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【11月17日(土)~18日(日)オフ会】オフ会を開きます!場所は、富士山が目の前にど~んと迫る山中湖のリゾートホテル。富士山のエネルギーをいただきながら、超能力者の秋山先生との1泊2日。有意義な時間が過ごせると思っております。詳しくは、本編「天使のほほえみ」をご覧ください。 ↓ ↓http://www.tensmile.jp/
October 19, 2007
おもしろい夢を見た。富士山近くの民宿に泊まっていて、富士山を見上げている。富士山は山梨県側や静岡県側からなど、いろいろな場所から眺められる。富士山大好きの私としては、いつも、河口湖から眺めることが多い。住んでいる場所からは中央高速を通って河口湖へ向かうのが便利という、単純な理由なんだけれど。が、夢の中で眺めているのは、違う側からのようだ。もしかすると、静岡県側?夢の中では、富士山のてっぺんの噴火口のきざきざがよく分かる。見ていると、夕日があたってきて、そこだけが浮き彫りになった。浮き彫りになった富士山のてっぺんに、大きな光の球体が現れた。すごい!写真に収めようとデジカメを取り出すと、「写してはいけない!」という声が聞こえる。禁止したのは、天だった。うっ! ごめんなさい「やはり富士山には神様が宿っていらっしゃる」。富士山は8号目までは山小屋があったりして、ある意味、所有権みたいなものがあるようだけれど、(誰が決めたんじゃい!(ーー;) 不勉強な私には分からんチン)それより上は神様の持ち物だから、誰も手出しができない。もちろん、山小屋を作るなんて、とんでもはっぷん。昨夜の夢で、やはり、富士山のてっぺんには神様が住んでいらっしゃると、ありがたい気持ちになったのだった。
August 21, 2007
24時間テレビを観てしまった。今年チャリティマラソンを走った「欽ちゃん」が、この番組がスタートした30年ほど前はパーソナリティーを務めていた。どうしてパーソナリティーを引き受けたかという質問に、次のように答えていた(と思う)。「それまでは自分のことしか考えないでやってきた。1日くらい、他人のことを考える日があってもいいんじゃないか」そう思い、パーソナリティを引き受けたという。そうだったの。また、この番組で話していたことだけれど↓。欽ちゃんは、昔、Nちゃんという新人さんに何度も「ダメだし」を出して、同じせりふを繰り返させたことがあった。新人Nちゃんは、どうしてダメなのか理由が分からず、欽ちゃんは自分のことが嫌いなんだろうと思ったという。後年、その新人さんは一人前のタレントちゃんになった。あるとき、どうしてデヴュー当時、あれほど「ダメだし」を出したのか聞いてみた。その答がよかったですね。「だって、僕のところで30回も繰り返させられたら、その後、どこで仕事をしてもラクでしょう?ラクだから、いつもいい顔をしていられるじゃない。そうすると、Nちゃんは好かれるじゃない。僕も1回でオッケーを出してもよかったけれど、そうすると、その後どこかで仕事をして演技のやり直しを求められたら、その相手を嫌いになるでしょう?嫌いという気持ちは相手に伝わるから、Nちゃんが好かれなくなるじゃない」(というような内容)欽ちゃんて、こんなに器が大きな人だったの($・・)/~~~。(おいおい、今頃かい?)本当のやさしさって、その正体は分かりにくいことが多い。
August 20, 2007
天界から小さな男の子が来ました。1歳くらいでしょうか。歩き始めたくらいの小さな男の子です。紺色のオーバーオールを着て、赤い半そでのTシャツです。お名前を聞いても、教えてくれませんでした。でも、次のような特徴を話すと、ご家族は分かるのだそうです。「ヨーイ・ドン!」というと、手と足をかまえて走り出す格好をするのだそうですが、なかなか走り出さないで、「走らないんだな」、と思っていると、そのうちに「だー!」っと走ってくるのだそうです。こういうと、男の子のお家の人は分かるのだそうです。いつも、このようにして遊んでいたのでしょうか?はやく、ご家族が分かるといいと思い書きました。詳しくは、本編の「天使のほほえみ」の掲示板「天界メール」に書いてます。お心当たりの方は、こちらを見てくださいね。 ↓http://www.tensmile.jp/cgi-bin/bbs50/bbs.cgi?book=smile1
August 15, 2007
まだまだ解明されていない不思議があるのだけれど、昨夜の日本テレビ系の番組で、「本物の超能力者と認定できたら1億2千万差し上げましょう」というアメリカのなんたらバスターという人と、超能力者とのVSをやっていましたね。なんたらバスターというお方は元マジシャンで、いろんな超能力はマジック的なトリックで解明できるんだよ! と主張。なんたらバスターの「偽者を退治したい」という信念に共感を覚えて、じっくり見てしまった(ビデオだけれど)。昨夜登場した超能力者は、精霊のサポートを受けて透視ができるという男性。この番組を製作するにあたって、スタッフたちはいろいろなリサーチをする。そこで、事前に彼の透視実験を行ったところ、複数の透視をクリア。番組スタッフ側は、彼は本当の能力を持っているのではと確信に近いものがあり、なんたらバスターと超能力者とのテレビ対決となったのだった。能力の認定は、バスターと能力者がふたりで協議した極めてフェアな方法。20枚の絵を透視して5枚以上正解なら超能力者として認められて、1億2千万ゲットできる。結果は、ひとつしか正解できなかった。テレビの公開実験に参加した、精霊とコンタクトをとっているという能力者は、この結果にいいわけもしなかった。彼を見ていて好印象を持てた。精霊とコンタクトをとっているという彼自身が一番、自分の本当の能力を知りたかったのではないだろうか。「自分がこの番組に出たのはお金が欲しいからではない。精霊の存在をみんなに知って欲しかったからだ」的なコメントを残したと記憶している。あれを見ていて思ったのは…。サポートをしてくれる精霊たちは、テレビ収録は好きじゃないような…。波動は荒くなり、コンタクトはとれにくいよね。精霊とコンタクトをとっているという男性はトリックなど使っていないし、妄想を話しているのではない(ように思えた)。あの収録の後、彼と精霊の関係はどうなっただろうか?そちらの方に興味が向くのだった。
June 19, 2007
昔は、「父の日」は日本固有の記念日かと思っていたら、アメリカでは祝日までなっていて、この日はアメリカ生まれと知ったのだった。奥様を亡くされて、男手ひとつで六人の子供たちを育て上げたウィリアム・ジャクソン・スマート氏。その父親に感謝したいということで、子どもの一人(ドット夫人)が「父の日」を作ってくださいと、1909年に牧師協会に提唱したという。制定されたのは、翌1910年。「国民みんなで祝おうね」と、父の日を国民の祝日にしてしまったのが1972年。そんなに古い話ではない。母の日のカーネーションをまねしたのか、父の日にはバラを贈るのが慣わしらしい。父の日の提唱者のドット夫人が、お父様のお墓にバラを供えたからという理由でね。父が天界へ還られた方は白いバラ、健在なら赤いバラというが、ここでも色分けかい?母の日と同様、こういう色分けは好きではないなぁ。どうして、色分けするのかなぁ。?マークが、どっちゃりよ。でも、父の日にバラを贈るのは、大賛成!バラの花はキリスト教と深いつながりがあり、とても神聖な花。キリスト教の世界では、十字架にかけられたキリストの血の跡に咲いた花と伝えられている。ところで、今日は世界各国で「父の日」なのだろうか?6月の第3日曜日が「父の日」になっているのは、本家のアメリカや日本のほか、ヨーロッパのイギリス、フランスなど。同じヨーロッパでも、ドイツは5月のキリスト昇天祭の日、イタリアやスペインでは3月19日の聖ヨゼフの日がこれにあたっている。微笑ましいのは台湾の8月8日。「パパ」と発音するからこの日になったそうだ。日本では、某民放テレビ局のお祭りの日だけれどね(笑)。韓国では、日本のように「母の日」「父の日」とに分かれていなくて、5月8日の「両親の日」がこれにあたる。親を敬う儒教の国らしい制定だなぁと、ほのぼのした気持ちになるのは、私だけだろうか。
June 17, 2007
昨日の日本テレビ系の番組「ガリレオの遺伝子」を観た方は多かっただろう。一番興味深かったのは、レイモンド・ムーディー博士の鏡視実験。鏡を使って、天界へ還った方と会うという実験だ。大きな鏡を用意して、ほのかな灯りだけを残して暗室のような暗い空間を造る。その環境の中で鏡を見ていると、天界へ還った方と会うことができるというものだ。テレビの解説では、「必ずしも会いたい人が現れるとは限らない」ということで、うぅぅぅむ、とうなってしまった。自分と関係ない方が登場してもね…。番組では、実際に天界へ還った母親の顔が現れたということで、被験者の顔には涙が流れていた。鏡視についてのウンヌンカンヌンは、私自身が体験をしていないので、なんともいえない。けれど、某心霊協会で鏡視実験をしたときのこと。天界へ還った愛する人に出会えたという方全員を写真撮影してみたところ、すべての人にオーヴが写ったというから、やはり何がしかの交流があったことは考えられるようだ。
June 15, 2007
