サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.04.29
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カテゴリ: 文学
 この二つの帖が、たんに海に近い須磨、明石を舞台にしているだけでなく、この中に出てくる海龍王だの住吉明神(海の神、航海の神)だの、紫式部がとかく海のイメージを引き寄せようとしているのには、古代からの日本人の海原に対する心象風景が控えているように思えます。
 海にちなんだ神仙譚といえば、すぐにも連想されるのが「浦島太郎と竜宮城」伝説ですが、すでに大陸の道教由来の神仙思想の影響が顕著で、むしろここで取り上げたいのは、浦島伝説の元祖「海幸・山幸」伝説です。あらすじはご存知だと思いますが、Wikipediaを借りると

火遠理命(ホオリノミコト、山幸彦)が、兄の火照命(ホデリノミコト、海幸彦)と猟具をとりかえて魚を釣りに出たが、釣針を失い、探し求めるために塩椎神(しおつちのかみ)の教えにより海宮(又は龍宮)に赴き、海神(豊玉彦)の女・豊玉媛(とよたまひめ)と結婚、釣針と潮盈珠(しおみちのたま)・潮乾珠(しおひのたま)を得て兄を降伏させたという話。

 この弟(山幸彦)が豊玉媛(とよたまひめ)との間に生んだのが、鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)で、神倭伊波禮毘古命(カムヤマトイワレヒコ、神武初代天皇)の父であることは、前にも触れたことがありますね。
 話の筋はともかく、古代日本人にとって海原とはどういうイメージだったのか?折口信夫によれば、海原の彼方または海中にあるとされる「常世」=常夜、永世の国、死者の住まう異界であり、この世である現世(うつしよ)と対置さるべきものである、というのです。
 この死者の国について、さらに考察を加えられたのが西郷信綱さんであり、「古代人の夢」などに詳しいのですが、「黄泉の国」と「常世の国」の違いについて、黄泉の国とは死者の魂がまだ他界とこの世の間をゆらゆらしている世界なのに対し、常夜とは死者の魂と祖霊が一体化した、静謐な一種の理想郷として捉えられていたのではないか、ということで、それが新たな死者を、しばらく喪屋に安置して、その霊を鎮めるとともに遺体の物理的変化を確認して(殯、もがり)から、墓に本葬したという古代の一連の葬送儀礼に通じるものであることを指摘されます。
 「古事記」で描かれる黄泉の国のイザナミノミコトは、まさしく喪屋の中で腐乱しつつある遺体のイメージであり、はなはだ凶々しい印象があるのですが、そうしたケガレは禊ぎによって最終的に海へ祓われるので、海原とはその彼方にある「海坂(ウナサカ)」の斜面を落ちて「根の国」に通じていたのではないか、海宮(龍宮)とは祖霊に組み入れられた 死者の魂が最終的に安んずる静謐の世界 としてイメージされていたのではないか、とされます。

 たしかに同じ他界であるのに「常世の国」と「黄泉の国」の著しい印象の差は、「古事記」を読んでいると、おおいに感じられるのですが、ではすでに仏教的考えかたがすでに浸透していた、この平安中期になぜことさらな古代神話的色どりを紫式部はここで出してきたのか?


― つづく ―





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Last updated  2009.04.29 13:47:53
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
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