2002年09月05日
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 ナショナルロード(国道)を走って、ルクセンブルグに入った。
他のヨーロッパ各国と比べると、国の色彩が、かなり素っ気ない。

 ヨーロッパは、国ごとに、特徴のある色彩、建物の形、国の雰囲気を持っている。陸続きで、何も気にせずに隣国に入れてしまうことから、自分の国家を、強く主張する必要性があったのだろう。
 たとえばスイスは、ヨーロッパらしい雰囲気はあるが、意外にも目立たない落ち着いた雰囲気で、国全体が包まれている。外敵への刺激を避けるために、自然に身に付いた色彩であろうか。
 そのスイスが警察組織と軍隊組織の肩代わりをしている小国のリヒテンシュタインは、経済を観光に頼る国でありながら、スイスよりもわずかに華やかさがある程度で、華麗さをかなり抑えた雰囲気の国だった。スイスに対する遠慮とも考えられる色彩である。
 それに対して、オーストリアに入ると、どことなく華やいだムードになる。
 ただ、日本人に好まれそうな雰囲気を持っている、というだけのことなのかも知れないが。よく写真で見るチロルのペンション風の建物が、いたるところで見られるのである。かなり旅情をかき立てる建物だが、日本の似たようなペンションとは、決定的な違いがある。

 日本の場合には、それぞれの建物が自分勝手に色彩を主張しているが、諸外国では、オーストリアに限らず、国、そして街全体のバランスを考えた色彩が施されているのである。
 華やかでありながら、落ち着いた心地よさを感じさせるのは、真似から発生した色彩ではなく、国民の主張から生まれた本物の色だからであろう。



 ルクセンブルグに入るときに、突然、驚くような出迎えを受けた。
 国道の中央分離帯の上に、警官らしき一人の男性が仁王立ちになり、ショットガンを構えていたのである。その銃口は、通りかかるクルマの運転者一人ひとりに、向けられている。1台ずつのクルマに、照準を合わせながら、運転者を確認しているのである。
 他の国では、経験しなかった出来事であった。

 事件でもあったのだろうか。言葉が解らない私は、確かめる手段がなかった。だが、走り抜ける自分を追うように、銃口が動くのは、気分の良いものではない。
 国の色彩を楽しんでいた気持ちは、一気に引き締められた。

 銃を水平に構えて、それを人に向けるなどということは、日本の警察官では、まず考えられないことである。日本の平和ボケを、こんなところで思い知らされる気がした。
 ヨーロッパという先進国だから、ここで発砲されることはなかった。

 だが、どこかの国でそのまま射殺されたとしたら、日本政府は、国民を守るという立場から、どのような行動を起こしてくれるだろうか?
 そう、改めて考えなおすと、全く期待できないだろうということが見えたのである。日本政府は、海外で殺された日本人のためになど、動くことはないだろう。動いたとしても、それは期待できる結果は得られないだろう。
 自分は、何のために国のために税金を払っていたのか、誰のための“国”なのか。海外に出て、危険を肌で感じたときに、『国家の意味』を確認してしまった。
 日本の国は、ただ税金を取るためにしか、存在していない。自分にとっての国とは、家族がいる場所であり、友人が住んでいる場所でしかないのである。そこに、政府があろうが、公務員がいようが、全く意味を持ってはいなかった。


よその国の人たちのように、『自分の国を守る』という意識を、どこまで持てるだろうか。
 私は、日本という国を守りたいという気持ちは、海外旅行の時に失ってしまった。ただ、家族がいる国だから、守りたい。日本とは、それだけの意識しか持てない、悲しい国であることを、ルクセンブルクの警官が、認識させてくれたのである。

 今もまだ日本は、私には、期待を持たせてくれない。





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最終更新日  2002年09月05日 23時20分15秒


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