いろいろなことや不思議が続いて、お目目ぐりぐりの毎日が続いていたら、あっという間に6月の半ば。はっ、はやい!!「人生いろいろ」とのたもうたのは、某元首相だけれど、人間は、次々いろいろな体験をさせられるなぁと、関心&感心&驚き交じりで、しみじみしていたら、「トレーニングは、最初はチャイルド系の体験、 ↓次に母性系の体験(母性ってなぁに、を学ぶ体験) ↓そして父性系の体験(父性ってなぁに、を学ぶ体験)と顕れます」といわれたのだった。(だから、誰にじゃ!?)父性はという言葉もあるように「慈しみ」、母性はという言葉もあるように「悲しみ」、このふたつが相まって「慈悲」の心が学べるのだという。とっても分かりやすいです。
June 14, 2007
思いっきり風邪をひいてしまった。最初は咽喉の痛み。そのうち、鼻がぐずぐずしてきたと思ったら、鼻水がすごい。「はっくしょん、はっくしょん」と、くしゃみもね。犯人は、○○さんだろう。ミーティングのとき風邪を引いていたから、あれをいただいてしまったらしい。風邪ではなく違うものをいただきたかったけれど(笑)、後の祭りだ。とはいえ、風邪のおかげでこの週末はゆっくりできたから、何が幸いするか分からない。土曜日のコンサートの予定は、チケットを知り合いに譲り、代わりに行ってもらう。日曜日の美術館も延期。ひたすら、本を読んで過ごす。そして、久しぶりにテレビのチャンネルをかしゃかしゃ回しながら、番組ウオッチングをしたりする。うううむ。いい感じ。たまには、のんびり。それにしても、今回の風邪は、鼻がすごい。病気にも意味があって、鼻水に悩まされるのは、体内に水分が多いからというスピリチュアル的な解釈があるけれど、どうもそればかりではないようだ。最近、ハードに動き回っていたので、少しお休みしなさいね、と休息を与えていただいたのだろうと、プラスに解釈。軽く熱があるくらいなら、外出してしまう。けれど、鼻水ぐしゅぐしゅの状態では、人に出会うことなどできやしない。花粉症の最悪状態と一緒で、鼻に詰め物でもしない限り、たまりましぇん。で、横になっているのが一番なの。ということで、身体をゆっくり横たえながら、充分な休息をとれることになったのだった。風邪に感謝!(ホント、ポジティブなヤツです)
May 27, 2007
昨日の日記の続き。というわけで、「そうかな…」と?マークが飛び交う写真を送ってもらった。拡大してみるとよく分かるけれど、やはり、心霊写真だった。墓石の文字の上に、はっきりと写っている。彼のお母様は、このことを息子さんに分かってほしかったのだ。気まぐれで、私と連絡をとり、久しぶりに会ってみようという気になったのも、お母様が働きかけたからのようだった。彼のお母様は、「消滅したわけではない。このように、いつも見守っているから、心配しないで、楽しく日々を送ってね」とメッセージしたかったのだろう。裏を返せば、こういうメッセージを送りたくなるほど、彼のショックは大きかった。彼は、ぽつんと、つぶやいた。「人間の死について、いろいろな人の教えに接するけれど、そして、それを聞いて分かったようなことをいうけれど、違ったね。本当の意味で“死”を知るのは、身内が天界へ還ってからだ」自分の身を引き千切られる思いだ…と、母親を失った苦しさ・辛さを吐き出していた。そんな息子の様子を心配して、自分の存在をなんとか分かってもらおうとしたお母様。お母様のこの気持ちに感謝をしつつ、毎日を前向きに過ごしてくれたらなぁと、願うばかりだ。
May 26, 2007
突然、メールがきた。むかぁぁぁぁぁぁ~し、パリに留学していたときに出会ったお方からだった。某所で私のことを知り、懐かしいので、会いましょうという内容だった。正直、迷った。だって、お互い、「年、とったなぁ…」と、失望だけが生まれる可能性大だもの。とてもとてもしばらく振りに出会ったふたり(しかも男女ね)が、あまりの変貌振りに、思わず、「会わなければよかった」と後悔するのはよくある話だ。が、別に恋愛感情を持っているわけじゃなく、そういう失望が生まれたとしても構わないではないの。それになにより、会ってみようという気になったのは、6月の末に、私の方にフランスでの仕事が入っていたためだった。ある方にもいわれたことで、私自身も体験をしていることだが、霊的にフランスとつながりが強く、昨年来からそれがパワーアップされてきている。今年はいろいろな事情があり、フランス行きはあきらめていたところだったが、仕事でフランスに行かざるを得ない状況になった。「なるほど、呼ばれるときは、このようにしてでもスケジュールが組まれるものだ」と納得していたところ、パリで会った方から突然のメールだもの、会う興味が沸くわよね。偶然はないわけで、ひとつひとつ何がしかの意味があるから、今回の場合は、どんなもんじゃいね。ということで、待ち合わせた。相手が分からなかったらどうしよう…、という心配は杞憂に終わった。分かりましたね。お互い。少し、メタボ系でふっくらはしていたけれど…。でもって、お会いした意味が分かりましたねぇ。旧交を温めた後、ぽつりぽつり、彼はこんなことを話し出した。 ↓数年前、お母さまが天界へ戻られ、苦しい時間を過ごしたこと。現在、ハンニャシンキョウを自分なりに読み続けていること。お母さまを納骨されたお墓の前で写真を撮ったとき、どうも、心霊写真らしきものが写っていたこと。だけど、家族の誰ひとり、そんなことは信じていないこと。etcもちろん、彼はスピリチュアルとは無縁の人で、(何しろ英語を駆使するヴィジネスパーソンで、かなり現実主義的な人)私も、自分の興味の向いているこういう世界については何ひとつ話していない。が、自然に、そういう方向へと話は流れていったのだった。今回、突然お会いしましょうということになった意味は、ここにあったのだね。と、納得。それに、最後まで、私のこういう世界については話さずじまいだった。出会いひとつひとつに意味があるというのは、本当だなぁ、としみじみした出来事。そして、霊的なつながりを持っている場所には必ずや導かれて行く様になってることもね。
May 25, 2007
多くの方がそうだろうけれど、自分が受けているメッセージが、あるいは見えている映像が、あるいは見る夢が本当に天界からのものなのか、あるいは妄想(笑)なのか、疑問に思うときがある。危ないヒトになってはヤバイ!で、ある方に質問を投げかけてみた。その方は、「本当のメッセージと自分のイメージとの区別ができないのは危険です」と話されている方だから…。「本当のメッセージと自分がイメージで作っているメッセージとの区別はありますか?」答はいたってシンプル。「自分を疑い、神様だけを信じることです」ううむ。禅問答ではないよ。どういうことかというと…。「自分のいただいているメッセージは疑って、鉛筆を削るように砥(と)いで砥(と)いでいく。疑って疑って無くなってしまうようなら、それは自分で創作したイメージだ。神様からのメッセージは、砥(と)いで砥(と)いでも無くなるものではない」本当に必要な天界からのメッセージというのは、こちらが疑って、「ポイッ!」と捨ててしまっても、こちらが分かるまで、あの手この手で繰り返しやってくる。なるほどね。分かりやすいね。※タイトルがおかしなアルファベットでアップされてしまうので、書き直していると、また、元のおかしなアルファベットでアップされてしまうよぉぉぉ。今度は、直しはOK?妄想と本物とのハザマで(笑)
May 22, 2007
ダライ・ラマの講演の一部に感慨深い内容があった。それを書き留めておいたのだけれど、出典を探したが見当たらない。(うう~む。ごめんさない)ここしばらく、自分中心の時間を過ごしていた自分には、耳の痛い内容だ。ダライ・ラマのお話はこんな感じ↓。「霊的な進化に階層があることはご存知ですね。私たち人間と神の世界には、階層の隔たりがあります。チャネラーやリーディングをやる人たちは霊の世界はわかっても、神様の世界のことまで知っているが何人いるでしょうか?いま、心霊やオカルトがブームですね。特に若い人たちが、そのことに興味を持つのは、自己実現や願望実現のためです。心霊やオカルトというものに心をひかれる、その心の奥底をのぞいてみると、自分の幸せのために超能力を使いたいというのが本音です。あるいは、注目されたいとか、目立ちたいという気持ちもあるでしょう。「自分かわいい」といった個人主義的な、自己愛的傾向が強いのです。これは「欲望の権化」となっているわけで、こんな状態は本当の幸せは得られません。本当の神秘主義というのは、そのようなものとは違います。これまで、アインシュタインをはじめとする天才たちや、偉大な宗教家の多くは、神秘体験をしています。彼らは皆、超越的な存在というひとつになったという感覚を得ています。神様的存在と会えたということですね。その時には、自分という存在が消えてなくなっているそうです。つまり、自分という存在を否定することで、神様とひとつになることができるんです。オカルトやニューエイジの教えは逆です。「かわいい自分を大切にしましょう」という、エゴを肥大させる方向に向かっているのですから、それは神への道とは真反対です。高次元な世界とは、反対の方向に進んでいます。霊能力や超能力というのは、霊的成長が進めば自然に現れるものです。が、残念なことに、そういう力がある人はみんな悟りを開いているかというと、そうとは限りません。本当の神秘主義の意味を知って、高次元の世界へと歩めるようになってほしいものです」■さすが、ダライ・ラマ様!
