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蓮卯月

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2006.05.28
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カテゴリ: 難病
多系統萎縮症の線条体黒質変性症について。

解り易く言えばパーキンソン病のタチの悪くなった版。

例えば多系統萎縮症と診断されて間もない方とか
これからどうなっていくのか、とかあると思うんですよ。
私は最初どうなるのか知りたかったから、
他の方もそうかな、と思って。
そんな方達の役に立てればいいかな~なんて。
介護を手伝えるわけじゃないから役になんて立てないか。


まだ、泣くけど。

私の母は線条体黒質変性症でした。
60歳になって、仕事をバイトに変えて(看護婦だった)
これからが自分の時間・・・と云う矢先に発病した。

60歳になってすぐ、歩き方がおかしい、財布にお金を入れたりする等
細かい事に時間がかかる、と云う症状が現れ始めた。
しかし、本人は全く正常だと言い張るので病院には行かないって。
本人が看護婦だった為、病気に関しての知識は負けてるし。

しかし、腸の動きが悪い、尿の出方、その他の症状で
神経内科以外の診察には行くようになった。
ずいぶん沢山の病院を回ったが、ある病院で「一度、神経の診察を


神経内科の病院もいくつか回り、いくつか目かのある病院で、
(その頃には60歳になったばかりの時より病状は進行していたので)
すぐにパーキンソン病と診断された。

本人が一番ショックだったと思うけど、周りも相当なショックで。
その病院、横浜神経内科だっけ?の医師は良さそうな人で

探して行きましょうね」と言ってくれた。

薬をいくつも変えてるうちに病状は良くなることは無く、
どんどん進むばかり。よく転ぶようになったり。
でもきっと合う薬は見つかると信じて医師の言う通りに体操して。
週何度もリハビリにも連れて行った。

それだけでは無く、色々な民間療法?も試した。
横浜の白楽にあるアリス接骨院も行った。
ここの治療を受けた直後は字が書けるのだ。これはすごかった。
ただ、遠かったのと、ここの先生の言葉が私たちを遠のかせた。
「せっかくここまで治療したのにどうして転ばせたんだ」って。
別に転ばせたいわけじゃないし、24時間見張ってるわけにも
いかない。
母も動こうとがんばる結果、転んじゃうんだし。

でもね、ご飯も作れなくなって、一人で歩くのも危なっかしくて
父が仕事を辞めた。
何年か前から、父も間質性肺炎、リウマチと2つの難病持ってて
好きな趣味もしたいし、母も一人じゃ危ないし・・・ってことだっけ。

パーキンソンの薬を変えても変えても一向に良くならない。
横浜の神経内科の医師は「一度、横浜市大病院で検査をしよう」と。
横浜市大病院に2週間入院。
母、61歳と6ヶ月の時だった。
何度も電車で行ったけど、遠かった~寒かった~。
この時母はすでに首が下がり、一人では歩けなかった。
私も実家の手伝いで会社を休みがちになっていった。

で、検査の結果、線条体黒質変性症となった。
脳の写真を見せてもらったら、真ん中にハの字に黒い線が写ってる。
結構太い線だった。これがあると線条体黒質変性症なんだそうだ。

長くなっちゃった。また、明日にしよう。
もし、全部読んでくれた方いらしたら、ありがとうございます。





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Last updated  2006.05.29 00:24:50
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