には階段状になっている。海外の海岸・・・テルアビブ、バハマを思い出す。今度はもう少し落ち着いて、ゆっくり晴れの日に見たいものだ。
2015年06月20日
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息子は近所の子(女の子)と部活の先輩が島根大学に行っているということもあり連絡をとって、一緒に食事をするという。さっき食事をしたが・・・。そのため、島根大学まで送る。しかし、ナビで目的地に行くと???全く違う。やっと、島根大学に着いた。なかなか大きい大学じゃないですか!家人と私はホテルへ帰る。
2015年06月19日
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野津旅館 につくとすぐに夕食を食べることにする。どれを見ても美味しそうだ。そして、食べてみると「おいしい!」・・・しかし、急げ!太陽が沈む!時刻は18:30!仲居さんたちも持ってくるのに大変そうだ。食事も、全て食べ終わった!車に乗って、宍道湖へ!ゆっくり味わうことができなくてすみません。
2015年06月19日
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お土産屋による。「島根っこ」を使った商品が多い。ゆるキャラで大いに儲けようとしている。いいことだ!徳島も、もっともっとゆるキャラを活躍させるべきだ。駐車場に戻ってきた。さて、ホテルへ行こう!
2015年06月18日
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次は、小泉八雲記念館に行きたかったが、家人が「武家屋敷が面白そう!」ということで行くことになった。「はあ~???」武家屋敷にはいる。入った家人ががっかりしているが、それを認めない。やたらといいところをアピールする。「ここに井戸がある。」「台所がある。」「瓶が半分、外にでている。」などなど・・・。別に感動するものはない。再び堀に沿って歩く。堀には綺麗なツツジの花が咲いている。立派な松の木が何本も立ち並ぶ。
2015年06月18日
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天守閣から次のところへと歩く。松江城の北側を歩いて行き、稲荷橋、新橋を渡る。何か地サイダーを売っている幟が立ててある。そして、小泉八雲旧居に入る。「ここが・・・」小学生の国語の題材で勉強したのがモラエスと小泉八雲である。確か、幽霊を題材にしてつくった物語。山陰地方は、鬼太郎と通じるものがあるのか!? 質素で、和風の住居である。また、そんなに大きくない。カエルの声がやかましいくらいだ。
2015年06月17日
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【「元本保証」する個人向け株、トヨタ株主総会で可決 今夏にも新型種類株を発行】なるほど!だからか!トヨタ株!ということは・・・日立も!?
2015年06月16日
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天守閣の方へ向かう。チケット売り場では、天守閣の他に3カ所のうち2カ所行けるセットのチケットが売っている。その方が2割引だ。そのチケットを購入して、天守閣に向かう。堀から見るとかなり大きいが近くで見ると思った以上に小さい。天守閣内に入ると、靴を脱いで下駄箱に入れる。甲冑や絵など展示物が飾ってある。ドンドン上に上がっていく。ついに最上階に到着した。松江市内を一望できる。
2015年06月16日
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駐車場は満車。島根県民会館の駐車所に駐車して、松江城まで歩いて行く。堀では船が順序よく出発している。橋を渡って城のへと向かう。しかし、ちょっと間違った。松江五億神社にやって来た。家人が、「トイレに行きたい」という。しかしこの神社は「トイレ、お断り」と書いてある。仕方なく戻ってもう一度地図を見ながら行く。天守閣が目の前に見えてきた。トイレもあった。よかった!
2015年06月15日
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訳のわからない夫婦が横にいた。おっさん途中、何と歯を磨きはじめた!驚く!怒る!きたない!くさい!しかも体臭が臭い!さらに、肘掛けを我が物顔にする!そして、おばはんおもっきり携帯電話が鳴る!気分が悪い!(怒)だれ!お前ら!