May 21, 2007
やることがたくさんあって時間が足りないということで、移動中や眠る前の時間などを有効活用することにした。何も特別なことではない。ウォークマンの助けを借りるのだ。覚えたいことをCDで聴きつつ、頭の中に入れる。頭の中にちゃんとインプットされているかどうかは別にして、何もしないよりは、脳細胞の刺激になっていいかもね。ということで、久々にウォークマンとお友達になっている。荷物になるのが大変なので、世界最軽量のウォークマンを購入。さすが、軽い。110グラム(だったかな?)。で、前置きが長くなったけれど、毎晩眠りに着く前に1時間前後のテープを聞きつつお布団に入る。するとですね。しっかり頭に入る…ではなく、いつの間にか、眠ってしまっているではないか。仕事に追われているときは頭が冴えている状態で、なかなか眠りにつけないことが多いのだけれど、うううむ。なかなか、いい方法を発見!眠れない夜のお供には、ウォークマンね。万人に有効な方法ではないことは確かだけれど。
May 20, 2007
私たち人間は不完全な生き物だ。だから、頭ではわかっていても、心が納得できないことがたくさんある。そんなとき、「神様」へ手紙を出す。自分の心の中にあるいろいろなことを、包み隠さず話す。神様はすべてお見通しだから、いまさら隠すこともない。心の中にあることを正直に書く。悩んでいること、お願いしたいこと、聞いてみたいこと(質問事項ということね)、自分の考えなどを、つらつらと書き綴ってみる。すると、不思議だけれど、答がいただけるのだ。その答は、なにげなく開いた本のページだったり、テレビでの情報だったり、知人からの電話だったりする。この「神様への手紙」は、実は、多くの人が似たようなことを行っていることを最近知った。驚くより、納得のほうが強かった。「神様へ手紙を出す」行為は、私たち人間のDNAに刷り込まれたひとつの共通認識なのかもしれない。
May 15, 2007
ドン底に墜ちる、墜とされるのも、すべて意味がある。意味のひとつに、奇蹟・奇跡に出合うためというのがあるようだ。この、奇蹟・奇跡の正体って、一体なんだろう?『広辞苑』という分厚い辞書を見てみると、「常識では考えられない神秘的な出来事。既知の自然法則を超越した不思議な現象で、宗教的真理の徴と見なされるもの」と説明されている。常識では考えられない、神秘的な出来事。それらが起るのは、こちら側がハッピー&ハッピーの状態ではなく、それとは真逆の状態にいなければいけないということか…。救いのない状況。方法がすべて閉ざされてしまった状況。そんなとき、光明が現れると、自然の法則を跳び越えた、なんらかの力が確かに働いていることを認めざるを得なくなる。広辞苑で「宗教的真理の徴」と説明しているのは、そういう心のあり方を指しているのだろう。
May 14, 2007
今日は、母の日ですね。お母さんたちに次の言葉を贈りたいと思います。★神様の御心(みこころ)のもっとも美しい傑作は、お母さんの心です。★お母さんの愛は永遠で、いつ何時(なんどき)にもあり、無償のものだと子どもたちは知るべきです。★母親には目を見張るほどの特権があります。神様と一緒に新しい生命を創造するという仕事。母親が手を貸すことで、永遠に生きる一つの魂が生まれ出るのです。★一行一行、一瞬一瞬かけがえのない数々の時が二人の記憶に深く刻まれます。母と子の永遠の愛というあせないインクで。
May 13, 2007
へヴィーな日々が続いている。連日、築地のがんセンターへ足を運んでいる。入り口の1階アトリウムには陽の光が差し込み、一見明るい空間だが、それぞれの人の様々な思いがいっぱいだ。人間は、いろいろな形で「生」と向き合わされる。その際たるものは、天界に還る時期を眼前に示されたときだ。「生」と「死」はひとつのコインの裏と表。生きているだけでいい。ただ、それだけでいい。不平や不満をいうのも、心に余裕・ゆとりがあるからだ。生きているだけでいい。ただ、それだけでいい。それが叶うなら、何も不平・不満はいうまい。そういう叫びに接して、何が言えるだろうか…。
April 28, 2007
何でも自分で体験してみなければ気がすまないジャンヌさん、この前、アカシックリーダーS氏にお会いして、私のアカシックレコードを読んでもらう。紀元前5万年も前の情報が出てきた。「あなたは、どの層とアクセスできているのですか? いわゆる守護霊さんとコンタクトがとれる方との違いはどこにあると認識していますか?」と、突っ込む私。「僕は、ムニャムニャですよ」と、明解に答えるS氏。自分の前世ってなんだろう?多くの人の興味をひくテーマだ。もちろん、大切なのは今だ。前世を知ったからどうなの?という方もいる。が、現在の時間をどれだけ充実して過ごすかのサポートとしてプラス的に活用するなら、前世を知るのは意味があると思っている。確かに、「あなたの前世は××ですよ」と、聞かされたからといって、それを証明する方法がない。多くの人が指摘していることだ。今回の場合でいうと、アカシックを読んでもらって知った自分の前世を証明するには、エジプトに足を運ぶのが早道だが、残念なことに、エジプトはあまりに遠いなぁ。前世をテーマにしたワークのひとつに、「前世療法」というのもある。こちらは、他者から聞かされるのではなく、前世のヴィジョンを自分で見るというものだ。受けた方の多くが体験しているが、妄想を超えた範囲のヴィジョンが見え、自分の中のもやもやが消える場合がある。それまで、自分自身にいろいろな体験があって、そのストックしている情報に照らし合わせてみた場合、見えたヴィジョンに「ああ。なるほどね」と、納得がいくのだ。もやもやの原因は、これだったのか…と。それだけでも、前世療法にはプラスの意味があると思っている。というように、怠け者のジャンヌさんは、目に見えない世界を片一方に意識しながら、歩んでいこうと思っているのだった。守護天使さんや、ハイアー・セルフさんや、守護霊さん…なんかのサポートをもらえたら、人生歩んでいくのも、少しは楽しくなるなぁという、安直でズルイ考えをもっているのです(←オイオイ)。突然、話題は変わって。さっき、おもしろい記事を見つけた。「気象病に注意」というコメントだ。今日から明日にかけて、北海道で、短時間に気温が急上昇するため体調不良や気分が落ち着かないなどの「気象病」が起こる可能性があるらしい。気象病というのは、気象の変化によって発病する現象で、例えば、「雨の日には神経痛がひどくなる」といった症状などが含まれるという。うんうん。このあたりは理解できるわね。さらに、「急に環境が変化すると、人は体がついていけなくなる。フェーン現象の時、敏感な人はいらいらしがちになる」と説明していて、「車の運転や、夫婦げんかに注意を」と呼びかけている。すごいですねぇ。「いらっ! としやすくなるから注意してね!」と気象庁が呼びかける時代なのだね。アカシックレコードから宇宙に思いを馳せていたときに、これまた気象庁のトンだ情報。やはり、宇宙のエネルギーを無視はできないということらしい。
April 21, 2007
こんな夢を見た。大都会ではなく、昔の地方駅のような、のんびりした雰囲気。今、各地に多く造られるようになった「道の駅」のように広々とした、木造の駅舎。待合室に入りたいと思い、切符を買おうとすると、「要らないですよ」と、年老いた柔和な駅員さんが、笑顔で答える。そうだった。駅の待合室に入るには、切符は必要ないんだったけ。駅の待合室は広々として、光にあふれていた。中央に、1匹のワンちゃんが座っていた。他には、誰もいない。待合室とはいっても椅子などなく、小さなホールのような印象。ワンちゃんは私を見ると、喜んで、ぴょんこぴょんこ飛び跳ねて、まとわりついて離れない。白いもこもこした毛の、ちょっと茶色が混じったぬいぐるみのようにかわいいワンちゃん。一緒になって遊んでいるとき、「そういえば、待合室の入り口付近にも、お座りしていた小型のワンちゃんがいたわ」と、茶色と白のミックスのおとなしいワンちゃんがいたことを思い出す。あの待合室は、銀河鉄道の待合室だった。天界へと続く鉄道の待合室なのに、夜のシーンはひとつもなく、ただただ、光にあふれていた…。夢の話である。
April 19, 2007
