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はい、昨日は楽しい休日出勤でナマでNHK・BSアニメ劇場『彩雲国物語』が見れませんでした。全く以って、年度初めは地獄です。去年は、あんなに楽だったのに…。まあ、それだけ学校司書の業務が充実してきた証拠なのでしょうが。そういうわけで、先ほど録画しておいた雪乃紗衣著、由羅カイリ画『彩雲国物語』(角川ビーンズ文庫)シリーズのアニメ版、『彩雲国物語』第一話、「うまい話には裏がある」を見たところであるわけです。私は今回放送される『彩雲国物語』は、かなりの上作だと確信していましたが、期待を裏切らない出来でしたね。大満足です。チョッとハイテンションでギャグが入っていたりして、土曜日の朝、心穏やかに1日を過ごそうとしている人にとっては「朝っぱらから」という感じもしないでもないですが、まぁ、原作がこうなのですからしょうがないですね。あ~、でも面白かった。疲れた頭には心地よい刺激となりました。という次第で、まずはオープニングの感想から。実は、このオープニングが肝心なのです。なぜなら、この『彩雲国物語』がどこまでアニメーション化されるのかの目安になりますのでね。でもまずは、オープニングの歌から。これは「はじまりの風」という平原綾香さんが歌う曲で、「はじまりの風よ 届けメッセージ いつでもあなたを 信じているから。」という文句で始まるこの歌は、作品の雰囲気と内容に良く合っていると感じました。ついで、オープニングのアニメーションから。さて、ここで登場していた人物を挙げてみますとまずは主人公の紅秀麗、国王、紫劉輝、そして静蘭に絳攸、楸瑛、秀麗の父、邵可さんといったレギュラー陣の他に、秀麗の幽霊叔父さん黎深に仮面尚書、黄奇人、そして後宮女性陣の香鈴に珠翠さんといった面々が出てきています。驚いたのが、最初から浪燕青に影月くん、そして楸瑛の困った弟、藍龍蓮が登場していたことです。これら、登場人物から推理するにこの『彩雲国物語』、私の大好きな『十二国記』シリーズ並みの長さになる可能性が出てまいりました。万歳~!これで当分、暇しないで良さそうだ♪想像するに、上手い事いけば茶州・影月編『彩雲国物語(光降る碧の大地)』まで突っ走ってくれそうです。『十二国記』と比べると映像化しやすい作品ですしね。期待しましょう!さてこの『彩雲国物語』、製作を担当しているがアニメーションの老舗、マッドハウス。監督は宍戸淳さんです。ちなみに『十二国記』はぴえろでした(私の一押し『英國戀物語エマ』もぴえろでした)。そして、音楽を担当しているのが『十二国記』でも(『英國戀物語エマ』でも)活躍した梁邦彦さんです!キャー、です。さすがNHK!シッカリとツボを押さえてきました。サントラ、買いですね。オープニングのお話の次は、内容、といきたいのですがネタバレとなるので少々控えめに私が関心&気に入った場面を2、3あげてみましょう。まずは、お気に入りの場面から。原作でもツボに嵌まった麦のお話です。秀麗が急な客人の呼び出しを受けて帰宅する途中(原作では、お寺の授業から直接、アニメでは酒家(料理屋)の二胡の演奏のバイトを、途中で切り上げて)で秀麗が、叫ぶ場面です。「(前略)今月は絶対お米が買えると思っていたのにぃ。また麦なんて…麦なんて…麦なんてぇぇえっ!!あの麦の真ん中に走る一の線!米との差を見せつけられるようなあの一の線に今月も『俺は米じゃないゼ』って嘲笑われるんだわ」と言っているシーンで精白された麦の粒が浮かび出てきて、頭を抱え座り込んでる秀麗の周りを、簡単な手足の生えた麦粒くんたちが手を上げながらグルグル廻っているという芸の細かい演出に笑いました。次に芸が細かいのが、秀麗が霄太師に「わりの良いお仕事」の給金を尋ねているところです。「―いかほどですか。銅五十両?銅五百両?…ま。まさか、銀五両、とか」と秀麗が真剣な表情で尋ねているシーンの背景で金勘定の権化、算盤さまが「パチパチ」と弾かれているところです。いやもう、家計を遣り繰りしてバイトに精を出すお姫様、秀麗の思考回路を端的に表している名シーンでしたね。というようなお馬鹿な話は於いて置いて、さすがはアニメーションと感心した場面は、まず街並みです。良く描かれていて、違和感なしです。