2015年06月14日
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『海街diary』大きな事件が起こるでもなく、淡々とストーリ-が進む。いいんじゃないですか。
2015年06月14日
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車に乗り、松江半島を西へと走る。松江市まで意外と時間がかかる。「今からだったら、松江城にいけるんとちがう!?(「行けるでしょう!?」という意味)」と家人が言う。家人がそんなことを言うのは珍しい。約1時間。松江城に到着する。
2015年06月14日
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13:10,路線バスに乗り、別府港へ。旧道を通るため道が狭い。こんなところ通るのか!?別府港について出発するまで待つ。隠岐の海の星取り表がある。もうすぐ、夏場所が始まる。がんばれ、隠岐の海!さて、岸壁の方へ行く。すると、フェリー発着場には鬼太郎の絵が描いてある。14:02、高速船に乗る。さて、本土へ帰るぞ!約1時間、15:02に七類港に到着、前日に見た高速船はこの高速船の時間でも到着だったのだ。
2015年06月13日
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バス停で次のバスが来る時間を待つと約1時間もある。それにしても、こんなところで終わるのは納得がいかない。しかし、仕方がない。昼食をとることにするが、この辺で食堂と言えば・・・ちょっと向こうにあるまさに熱帯地方にあるような食堂だ。仕方がない。外に机といすがある。おじいさんが注文をとって、おばあさんが料理をつくるといった雰囲気だ。観光客がごぞっとやってきたため、おじいさんが注文をとるのがまるで嫌がっている。「時間、大丈夫?」そればかり聞く。しかしどの客も「大丈夫です!」と答える。約40人の客相手に大汗!そしてやったのが、アワビご飯定食。刺身定食は、普通のご飯だが、刺身定食のご飯をアワビご飯にしたものがこれだ。食べてみる・・・。アワビの味がご飯にしみこんでいて美味しい。息子は昨日から、魚介類ばかりでうんざりしている。「せっかく隠岐の島に来たんだからしっかり魚介類を食べろ!」とお説教。この店は元々魚屋さんだったみたいだ。きっとおじいさんが漁船で捕ってきてそれを売っていた。しかし歳をとって、おばあさんと食堂をするようになったのだろう。元魚屋の店内には大きなスルメイカがぶら下がっている。
2015年06月12日
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時間が来た。再び観光船に乗って戻る。同じコースを戻る。魔天崖を再び眺め、外浜海水浴場を通り、船引運河を通る。「三力丸」前にやって来た。女将さんをはじめ、娘さん、その子どもが手を振ってくれた。帰ってきたのは、観光交流センター前の港である。海は赤潮でいっぱい。隠岐の海にやって来る日本海でも赤潮があった。「今年は、いつもより赤潮の発生が早い。」と昨晩、三力丸の女将さんの話。それにしてもこのきれいな海に赤潮が出ているのは残念だ。
2015年06月11日
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そして、「国賀浦」に到着した。その時、雨はやんでいた。船は岸に横付けに去れ、我々観光客は上陸することになった。そばには神社がある。何か神秘的である。満潮時にはこの神社は水没するのではないか。山の方へ上っていく。頂上から見る摩天楼、通天橋、そして観音岩。タクシーの運転手が何度も「観音岩をみて、観音様に見えなければ、信仰心がない」といっていた。しかし、私にも、息子にも見えなかったことをここで、息子と確認した。ここから見る風景は絶景である.もって天気がよければどんなに美しいのだろうか。
2015年06月11日
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そこへ・・・通天橋が見えてきた。隠岐の島の岩の崖はあちらこちらにおいてまるで洞穴のように波や風で造られた穴があるが完璧に貫通しているのは、ここが初めてだ。「通天橋」ということだから、「穴」ではなく、海岸沿いに架けられた「橋」ということだろう。船は「通天橋」を回り込む。
2015年06月10日
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船引運河の橋をくぐると港のようになっている。その港を越えると、真天崖の方へ(西)船は回る。しかし、雨と波で濡れる。これはまさにケープタウン状態だ!しかし、雨がやんできた!そして雲も消えていく!「あっ!真天崖だ!ちょっと雲に隠れてきれいに見えないが!間違いない!」「カシャ、カシャ・・・」シャッターは連写!全く、納得がいかない。しかし、写真を撮る。国賀海岸をずっと、ずっと写真を撮る。映画で視た魔天崖は十分に見ることはない。悔しい・・・。
2015年06月09日
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【三重交通】2015年6月7日に三重交通株を買うようにいれてあったのに・・・どうして買えてなかったのか?残念!
2015年06月08日
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すると観光船の出発の案内があった。タクシーの運転手が、「左側に座れ!その方が景色がいい!」の指示通り左側に座る。10:20、出発!船内の案内で「『別府港→(※菱浦)→東国賀(ねずみ男岩・錦ヶ浦・つばめ御殿・三枚屏風)→国賀海岸(鬼ヶ城・摩天崖・通天橋・天上界)→船引運河→浦郷港』は波が荒いので、船引運河から国賀海岸(鬼ヶ城・摩天崖・通天橋・天上界)→船引運河』の内海を通ります。」ということだった。仕方がない。思った以上に波は高くない。県道325号線の橋をくぐる。船外に出た方がいいような放送があったので出る。そうしていると、船引運河の方にやって来た。家人が「三力丸の女将さんが出てこんかな・・・!?」という。船引運河を通る。三力丸前を通る。しかし、女将さんはいない・・・。しかし家人が「あれ、あれ!女将さんがおる!」部屋の中から手を振ってくれている!うれしい!こちらも手を振る!うれしい!