エドガーケイシ-はアカシックレコードにアクセスしてリ-ディングしていたことが知られている。ケイシーは「アカシックの記録」「生命の書」「神の記憶帳」「魂の記憶」などと呼んでいた。彼によると、アカシックの記録は宇宙創造の時からはじまっているという。つまり、アカシックレコードは、「過去は数億万年前まで」「未来は数万年まで」のあらゆる生命の記録を収めた図書館のようなもの。私たちが何か調べものをするとき、図書館にいって文献を参考にするけれど、それと一緒ね。もし、自分の過去や未来を知りたいと思ったら、このアカシックの図書館へ行って、自分のことが記された本を棚から取り出す。そして、必要な箇所のページをめくる。と、そこに自分に関する情報が記されている。そんなイメージだろうか。これに関連して…。足立育朗氏の「波動の法則」という本には、宇宙の情報層について分かりやすく書かれている。それを読むと、宇宙の情報層はレベルの低いものから高いものまで何層にも分かれていて、その人が持つ波動によって、どの層と同調できるかが違っているらしい。(うんうん、確かに。分かる&分かる)例えば、エドガーケイシーや日蓮・空海などは、“8シン帯層”というところまでアクセス。キリストはその一つ上の“7エーテル帯層”まで。仏陀はさらに二つ上の“5コーザル帯層”まで。(数が少なくなるほど高界層)スウェーデンボルグという神秘家は、地球からとっても近い地上100Kmおよび200Kmくらいにあるギノーという層とだけアクセス。ここは、その星用(いわゆる地球用)の情報やエネルギーが蓄積されている層で、現在、霊能者や超能力者といわれている人たちの95%以上は、このギノー層から情報を得ているらしい。ギノー層<8-シン帯層<7-エーテル帯層<5-コーザル帯層というランクになるわけだから、どの層の振動波と同調して情報をゲットしたかによって、同じ問題でも、答えや解決の仕方、対応の方法が異なってくる。うんうん。よ~く分かる。これはあくまで足立育朗氏の説。が、「アガスティアの葉」(苦笑)より真実味があるような…。このアカシックにアクセスして情報を読み取る人をアカシックリ-ダ-というが、本日、このアカシックリ-ダ-という方にお会いする。果たして彼は、どの層とアクセスできているのだろうか…。
April 17, 2007
昨夜、テレビの番組ジェネジャン「最強スピリチュアルカウンセラー大集合」というタイトルにひかれてスイッチを入れる。あらら。あまりにもひどいなぁ。とはいえ、タイトルからして想像はついていたことだけれど。どういう方が“最強スピリチュアルカウンセラー”なのか、怖いもの見たさ(笑)だったジャンヌさん。「エンターテイメント」として考えれば、笑えておもしろいということで、許されるのかも。本物さんは、このテの番組出演はOKしないものだしね。途中、他チャンネルに切り替えて、再びジェネジャンに戻ったら、米良さんが「ヨイトマケの唄」を歌うところだった。釘付けとなる。やはり、いいですねぇ、米良さんの歌。彼の歌を聴けただけで、ジェネジャンにチャンネルを合わせた収穫があった。ということで、この番組にサンクス!です。それにしても…。一昨日の夜、某能力者の方と話をしていたときのこと。目に見えない世界の、ある件について深く語り合いはじめたとき、「ムニャムニャ」がすっーと寄って来た。「あっ、来ていますね」と私。「ええ」と、某能力者。勘違いじゃないことを確かめたかったのだ。このように、何かについて語るとき、それに関連している天界の住人たちが、そばに来ることが多い。これはある意味、言霊のパワーとも関連していて、言葉の持つエネルギーと見合った存在が、寄ってくるということもあるようだ。というような体験をしていると、口から出る言葉にも注意を払うようになる。それを踏まえて、昨夜のジェネジャンの放送を思い出すと、“口汚く罵り合っていた”シーンがあったのにはお口あんぐりだった。(あれに驚いてチャンネルを変えたのだけれど)出演者の中で、相手を罵倒するようなセリフを吐いていた瞬間、どんな存在が側にいたのかなぁ。えっ? よけいなお世話?自分のことを心配しろ??お前こそ、キツネやタヌキがついてるぞ!はい。すんません!
April 15, 2007
昨夜、興味深い時間を持つことができた。そこで語られた、不思議話、あんなこと&こんなこと。世の中、表面に出ていることと、裏でうごめいていることとはまったく違うから、実際には何が起きているかを正しく見極めるのは難しい。まずは、一方的に人の言葉を聞かないほうがいい。何かをジャッジするときは、両者の言い分を等しく聞いてから判断しないと、ある意図による情報操作の網にひっかかって、間違った悪者を作ってしまったりする。人の心の奥底に住んでいる妬み、嫉み、ひがみほど怖いものはない。ほとんどオフレコの内容なのが残念!(笑)。と、まぁ、こんな抽象的な話はおいといて…。昨日、聞いた話の中で、誰でもすぐ実行できるプラスの情報があった。今年は「自己実現」に最適の年。各人、それぞれ「こうなりたい」という願望があると思うので、それを強くイメージするとよい。念力パワーが生かされるというか、念が通りやすい年なのだそうだ。やり方としては、願いが成就された自分の姿をイメージすると、念じやすいかもしれない。とにかく、ひたすら強く念じることだ。毎日ね。念じることでお金はかからないから(笑)、試してみる価値はある。『天使の祝福カード』をいただく。タロット占いのように、天使が描かれたカードをあるやり方でセレクトして、天使からのメッセージを受け取るというもの。ある牧師さんの不思議体験を元に作られたそうだ。天使からのメッセージの受け取り方も、いろいろな方法があるものだ。
April 14, 2007
今朝方、かなり不思議な夢を見る。私の前にAさんとBさんとCさんの3人が登場し、私が順番にオーラを読んでいるのだ。しかも、各人のオーラの色が、かなり鮮明に見える。オーラは一層ではない。バームクーヘンのようにいくつかの層が重なっていた。Aさんのメインは、スカイブルー。Bさんもブルーが多かったが、見ているうちに、ご本人の左頭部から肩にかけて、黄色も現われてきた。Cさんは、頭上から、光輪の中途半端な短いものが天に向かって走っている。夢の中の私は確信している。「オーラを明確に見る術を、これでつかんだ!!」やはり、“コツ”のようなものがあって、自分を“ある”状態に置くと、相手の周りにオーラが見えてくる。不思議だけれど、なんとなくありがたい気持ちに満たされた夢だった。
April 13, 2007
「目からウロコちゃん」だった。お金の話である。日本最初の紙幣が登場したのは江戸時代のはじめ。その資料を読むと、伊勢神宮のお膝元の商人さんが羽書(はがき)というのを発行しているが、これが日本ではじめての紙幣といわれているようだ。これ以来、神社仏閣なんかも通用範囲を限定した紙幣を発行したらしい。その資料の中に、「貨幣とか紙幣とかの『幣(ぬさ)』という字は神様に捧げる幣(ぬさ)と同じ字」という説明があった。ぽろっと、目からウロコが落ちる。幣(ぬさ)というのは、「神の依り代」。分かりやすくいうと、そこに神様が宿ってくださいますよ、という代物。ということで、貨幣というのは、最初の頃はとっても神聖視されていたようだ。なんといっても、神様と人間とを仲介してくれるものだものね。でもね。日本で経済活動というと、「がんばってお金儲けをしようぜぃ!」的なニュアンスでとらえられていて、お金儲けというのは、場合によってはダーティーなイメージもあったりする。けれど、経済のもともとの語源は、中国の古典にある「経世済民(けいせいさいみん)」。これを縮めて「経済」という単語が生まれたのだけれど、経世済民というのは、『世を治め(経め)、民を救う(済う)』という意味。このように、経済という言葉は、民衆を救うという意味を含んでいるのだから、とっても美しいニュアンスがあるではないの。経済にかかせないお金。もともとは神様と関連があったことでもあるし、本当の経済活動はどこに向かうべきかは自然に見えてくるような気がする。
April 12, 2007
数日前、ある方から屋久島の話を聞いたばかり。妖精が住んでいるという噂の森についてね(笑)。去年、屋久島を訪れた友人夫婦の写真を見せてもらったとき、ふたりの笑顔のショットの横に、小さなオーヴが写っていた。もちろん、彼らはこういう世界には興味が無く、オーヴが写っているのには気づいていない。この写真を見たジャンヌさん、「やはり屋久島はミラクルワードだ」と、興味がそそられてしまったことがあった。数日前、ある方に屋久島の不思議について教えてもらったとき、そのことを思い出し、「やはり屋久島はいいなぁ」と、心がムクムク。そうしたらね、またまた昨日、屋久島の不思議について聞かされるはめにおちいってしまったの。またまた、「自然の精たちがたくさん住んでいるので、一度訪れてみたほうがいいですよ」というアドバイスだった。加えて、いろいろ教えてくれた。屋久島を護っている神様は「ヒコホホデミ」という方で、よく知られている、古事記に出てくる「海幸・山幸」物語の「山幸彦」さん。お母さんは、「コノハナサクヤヒメ」。「えぇぇ???」そうなんだ。そうだったのぉ。コノハナサクヤヒメって、富士山をお護りされているお方ではないの。そっか、そっかぁ~。屋久島というと「縄文杉」がすぐさま頭に浮かんでくるけれど、ここは、日本の神話の宝庫なんだ。あっ、だから宮崎駿監督が、ここを舞台に「千と千尋の物語」を製作したのね。(って、前からいわれているではないの。正しく理解していないんだ、おバカなヤツ!!)八百万の神様やら、精霊たちのエネルギーが満ち満ちている島。ううむ。行ってみたいなぁ~。どうか、足を運ぶ機会が訪れますように…。もうひとつ、昨日知った、尊敬すべきヘンな奴。故ダイアナと志を同じくし、世界の地雷撤去にエネルギーを注いでいるサラリーマン(今はサラリーマンではなく、ビジネスパーソンという表現が多くなっているけれど。どうでもいいことをいってしまったわ)。某一流企業にお勤めで、ときどき休暇をとっては、その時間をすべて地雷撤去の活動に注いでいる。奥様もボランティアに深い理解がある方らしい。久しぶりに聞いた、すがすがしいお話。尊敬すべき、ヘンな奴。日本も、まだまだ捨てたものではない。人間って、やはりすばらしいですね。
