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父が亡くなった翌日、葬儀社から紹介してもらった御前様から戒名やお布施の事で電話が入りました。昨年契約した納骨堂に祖父母のお骨を納めた時にお願いした方でした。(契約した納骨堂はこの葬儀社の経営なのです)父の戒名に入れたい字(母から聞いていました)を伝えると、「ご両親もその字が入っていましたね」と祖父母の時の事を覚えていてくださいました。一般のお寺ではどうなのかわかりませんが、お布施の額、御膳料、車代などはっきりと教えてもらえて助かりました。亡くなってから葬儀の日までちょっと日数があるので、エンバーミング(遺体衛生保存)をお願いしました。互助会の説明を受けた時だったかに聞いたことはあったけれど、実際することになるとは思っていなかったです。たまたまテレビでもエンバーミングの事をやっていたのですが、コロナ禍での需要も高まっているそうです。コロナで亡くなった方だと、遺族と対面できないまま火葬されてしまうことが多いようですがエンバーミングをすることで対面できたとか。また、遺族がコロナにかかってしまって、葬儀の日程を伸ばしたいときなどにも使われているそうです。数日後、葬儀担当者と再度打ち合わせをしました。私だけでよかったのですが、父に会いたいと、妹も来ることになりました。さすがにこの日は「こんなに来れるなら、なんでこれまで来なかったの」と言ってしまいました。もちろんコロナ禍だし、東京に住んでいて、周りに感染者がいて、まだワクチン接種をしていない段階では直接の面会はできなかったけれど私がオムツを持っていく時のように、玄関のガラス戸越しなら顔を見ることは出来たしその場で携帯で話す事だってできたのに妹はここ数年で数回しか父と会っていなかったので、私がしつこく言っていた程には父の衰えを実感していなかったのでしょう。こんな時に言ってもどうしようもなかったのですが、それでも一言言わずにはいれませんでした。さて、打ち合わせ。会葬礼状の文章は、その担当の方が母に電話していろいろ話を聞いて上手く作ってくれていました。これまでよその方の葬儀に出席した時などにいただく会葬礼状を見て大変な時によくこんなに上手に文章が作れるな~と感心していましたがちゃ~んと業者が作ってくれるんですね^^;葬儀前に流す追悼ムービー作成用の写真(25枚)も持っていきました。これを選ぶのは母に頼みました。この3年間、実家から大量の写真を運んできたのを、母がホームでコツコツと取捨選択してくれていたのでわりと良い写真を集めることができてよかったです。当日用意するものや時間などの確認などもあったのですが、困ったのは返礼品の数です。家族のみでのつもりだったので、用意しないつもりでしたが、父の昔の職場の組織は退職者の会的な物があり、亡くなった時にはそこに連絡するように言われていたので連絡したら、どうしても参列したいという人がいたら、行ってもいいでしょうか?と聞かれてしまったのです。ダメとは言えなかったので、もしかしたら来る人がいるかも…となってしまいました。ただ一応家族で…と言ってあるし、コロナ禍だし、実家のある街からは離れているし、高齢な方が多いし…で来る可能性は低いと思われるものの、予想がつかず困ってしまいました。でも、返礼品は余れば返品可能とのことだったので、ある程度用意してもらうことにしました。お布施などを入れる袋(?)の準備や渡し方なども葬儀社の方が教えてくださって至れり尽くせりだな~と思いました。打ち合わせが終わった後、エンバーミングが終わって戻ってきた父と対面しました。こちらで用意した服を着せてもらって、きちんと整えてくださっていましたが、やはりもう、生前とは少し違う感じになっていました。妹はまた泣いていました。木製お布施盆(切手盆・名刺盆)蒔絵入り フチ金縦21.0cm×横14.8cm
2021年11月29日
