パクス・ジャポニカ Vol.2

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2013/10/29
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テーマ: 城跡めぐり(1306)
治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近に佐和山の城


佐和山城遠景 (375x500).jpg
JR彦根駅から見た佐和山城
彦根城とは反対側の東側コンコースの窓にあるのですが、石田三成の旗印と佐和山城、何ともセンスあふれる演出だと思います。

石田三成と島左近、そして佐和山城については、司馬遼太郎さんの「関ヶ原」の最初の方に詳しく書かれているので、一読されてはいかがでしょうか。


司馬遼太郎さんと同じく、佐和山城の搦め手から登城することにして、まずは龍譚寺に向かいました。
現在の佐和山城はハイキングコースになっていて、彦根駅で入手したパンフレットによると、龍譚寺がスタート地点になっています。

彦根駅からは徒歩でも25分ほどの距離なのですが、タクシーを利用することにしました。
年配の運転手さんに「佐和山城に行きたいので、龍譚寺までお願いします」と言うと、「お客さん、石田三成のファンかいな?」とのこと。

後で訪れた彦根城でも、観光ガイドの方に不思議そうに聞かれたのですが、どうやら先に佐和山城に行く人は石田三成ファンのようです。




そんなこんなで佐和山城の搦め手にある龍譚寺まで来たのですが、彦根の龍譚寺を訪れるのは初めてながら、龍譚寺そのものは2回目です。
佐和山城龍譚寺山門 (500x376).jpg
彦根の龍譚寺
最初に訪れた龍譚寺は静岡県浜松市天竜区、井伊氏発祥の地であった 井伊谷 にある 浜松の龍譚寺(井伊氏菩提寺) でした。

徳川家康の関東入封に伴って、井伊直政が入城したのが 箕輪城(群馬) で、近世城郭の 高崎城 を築城して本拠地を移した後、関ヶ原の戦い後に再び本拠地を移したのが佐和山城です。


龍譚寺の境内脇に佐和山城への登城道があり、搦め手の急な斜面を登って稜線近くまで行くと、ようやく虎口のようなものが見えてきました。
佐和山城搦め手登城道 (500x375).jpg
搦め手虎口?

さらにその先には鞍部があり、古地図にある「かもう坂往還」の切通にやって来ました。

佐和山城搦め手登城道切通 (500x375).jpg


それにしても搦め手とは言え、城郭のすぐそばに脇往還を通すあたり、やはり石田三成はただ者ではないかも知れません。


ところで搦め手を見る限りでは、非常にオーソドックスな縄張りといった印象で、特にトリッキーな感じはありませんでした。
佐和山城搦め手登城道 (2) (500x375).jpg
西の丸の土塁

佐和山城塩硝櫓跡 (500x375).jpg
搦め手にある塩硝櫓跡
名前からして武器庫と食糧庫があったと思われますが、当然ながら搦め手に配してあります。



本丸から続く稜線上には腰曲輪がいくつも配されていて、その跡もよく残っていました。
佐和山城腰曲輪 (500x375).jpg


佐和山城西の丸 (500x375).jpg
西の丸の曲輪
山頂にある本丸を中心として、周囲の稜線上に腰曲輪いくつも配するあたり、毛利元就の 吉田郡山城 を思い出しました。

佐和山城西の丸堀切 (500x375).jpg
西の丸の堀切

石田三成は武将というより官吏といったところですが、これだけの城郭を造ってしまうあたり、やはり豊臣秀吉の直参だけのことはあります。
(もっとも築城技術に関して、「西高東低」は否めないところですが)

西の丸からは再び急斜面となり、本丸の土塁をくるりと回ったところで、本丸の曲輪に到着しました。
佐和山城本丸 (5) (500x375).jpg
本丸には一段と高くなった場所があったのですが、天守台だったのか知れません。

佐和山城復元天守 (500x375).jpg
佐和山城復元天守(模型)
天守台は現在の彦根市街地を見渡せる場所にありました。

私の理解する限りでは、石田三成は無益な天守など建てるはずがないと思っていたので、これは意外な感じがします。

佐和山城本丸 (1) (500x376).jpg

数々の城跡を見てきた経験から言うと、城郭の縄張りには築城主の性格や考え方みたいなものが見えてきて、それもまた城跡めぐりの醍醐味の一つであります。
しかしながら佐和山城を見る限りでは、石田三成の性格がさっぱりわからず、やっぱり「不思議ちゃん」でした。

佐和山城石田三成像 (376x500).jpg
龍譚寺にある石田三成像


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最終更新日  2018/01/18 12:21:34 AM
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