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2013年09月02日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
6月29日以来の続き…皆さま、前回までの内容を
お忘れでしょうが、続きから(苦笑)。

05年9月6日(火)、横浜にぎわい座の客席。

「あれ?先生?」

「…お前、何やってんだ!?こんなとこで!」

我が師、歌謡声帯模写の白山雅一先生に、いきなり
声をかけられて、ビックリした私。

「何やってんだ?って…、別に見に来たかったから
見に来ただけで(笑)」

「そうか、俺は吉川(潮)君に勧められて来たんだ。
俺はブースで見てるから。終わったら、声かける」


「分かりました」



立川 談修 「紙入れ」
小沢 昭一 「随談(浪曲の歴史解説)」
春野百合子 「女殺油地獄」
座談会 (談志・百合子・小沢)

中入り

立川 談志 「黄金餅」


家元の「黄金餅」も、小沢先生の軽妙な随談も良かったが、
春野百合子先生の浪曲の迫力たるや、「浪曲というのは
こんなに凄まじいものだったのか!」と、感嘆の声を
あげたくなるほどの出来だった。今でも覚えている。

それで家元の落語が終わり、緞帳が下がったと同時に、
いきなり白山先生が私の手を引っ張って、そのまんま
ブースに連れ込まれた(笑)。

「どうして来たんだ?」

「さっきも言ったでしょ(笑)!客として来たかったから!
…でも本当は、家元に用事があって来たんです」

「お前、談志と仲良くなれたのか?」

「実は2週間くらい前に、中野坂上の『艶歌』って店で
マスターに紹介してもらってね。東海林先生や藤山先生の

今日持って来い!って言われたから、これから楽屋に…」

「そうか、良かったな!俺もこれから楽屋に行くから、
ちょうど良かったろ?」


「助かりました!一人じゃ怖くて行けなかったかも…」

「よし!そろそろ談志も着替えたろ。楽屋に行こう!
お前、俺のカバン持て!」


ポーンとカバンを放られ、私は素早くキャッチ。

ロビーに出ると、アンケートを記入してるお客さんが
大勢残っていた。「家元信者」の方も大勢いただろう。



家元の会に来るお客さんは、普通の落語会に比べると
「芸能IQ」が異常に高い。普通の人だったら知らない
芸人さんなんかを、知っている率が妙に高い(笑)。

ロビーを歩いていたとき、私は聞き逃さなかった。

「あっ、白山雅一だ。あの後ろに付いてる男は誰?」
という小声を(苦笑)。

「先生、先生!みんな、こっち見てる!」

「いいじゃねえか、別に見られたって!」

「僕のこと、弟子だと思ってんじゃないの?」

「お前は、俺の弟子みたいなもんだろうが!」

…とかなんとか言いながら、4階の楽屋へと向かった。

楽屋に着くと、入口に息子の慎太郎さんがいらしたので、
私は「先日『艶歌』で…」と、挨拶をさせて頂いた。

すると慎太郎さんの口から、信じられない言葉が。

「ああ、あなたでしたか。あの日、父が家に帰ってきて
言ったんですよ。『若くても、ちゃんとした料簡の奴が
2人いた!』って」


嬉しかった。ただの自慢と言われても否定できないが、
本当に嬉しかったのを、今でも思い出す。

着替え終わって、楽屋から出てきた家元。

「ご苦労さまです!お約束のテープ、持ってきました。
林(伊佐緒)先生の『チンライぶし』」

「おう、そうか!有難う」

「それじゃ、私はこれで…」

「待て。表はまだ混んでるだろうから、俺たちと
一緒に楽屋口から帰れ」


「有難うございます」

家元の好意に甘えて、楽屋側のエレベーターに乗った。
家元・慎太郎さん・白山先生、それに私の4人で。

いろんな意味で、息が詰まる私(笑)。

そしたら、3階でエレベーターが、いきなり停止。

「???」と思っていたら、ドアが開いて…。

「家元、どうも!ご苦労さまです!」

張りがあってよく通る、聞き覚えのある美声。

にぎわい座館長、玉置宏先生だった。

「ヒ~~~~ッ!!!」と、心の中で叫ぶ私(笑)。

世間から見たら、ただのおじいさん3人だろうけど、
私から見たら「神様3人」である。

3階から1階に降りる十数秒、私は呼吸を忘れた。

1階に降りたとき、無視も何だから、玉置先生にも
声をかけさせてもらった。

「玉置先生、お忘れかと思いますが…」

すると、玉置先生は私の顔を見て…。

「ああ!市馬さんのお友達の!」

覚えていてくださった。池袋で1回会っただけなのに。

すると、隣にいた白山先生が、玉置先生に声をかけた。

「玉置くん!○○はね、ついに中野坂上の『艶歌』で、
談志と仲良くなれたんだってさ!」


すると、玉置先生は、私のことを見て…

「良かったね~!談志さんと親しくなれたの!」

…と、おっしゃってくださった。

この会話を、少し前を歩いていた家元が聞いていて、
振り返って、私にニヤッと笑いかけたのだ。

人生には「生きてて良かった」と思える瞬間が、誰にも
絶対にあると聞いたことがあるが、現時点で私の中では、
この瞬間が最高峰である。

落語だけでなく、芸能の素晴らしさを教えてくれた家元。

自分の売り物の歌謡声帯模写を、孫世代の私に山ほど
レクチャーしてくれた白山先生。

小さい頃から好きでやってた歌謡曲の司会、その術を
さりげなく教えてくれた日本一の司会者、玉置先生。

普通だったら、まず絶対に知り合いになれる訳が無い、
仲良くなれないようなお歴々である。

その3人に囲まれ、認められた瞬間。

私は死ぬまで、忘れることができない瞬間である。

家元と玉置先生は、そのまま打ち上げに行ったので、
私は白山先生と2人で、京浜東北線で帰った。

電車の中で、白山先生にお礼を言ったが、どういう訳か
先生も我が事のように、喜んでくださった。

05年9月6日、至って普通の日だけども、私にとっちゃ
芸能記念日みたいなもんである(笑)。





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最終更新日  2013年09月02日 23時50分12秒
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