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釣りはロケとのことだったので、釣り堀にでも行くのかな~と思っていたら生け簀の魚を釣って、それを料理してくれる居酒屋さんでのロケでした。高見沢さん、釣りは初めて、と言っていたけれど、1996年のビデオパンフレットとか、吉田拓郎さんとの番組T×2SHOWでもやってましたよね^^;生け簀の魚はタイやシマアジなどの高級魚ばかりで、しかもバンバン釣れてしまう^^;別の生け簀でヒラメやイセエビなども捕ったので、ものすごい量のお料理になっていました釣ったのは全部引き取らないといけないとしたら、庶民には無理だわ~しかも桜井さんは実は生魚があまり好きではなく、あまり楽しめないこともあってか、ついにアルコール解禁されて、3杯も生ビール飲んでました駄菓子屋さんもロケだと思っていたら、スタジオに駄菓子がたくさん用意されて気になるものを食べたり、遊んだり…という企画でした。次々と無邪気に食べて遊ぶ高見沢さん、ほんとに自由だな~という感じ。スーパーボールすくいは、坂崎さんは器用にいくつもすくうのに高見沢さんはあっという間にポイを破ってしまうし、しかも無理に決まっている巨大なボールを狙うし^^;そのわきでコツコツと飛行機を組み立てる桜井さん^^;こんなに違う3人がよく50年近くも一緒にやっているな~という感じでした。途中ファンから集った「あなたの武道館ベスト」のコーナーがありましたが2001年の「Punks Life」がながれました。実はこれ、私もリクエストした曲でした。紹介されたメールは別の人でしたが「他にもたくさんのリクエストが来ていました」とのことで、やはり立膝立てて座りながら歌う坂崎さんのインパクトは相当なものだったんだな~と思いました。【中古】GLINT BEAT/THE ALFEE、森雪之丞、本田優一郎、河野圭、井上鑑
2021年11月28日
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父の遺体は狭い我が家に連れて来ることは無理なので、葬儀場に安置してもらうことにしました。その事は両親が老人ホームに入った時から了承済みで、安置室も見学して葬儀場を決め、互助会にも入っていました。それでもこんなに早く使うことになるとは…。搬送後軽く打ち合わせを…との事だったので、私はうちの車に母を乗せて寝台車の後を追いました。母がホームの外に出たのは、昨年の2月以来でした。まずは式の形と日程を決めなくてはならなかったのですが、やはり私達2人だけで決める事はできないので、妹の到着する午後に改めて打合せすることになりました。父に会って帰りましたが、既にガラスの保冷ケースに安置されていたので、もう直接触れることはできませんでした。一旦家に戻り、母は親戚等への連絡、私は必要な物の準備などをしました。午後は用事を済ませて帰ってきた夫と3人で式場へ行きました。妹はかなり早く着いたようですが、昼食もとらずガラスケースにすがって泣き崩れていました。妹と私が会ったのは2年ぶりくらい、両親と会ったのは去年のお正月以来のことでした。(こんなにすぐ来れるなら、なんでこれまで来なかったの!と言いたかったけれど、 この日は我慢しました^^;)コロナ禍だし、父母のきょうだいや知人も高齢の方が多いので家族だけですることにしました。最近は1日葬にする方も多いそうですが、せめてきちんと送ってあげようという事で、一般的な通夜・告別式の形で2日間で行う事にしました。亡くなったのが木曜で、会葬者も来ないのだから次の土日でも良かったのですが、妹が「そんなに早く別れられない」と言い張り、翌週の土日となりました。(でも結果的には、会葬礼状の内容を考えたり、追悼ムービーに使う写真を選んだり、 思い出コーナーに置くものを集めたりという作業をじっくりすることができたし、 それをしながら父の事を忍ぶことができたのは良かったのかな…と思います)その後は祭壇、花、お棺、骨壺、遺影の額や背景、食事などなど、決めることが山のように。分厚いカタログにた~くさんの選択肢が載っていて、それを見ながら一つ一つ選択を迫られます。