サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.07.25
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
― 宮、いと苦しうて、はかばかしう物も聞こえさせ給はず。御心のうちに、思し続くるに、「高き宿世、世の栄えも、並ぶ人なく、心のうちにあかず思ふ事も、人にまさりける身」と、おぼし知らる。うへの、夢の中にも、かゝる、事の心を知らせ給はぬを、さすがに、心苦しう、みたてまつり給ひて、「これのみぞ、うしろめたく結ぼほれたる事」に、おぼしおかるべき心地し給ひける。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 宮は、たいへん気分が悪くて、はかばかしくものをおっしゃることも出来ない。お心の中で、思い続けられるのは、「高い宿縁に恵まれて、この世の栄華にかけては、並ぶ人がいない程ではあったが、心に秘めて思い続けることも、人に勝って多い我が身であったこと」と、思い至られるのである。主上(うえ、冷泉帝)は、夢にも、このような、事柄の仔細をご存知でないのを、さすがに、心苦しく、お思いになって、「こればかりは、後ろめたくも解けがたい悔恨事であった」と、心残りなお気持がなさる。

 この藤壺の女院の「心のうちにあかず思ふ事」の仔細が、源氏の君への密かな想いであるのか、冷泉帝の出生の秘密であるのか、紫式部は例によって判然とは書き記さないのですが、彼女はまるでそれによって読む者の心を試しているかのごとくです。
 読む側の想像力の余地を残す、というのは、何もかも気鮮やかに書き記して、書いてあること以外の妄想は、いっさいテキストの解釈から捨像すべし、という近代のリアリズム的な考え方からいうと、散文というよりは韻文に近いのかもしれませんが、私はどうも紫式部が、このへんのボカシを意図的にやったような気がしてしょうがないのです。
 前にも触れましたが、「物語」=モノを語るというのは、眼前の対象や現象に言葉を与える、あるいは表現しようとする、という意味で、ある種畏れ多いというか、不遜な行為という思いが、古代人にはあったかと思われ、まして「言葉」の本義が、古語辞典などを見ると「コトの端っこ」、つまり対象や現象の片端をかろうじてかすめるに過ぎない、と捉えられていたところをみると、古来から日本人の言葉に対する感覚は、散文、韻文といった截然とした振り分け以前のところに、その位置を占めてきたようにも思えます。
 それはたぶん紫式部の韜晦癖の強い指向性に、おおいにフィットしていたので、人(の心)は言葉で語りつくせるものではない、コトの本質は書き記した言葉の上ではどっちとも取れる、まさにその隙間に存在する、ということを示唆するかのような筆致なのです。であるならここの「あかず思ふ事」の中味は、源氏と冷泉帝両方なのか、とも思ってしまいます。
 しかし結論を急がずに、もう少し先に進みましょう。源氏のほうは、というと、

― おとゞは、おほやけがたざまにても、かく、やむごとなき人の限り、うち続き亡せ給ひなん事を、人知れず思し嘆く。人しれぬあはれ、はた、かぎりなくて、御祈りなど、おぼしよらぬことなし。としごろ、おぼし絶えたりつるすぢさへ、いま一度きこえずなりぬるが、いみじく思さるれば、ちかき御几帳のもとによりて、御有様なども、さるべき人々に問ひ聞き給へば、親しきかぎり、さぶらひて、こまかにきこゆ。
 「月ごろ、なやませ給へる御心地に、御行ひを、時の間もたゆませ給はず、せさせ給ふつもりの、いとゞ、いたう、くづほれさせ給へるに」「この頃となりては、柑子(かうじ、みかん)などをだに、触れさせ給はずなりにたれば、たのみ所、なくならせ給ひにたること」


 源氏の大臣は、公けの立場からみても、このように、貴い人ばかり、(なぜ)引き続いてお亡くなりになることになるのかと、人知れず思い嘆かれる。ひそかな思いは、ことのほか、限りなくて、(ご回復の)お祈りなど、思い至らぬところはない。この年頃、想い絶えていらっしゃった切ない恋心も、今再び(藤壺の女院に)伝えることがついに出来なく終わるのが、ひどく残念に思われて、(女院の)近くの御几帳のもとに寄って、ご容態などを、しかるべき(近侍の)女房たちに問い質しなさると、親しい女房ばかり、近くに控えていて、細かく申上げる。
「この数ヶ月、ご病気がちのご様子だったのに、ご勤行のほうは、片時も弛まれることなく、ご無理が重なって、一段と、ひどく、お弱りになってしまいました」「この頃となっては、柑子のようなものさえ、口に含むこともなさらないので、ご回復の望みも、難しくなってしまいました」
と、泣き、嘆く人々は、多い。

― つづく ―





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Last updated  2009.07.25 11:20:26
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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