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<祈りの有無>というブログに「理解できない主教の説明」
というタイトルで書き込まれていることに関して、私なりの
説明をさせていただきたいと思います。(何で、風来坊さん
や近藤勇さんは私に白羽の矢を立てたのですか?鞍馬天狗さ
んの方が詳しいと思うのですが。メールを頂いて困惑しました)
教会には"ex opere oprerato" という考え方が歴史の中に
存在し続けてきました。これは「(それが)為された業から」
という意味で、"ex opere operantis"「(それを)為した人
から」という言葉の対局にあるものとして考えられています。
神の御業であるサクラメント(日本聖公会では「聖奠」ロー
マ・カトリック教会では「秘跡」、他のプロテスタント教会
では「聖礼典」と訳されています)を執行する司祭や主教が
どのような人であれ、教会が定めた仕方によって為されたサ
クラメントは、サクラメントとして成立しているという考え
方です。ですから、H司祭が授けた洗礼は今も変わりなく、
サクラメントとしての洗礼であるわけです。
しかし、問題はそれ以前にあります。女児への性的虐待行
為という犯罪を犯した人が、司祭でい続けることが可能かと
いうことです。そして、「汚れた手」で執行された聖餐式や
洗礼式(日本聖公会ではこの二つだけが聖奠です)を、教会
は取り消すことは出来ないのですが、その性的虐待行為が明
らかになった時点で、司祭としての働きを教会は一切停止さ
せるべきであるということは、至極当然のことなのです。ア
メリカのローマ・カトリック教会では、これをはっきりさせ
ています。大司教でさえ辞職させられたのではないでしょう
か。H司祭は、法律に違反したからということではありませ
ん。H司祭は妻がありながら、他の女性(女児)に対してはっ
きりと「愛している」という書簡を記しています。単に法律
に違反しただけなら、たとえば急病人を運ぶために、聖餐式
でワインを飲んだ直後に車を運転したということで刑事罰を
受けたとしても、教会は必ずしも懲戒しないかもしれません。
救急車がすぐに来られないこともあり得ます。あるいは、日
本が戦争をしようとした時に、国会議事堂の前で座り込みを
して逮捕されたとしても、教会はその牧師を懲戒するでしょ
うか。
H司祭が復職出来るか出来ないかの議論は、する必要があ
りません。教会の歴史からしてあり得ないことです。「神学
的に何も問題がない」とK主教がおっしゃったそうですが、
K主教ご自身に神学的問題があるのです。女児に対する性的
虐待行為が明らかになった時に、H司祭を即座に終身停職に
すべきだったのです。教会は聖職按手を取り消すことは出来
ません。洗礼も同じです。しかし、聖職按手によって可能に
なった職務を停止することは出来ます。にもかかわらずK主
教は「陪餐停止」という、日本聖公会の法憲法規ではまった
く規定されていないことを恣意的に行ってしまいました。こ
れは、日本聖公会の法憲法規からすれば、重大な過ちだと言
わざるを得ません。ただ、私が心配しておりますことは、こ
の<祈りの有無>というブログの設置者の方が、聖餐をお受
けになっていらっしゃらないということです。クリスチャン
にとって、一番大切なことは、聖書の御言葉を聞き、主が定
められた聖餐に与ることですから、どこかお近くの教会で、
聖餐に与ることが出来ますように、毎日お祈りさせていただ
きます。最後にもう一度繰り返します。H司祭がサクラメン
トを執行することは、教会としてあり得ないことです。そし
てもしこれが行われるようなことがあり、日本聖公会がそれ
を認めたとすれば、日本聖公会は最早キリストの教会ではな