次いで、秀麗たちの屋敷。原作では、「無駄に広い」「ボロボロ」といった表現で、どのような屋敷か想像しにくかったのですが、ここでは一目瞭然。あっ、なるほどとこれは広くてボロ屋だ、と納得しました。なにしろ、秀麗たちが帰って来た時の第一声が、「あぁ、また壁が崩れている」ですもんね。ほかにも、本を読んでいるだけでは解からないような微細な事柄が目で見て納得できます。最近のアニメーションはかなり設定にこだわっているので、安心して見ていられます。このように、原作に忠実に作られているかと思われるのですが、そこはやはりアニメーション。脚本は原作とはまた別物です。例えば、秀麗が王城に上がって朝廷三師以下、諸官の出迎えを受け、珠翠の紹介を受ける場面は原作にはありませんでしたし、書庫で静蘭が楸瑛に捕まり絳攸に紹介されるシーンは、秀麗が書庫にやって来て暇を持て余している楸瑛、絳攸と出会う、というように変更されています。こういう相違点を見つけて読み(見)比べるのも楽しいのですがね。さて、ここで少し予告を。先ほど出ました『彩雲国物語』の外伝『彩雲国物語(藍より出でて青)』で大活躍の藍龍連が早くも第五話から登場するらしいのです。これも購入した『ニュータイプ』と『アニメージュ』5月号の月刊番組案内に記載されていた情報なのですが、早すぎませんか?登場が…。原作での本格的な活躍は『彩雲国物語(想いは遙かなる茶都へ)』になってからです。う~ん、どんな展開になっていくのかチョッと解からなくってきましたよ。脚本の吉田玲子さんのお手並みに大いに期待しましょう。最後に、朝廷三師のご老体、霄太師、茶太保、宋太傅の面々、とくに霄太師は怪しさ爆発です。腹黒爺そのまんま、よくぞここまで忠実に、と感じ入りました。この作品、原作の人物像をかなり忠実に描き出していますね。という感じで、、『彩雲国物語』第一話、「うまい話には裏がある」の感想でした。 それから、梁邦彦さんの手がけたサントラを並べておきます。はい、『英國戀物語エマ』のオリジナルサウンドトラックです。イメージ画像が大きいのが素晴しい!下は『十二国記』シリーズの方です。私のおすすめは胡弓の音色が素敵な『「十二国記」蓬山遠景~胡弓 Memories』です。
2006年04月09日
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昨日紹介した、ピーター・パレット著、白須英子訳『クラウゼヴィッツ 『戦争論』の誕生』(中公文庫、2005年)について、クラウゼヴィッツが名著『戦争論』を書き上げた当時の戦争について少し、私が読んだ中からですが、取り上げて解説してみようと思います。さて、クラウゼヴィッツが不倶戴天の敵、祖国プロイセンを蹂躙した悪魔として憎んだのが、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトでした。彼はフランスにとっては英雄でしょうが、イギリス・スペイン・ドイツ・オーストリア・ロシアにとっては「革命」という伝染病を撒き散らす独裁者にして、戦争屋・侵略者、文字通りの厄病神でしかありませんでした。このナポレオンが率いたのがフランスの「大陸軍」です。フランス革命により徴兵制が施行され、市民が政府に信頼を寄せ、政権を守るべく、様々な階級から軍隊へと入隊した人間が、旺盛な民主的精神と規律ある教育・訓練と、そこから生まれた自立心による将校への忠誠心(将校も、貴族中心の将校団が能力重視の試験で選ばれた士官に入れ替えられ、売官制度で士官の地位を買った貴族ではなく、真の戦争のプロである仕官へと変貌したことによる。)が形成されたことにより、強力な軍隊が誕生したのです。そして、この集団が縦隊の機動力(進軍する時の隊形。自衛隊の観兵式の行進の隊形を思い浮かべて下さい。)と横隊の火力(横数列に、薄く広く並ぶ隊形。当時の滑空式マスケット銃は命中率が悪く、さらに黒色火薬は無茶苦茶煙を出すので、戦場での視界がすぐ悪くなりました。そこで、当たらず敵も見えなくなるなら、兵隊が一列に並んで筒先を敵に向けて、水平にぶっ放し、文字通り「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」方式で一定の空間に弾丸を密集させてしまおう、という発想でこのような隊形を取ったのです。