サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.09.28
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 このあたり、紫式部は嵐の前の静けさというか、わざと読者を焦らしているような所があって、内大臣のご機嫌の好さを管弦の雅びな響きとともに、ことさらに強調する。しかしその中にも老い女房たちのささやき声で、ちゃんと伏線は張ってあるわけで、以下のくだりは言うなれば、一瞬の技決めの場面です。

― おとゞ、出で給ひぬるやうにて、しのびて、人に物のたまふとて、立ち給へりけるを、やをら、かい細りて出で給ふ道に、かゝるさゝめき言をするに、あやしうなり給ひて、御耳とゞめ給へば、わが御うへをぞ言ふ。「かしこがり給へど、人の親よ」「おのづから、おれたる事こそ、出で来べかめれ」「「子を知るは」といふは、そら言なめり」などぞ、つきしろふ。「あさましくもあるかな。さればよ。思ひ寄らぬ事にはあらねど、いはけなきほどに、うちたゆみて。世は憂きものにもありけるかな」と、けしきを、つぶつぶと心得給へど、音もせで、いで給ひぬ。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 内大臣は、外に出るような振りをなさって、忍びがてら、(さる)人と会おうかと、お立ちになって、やおら、身を細めてお出でになった通路で、何やらささやき声がするのを、あやしく思われて、ひそかにお聞きになっていると、(はたして)我が身のことを言っている。「賢そうにしておられるけれど、(しょせん)人の親よね」「ほっておいたら、とんでもない事に、なってくるだろうに」「『子(の心)を知るは、(親ばかり)』というのは、ウソみたいね」などと、ヒソヒソ噂し合っている。「バカな話もあったものだ。そうであったか。思い寄らないことではなかったとはいえ、子供だと思って、油断しておったことよ。(まったく)この世はうっとうしいものだな」と、(今までの二人の)様子に、こと細かく思い至られて、音もたてずに、(そっとその場から)立ち去られた。

 ここの「人に物のたまふ」とは、内大臣のいつものお癖かとも思えますが、一つには大宮方の表には出てこない内情を、知っておきたいということもあったでしょう。世のリーダーとは、たいてい表向きの回路とは別に、裏のラインを持とうとするものです。実の母とはいえ、何となく敬遠しがちだった大宮の館ですが、左大臣家の統領として様子を知っておく必要はあったでしょう。
 しかし、そこはプロのスパイではない悲しさ、ややこしい話は誰も恐ろしがって言わないので、結局、本人が盗み聞きするか、隙見するしかない。同じような話が、かつて右大臣家でも「賢木」の帖でありましたね。

― 御さき追ふ声の、いかめしきにぞ、「とのは、今こそ、いでさせ給ひけれ」「いづれの隈に、おはしましつらむ」「今さへ、かゝるあだけぞ」と、いひあへり。さゝめきごとの人びとは、「いと、かうばしき香の、うちそよめき出でつるは、「冠者の君のおはしつる」とこそ思ひつれ」「あな、むくつけや。しりう言や、ほの聞こし召しつらむ」「わづらはしき御心を」と、わびあへり。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 前駆けの先を払う声が、いかめしく聞えるので、(女房たちは)「殿は、たった今、お帰りになったようね」「どこの隅っこに、(隠れて)いらっしゃったのかしら」「今だに、このような好き事を(なさって)」と、言い合っている。噂し合っていた老い女房たちは、「とても、素敵なお香が、薫ってくるのは、『冠者の君がいらっしゃる』とばかり思っていたわ」「あら、いやだこと。(あの)陰口を、お聞きになったのかしら」「厄介なお気質なのに」と、閉口している。

 とっくに帰ったと思っていた内大臣が、実はまだ館のどこかにいた。さてこそ老い女房たちのヒソヒソ話が、聞かれたかということで大騒ぎになる。ここの女房たちの会話は、ピーチクパーチク、何だかオペラの三重唱みたいですね。






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Last updated  2009.09.28 10:25:56
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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