全10件 (10件中 1-10件目)
1
ゴールデンウィークがはじまりました。 高速道が何処まで行っても1000円もどうやら危うくなったので、最後の試みで遠出を試みる人も多い事でしょう。 隣の芝生は青いの例え、チョット見ると他所がよくって、自分を卑下したがるものです。 たしかに、未知の経験、豊富な発見もありますから、それを見て自分に生かすことが出来ますから出掛けることはいいことですが。 若いものは九州旅行にでかけましたが、草臥れもうけにならねばと案じています。 走ってればどうにかなるの感じが、どうにもならぬのが、沖縄問題を抱えた政府与党のようです。支持率が低下してきました。 内には党首、幹事長の秘書がらみのお金問題再燃、米軍の婦女暴行や危険、騒音、占領支配下の状態改善を米国に反省させるべきなのに、逆に解決策を背負いマゴマゴしている状態です。 県外、国外移転と勝手に発言して、地元からもその気にさせて又元にとは決起もしたくなりましょう。 虚虚諤諤の国家間での無理無体の確執を考えると、まだまだ、矛と楯とその置き場とが必要です。 それには何処でも良いというわけでなく戦略的位置がありましょう。 ならば、せめてそこの人達には、治安と犠牲料を約束し、パラダイスを第一に享受させるようにしてあげねばならないでしょう。 仕分け作業も大鉈を振るい矛盾が解消していいことですが、目にみえぬ遅々とした水面下での基礎研究があることも判断して掛からないと後世にボディブロウの害が効いてきます。 そろばんの奥の計算があることを忘れない事です。
2010年04月30日
コメント(0)

筍はどこですか。 竹の跋扈に、どこも苦慮しています。 老齢化で森林の手入れ不足、加えて外材の輸入で国産材の値下がりでますます山は放置で荒れ、そこに生命力旺盛の竹が侵入益々荒廃しています。 竹の古来からの感覚を思い出し、筍、器、道具、七夕、かぐや姫、などの親しみ楽しみ自然に感謝しながら、竹林の整備をしようとの試みがなされました。 焚き火も程よく暖かく、空はどこまでも青く、恋焦がれたもってこいの天気、竹は迷惑物じゃなく唯一無二の生長再生資源である」ってわけで。 ご米、野菜と肉を竹の容器に詰めて料理。 汁椀も竹の器を自分達で造り。 ワイワイガヤガヤ 食事です。 お隣の町のお兄さん東京で音楽修行中、時々帰郷してライブ活動、もう一人のお父さん地元で音楽活動中。 奇しくも2人、感謝祭に賛同して、作曲引っさげ参じ、意気軒昂、初合奏。 舞台で打ち合わせしながら歌っていました。 やまもりびとの名の如く古くは奈良の時代から、この地はその任を継承してきた由緒ある所のようです。 だから、ここの地で竹整理していると心が和むのをおぼえます。 七夕祭には、参加して楽しんで又竹整理に参加しよう。
2010年04月25日
コメント(0)
寒気団などもう消えねばならぬものが北極から南下してきて、この季節はずれの寒さがあるといいます。 冬衣装と炬燵がまだ吾が周りに必需で、何時初夏が来るかわかりません。 アイスランドの厚さ200mの氷河を溶かしたという火山爆発も異常天候に加担してるのかも。 其の後爆発はどうなったのか、中国西南地区では100年に1度と言う大干ばつとか、その上マグネチュード7、1の地震で2000人余の死者があったとか聞くが。 あちこちで地球は悲鳴を上げてるようです。 でも中国は粛々と上海万博を国威発揚で開かんとしています。 テーマソングを真似たとか違うとか。 わが国では、沖縄普天間問題もあちこちに反対運動が起き5月までの約束が果せるのか、マニフェストを守る、守らぬで与党仲間でやりあい、政府閣僚で意見がまとまらず。 一気呵成に突っ込む段取りの野党も、俺が大将連がばらばらに分散して総力がでぬようです。 これも異常気象の影響でしょうか。 太陽熱が少ないと作物の不作になります。 これのほうが心配です。 炭を改良材で土にいれたら天候不順には良いとききますが、竹林整備の竹も炭加工にまわすとよいかもしれません。 明日は竹の山行きです。
2010年04月24日
コメント(0)
1週間前から左肩というより上椀内側が痛くなり、お湯に入ったときマッサージしてましたが、急に睡眠中に痛みだしとうとうお医者さんにいきました。 「ここですか、ここですか?」と触診されるところは痛くないんです。 動かされると全体に痛いんです。レントゲンを透視され骨には異常なしとなり、先生「50肩ですな」とおっしゃる。 「先生80肩と違いますか?」 50肩のパンフをみせて、「ここが炎症おこしてるんです」とおっしゃる。肩に注射でチクリ。 「先生、なんだか50肩と言われ若返ったようです」 看護士のお姉さんがクスクス。 夕方になってなんと痛みが飛んで行ってしまいました。 ありがたいものです。
