2004年12月30日
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自由客席は8割ほどが埋まっていたが、ほとんど話し声も聞こえない。
車内放送も、しばらく沈黙を続けている。
 車窓から見る荒野は、ただ白一色に埋められて、降りしきる雪のために、
遠景のコントラストさえ、定かではない。
窓枠にも、次第に雪が張り付いて、視野が狭められていく。
 何かが見えるわけでもないのだから、視界を閉ざされても困るはずはないのだが、
白い景色が見えなくなると思うだけで、圧迫される閉塞感で、
車内が息苦しく感じられるようになる。

 いつものことで、土地の乗客たちは、慣れきっているのだろうか。
車内放送で、状況の説明がなされないことに、文句を漏らす人もいないようだ。
と、車内放送が、元気なく、ボソボソと車両の中に漏れ始めた。
「この列車は、積雪の影響で、2時間の遅れになっております。まもなく発車致しますが、
先行する列車が遅れていますので、札幌への到着予定は、連絡があり次第にお知らせ致します。」
こんな内容で、伝えられたのだが、列車に閉じこめられて困っているのは、
車掌も同様のはずである。
 連絡がどのように伝えられたのか解らないが、電話があるわけでもなく、
道路から離れている列車に、車で事情を運んで来られるはずもない。
だがしかし、兎に角、情報は伝えられたのである。
 決して喜ばしい情報ではないが、列車が動かなくても、事態は動いた。
それから数十分後に、突然のように、列車が動いた。
 ゴトン・・・ゴトン・・・ゴトゴト・・・。

 それまで囁くような話し声が、時折聞こえていた車内に、軽いため息が漏れた。
ゆっくりとだが、仮にも『動いた』ということで、目的地に向かうめどが付いた明るさを、
感じさせられたのである。
 列車は、ゆっくりと何キロほど進んだのだろうか。

 再び動きを止めて、静かになってしまった。
車内は暖房が効いているが、窓際はどこからか隙間風が入るように、
冷気が顔の片側をなでる。
外の冷え込みは、厳しさを増しているのだろう。
車内に閉じこめられてから、すでに3時間ほどが過ぎている。
 人いきれで曇った窓をわずかに拭いて、隙間から外を覗いてみる。
粉のように軽そうな雪が、上下を知らないように、自由に舞い飛んでいる。
上からも、横からも、そして下からも、大小無数の雪が降っている。
この様子では、列車の遅れは、さらに大きくなるだろう。

 予約をしてあった札幌の宿には、多分予定時間には到着できないだろう。
ふと、そんなことが、頭をよぎった。
だが、携帯電話を持っている時代ではない。
あきらめの気持ちで、うたた寝を決め込むことにした。
向かい側の座席に座っている、土地のおばさんと思しき女性も、目を閉じて動かない。
 私の『宿の予約』とは別の意味で、それぞれの人々に、苛立ちが膨らんでいることだろう。
だが、自然が相手では、苛立っても仕方がない。
豪雪慣れしているのか、平然と状況に対応する精神力には、感心させられた。

   ★   ★   ★   ★   ★   ★   ★   ★

 長時間続く沈黙が、重苦しさを感じさせ始めたころに、2人の若者が、
車両内の人々に向かって、語りかけた。
「皆さん、退屈だと思いますので、これから私たちが、ギターを弾きます。
音楽が嫌いな人がいればやめますので、遠慮無く言ってください。」
 その声をきっかけにして、車内に話し声が戻った。
話し声の中に、演奏に反対する声は、聞かれなかった。
「下手な演奏で恥ずかしいんですが・・・。」
と前置きをして、二人の若者は、ギターをつま弾き始めた。

 私にはその演奏が、上手なのか下手なのか、解るわけではなかった。
だが、耳障りに感じることがなかったことから、下手ではなかったのだろう。
彼らの演奏は、音を抑えめにして、大きめのバックグラウンドミュージックといった雰囲気を、
作り出してくれた。

 私の前で目を閉じていた老境に近い女性も、目を開いていた。
演奏には触れずに、その女性が私に話しかけてきた。
「どこからおいでになりましたか?」
「横浜からです。」
「こんな雪で、驚いたでしょ。」
「ええ、まあ・・・。」
「今年、初めての大雪なんだけど、大変だねぇ。」
「土地の皆さんは、列車が止まることにも慣れているんですか?」
「よくあることだからね。まあ、慣れることはないけど、諦めてるから。」
「諦めるしか、ないですよね。」
「まだ、何時間かかるかわかんないから、これでも食べなさいよ。」
 女性は、抱えていた袋から、ミカンを2つ取り出して、私にくれた。
彼らの演奏と、女性からのミカンのプレゼントをきっかけに、
しばらく、とりとめのない話が、続いた。
 周囲からも、話し声が聞こえている。

 雪に閉じこめられた空間に、若い二人の男性が、新鮮な空気を吹き込んでくれたようだった。
車内放送があったのか、無かったのか、いつの間にか列車は、静かにゆっくりと走り始めていた。

 空は夕暮れの暗い色に、なりかけていた。雪は、暗い色の中で、白さを際立たせている。
車窓から漏れる明かりが、雪原に暖かい色を、投げかける。
 遅くなりそうだが、札幌に到着はできそうだ。

 二人の若者は、自分の座席に戻っていた。
日本では、列車内で楽器演奏をしたり、歌を歌うことは珍しい。
だが彼らの機転と好意を、乗客の誰もが素直に受け入れた。
そして、和やかさを得ることができた。
 豪雪という、このような状況がなければ、彼らも演奏を考えなかっただろうし、
私もこんな体験はできなかった。

 札幌見物の時間は大幅に失われたが、それにも増して、良い思い出を得ることができた。
遅れるだろうと覚悟をしていた宿にも、夕食前には入ることができた。

 豪雪列車の中で演奏をしてくれた若者たちは、今もどこかで、誰かを和ませているだろうか。






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最終更新日  2004年12月31日 07時39分52秒


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