サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.07.18
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 いくら光源氏が気を遣っているとはいえ、対する明石の方の心内は、理と情の間で揺れに揺れる。若姫君のことを考えれば、理屈としては分かっていても、何といっても気持が納得しない。このかんの彼女は自身の気持を落ち着かせるために、思い悩んでいるかのようです。

― 「 … わが身は、とてもかくても、おなじ事、生先とほき人の御うへも、つひには、かの御心にかゝるべきにこそあめれ。さとならば、げに、かう、なに心なきほどにや、ゆづりきこえまし」と、思ふ。又、「手をはなち、後めたからんこと。つれづれも慰む方なくては、いかゞ、明かし暮らすべからむ。なににつけてか、たまさかの御立ち寄りもあらむ」など、さまざまに思ひ乱るゝにも、身の憂きこと、限りなし。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 「 … 我が身は、どうなっても、同じこと、(しかし)生い先長い人(若姫君)の御身上は、結局、かの(紫の上の)お心にのみ掛かっているのだわ。であるなら、確かに、(源氏の君が)あのようにおっしゃるように、(若姫の)物心がつかないうちに、お譲りしてしまおうか」と、(明石の方は)思う。(しかし)また、「(姫を)手放したら、(後々さぞかし)後ろめたく思うことは(かぎりないだろう)。日頃を慰める方法もなくて、どう、明かし暮らしていけばよいのだろう。(源氏の君も、若姫がいないのであれば)何にかこつけてか、たまさかお立ち寄りになることがあるだろう」などと、さまざま思い乱れて、我が身の憂さは、限りがない。

 それにしても明石の方、いずれ国母の実の母となるべき人ながら、その腰の決まらなさかげんは、たいていの読者がサジを投げ出してしまいたいぐらいのもので、そうでないのは源氏の君だけじゃないか、という気がしてしまいます。
 そういう感じを抱いてしまうというのは、察するに彼女の心内の状況が、明石で登場の折りから繰り返し記述された内容から、一歩も踏み出していないところから来るので、社会的身分差や女としての不安定さを勘案しても、これまで彼女は我が身の運命を、自身で決めたことが一度もないのです。降りかかってくる運命に対して、ただただ見守るばかりで、ひたすら思い悩むばかり。あれほどブレにブレた御息所でさえ、源氏を振り切った伊勢下向の決断は自分で行なったのですが、この人は大堰行きにかんしても親の意向が強い。
 かの紫の上でさえ、ここのところ自我意識に目覚めて、おおいに存在感を増しているのですが、この人は決して頭も器量も悪くない(どころか大変な美人で、琴その他楽器の名人で、立ち居振るまいの優雅さは、高貴な人と変わらない、と描かれている)のですが、自身の意志と行動がまったく出てこないということで、依然として影が薄いといわざるを得ませんね。

 どうもこのあたり、物語や小説の読者は(私だけかもしれませんが)光源氏と違って気が短いので、「いったいこの人は、何を考えてんのやろ」と思ってしまいます。私はここで、似たような境遇だった空蝉の振るまいを、彼女と比較したくなってきます。光り輝く貴公子に強く惹かれる自分を発見しつつも、我が身の立場を考えて、すんでの所で身を引いた空蝉と、明石の方の違いはどこから来ているのか。
 以前空蝉の話をしたときに、彼女がもし成り上がりの受領の妻であれば、ひょっとしてその身分差を受け入れてへりくだりつつ、あえて光源氏の想い者の一人になったのではないか、という話をしたことがあります。彼女をしてそうさせなかったのは、止むを得ない事情で落剥して、うだつの上がらない中年男の妻となった(しかも単身赴任中)とはいえ、自身のもともとの出自に対する高い矜持が、へりくだることを許さなかったのではないか、ということだったのですが、では明石の方はどうなのでしょう。

― つづく ―





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Last updated  2009.07.18 11:15:55
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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