互助会に入っていたので、それにセットされているものですれば安いのですがカタログを見たり、説明を受けたりすると、どうしても基本セット以上のものを選んでしまいます。でもあまりにたくさんの選択肢があるので、途中だんだんめんどくさくなってきて、もうどれでもいいよ…という気分にもなったりしてしまいました^^;今思えばもっとシンプルでも良かったかな…と思うのですが、「お父様の最期のお布団」とか言われてしまうと、ついついきれいなものを選んだり、要らなかかったかな…と思うようなものまでつけてしまっていました。結果、結構な見積額になり、母は「互助会の費用だけで済むんじゃなかったの!?」なんて怒り出す始末。互助会のセットには入っていないものもあるわけだし、差額のあるものを選んだのだから当然なのですけどね^^;なんとか一通り決めると夕方近くになっていました。もう一度安置室で父と会い、母をホームに送って、長い一日がやっと終わりました。母は親戚と話すときなどは涙声になっていましたし、妹も結構泣いていましたが、私はすることがいろいろありすぎて、とても悲しみに浸る…という気分ではありませんでした。骨壷 九谷焼 遊彩 7寸 骨壷 骨壺 九谷焼の骨壷 穴あき 分骨 納骨 仏具 手元供養 手元 供養 お彼岸 彼岸 法事 墓じまい ペット可 あす楽 お盆 盆 初盆 新盆 見舞い 新盆見舞い ポイント消化
2021年11月27日
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97%の部分月食。お天気も比較的よく、きれいな月が見えました。ずっと見ていたかったけれど、ちょうど夕飯の支度をしなくてはいけない時間帯で、うちのキッチンは西向きなのでライブ映像をスマホで見ながら、時々外にでて見るという感じでした。17時半頃18時3分(食の最大)肉眼ではもう少し全体が見えましたが、デジカメではこんなもんです^^;「ほぼ皆既」ですがやはり100%ではないせいか、あまり赤くは見えませんでした。寝る前に見上げると、満月は空のかなり高い位置にありました。お月見が9月頃なのは、秋の月がちょうどいい高さにあるからなんですね。来年の11月8日には皆既月食と天王星食というのがあるそうです。また見れるといいな。また17日にはしし座流星群がありました。天気も良かったので、夜中まで起きていて、屋上に出て見ましたが、月が大きく光っていて空が明るく、見ることができませんでした。残念!でも例年はこの時期の流星観測はとても寒いはずなのに今年はそれほど寒くなかったのが驚きでした。オリオン座やシリウスがとてもきれいでした。(頭の中では「オリオンからの招待状」がずっと流れてました)三位一体 (通常盤) [ THE ALFEE ]私がよくわからないなりにも月や星が好きなのは、父の影響もあったな…と思います。クラシック音楽も娘の影響もあるけれど、父もたくさんのレコードを持っていました(処分が大変だった^^;)大きなステレオセットも子供達に良い音楽を聞かせるために買ったようです。私が中学のころ世良公則&ツイストのレコードを聞いているのを見た祖父が「そんなのを聞くために買ったんじゃないのに」と言っていたとか…^^;父が亡くなった後、知らず知らずのうちに色々な事で父の影響を受けていたんだな…と、改めて思っています。
2021年11月19日
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仕事の帰り、職場近くのスーパーに寄ると「ながらみ(キサゴ)」が売られていました。生 ながらみ 貝 国産(愛知・千葉 他)500g ダンベイキサゴ【ながら見 x500g】冷蔵 豊洲直送ふと見ると、その脇に「ヤドカリ無料」という文字が。「?」と思って見ると、ながらみの貝殻にお尻を突っ込んだヤドカリ数匹が食品トレーに入れられて置かれていましたきっとながらみに混ざってたんですね。子供連れのお母さんとかが家に連れて帰るのかしら?