April 11, 2007
胃カメラ検査を“受けて”しまった。過去に胃潰瘍をやっているジャンヌさん、最後に胃カメラ検査をしてから3年も経っているので(はっ、早い!!)、「そろそろ、胃カメラ検査をしたほうが、ええんではないかい?」ということで、「あいよ」ということになったのだった。暴飲暴食がたたって、胃の調子が悪い日々が続いていた。ワインの勉強だぁ、なんて、いいわけをしては、いろんなぶどうの種類のワインを飲み比べる。お食事のお誘いがあると、いそいそと出かけてしまう。それも、腹八分目が健康にはいいといわれているのに、残してはもったいないと、目いっぱい詰め込んでは、「くるちぃぃぃ」と叫ぶ。(←おいおい)そうそう、現代では、腹八分目ではなく、腹五分目が健康にはいいといわれているのにね。おおかたの病気は食べすぎから生じると、多くの識者はのたもうているではないか。それに、暴飲暴食に加えて、不規則な食事時間。夜遅くのドカ食いを続けていたら、胃様が悲鳴をあげてしまったのが、ついこの前。節制をしてようやく、胃様がご機嫌を直してくれたのだったが、こちらが油断すると、ときどきストライキを起こす。そんなこんなで、胃カメラでのぞいてみるべぃということになったのであります。いろいろな分野での技術の進歩は日進月歩で、目を見張るものがあるけれど、医療器具についてもそう。飲み込むカメラは小さくなっているし、今回、はじめて、鎮静剤を使用した検査にした。これがなんと、ラクではないの!びっくらこいてしまったの。知り合いのドクターが、「麻酔をしてやったほうがいい」と、強くすすめてくれたわけが分かった。これまでの検査に比べると 明らかに苦痛が軽い。苦痛というのは、胃カメラを飲み込むときの違和感のことだけれど…。(だいたい、カメラを飲み込むという発想自体信じられない!!)「ぼーっ」としている状態の間に検査が終わるので、嘔吐感と闘うこともなく、本当にラク。検査後は約30分くらいはベッドに横になって、麻酔が体から抜けるのを待って帰宅許可。都合、1時間30分ほどて終わってしまう。で、結果は、なんともなかった。あはっ。過去に胃潰瘍をやっていたので、それが心配されたのだが、胃の内部も十二指腸も、きれい。ポリープもなし。いま話題のピロリちゃんの検査もリクエストしたが、「潰瘍や腫瘍がない場合は、ピロリ菌検査の必要はありませんよ」と、断られてしまった。「はい」健康な胃といわれたのには、安心した反面、もしかして、あれが効いたのかなぁ…なんて、またまた勝手な解釈。すべてのものは波動や意識を持つ。私たちの身体だって、そう。ということで、胃がシクシクと痛い時期、自分で“手当て”を続けていた。「胃さん、胃さん、あなたも神の子よね。神の子なら、胃さん本来の働きに戻ってね」と、夜、寝る前、胃に手を当てて、言い聞かせていた。まさに、“手当て”。高橋信次氏の方法と、ジャンヌのオリジナルをあわせたものだ。“お願いね、胃さん”ヒーリングが効いたのだろうか。胃の調子が悪かったのは事実だ。心身、ココロとカラダは深いつながりを持っている。胃の調子が悪いときは、多くの場合、「何か内に溜めすぎていることへの注意」メッセージのようだ。兼好法師さんという方も「徒然草」という古典の中で、「物言わぬは腹ふくるるわざ」と、書いている。「いいたいことをいわないと病気の元になりますよ」とは、昔からいわれていることだ。性格的に、いいわけや、自分の立場を護るためにエネルギーを使うのが好きではない。マイナスエネルギーの宝庫だからだ。そう思っていろいろな出来事をスルーしているが、 “いわぬが花”というのを、魂自身は本当の意味で納得をしていなかったのかもね。「いいたいことをいわない状態」が、魂さんにとっては不満で、そのマイナスが身体、胃にたまっていたのかも。うううむ。アオイね。私の魂ちゃんも、甘っちょろいね。おそらく、魂ちゃんも達人になると、“いわぬが花”ということすらも感じなくなるのだろう。分かりやすくいうなら、後足で砂をかけられた場合、これまでは、「砂をかけられて痛ぁいけれど、じっと我慢しよう」だったけれど、達人の域に達すると、「その砂が見えない状態」というか、「砂の痛さを感じない状態」ということらしい。道は遠いですね!
April 7, 2007
一昨日、東京にみぞれが降った。その前日には静岡ではじめての真夏日を記録するなど、東京をはじめ、日本列島、春にしては異常に高温の日が続いていた。最近、こんな本を読んだばかり。陰陽の話である。「自然災害というのは陰です。陰陽のバランスが崩れると、地球は元にもどそうとします。そういう蘇生力が地球にはあります。たとえば、温暖化現象で熱を帯びると、地球はそれを冷やそうとするわけです。その結果、台風やハリケーンなどの暴風雨が発生します。これは、一種の熱さましなのです」(松永修岳)一昨日のみぞれも、熱さましではなかったのかなぁ。自然の力というか、“決まりごと”はすごいものだと感心をしてしまうのだった。●もうひとつ。3月16日の日記で、今年は「火」がキーワードという話をした。そのとき、書くのをためらったことに、「地震」があった。「火」は火山をイメージし、地震と結びつくのは、誰でも想像できる。いつ地震が起きても不思議ではないエリアに住んでいる私としては、あまりそれに触れたくないというのが正直な気持ちだった。(海外で大きな地震が起きるのかな…とも思った)ところが…。起きてしまったのである。場所は北陸だった。被災者の方々の苦しみを思うと、本当に言葉を失ってしまう。今回の地震が「火」のキーワードと結びつく科学的根拠はないけれど、「地球の熱さまし」の話と合わせて、地球というか、宇宙のエネルギーは、あまり軽んじないほうがいいなと思うのだった。
April 6, 2007
この前の会合で知った変なモノ。その名は「ばけたん」。「お化け探知機」「ゴーストレーダー」なんだそうだ。実はだいぶ昔、女子高生を中心に流行ったらしいが、あまりにもリアルで怖がられた代物らしい。ホントカナァ。おばけちゃんがいると色が変わるというグッズ。何でも自分で試してみなければ気がすまないジャンヌさん、試してみた。おぉぉ。色が変わる。ノーマルだぞ。お化けとは何か?という定義はおいといて、商品説明を読むと、こんなふうに書いてある↓■ばけたんはピエゾ素子と、基板上に組み込まれた特別な回路をアンテナとして使用し、空間の温度、時間、振動、音圧、電磁波、その他未知のエネルギーの影響を受けることで真性乱数の発生(特許出願中)。また空間へのフィードバックディスプレー、及び評価プログラムにより出来上がっています。(説明がむずかちぃ )■使用方法 1)ここぞと思う場所でボタンをオン!「ばけたん」がその場の状態(空間のノイズレベル)をサーチし、色によって場の状態を表します。2)赤(=おばけ!?)が表示されたときは、ボタンを長押ししてください!「バリアモード」でその場の影響を受けないように身を守ってくれます!3)「ばけたん」は、24時間おばけを探しています。おばけを発見すると、インジケーターがおばけのレベルに合わせて光ります。 おばけ探知機付きストラップ販売価格 ⇒ 2,079円USBメモリー「ゴーストレーダー」(9800-19800円)はソリッドアライアンスが発売。河原社長が全国100ヶ所以上の心霊スポットと呼ばれる場所をまわって磁界と温度のデータを解析し、開発した入魂の一作だ。磁界や温度が急激に変化するとセンサーが反応するという。お化けタン地の効果は検証しようがないが、「夜1人で残業している時にセンサーが反応したら、例えククーラーが故障していても寒くなる」(河原社長)。(いろんな人がいるもんだ。←人のこと言える?)
