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2018年07月02日
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カテゴリ: カテゴリ未分類

とうとう、落語好きにとって、いちばん来て欲しくない日が
来てしまった。なんつうか、寂しさと虚しさで胸がいっぱいに
なってしまって、本当に辛い。


連発されているわけで、今日の夕方に突然聞いた、この訃報も
「いつものネタ」であってほしいと思わずにはいられない。

享年81。死因は慢性閉塞性肺疾患とのこと。

この辛さ、談志・先代圓楽・圓蔵・圓歌というお歴々の訃報と
同等だ。落語好きの方なら、分かってくださるかもしれないが…。



今でこそ、私はいっぱしの落語通だと、あちこちで偉そうに
顰蹙ゥ買いまくる態度を取っているが、世間の皆さまと同様、
落語を知ったキッカケは、私も『笑点』。

ただ、それが4歳のころという…異常な早熟さという点だけ、
ちょっと世間の人と違うかもしれない(苦笑)。

今から35年前、司会が三波伸介師から先代圓楽師に変わった
直後で、古今亭朝次(現・桂才賀師)がピンクで、並び順が
後年と全然違ってて、座布団運びが松崎真さんだったときヨ。
好楽師が一時抜けてて、小遊三師が新メンバーってころ。

残念ながら、小圓遊師や圓窓師、夢之助師がレギュラーだった
ころは知らない。生まれる前~生まれた直後だから。

で、私が物心ついて(昭和58年ごろ)初めて「落語家」として
認識した方が、歌丸師匠だった。

ほかのメンバーも勿論だけど(苦笑)。

グリーンの着物に薄い髪、滑舌の良い高音域の声は、幼心にも
キャラとして分かりやすく、また「司会の圓楽師の次に偉い人
なんだろうな」と子供にも思わせる貫禄がにじみ出ていた。

社会風刺的な回答や、キレイな答えの謎かけなんかは、今でも
覚えているほど。
「釧路とかけまして、政治家と解く。その心は湿原(失言)で
足元をすくわれることがあります」とかね(笑)。



2006年に、先代圓楽師が司会を勇退して、五代目の司会者に。
仕切る側としても抜群の采配を魅せ、新メンバーの昇太師との
やり取りなんかも面白かった。

ただ、この辺から病気で『笑点』を休演することが多くなり、
体の具合も(肺?)悪くなっていかれたのだろう。

一昨年5月、昇太師に司会を譲って勇退。

その後は「終身名誉司会」という物凄い肩書きになって、
前番組の『もう笑点』で、毎週少しだけだが、その姿を
見せてくれていた。昨日の夕方も普通に出ていたし。
4月のアタマに収録したそうだ。



「噺家」桂歌丸としては「つる」「鍋草履」「おすわどん」を
よく寄席やホールで聴いた。「後生鰻」も聴いたことがある。
「いが栗」は、残念ながら聴けなかった。

手元にCDで音源があるが、07年12月21日・イイノホールの
一旦閉場前最後の「にっかん飛切落語会」での「紙入れ」は…
私は客席にいたから言うわけじゃないが、いい出来だと思う。

私が最後に歌丸師匠を見たのが…ここでも、確か以前書いたが…
2015年11月29日(日)の新宿末廣亭主任のときで、このときも
「紙入れ」だった。このときの高座も素晴らしかった。

ただ痛恨なのは、私はいわゆる「圓朝もの」の大ネタを一度も
生で聴くチャンスがなかった…ということだ。

…というより、私は自らそのチャンスを捨てていた。

前々から言っていることだが、歌丸師の話藝は同世代の噺家…
談志・志ん朝・圓楽・小三治という方々に比して、どうしても
一段階、レベルは下だと思う(標準語落語だから)。

だから、怪談や人情噺の大ネタを聴いたところで、さほどの
充足感は得られないのでは?と思ってしまっていて、全く足を
運ばなかったのだ。国立とか横浜にぎわい座とかに。

今となっては、悔やんでも悔やみきれない。ホント私ゃバカだ。
行っとけばよかった。行ってから批評すりゃよかったんだ。



最期の高座は、今年4月、国立の「小間物屋政談」だったと
聞いている。保田先生も長井さんも行かれたはずだ。

かなりのプラチナチケットだったと聞いちゃいるが…。



声帯を失い、亡くなるまでフェードアウトせざるを得なかった
談志師匠。


脳梗塞を機に、自ら引退を表明して亡くなった圓楽師匠。

まだこれから…というときに、スッと亡くなった志ん朝師匠。

噺家の最期ってのは(誰の最期もそうだろうが)理想通りに
いくことなんかない。

そんな中、何度も何度も入退院を繰り返しても、不死鳥の如く
高座に帰ってきて、酸素のチューブを鼻に入れたままという
痛々しい姿でありながら、最後の最期まで落語と格闘し続けた
歌丸師匠は、ある意味「噺家として理想的な最期」を迎えたと
いう言い方もできるかもしれない。

ご当人にしてみたら「志半ばの無念の死」というところも、
ひょっとしたら、少しあるのかもしれないが…。



私は、歌丸師匠は「絶対に死なない人」だと信じていた。

歌丸師匠は絶対に死なないから、大喜利で「死亡ネタ」が
ガンガン出たって平気なんだと信じていた。

その歌丸師匠がいなくなってしまった…という残酷な現実に、
自分の脳ミソが追いついていかない。

享年81は、噺家としてはチト若いね。米丸師匠が、93歳で
あのバイタリティなのに、お弟子さんが先に逝くなんて…。



歌丸師匠、長い間本当にお疲れさまでした。

「噺家が休むときは目を瞑るとき(死ぬとき)だよ」という
ふうにおっしゃっておられましたが、とうとう、そのときが
来てしまったのですね。

あっちで、久々に小圓遊師匠と罵倒合戦を繰り広げてください。
そして、談志・圓楽・梅橋・圓といったお仲間と、ゆっくりと
過ごしていただければ!

心から、ご冥福をお祈り申し上げます。






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最終更新日  2018年07月03日 21時52分08秒
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