2021年11月16日
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配信番組「Come on!ALFEE‼」のseason3は10月9日から始まっていました。父の葬儀も済んでいたし、アーカイブ配信もあったので見てはいましたが、やはりなんとなくボーッと見てしまっていた感じで…^^;今回くらいになってやっとちゃんと楽しみながら見れた感じです。テーマも良かった。season2の時と同様、3人が自分の楽器を持ち込んで、いろいろ説明したり演奏してくれたり。坂崎さんはギターの他にもバンジョー、ウクレレ、マンドリン、チャランゴと、いろんな楽器を持ってきて弾いて見せてくれました。みんな弾き方(おさえ方)が違うというのに、ほんとに器用な坂崎さん。高見沢さんは坂崎さんの6弦バンジョーがとっても気に入ってしまったみたいDEERING / G6S/GTPU Goodtime 6-String BANJO 【ピックアップ搭載!6弦バンジョー】 ディーリング バンジョー 【お取り寄せ商品】桜井さんがクイーンのジョン・ディーコンに憧れて、一番最初に買ったプレシジョンのベースを、ナチュラルカラーにするために塗装をサンドペーパーで削ったという話も良かったです。高見沢さんや坂崎さんほどたくさん楽器は集めていない桜井さんだけど、1本1本に対する思い入れがすごいです。Fender USA American Ultra Precision Bass -Ultraburst / Rosewood- 新品[フェンダー][アメリカンウルトラ][Sunburst,ウルトラバースト,サンバースト][ローズウッド][プレベ,プレシジョンベース][Electric Bass,エレキベース]高見沢さんは伊勢神宮の御神木で作ったギター3本(剣・勾玉・鏡)を並べてみせてくれました。鏡はこの夏のイベントで初お目見えしたばかりのものです。高見沢さんが伊勢神宮を訪れた時の映像が流れたけれど、見た記憶がない…BSの番組とかだったのかな?今回見れて良かったです。他のメンバーの楽器を弾いている姿もレアでいいし、桜井さんがベース、高見沢さんがギター、坂崎さんは持ってきたたくさんの楽器をとっかえひっかえしながらのセッションも見ていてとても幸せな気持ちになりました。延々と続く3人の音楽話に「そろそろしめて」とカンペが出たくらい。他のコーナーもあるからなのですが、今回はず~っと音楽話でも良かったのにな。3人が素で楽しんでる感じがほんとにいいです。本当にALFEEはしゃべりも達者な「ミュージシャン」です
2021年11月14日
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9月の休日の朝5時過ぎ、ホームからの電話で目が覚めました。「〇(父)さんの呼吸が止まっています」弱っていたとはいえあまりに突然の連絡に驚きました。応答する声が震えているのが自分でもわかりました。急いで支度して、夫とホームに向かいました。ただ夫は午前中に予定を入れていたので別々の車で。(こんな日でもキャンセルしないんだ…)こんな時に自分で運転するのは不安でしたが、「急いでも間に合わないんだから慌てずに…」と自分に言い聞かせながら車を走らせました。父の部屋に入ったのは1年半ぶりくらいでした。すでに訪問医の先生もいらしていて、説明を受けました。3時頃スタッフが見回りに行った時には静かに寝ていたそうですが、5時前に行った時には呼吸が止まっていたそうです。解剖などすれば死因の特定はできるかもしれませんが、それをしたところで遺体を傷つけるだけだしここまでの状況を考えるとそこまでする必要はないだろうとの意見は一致したので「老衰」ということになりました。手に触れるとまだ少し暖かかったです。前夜は母ともわりとしっかり話していたそうなので、それから数時間後の出来事に母は驚き、最後に立ち会えなかったことを悔やんでいました。私は驚きの方が大きくて涙も出ませんでした。亡くなった瞬間の事は誰にもわかりませんが、状況からしてそう苦しまずに逝ったんだろうと思えることが救いでした。ホームのイベントの時にもらった面白い顔をした抱き枕(クッション?)を抱いたままだった姿はちょっと微笑ましかったです。その後スタッフが2人で体を拭いてくださいました。体位を変える時は、これまで同様「〇さん、こちらに倒しますよ」などと声掛けしながらしてくださったのがとても嬉しかったです。互助会に入っていた葬儀社に連絡したので、すぐに迎えの車が来てくれ、8時頃にはホームを出ることになりました。その時間では出勤しているスタッフも少なく、寂しい見送りとなりました。あとで、そんなに急がなくても良かったかな…とも思いましたが、高齢者の生活の場でもあるので、あまり目立たない時間で良かったのかもしれません。
2021年11月08日
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