April 3, 2007
ある会合に出席。外人の研究発表などもあり、いろいろな意味で“濃い”会だった(苦笑)。二次会で、サイキックな人が「僕を写して」とリクエストしてきた。彼は、両手を広げて、そこにエネルギーを呼び込むようなしぐさをする。撮ってみたら、やはりオーヴが登場。彼は黒いセーターを着ていたので、よけいわかりやすかった。濃い色のほうが、オーヴが見えやすい。オーヴは、エネルギー体ね。ここでも、オーヴは、確実に“ある意識”を持って登場するというのが確信される。密教の修行中の風水師におもしろい写真を見せてもらう。“気”の大きな流れが視覚化されているのだ。心に響く方と数人お会いする。出会いは準備が整ったときに訪れる。出会いは偶然ではなく、必然だものね。
April 1, 2007
数週間前、天界へ還られたM氏に、大きな教えをいただいたような気がする。M氏の奥様は、長い間意識不明で、植物人間の状態で入院を続けていらっしゃる。ドクターから余命を告げられたM氏は、奥様のお見舞いに行かれ、その後、精神的なタガがはずれたかのように、ガタッときてしまわれた。意識の無い奥様に、どのような言葉をかけたのだろうか。M氏は息子に、次のように遺言したという。「ちゃんと面倒をみろよ」その話を聞いて、泣けて泣けてしょうがない。恐らく、今、M氏は、肉体から抜けた奥様の魂と、本当の会話・対話をされていることと思う。
March 31, 2007
昨日、出会った興味深い言葉。「霊感とは、漢方で言う『気』の流れと同じである。自ら発散させている気が、直観力となって戻る、と考えればいい。気迫が増せば増すほど、霊感は強まる。霊に対する力も強くなる」
March 29, 2007
知り合いにSさんという女性がいる。私より少し年上で、平衡感覚のしっかりした、大人の女性だ。彼女は私の精神世界をとてもよく理解してくれ、最近のオーヴ話も、前向きな驚きをもって聞いてくれる。母のようなおだやかなエネルギーを持ったSさん、十ン年来のお知り合いになるけれど、彼女の口から人の悪口が出たことは一度もない。頭が下がる方だ。彼女を見ていると、私自身の身の振り方を反省させられることが多い。さて、そんなSさんだが、デジカメで撮った私のオーヴ写真を見て、「私にも写せるかなぁ?」と興味を示した。「だいじょうぶ、だいじょうぶ。夜、暗い空に向かってパシャパシャやってみてください。写りますから」「今までそんなことはないから、絶対、ムリ。ムリ」「だいじょうぶ」と、彼女の手を取り、「パワーチャージ!! 写るわよ」なんぞとパフォーマンス。(ホントかなぁ。眉唾&眉唾)それが、半月前のことだった。彼女とは月に一度会うことになっている。昨日、Sさんから電話。「ゆうべ、ゆうべ…」「えっ(!?なんのこっちゃ)」Sさんもオフィスからの電話らしい。周りを気にしているようで、壊れたCDのように「ゆうべ、ゆうべ…」を繰り返すだけ。「ゆうべ、ゆうべ…」「えっ??」クエスチョンマークが増えていくだけなの…。「昨日の夜、写ったの。なんとなぁく、写るような気がして、心の中で念じたら…」Oh!! がってん、がってん。夕べ、オーヴが写ったということらしい。「ちっちゃいんだけど、恐らくそうじゃないかなと思って。今度、見てちょうだいね」うれしくて、電話をくれたという。来月会ったとき、見せてもらうことにした。恐らく、オーヴちゃんだろう。弁護士事務所で実験(!?)をしたときも、撮れた。「だいじょうぶ、写るわよ」という会話の後は、登場しやすい。オーヴが意識体であるとするならば、こちらの気持ちとはツーカー。私とSさんとのやり取りは全部見えているから、Sさんが撮れたとしても何ら不思議はない。逆に、「やはりね」。Sさんはお母様が天界へ還られている。いつも見護られている気がする、と話されている。そのお母様に声をかけながらデジカメのシャッターを押したという。彼女の興奮も当然ね。と、納得するのだった。
March 28, 2007
室内に走るイナヅマの写真を本編の「天使のほほえみ」にアップしたせいか、イナヅマの夢を見た。数本、走っていた。光だけで、ゴロゴロ・ドッカ~ンという音はない。ネット上には占いのサイトがたくさんある。試しに検索してみると…。(キーワードは「カミナリ」)「カミナリの夢占い…ショックなことがあるでしょう。」あらまぁ。カミナリと落雷では、夢占いの意味が違う。落雷は、新しいことのはじまりらしい。うんうん。なんとなく、分かる。古いことよ、さようなら。新しいことよ、こんにちは。ね。皮膚科のレーザー光線のイメージかなぁ。レーザー光線は古いシミなどを消して、新しいツルツルお肌に生まれ変わらせてくれる。そんなことを思い出してしまった(苦笑)。とにもかくにも、プラスの意味とマイナスの意味の両方が掲載されている。すごいなぁ。まったく正反対の解釈だものね。おそらく、元にした本というか資料が違うので、真逆な結果になるのだろう。私としては、自分に都合よく、次のように読み解こうと思う。精神衛生上、この方がいいものね(苦笑×無限大)。★カミナリの音は、良い情報を得ることができるお知らせです。★カミナリの光だけを見た場合は、“閃き”が起こるお知らせです。
March 27, 2007
今回の世界フィギュアの選手たちの活躍を見ていると、「人の一生は平坦ではない」といわれていることが、とってもよく分かるのだった。人生、山あり、谷あり。いいことばかりではない。必ずや、マイナスの出来事もやってくる。一見、何不自由なくハッピーな生活をしているように見える人たちだって、何がしかの辛さは抱えている。生きていたら、苦しみごとのひとつやふたつ、あるのが当たり前。苦しみを苦しみと捉えない人生の達人もいるようだけれど、一般の人にとっては、やはり、苦しみは苦しみだ。というのも、苦しみを含めたマイナス事は、神様の与えてくれたひとつの“チャンス”だからだ。私たちがこの世に生を受けた理由を、「魂のレベルアップのため」とするならば、自分の魂をヴァージョンアップさせるには、ハッピーな出来事ではなく、マイナスの出来事が必要となってくる。アンハッピーの中にこそ、学ぶべきものがたくさんある。今回、金メダルを受賞した安藤選手もインタビューで語っていたけれど、トリノオリンピックの後、いろいろ大変なことがあったという。トリノでの体験(ジャンプの転倒で15位)は、彼女にとっては大いなるマイナスの出来事。人生、山あり谷ありというけれど、谷のどん底だったのではないだろうか。が、落ちるところまで落ちたら、後は這い上がるだけ。谷底から這い上がるエネルギーは他力ではなく、自力じゃないと、だめなようだ。ロッククライミングを見ているとよく分かるけれど、自分の手足でしか、よじ登っていくことはできない。が、自力で谷底から這い上がろうと必死になっている私たちの姿を、“護ってくださる方々”が、優しく包んでくれていることは忘れないでいたい。
March 26, 2007
世界各地には有名なエネルギースポットが存在しているが、「世界のエネルギー・スポットTop10」に紹介されている場所が日本にもあった。長野県上伊那郡長谷村。知る人ぞ知る、“ゼロ磁場”だ。ここは、学校のお勉強でも習った日本列島をまっぷたつに分ける中央構造線という巨大な断層が走っている有名な地。特に、分杭(ぶんくい)峠と呼ばれるあたりは、スペシャルな“気場”になっているという。どこがスペシャルかというと…。専門家の報告によると、とてつもなく巨大な地殻変動のエネルギーがぶつかり合って、N極とS極の磁気がお互いを打ち消し合っているのだという。いわば、磁気が低い場所。そういう場所を“ゼロ磁場”と呼んでいる。“ゼロ磁場”という場所は、地球の磁気の影響を受けることがなく、宇宙のエネルギーをまっすぐに受けることができるという。宇宙のエネルギーにはマイナスイオンがたっぷり含まれているので、そういう場所に人間が立つと、体調も良くなるのだとか。いろいろプラスの作用があるらしい。昨日聞いた話では、霊能力がある子どもたちを複数人集めてそこを訪れたところ、みんな涙を流し始めたというような、不思議現象が数例報告されているらしい。うううむ。宇宙的な大きな癒しパワーを受けたからだろうか。私自身はまだ行ったことがない。「世界のエネルギー・スポットTop10」にも紹介されていて、専門家も数値的に肯定的なデータを出している場所。一度、訪れて、デジカメで自然を撮ってみたい好奇心にかられた。
March 24, 2007
小田原のお知り合いの方から「かまぼこ」をいただく。相模湾でたくさんとれたお魚を使ったのがはじめてらしいが、現在では、白グチを使うようになっている。参勤交代の大名たちにも小田原名産として賞味され全国に広まったというから、歴史は古い。板付きのオーソドックスなかまぼこのほか、ぷるんぷるんした生っぽいかまぼこ、そして、季節を織り込んだ「歳時記」など、いろんな種類があって好きだ。そういえば、かまぼこはスピリチュアルフードなんだそうだ。なんでかなぁ~。お魚を使っているとか、白いとか、そんな理由かなぁ。ワカラン。
March 23, 2007
