サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.07.28
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 ということで、光源氏の色好みというか、果てしない女性遍歴の基点ともなった、藤壺の女院は世を去るわけですが、さて源氏が母性原理の女性性に惹かれて、藤壺の女院を常に愛しく、ときには乱心して追い求めたのに対し、藤壺の女院のほうはどうだったのか。
 結論から言うと、私の見る限り、藤壺の女院が死に臨んで、光源氏を男として強く愛していたとは思えないのです。彼女が真に愛していたのは、故桐壺院だったのではあるまいか。これは同じ年頃だった六条御息所の振るまいと、彼女を比べてみれば分かることで、御息所が源氏の懸想を受けるたびに、内心の決意がグラグラ揺れる、というより身体が暴走してコントロールが利かないのと、御帳台の内まで入ってこられて、その髪の毛さえ押さえられた藤壺の女院が、それでも体を許さなかった(「賢木」の帖)、というのと著しい対象をなしていますね。

 何度も繰り返すように、この二人にかんしては源氏との最初の逢瀬が描かれてない(か、意図的に省かれている)ので、以下は推測にならざるを得ないのですが、これはたんに二人の性格の差ということではなくて、愛の拠り所が別だったことを示しているように思えるのです。
 先に「賢木」の帖のこのあたりのくだりで、「女は弱く、母は強し」という古びた格言を持ち出して、藤壺の宮の拒否の理由を探りましたが、それを言うなら御息所だって娘がいるじゃないか、という反論を受けてしまいそうです。

 しかし六条御息所は、桐壺帝の世の前東宮と十六歳で結婚して、姫君を得た直後に夫を亡くし(この物語ではその原因は語られません)、その後十年ほど一人で(周囲に女房が居たにせよ)子育てを余儀なくされたわけで、源氏との出逢いはひょっとすると、女としての歓びを初めて経験した出来事だったかもしれません。子育ても一応一段落して、我が身の行く末もふと想う時期に、ヨン様ならぬ光り輝く貴公子が眼前に立ち現われたわけで、彼女が身も心も千々に乱れるのには理由があったわけです。
 対するに藤壺の宮といえば、その後の二回め(「若紫」の帖)三回め(「賢木」の帖)の逢う瀬の場面を見ても、いつも不意打ちで、余儀なき次第になった気配が濃厚で、決して最初から望んだ結果ではない。いわば自然災害が押し寄せてきたようなもので、地震や雷で起った事態を嘆いたり非難してもしょうがない、生じた結果は受け入れて、さてそれをどう始末するか、という方向に考えが向いているように見える。
 彼女のこういう生きかたの姿勢というのは、そういう意味で一貫していて、私などおおいに好感を持つのですが、ひらたく言えば、光源氏にはちょっともったいないほどの、賢婦人の印象が強いのです。相対する光源氏が、この人の前の時だけ、なぜか幼児返りの風体を見せるのと対称的ですね。

 ところでなぜ私が、藤壺の女院の真に愛した人にこだわっているかといえば、円地さんの「源氏物語」を読むかぎり、上のような印象は出てこないからです。円地さんは先に上げた、藤壺の女院の「心のうちにあかず思ふ事」の中味を、おおかた文庫本にして一ページになるかと思えるほどの字数を割いて、大胆な創作を挿入されていて、藤壺の宮がいかに光源氏を男として愛していたか、ということを強調されているのです。
 これは一回めに読んだときに、何となく文体的に(露骨に過ぎて)違和感として感じていたものが、今回の読み直しで一段とハッキリしてきたことで、たしか川端康成が、この円地源氏を評して「これは現代訳ではなくて、創作である」と言ったそうですが、このあたりは正しくそのとおりで、円地さんの強い思念(光源氏が心底大好きという)が横溢した部分になっているのです。


 それはさておき、では藤壺の女院が光源氏をまったく疎ましく思っていたのかと言えば、そうではなくて好意は持っていたであろうし、立場が立場なら添い遂げたい、という想いもあり得たかもしれないのですが、基本的に彼女の源氏に対するスタンスは、子供に対するときの母親の態度に近いので、御息所のような愛欲の嵐に身を任せるというふうな仕儀には到りません。
 余儀なく生まれた不義の子にかんして、親の不始末に子供本人の責任はないということで、最初からいかにしてこの子(冷泉帝)を無事守り育てるか、に彼女の行動は収斂されていくわけで、そのことが結局遠回りではあっても光源氏に対する愛の証にもなる(貴種の血筋を残す、という意味で)、ということなのです。
 というわけで、彼女が女としての真に幸せを感じたのは、おそらく桐壺帝が退隠したあと亡くなるまで、ふつうの夫婦として過ごした数年間だったろうと想像されるので、それ以後の彼女の振るまいは、大きな子供(光源氏)と小さな子供(冷泉帝)をあやす母親の行動とみるべきでしょう。
 さながら慈母を見るような、という意味で、藤壺の宮の人生はアッパレ!だったということになりますね。

― つづく ―





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Last updated  2009.07.28 11:08:13
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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