2010年04月21日
コメント(2)
天正9年、(1581)5月末梅雨の晴れ間の午後の事、武将経家は。鳥取城本丸櫓に立って呟いた。 いよいよ渦中に鳥取がはいろうとしています。 天正8年10月14日付吉川元春の書状 「鳥取城を守ることができるならば、用瀬の景石城や北賀茂などの織田方の軍勢を平定できるし、毛利氏から離反した南条元続の羽衣石城を攻撃するのにも有利である」 経家は石見福光城主の座から吉川元春の要請で鳥取に行くことになり、すでにそのときから決死の覚悟であったようです。 天正9年5月19日の経家の石見国の近臣に送った書状 「但馬の豊岡には宮部継潤、羽柴秀長がいる。山名豊国は鳥取城の攻撃に参加するらしい。梅雨以前には出兵しないであろうが、安土では何かおこったらしい。秀吉はまだ近江にいて、姫路にはきていないらしい。その出兵は7月ごろかとおもわれる。 兵糧の徴収には努力しているが、思うようには集まらない。若桜鬼ケ城・雨滝・岩井の諸城は兵糧がなく無人である。 鳥取城内の戦力早く1000人、鉄砲・火薬などはあるが、兵糧はひじょうに不足している。秀吉の攻撃は7月から10月に掛けての約4ケ月とおもわれる。なお、因幡では戦乱のため、稲の作付ができないようである。それで食糧をおくってほしい」
2010年04月13日
コメント(0)
「あんた花粉症経験ないですか?」 「ありません} 「いいですな、わしは顔が痒くってたまらんし、目がしょぼしょぼ涙でるし、お医者がよいですわ」 昨日、ある会合で隣に座った恰幅のいい紳士が私に話しかけてきました。 聞くと今年が始めてだといいます。 御歳満74歳だそうです。 花粉症は若い人の出来事と思ってたといいます。 かれこれ10年以上健康のための散歩を欠かした事がないそうで、その途中には杉の木立もありますが、今までなんともありませんでしたそうで、急に顔が痒くなり、パニックになってお医者にいったら、花粉症と告げられビックリです、顔に軟膏ぬってるんですよとおっしゃいました。 最後に「あんたいいですな」だって、じぶんも初めて花粉症になってて、他人をうらやむなんて。 でも急にこんなことあるんですね。 許容量というものがあって、それを越したら花粉症に罹患すると聞いたことがあり、誰でも予備軍だとか、昔は解明が希薄だったせいもありますが、「花粉症」など聞いた事がありませんでした。 人糞を畑に撒かなくなって、回虫がいなくなったから花粉症が増えたと言う説も聞きました。 いずれにしても、免疫力の低下が原因で、その原因は作物のミネラル不足があるのでは。 回虫が直接、花粉症を抑えることじゃなく、土中に微生物が生息できる環境があるか無いかのことを示唆してるんでしょう。 植物の毛根と菌根菌との共生での植物体のミネラルの摂取が、大量生産の収穫農法では、菌を殺してることを改良することが必要でしょう。 有機農法も微生物に優しいことを強調して販売すると、健康代を考えると高いという事は無いのですのに。 手間がかかり原価が高くなるのが有機農法という評判しか先行していません。 それと「本当かな」という信頼性の問題もあります。 販売する作物と自家消費の作物と畑を区分けしている農家もいるような噂も聞けば「分かっちゃいるけど、ほんとう?」の有機栽培作物になります。 自然の大地があり知ってる人が作ってる、片田舎で、正真正銘の有機作物を得られるのが、これからは消費者の最高の地になるんではないでしょうか。
2010年04月12日
コメント(0)
430年前、天正9年(1581)5月11日。 宇喜多家奥方お福さんが羽柴秀吉に因幡鳥取攻めをけしかけてる今日の「三人の2代目」境屋先生の新聞小説ですが、これから鳥取はどうなるのか。 時代背景をふりかえりますと。 鳥取城主、山名豊国は元亀3年(1572)尼子の力添えで城主にかえりざきました。 天正1年(1573)毛利軍吉川元春、元長が尼子攻めに八橋までやってきた時豊国は、毛利勢に付くことをきめました。 翌天正2年(1574年)吉川が冬場富田城に帰った時、尼子が盛り返しました、その時又豊国は尼子につきました。 天正6年(1578)吉川元春、小早川隆景が尼子掃討にやってきて若桜鬼ケ城で山陰での尼子の終焉をみました。そこで豊国は毛利勢になりました。 天正8年(1580)第1次の鳥取攻めを羽柴秀吉が6月姫路からやってきました。そこで豊国は秀吉勢になりました。 天正9年(1581)ここで森下道誉、中村春続の重臣が殿豊国を追放、乞われて吉川経家が2月35歳でやってきます。 秀吉が6月(今日新聞のお福さんとの会話が5月11日だからまもなく)2次鳥取攻めを行い、有名な渇殺兵糧攻めを敢行します。 5ヶ月の篭城、壁土の藁も食ったという悲惨だったといいます。 吉川経家は、城中の命を助ける条件に自分の命を10月25日に絶ちました。 誰が、いつからか城口に吉川経家の銅像を建てて顕彰している姿は頭さがるおもいがします。
