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審判の内容が心配です
今朝、日本聖公会京都教区審判廷が来る11月16日
に四件の審判申立に対する審判言渡をするという内容の
メールが転送されてきました。「突然のことで、驚いて
います」と本文に書かれていましたが、日本聖公会京都
教区のこの通知は、法的手続き上、問題がないのでしょ
うか。十分な審理を行ってきたのでしょうか。それも、
一方的な通知が来たように思えますが、審判言渡の期日
に関して、何故、日本聖公会京都教区審判廷は申立人や
被申立人との事前協議をされなかったのでしょうか。
こうしたことを見ていると、日本聖公会というところ
は、本当に中世封建社会の組織構造や組織運営が続けら
れているように思えて仕方がありません。審判長は王権
にも似た権威を持っているとお考えになっていらっしゃ
るのでしょうか。以前、知り合いの牧師が「日本聖公会
の女性司祭按手に関して、女性差別反対の立場やフェミ
ニズム的発想から考えている人々がいるが、何故神学的
議論が出来ないのだろう」と訝しがっていらっしゃいま
したが、日本聖公会京都教区での女児に対する性的虐待
問題に関する対応の推移を見ていると、教会が一番大切
にしてきた神学的思考がまったく欠如しているとしか思
えません。
これもしばらく前に、「糾す会」の方々に弁護士事務
所からの内容証明文書が届いていましたが、あの弁護士
さんは日本聖公会の方なのでしょうか。まさか、クリス
チャンでない方だとしたら、日本聖公会京都教区は神学
を放棄しているとしか思えません。同時に、一方では、
国家から自由になっているはずの教会で、弁護士という
国家資格をお持ちの方々によって、自分たちの正当性を
主張されようとしたのでしょうか。審判が申し立てられ
ているのは、日本という国家の法律によってではなく、
日本聖公会京都教区に対して、「法憲法規」という教会
法に準拠して行われていることなのではないでしょうか。
そして、来る23日に言い渡される審判にないようが
心配です。日本聖公会京都教区は、あまりにも道理や常
識から外れたことをされ続けてきたので、この唐突な審
判言渡の内容は予測不能です。キリスト教会として、教
会法に関するコンプライアンスをしっかりとお考えの上
の内容であることを祈ることしかできません。一つの教
派の最高議決機関で制定された「法憲法規」を無視され
るようなことがありませんように。そして、教会にとっ
ては、教会法以上に大切な基準である、聖書の御言葉に
適った審判であるようにお祈りしております。そして何
よりも、被害者とそのご家族の傷の痛みが少しでも和ら
ぎ、傷が少しでも癒されますように。是非皆さんも、毎
日、そのことのためにお祈り下さいますよう、心からお