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今まで、自分の病気をカミングアウトしてきた人たちが、どの程度病気を理解してくれているかといえば、もちろん医師などは、しっかり理解しているので、自分の失態に「病気のせいだね、それは」といってもらえるので、その時に一瞬、孤独感がうすらぐのですが、それも、月に数回、5分診療の時だけです…そして、大抵の人は当然、極一般的な対応か、多少関連サイトなり本を斜め読み程度の知識(あくまで、ニュアンス的にで、語弊があるかも知れませんm(_ _)mご了承を や、むしろ誤った認識で接してくる人もいます。でも、正直、それが普通で、そんなものわからないというより、そうそう、たまたま、何かの縁で知ったからといって、そこまで知識を付けるのは稀ではないかと思います。(理想論では違うかも知れませんが現実論でいえば)、それに、こちらも、訳もなく感情が高ぶり、とりとめもなく多弁になったり、訳の分からない事で怒りの感情を抑えきれず出してしまったりするのですから…よく、この病気にかかる人には、ある共通の性格が浮かび上がってくるといいます。根が真面目で几帳面。そして何もかも自分一人で抱え込み、どんどん鬱積する(発散する時間、またその仲間もいない)タイプ。ただ、我侭を言わせて頂くならば、私も好きで、この病気になったわけではありません。多少根をつめて仕事をしたり、自分の許容範囲を超えて頑張ってしまったりする性格は認めます。ですが、こんなタイプの人は日本人にはごろごろいて、また、性格なんて、一朝一夕に変われるものではありません。そして、今、そういった方々が、気分障害にかかり、未曾有の勢いで増え続けて社会問題になっているのだという記事を今朝の新聞で読みました。その道のプロ(精神科医や福祉施設の方々)に聞いても、その性格と多少のストレスくらいでは発症はしない。その他、様々なストレスが重なって、相当酷くなった状態で起こるものという見解です。しかし、なかなか、カミングアウトしても理解してもらうのは難しい。もちろん、理解してほしいと自分からお願いするのは厚かましくてできません。でも、理解されずにいると、もう孤独で耐えられなくなり、どうかしてしまいそうな精神状態にもなる今日この頃なのです。実は、本当に2、3の注意点さえ押さえておけば、普通にコミュニケーションできて、逆に、そこで、他の人と普通にお話できれば、孤独感から解放されて、きっと、この病気でも社会で比較的不自由なくやっていけると思うのです。そう孤独から解放されれば・・・休業するまで、SEとして様々なシステムや電化製品のプログラムを作って社会に貢献してきたつもりですが、その激務で発症したであろうこの気分障害なのに、ひとたび、病気になってしまうと、大変に厳しい現実、受け入れ態勢のない社会、その他、偏見や誤解を受けるという不条理な状況なども重なり、半ば、やけくそになったこともあります…よく、現在、気分障害は、いつ誰が発症してもおかしくない身近な病気といわれます。逆にいうと今のストレス社会にそれだけの問題があるのであって、こういった知識をもって問題意識を持ち、私のような不幸にも発症してしまうケースを少しでも抑えられる方向へ持っていかなければならないのではないでしょうか?そういった意味でも、もう、マスコミだけでなく、学校の教科書にでも載せて、教育で教えても良いレベルの事柄となってしまっている現状があるのではないでしょうか?まぁ、本当は、その前に、家庭でのしつけからだと思いますが、しつける親が共働きで忙しいというケースもありますし…、きちちんと愛情のある家庭環境で育った人が増えればこんな社会になるはずもなく…そして、そのきちんと満足に愛情を受けられず、また、そういった家庭環境で育てられた子供が、もう親ですからね…と掻く言う私が他の人に何かしてあげられるかといえば、自分の事で手一杯で、できない…というか、ある、やはり別の障害の悩みを抱える方の力になろうとしたら、自分のことが疎かになり、本末転倒となり、医師に初めて強い口調で言われました。この大事な時に、あなたって人は…自分の回復だけ考えていればいいから!…と一蹴。ケースバイケースで、まずは、自分。余裕のあるときは助け合おうでいいんですよね…やはり、何度も同じことを繰り返しては、自己嫌悪になる根本的な性格はかわらないようです…というか単なる愚痴ブログですみません。。。
2008.01.22
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祖母が急逝しました。つい、数日前元気にしてると聞いていたのに・・・なんのまえぶれもなく、5年前、脳梗塞で倒れ、今まで1人暮らしだった祖母をうちで介護するようになっていました。半身不随になりましたが、リハビリで歩けるようになるまで回復し、旅行に連れて行ったりもしました。でも、それくらいしかしてあげられなかったです。仕事の激務で忙しくなり、気分障害を発症してからは、母にまかせきりで…やがて、認知症の兆候も現れ、家族が留守中、鍵を開けたまま外へ出て行ってしまうなど、また、私の気分障害がそれらをストレスに感じてしまう為、医師とも相談し、やむなく、施設へと預けることになりました。そんな矢先です…死因は急性心筋梗塞、血液循環器系の病気を患った経緯もあり、まったく予想できないことではありませんでしたが、突如の死に、驚きと、様々な後悔の念は隠しきれません。危篤と知らされてから、病院に着いたときには、既に心肺停止した状態でしたが、祖母の目がかすかに見開き、何か訴えかけていたような気がしました。もちろん、幻覚だと思います。何をいわんや、「これからあなたたちが幸せになることが、何よりの私の供養なのよ」という最後の心のテレパシーだったのでしょうか…明日からの葬儀で別れを告げると共に、これまでの思い出と、そして、今、私がここに居るルーツである祖母の事をいっぱい親戚の方などから聞いたり、お話ししたりしたいと思います。
2008.01.12
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