2002年08月27日
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 徳島県の池田町方面から、急峻な大峡谷の祖谷渓(いやだに)に入り、平家落人の里を目指していた。
 狭く曲がりくねった道は、数百メートルの断崖の上を、心細く山奥へと伸びている。乗用車でさえも、谷底を覗き込むと目が眩むほどなのだから、バスの後部から見下ろしたら、身体が谷の上にはみ出して、そのスリルは一際だろう。
 対向車とのすれ違いに気を遣いながら、先の見えないカーブを、くるりくるりと回り込んで進む。
 谷は、右側の車窓に、どこまでも続く。
 落人集落と言われる祖谷山側から下ってきたら、車は谷側ですれ違わなければならない。初めて走るのにこの断崖絶壁では、谷側で、緊張を続けられただろうか。

 そんなことを考えながら、谷に向かって立つ小さい“小便小僧の像”を見て、やがて西祖谷山村に着いた。
 ここには、あの有名な “かずら橋” がある。確かに、詩に詠われるように、『風もないのにゆらゆらと・・・』揺れているようである。今はもう、何代目の橋になるのか判らない。
 だが粗々しく編み上げられた、自然の風合いの葛(かずら)からは、まだ平氏の生活の痕跡が、色濃く伝わってくるように思われた。


 さらに山奥の東祖谷山村(ひがしいややまそん)には、“平家の赤旗”を所有するという 阿佐家住宅 が残っている。今もまだ、由緒正しい落人の末裔が、普通に生活をなさっているのである。
 訪ねた住居は、日溜まりの斜面の中で、ひっそりと静まり返っていた。茅葺きの住居だが、大変によく手入れされていて、上品にまとまった佇まいを見せている。
 写真を撮って、なぜか音を立てるのも憚られるように、そっとその場を離れた。
 それほどに、静まり返っていたのである。平家滅亡から700余年の眠りの中にいるかのように。

 日が暮れないうちに、目的地の高知市まで辿り着けるだろうか。
 山は、あまりにも深い。地図で見るとすぐ近くに見える高知は、実際に走り始めると、考えていた以上に遠かった。まだ高速道路のない頃のことである。
 渓流に沿って伸びる国道は、聳え立つ巨大な山塊に向かって、潜り込むように入っていく。
『この先に道はない。どこまで続くのだろうか?』と不安を覚えるような道が、その山懐にたどり着くと、そこで突然に山裾をくるりと回り込む。
 そしてまた、次の山裾に向かって消える道が始まるのである。

 そのような繰り返しを何度も続けているうちに、空は急速に明るさを失っていた。深い山間の夕暮れは、闇の訪れが早い。かすかに見えていた、暗紫色の空に描かれていた稜線も、いつしか空の黒い色に溶け込んでしまった。

 目が闇に馴れてくると、見上げた空には、無数の星が瞬き始めていた。夕暮れの残光に取って代わるように、星が輝きを増していたのである。星の明かりが、山の稜線を、頭上高くに見せてくれていた。

 そして見上げた遙か頭上に、星とは違った瞬きが、遠く近くに認められることに、気づかされた。先ほどまで星かと思っていた天空の輝きには、民家の灯火が混じっていたのである。
 日中に見ても、その険しい生活環境に驚かされたものだが、星空に溶け込む民家の明かりを見ると、その山岳の険しさを、改めて思い知らされた。

 闇夜の農村は、現実の世界から遊離して、星になって夜空に浮かんでいるように見えた。
 その灯りの下には、人たちの営みがある。だがなぜか、小さく見えるその光を眺めているうちに、哀しみがこみ上げてきた。






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最終更新日  2002年08月28日 02時12分36秒


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