2010年04月10日
コメント(0)
九州の後輩が今年も花粉症に悩まされてるんじゃないかと思ってたら、元気な声で「今年は花粉症は大丈夫です、薬ものんでいません」との電話でした。 毎年鼻声で、春は敵わんと悲鳴を上げていたのに、急に花粉症も治ることがあるようです。 原因は、勤めで1人暮らしだったのを定年でやめて家に帰り、食生活がきちんとなったことと、気が楽になったこと以外にないといいます。 医食同源の功で、食物は大きな影響があるようです。 特に彼の場合、家が有機栽培の野菜農家であることが注目です。 薬膳がめざすものも美食から方向修正した現代の理想食なのでしょう。 花粉症対策食、コラボ対策食などこれを食べたら治る薬膳ができるでしょう。 そのためには食材に真のミネラルが吸収されたものであることが条件でしょう。 ミネラルの必要性
2010年04月05日
コメント(2)
私は原則として、活動主義者であり、積極主義である。 物事は周囲から、そうなってきたときは「勇気を奮い起こしてなせ!」という信仰である。 一時に一事を一心にすべきである。 先のさきまでを思いはかることは、心に倦怠をおぼえ、清新さをうしない、心が散ってかえって効果がないものである。 だいたいの見当はつけなければならないが、あまりもくろみすぎ考えすぎても、けっしてそのとおりにはならないものであるから、ただ、そのときそのときに一心をつくすべきである。 数をあたれ。そのうち要領がわかる。 いろいろ体験し、いろいろ悟った人でなくては真の腹力はない。 理屈だけを先にまる覚えしてもなんにもならない。 まず、自分で局にあたって、その度ごとに道理をのみ込むのでなくてはならない。 時間的には、歴史を遠く見わたしてみなければならない。 そして、今日までわれわれの先祖がいかに考え、どんな行動をしたかを、よくよく思いめぐらすべきである。 このようにして心が豊かになり、考えが大局的になることができる。 この世の中はどんなものであるか、われわれ人間というものはどのようなものであるかを、つぶさに研究することがいちばんよいことである。 できる限り思うようにさせてやることだ。 多少のしくじりや損失などは、向上のためには、どんな場合にでもあることだ。 そんなことをけちけちといわないことだ。 生まれたての赤ん坊が、ひととおりのものをおぼえ、悟るまでのは、どれだけいろんな芸当をやらねばならないかということを考えてみるがよい。 知っている者、悟っているものからみれば、たわいもないことのようにみえることでも、それまでになろうとして努力しているものにとっては、一生懸命の仕事なのだ。 自分と同様に他のものをみることが、いちばん間違いのもとだ。 自分にはばかばかしいことも、他人には一生懸命なこともあり、自分には大切なことでも、他人にはなんでもないことでもある。 すべて、その人その者の立場になって同情してやらなければならない。 {生きがいの探求 出口日出麿著}より
2010年04月03日
コメント(0)
今日から4月、早いものです。 でも寒さは、去ってくれず、春の行事だけがやってきます。 4日には、打吹公園までハイキングで子供会といくことになってます。 桜の名所の公園です。 桜は5分咲きと聞きますがこの寒さに震えているのではないかと西側から様子見に打吹山に登ってみました。 長谷寺の屋根が木陰に見えるところで、倉吉家老荒尾家の殿様の墓所が右手にありますので、参拝しました。 権威の象徴でもありますが、大きな墓石をそれぞれの時代にこの山頂に持ち上げたのは大変だったろうなと感心しました。 まだ寒さも明けきらない時でもあってか、参拝も訪れた後もなく淋しいものでした。 想いを古にふけっていると、一天にわかにくもり、あられがふりかかってきました。 これはたまらぬと目的果たさずかえってきました。 4日は何とか暖かくなってほしいものです。荒尾の殿様たち
2010年04月01日
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1