昨日、M氏とのお別れの式が執り行われた。そこで、複数人の話から、いろいろなことが分かった。M氏の友人のKさんから、「18日の夕方、M氏の病院へ顔を出しましょう」 と私の元へ電話があったが、Kさんは、「そういうことは言ってない」という出来事があった。これは、やはり、最後のご挨拶に回っていたからのようだった。ご本人は痛み止めのモルヒネをうち、朦朧状態。M氏の魂は、その間、肉体から抜け出し、自由に飛翔していたことだろう。それを裏付けるような複数の出来事もあり、そのように納得せざるを得なかった。Kさんはいまだに、「18日の夕方、M氏の病院へ顔を出しましょう」 とは言ってないと主張する。確かに、何も言ってなかったのだろう。けれど、M氏が最後のご挨拶を言っていたのも、確かなことなのだ。M氏の今生でのお役目は、何だったのだろうか。M氏の人生の意義は、何だったのだろうか。生まれてきた意味は?と、いろいろ考えさせられた。M氏はある地域の開発に大きな貢献をされた方だ。いまでは、そこは人口も増え、潤った地となっている。こういう形の「他人様のために…」もあるのだね。M氏を知る人は、「とてもいい人」と評する。とても思いやりのある方だった。「自分を愛せない者は他人を愛することはできない。だから、まずは自分のことを大切にしなさい」とは、よくいわれることだ。確かに、そう。自分を愛せなくては、どうして他人を愛せるだろうか。けれど、それもバランスの問題で、自分のことだけを考えては、単なる自分勝手になるだけだ。やはり、何割かは他人のためにもエネルギーを使うのが望ましい。と、M氏を見ていて深く感じてしまうのだった。M氏のお別れの会には、とても多くの方が足を運んだ。それは、M氏がいままで他人様のために使ったエネルギーが、
March 22, 2007
今日は、「お彼岸の中日」。太陽の動きでいうと、真西に沈む日だ。ある教えでは、「真西に沈む太陽は、極楽浄土の東門に入る」といわれている。だから、この日の太陽を拝むということは、極楽浄上の東門を拝むことと同じになるのだとか。極楽浄土というのは、どこにあるのだろう?私たちのいるところから「十万億土」も離れているという。「十万億土」?どれくらいの遠さかは、まったく検討がつかない。けれど、なんとなく、「計り知れないくらい遠いところなのだなぁ」というのは分かる気がする。極楽浄土は、どこかにある“特定の場所”を指しているのではなく、私たちの心のありようで生まれる地、との教えもあるようだ。いずれにせよ、極楽浄土というのは、「穢れのない、清らかな場所」というのは間違いがないようだ。(浄土というくらいだものね)この極楽が最も近くなる日が、お彼岸の中日。この日に、亡くなられた方の霊を供養すると、迷わず極楽浄土に成仏できるといわれている。お墓参りをする風習は、そこから生まれた。私たち日本人が長い間培ってきた風習、「お彼岸のお墓参り」。たとえお墓にお参りにいけなくても、私たちを支えてくれているご先祖様たちや愛する人たちに、「いつも、ありがとうございます」と、感謝の気持ちを述べるといいのではないだろうか。形ではない。心だものね。「極楽浄土があるなんて信じない」という方もおいでだろう。別に、お浄土があろうがなかろうが構わない。この日が、「天界でいつも見護ってくれている方々へ感謝を述べる日」、そのきっかけとなる特別の日ということで、充分ではないだろうか。兵庫県のある地域では、「お彼岸の中日の沈む夕日を拝むと吉」とされている。天界のみなさんへ感謝をすると共に、沈む太陽にも手を合わせようと思う。そして、数日前に肉体から魂が抜け出されたM氏。お迎えの方々と共に、安らかに向こうの世界へ還られますことを、心よりお祈りいたしております…。
March 21, 2007
知人のM氏が天界へ還られた。ドクターから余命を知らされたのが数週間前。「1か月から4か月です…」本人のショックは、いかばかりだったろうか。その告知から1か月も経たないうちの旅立ちだった。不思議なことがあった。M氏の友人のKさんから私の元へ電話がかかってきた。「18日の夕方、M氏の病院へ顔を出しましょう」Kさんからの電話を待つ。が、約束の時間になってもなかなか連絡がない。何か急用ができたのだろうと、日曜日は見舞いに行くのを取りやめた。翌、月曜日、Kさんからの電話。「M氏が逝ってしまった…。昨日の夕方…」あまりにも急で、言葉が出ない。「昨日18日の夕方、見舞いに行こうと電話をくださったけれど、最後に、顔を出しておけばよかったですね」「いや、そんなことは言ってないよ」とのこと。酔っ払った上での電話ではなかった。Kさんは「18日の夕方、見舞いに行こう」とはいってないと、きっぱり明言。けれど、私は確かに聞いているのだ。M氏が還られたのは、その時間だった。天界へ還られるM氏がKさんの口を借りて話したのか、私の耳だけに、Kさんの言葉がM氏の口を借りて聞こえてきたのだろうか…。いずれにしても、M氏は最後のお別れを言いたかったのかもしれない。20数年間のM氏のりりしい姿が、走馬灯のように蘇ってくる。最近、身近な者が何人か天界へ還っている。人の生、人生というものを、深く深く、見つめさせられてしまう…。
March 20, 2007
昨日、ある方とお会いしてオーヴについてのお話をする。その中でラップ音の話も出る。ラップ音はオーヴと深くかかわっている。以前、ある方の部屋でラップ音が続いていたことがあった。デジカメで室内を写してみるとイナヅマの光のようなものが写っていたのだが、ラップ音と関係があったのは否定できない。大きなオーヴも登場していたのだから。ラップ音といえば…。先々週、高山の福来記念館を訪れたときも、かなりのラップ音がした。写した写真には、小さなオーヴはいつものこととして、人の顔らしきものも登場。ラップ音とオーヴは深いかかわりがあることを、重ねて体験をすることになった。この、高山の福来記念館で撮影した、人の顔(に見えてしまう)写真。「かなり怪しい」(笑)という結論。やはり、むにゃむにゃ氏かもしれないね、なんぞと感想を述べ合う。考えてみれば、導かれて高山まで足を運んだわけで、このような写真が撮れるのは当然といえば当然。そして、写真に写った意味も、解釈はできている。とはいえ、目に見えない世界のこと。頭の中の作り事と思われるのがイヤなジャンヌさん。念には念を入れ、慎重を期すために、もう少し、他の人の意見も聞いてみようと思うのだった。■昨日、高山の観光施設で金塊が盗まれたニュース。ちょうど、金色のオーヴの話もした日だったので、個人的には、「高山」「金」のキーワードに集中した一日だった。だからなぁに、って突っ込まないでね(笑)
March 19, 2007
毎日オーヴの写真を撮り続けていて分かったことがある。そのひとつ。カメラは複数を使わずに、どれかひとつに決めたほうがいい。いろいろ試してみたが、あれもこれもとたくさんのカメラを使用するより、専用のカメラを決めて、それを使用したほうが、オーヴが撮れる確率が高まる。いつも使用しているカメラには、写し手(私)のある種のエネルギーがたまっていくようなのだ。だから、余計、オーヴが写りやすくなっているという事情もある。ところで、心霊科学者によっては、「心霊写真の一部にオーヴ写真が入る」と主張する人と、「オーヴ写真のジャンルに心霊写真が入る」と主張する人がいる。私はといえば…。 ↓普段はオーヴと呼ばれる球体だが、必要に応じて、(この必要に応じてというところが彼らの意識とリンクするところだけれど)人間の姿に「現象化」というか、「物質化する」。そこまでは、自分自身の体験で分かった。が、「心霊写真」と「オーヴ写真」の定義が自分なりにできていないので、いまのところ、どちらともいえないのが私のスタンス。理論はどうあれ、でっかいオーヴは連日、登場している。いろいろ変化を見せながらね。
March 18, 2007
いまオーヴについてモーレツにいろいろなことを調べているけれど、オーヴ研究と心霊写真研究はある意味かぶるところがある。で、心霊写真についての本を読んでいたら、その世界の大御所といわれた方(いまは故人)が、心霊写真の真贋についてチェック方法を記していた。心霊写真には、はっきり人の姿が写っているものや、写真にうつった木や石などの自然物が、なんとなく人の姿に見えるものなど、いろいろだ。本物の心霊写真には「目がある」という。これがニセモノとホンモノを見分けるチェックポイントね。ふむふむ。(自分で作為的に造った心霊写真なんて、論外!)これからは、写真を見て、「うううむ。これは人の姿カナァ…。どうなんだろう」と迷ったら、まずは目があるかどうかを見たほうがよさそうだ。とはいっても、白いガス状のようなものが写っていることもあり、これは完全には物質化できていない状況で、こういう場合は、当然、お目目は分からない。私は個人的には、人の姿よりは、オーヴちゃんの方に興味があるのだけれど、先週の土曜日、とうとう、ある方のお顔が写ってしまったの。やはり、目があるのね。明日、そのお顔が当人かどうか、確かめる日になっている。
March 17, 2007
ソファーが古くなってきたので、カバーを購入。布をかぶせて、再利用しようというコンタンだ。「レッド系」が頭にあったけれど、まっ赤もなんなので、ワインレッドを選ぶ。クッションカバーも、ワインレッドに近いものに合わせた。今年は、何かを買い替えるときは、レッド系で統一をしようと思う。なんとならばですね。↓古代中国の英知、つまり易経の世界では、今年は「離」という年なんだそうである。「離」というのは「火の象徴=火の精」なので、火を想わせる「レッドがいい」。ということで、今年は「火」関係に注意を払ったほうがいいのかも。そうそう…。「火」には「くっ付く」という意味もあるのね。だから、今年は独立して何かをやるよりは、人と共同して何かを成した方が「吉」の年。もちろん、易経の教えではということだから、信じる信じないは、その人次第。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というじゃない★
March 16, 2007