当時のヨーロッパの軍隊では、「狙え」という号令がなかったそうです。)を組み合わせ、さらに散兵戦術(横隊とは逆に、兵士個々人が散開して自分で目標を見つけ、狙撃するというもの。)を組み合わせた「オーダー・ミックス」(混合戦闘隊形)というドクトリンと、師団・大隊・中隊…と構成される今日の陸軍の同じ指揮・編成のもとで(ナポレオン戦争前に、初めて確立した制度です。)行動する軍隊が誕生したのです。このように、これまでの軍隊とは異なり桁違いの機動力と火力、そして融通の利く部隊と、有能な将校に愛国心に燃える兵士(どのくらいいたのか、甚だ疑問ですが…。当時の軍隊はどこでも、刑務所よりマシ、若しくはそれ以下の状態が普通な場所でしたから…。)を持ったナポレオンは、アレヨアレヨと言うままにヨーロッパを席捲します。この事に、一番プライドを傷つけられたのがクラウゼヴィッツのプロイセンです。(ちなみに、一番大損を喰ったのがイギリスです。)なぜなら、プロイセンはあのフリードリッヒ大王指揮する恐怖のプロイセン陸軍(金目当ての傭兵ですら、裸足で逃げ出すほど、軍律が厳しい事で有名でした。そのため、人も集まらず脱走も日常茶判事なため「強制徴募」といって、ほとんど誘拐や詐欺みたいな手段を使って兵隊をかき集めていました。さらに、普通、銃殺になるような罪を犯した兵士ですら「戦場で使えるから勿体無い」という理由で鞭打ちで済ませるような、とんでもなく非人道的な軍隊でした。)によって、オーストリア、ロシア、フランスと戦い、勝利を得、ヨーロッパの一流国に躍り出た国だったからです。それが、コルシカ島出身の田舎モノの指揮するナポレオンのフランス軍に蹴散らされ、国土が占領されたのですから堪ったもんではありません。誇り高きプロイセンの将校団は我慢が出来ようはずがなく、クラウゼヴィッツのように、占領下の祖国からロシアに移り、フランスに一矢報いようと活動したわけです。そうした動きの中で、昨日、紹介した、クラウゼヴィッツの師匠、シャルンホルストや上官、グナイゼウはフランス軍に対抗すべく、プロイセン軍の改革を行い、その成果がワーテルローの戦いに結実するわけです。(ワーテルローでは、ウェリントン指揮するイギリス軍の活躍が有名ですが、その前日にはフランス軍はプロイセン軍と一戦を交え、ワーテルローの戦いでも戦場での致命的な一撃を加えたのはプロイセン軍でした。ちなみに、この時のプロイセン軍の参謀長がグナイゼウです。)このように、当時の技術力からみて極めて完成された軍隊を運用して戦ったナポレオン戦争(若しくは、フランス革命戦争。)は、火器は18世紀のママの代物を使い、通信・輸送体制もお粗末なもので、作戦指揮体制もナポレオン側には情報・作戦将校がいないという状態でしたが、近代戦の嚆矢というべき要素を多分に含んだ戦争でした。また、軍隊を運用する政府も、旧態依然な絶対王政を敷くアンシャン・レジーム体制に対して、自由と平等を文字通り銃剣で突きつけるフランス革命政府との対決という、これまでの制限戦争(若しくは、限定戦争。特定の地域、目標を制圧して勝利を得る戦争。)から、文字通り相手を抹殺する無制限戦争(革命側は、生存意義かけて。旧体制側は、自らの生存のために相手に無条件降伏を迫ったのです。)を戦うことを余儀なくされました。このような、激動の時代の中を当事者としてフランスと戦った(軍政改革を邪魔する連中との戦いも)クラウゼヴィッツが書き記したのが、『戦争論』だったのです。え~、話が長くなったので今日はこれくらいにして、次回はワーテルローの戦いついて書いた本でも紹介してみたいと思います。(明日になるか、1周間後になるかは、分かりませんが…。気分次第です。)戦略戦術兵器事典(3(ヨーロッパ近代編))↑今日の日記を書くのに、参考にした本です。書店では、中々手に入り難いと思いますので、図書館で借りてみてください。イラストや写真も多く、掲載されている記事も、大学や元防研の先生、軍事史・海事史の研究家が書いていて、読み応え・見応えがありますよ。
2005年12月27日
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