2015年06月07日
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別府港で、観光船に乗るために待つ。観光船が出発するかどうかわからないとタクシーの運転手が言っていたので、とりあえずチケット販売のお姉さんに聞くと、出港するらしい。しかし、この雨の中出港するというのは、南アフリカ・ケープタウンのオットセーの島『ドイカー島』に行くツアーを思い出す。(怖)本当に、行けるのだろうか???10:20発だが、その前に、大きなフェリーが島に到着した。南海フェリーの3~5倍は大きい。フェリーには「鬼太郎」の絵が描かれている。鬼太郎は鳥取県ではなかったか!?まあ、いいだろう!
2015年06月06日
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タクシーは、県道325号線の橋を渡りトンネルをくぐる。島唯一のスーパーがある。そして到着したのは【黒木御所跡】である。後醍醐天皇が島流しにされされから脱出するまでの1年あまりをここで暮らしたとされている。運転手によると「島後伝説があり、隠岐の島町・隠岐国分寺(国指定の史跡)で過ごしたとしているが、向こうの方が宣伝上手であたかもそういうが事実ではない.こちらの方が、ちゃんとした証拠も残っている。」雨もたくさん降ってきて、皆外に出ようとはしない。しかし私は当然どういうところであったを確認するべく、タクシーから降りた。そして、階段約300段を上ると神社がある。さらにその裏の脇道を通ると、黒木御所跡に着く。こんなところで生活をしていたのだろうか?大変さがうかがえる。そして、神社前戻るとそこから見える展望はきれいだ。いや、雨のためはっきりわからなかったというのが事実だ。そして、階段を降りて、タクシーに乗る。タクシーは別府港に到着した。ここで、2時間のタクシー観光ツアーは終了した。
2015年06月05日
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タクシーで摩天崖の山頂を降りていく。由良比女神社にやって来た。運転手の説明について詳細は覚えていないが、「その昔、由良比女命が芋桶に乗って海を渡っているとき、海に浸した由良比女命の手をイカが引っ張った(噛み付いたともいう)お詫びとして毎年社前の浜にイカが押し寄せるようになったと言う。」と隠岐ジオパーク見どころマップに掲載されている。「イカを神様にしているのはここだけだろう。・・・あちらこちらに、イカの絵が描かれている。」「昔は,ここで相撲をよく取っていた・・・山のにあるのはイカを表現している。鯉のぼりと同じようなものだと考えてよい。」ということを言っていたように記憶している。
2015年06月04日
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山の尾根伝いに到着したのは、展望台。摩天崖の山頂である。しかし・・・雨と雲で風景が見えない。せっかく来たので、タクシーから出て、風景を見ることにした。・・・とりあえず記念撮影。あっという間にタクシーに乗る。ここで思った!「再び来なければならない!」と。運転手の話によると、「この崖を降りていくことができるが、レンタカーで来た場合は、再び上ることになる。私は、上りたいとは思わない」と。
2015年06月03日
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タクシーは、霧のなか(雲のなか)を進む。「我々は、牛馬の住んでいるところに勝手に来たので、いつどんなときに牛馬がいたりするかはわかりません。道をふさいでいるかもしれません。そんなときは、のくのを待つか、のかせるかになりますが、県外の観光客がレンタカーでやって来たとき、ときにはそのレンタカーを壊すときもあります。・・・・今日は、道に牛の糞も落ちていないし、お客さんラッキーな日に来られた。」「(皮肉か!?雨で何にも見えない)」「いました、そこに牛が!あそこにも!ちゃんと牛がいることが証明されてよかった。・・・牛にはちゃんと番号が打ってあります。“飼い主がわかるように”ということです。牛は、番号は打ってありません。数も少ないし、見たらすぐにわかるからです。」
2015年06月02日
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タクシーは、山の方に向かう。運転手が「ここは島で唯一のパチンコ店です。ですからここは島のラスベガスです!」といっていた???よくわからなかったがパチンコ店の名前がラスベガスなので、掛け合わせてそう言ったのだろう。かなり山の上の方に上る。そして、「ここからは、町の農場になります。牛や馬が出て行けないようにその境目を鉄柵状のものが下に敷いてあります。・・・我々はこれからサファリパーク状態の牧場のなかには入ります!」「(・・・たったこれだけのもので牛馬は外に出ないのか!)」
2015年06月01日
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