自分の心の有り様が、いろいろなマイナスごとを引き起こすとはよくいわれることだが、またまた高橋信次氏の本の引用になるけれど、分かりやすい表現で、こう書かれていた。『悪霊』という書物。動物霊について調べる必要があり、何冊かの本を読んでいたら、行き当たった次第。イライラが、なぜよくないかについての件である。「ラジオやテレビは、発信されている放送局の周波数と完全に一致しないと、他の局の周波と混信して、正確に受信することは困難です。心がイライラして粗悪な波動を出していますと、やはり、粗悪な波動しか受信できません。イライラの状態では、正しい心の世界には通じないといえましょう」高橋氏は電子工学を学ばれ、コンピューター機器の製作を営む事業家でもあった。周波数の説明が、すんなり入る。テレビの受信の喩えは、いろんな人が頻繁に使っているけれど、こう書かれると、より分かりやすい。その数行後に、こんな実例が登場していた。ある宗教家が、「現在の苦しみは、信者の悪霊が、私の体に具現化したものでしょうか」と、尋ねた。体調がすぐれないのは、相談にやってくる信者の業を受けいれたからではないかとの心配からだった。高橋氏は「とんでもない」と否定し、「反射式のストーブを知っているか?」と聞く。高橋氏の答はこうだった。「反射式のストーブの後方はほとんど熱くなりません。しかし、ストーブの前方は輻射(ふくしゃ)熱と反射熱で非常に熱くなります。輻射熱というのは反対に熱を吸収してゆきますね。これと同じように、心が清浄であるなら人の業をかぶることはないのです。つまり、はじいてしまうでしょう。ところが、心が清浄でないと、さまざまな粗悪な波動をハネ返すことができず、苦しむことになりますが、もともと自分自身に、うらみ、ねたみ、愚痴、情欲、名誉欲が燃えているので、悪霊の支配をうけやすい状態をつくっていることになります。教祖が信者の悪業をかぶるとしたら、神様はみんな半病人になってしまう。釈迦もイエスもそうなったでしょう。けれど、釈迦やイエスはそうはならなかった。信者の悪業を受けるということは、あなたの心が、そうしたスモッグをいっぱい溜めているということです」ううううむ。とっても分かりやすい。確かに、お釈迦様もイエス様も他人の苦しみごとを聞いても、体調を悪くはしなかったものね。カウンセリングの極意を見た思いであった。とにもかくにも、心のスモッグをとるようにしなければ!(汗×無限)
March 15, 2007
高知龍馬空港でANA機が胴体着陸をする映像が、テレビで繰り返し流れた。滑走路と胴体がこすれて、火も出ていたから、まずは全員無事だったことに、ホット胸をなでおろした。着陸時に前輪が出なかったことが原因だという。2月27日の日記に書いたけれど、昨年、自分が乗る 飛行機を護ってくれるかのように、まぁるいオーヴが写っていたことを思い出した。今更ながら、感謝の気持ちがわきおこってきた。そういえば…。霊さんたちから見ると、私たちのカラダもあるエネルギー体のようなものに護られているのだそうだ。だから、よからぬ霊が何か悪さをしようとある人物に近づこうとしても、その人物を護っているエネルギー体のようなものが防護壁の働きをして、近づけないのだという。それを教わったとき(えっ? 誰に?)、当初は、こう考えた。「守護をしてくれている方がバリアーをはってくれるからだ」が、今では、それプラス、「自分たちの魂の度合いによっても、どんなバリアーがはられるか、違ってくるんだなあ」と思っている。まずは自分の心のありようが問題なのだ。だから、自分の心のありようがパワーダウンしたときは、動物霊やあまりよからぬ霊さんたちにつけこまれたりもする。すべては自分次第なのだ。
March 14, 2007
最近出版されたばかりの、瀬戸内寂聴さんの『大切なひとへ』(光文社刊)を読む。天界へ還られた方々に贈る言葉で、すべての編が、深く心に入り込んでくる。中でも「姉のこと」という文章には、驚いてしまった。一文一文が、「そのとおり、そのとおり」と、まるで、自分の気持ちを代弁してくれているかのようだったからである。自分自身も日記に書きとめていたフレーズがあったりして、瀬戸内寂聴さんは、人間の普遍的な苦しみ・哀しみを表現されているのだなぁ、さすが、ベストセラー作家だと、いまさらながら感心をしてしまったのだった。瀬戸内寂聴さんのお姉さまはガンと闘われて、そして、天界へ還られた。「父母もすでにいない私にとって、たった一人の姉妹だった姉の思いがけない早い死は、いつまでもあきらめきれず、見苦しいほど私は泣いた」「あらゆる自然現象が姉を想いださせ、すべての季節の行事や人間関係が生前の姉をよみがえらせた」「出離して十年もたって、何という見苦しさだろうと私は自分に愛想がつきた」泣いて暮らした瀬戸内寂聴さんは、やりきれなくなって、真夏のシルクロードへと旅立つ。そして、秋になる頃、ふと我にかえる。「私はまだ姉が生きているような錯覚を覚えるのだった」「私は姉の生前より、死後の方がずっと密接に絶え間なく心に姉を想い浮かべているので、姉の存在を身近に感じ続けていることに気づいた。「死後の姉の方が、心にいきいきと生きつづけ、存在感があるということなのだ。これを魂の永遠性というのではないだろうか」そして、こう結ぶ。「姉が死ななければ、私はもっと姉に心を寄せることもなく生きていただろうと思った」本当にそのとおりだ。私も、父が天界へ還らなければ、父の本心も分からないままに、親不孝な娘をつづけていただろう。この「姉のこと」という文章は、死別を体験された方すべてに共通する心の変化と、普遍的な想いだ。
March 13, 2007
週末、関西方面で仕事があった。ついでだからと、高山まで足をのばし、福来博士記念館を訪ねる。理由は、むにゃむにゃから、訪ねて欲しいといわれていたからだ。(だから、誰に?)こういう場合は、現地に行けば何か分かることがあり、素直に従ったわけ。福来博士は福来友吉といって、かつていろんな透視や念写実験を行った東大の教授。以前話題となった小説「リング」があったけれど、あの本に登場してくる「貞子」のモデルとなった 御舟千鶴子を世に送り出したお方。リングには、福来博士をモデルにしたと思われる人物も登場してくる。JR高山駅から記念館のある城山公園まで、てくてくと歩く。歩いて20分くらい。駅前の観光案内所である程度のルートは書いてもらったので、あまり迷うことはなかったものの、街の中に、案内板が見当たらないのが不思議。記念館以外の観光版はたくさん掲げられているのに。記念館は、中の展示も含めてかなり質素なものだった。高山市としては、内容が?マークどっちゃりなので、行政的にバックアップできないということなのかもしれないね。展示室でパネルを読んでいたら、いろんな音がして、音の出るあたりにカメラを向けて、デジカメを写す。ホテルに戻ってからじっくりチェックをしたら、案の定、興味深いものが写っていた。一例。説明パネルをパチリした中に、ある映像が映りこんでいた。向かい壁の展示パネルの一部が写りこんでいたのかなと思ったが、普通、こういう場合は左右逆になる。が、デジカメに写りこんでいる説明パネルの中の映像は上下が逆なのだ。しかも、その写りこんでいたパネルというのが、「『金』という文字が逆さまに念写された」という説明パネル。うううむ。できすぎだなぁ。でも、ちょっと、調べてみよう。高山からホテルに戻って、調べ物をしようと、自分のモバイルパソコンを立ち上げる。「福来友吉」とキーワードを入れて検索をクリック。が、そのままフリーズして、「ピーピー」と警告音のようなものがして、やがて画面にリセットアップをしてほしいとのメッセージが。あ~あ。壊れてしまった。ところが、昨夜自宅に戻って、ものは試しと壊れていたパソコンにスイッチを入れてみたら、なんと、使える状態に戻っているではないの。
March 12, 2007
週刊新潮に連載を持っていた、大好きな作家の池田晶子さんが天界へ還られた。心に響く一節がある。それを書き留めておきたいと思う。「人生というものを、生まれてから死ぬまでの一定の期限と限定して、しかもそれを自分の権利だと他者に主張するようなのが現代の人生観である。これはあまりに貧しい。自分の人生だと思うから、不自由になるのだ。しかし人生は自分のものではない。生きるも死ぬも、これは全て他力によるものである」~『人間自身』より~
March 10, 2007
以前、ダン・ブラウン氏が書いた「ダヴィンチ・コード」が話題になったけれど、彼のもうひとつの作品に、「天使と悪魔」がある。 「ダヴィンチ・コード」より先に書かれたもので、キリスト教の裏の歴史を知っていると物語がおもしろく進む。そう、この2冊は物語の作り方が似ているのだ。設定にいろいろ無理があるけれど、真実かどうかの詮索抜きで、エンターテイメントとして読むと不満はない。この本も映画化されるということだから、そのうち、また話題になるかもしれない。出版社は角川書店だ。角川といえば、いまチンギス・ハーンの生涯を扱った「蒼き狼」の映画で注目を浴びている角川春樹氏。彼の「わが闘争」という本は、かなりエネルギッシュ。2年5か月の刑務所生活から戻って書かれた書籍だけれど、内容がぶっ飛んでいる。ぶっ飛んだ話の中にUFO体験がある。目撃談がいくつか話されているのだけれど、画家の横尾忠則さんの言葉も登場していた。横尾忠則さん曰く、「ある星の宇宙人は角川(注;春樹氏のこと)に非常に関心を持って、見ていますよ」。それを聞いて、角川春樹氏は、ますますUFOとのコミュニケーションに自信を深めるのだった。「自分は神である」「おれは歩く神社である」などなど言い切り、かなりぶっ飛んで、エネルギッシュ。
March 9, 2007
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