ととにっき

ととにっき

2004年01月17日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 今日で丸9年なんですね。と言うことは母がなくなって

本当に時間がたつのは早いものです。
 私は9年前の今日は、病院の個室に居ました。
当時受験生でセンターの前後だったような気がするのですが
私の周りはそれどころではありませんでした。
母の看病に追われていました。
地震があった時はちょうど看護婦さんが
母の尿を取りにきており、ゆれた瞬間、母親が

 岡山市内の病院だったので、
揺れはそうでもなかったのですが、それでも、
4階だったのですごく怖かった覚えがあります。

 地震がおきたことによって、私自身の生活が激変することはありませんでした。
でも、受けたかった大学が受けられなかった
という事実はあります。ささいなことかもしれません。
恐らく落ちていたでしょうし。
母の病状がもうどうしようもなくて、
当時中学生だった弟妹のことを考えると、
県外の大学には誰も反対はしても
賛成はしないであろうことはわかっていたし、

相手が(周りの親戚家族)
満足、納得する事が一番大事だと思っていました。 

実際、実家から通える学校にいったことで
私は母の看病を満足に終えることもできました。
でも、それは自分にとって本当は正しい道だったのか


 母が入院していた病院は実家から
1時間以上かかる場所でした。
当時はもちろん運転免許は持っていませんでしたから、
最寄駅からバスなりタクシーなり、
最終的には自転車を買いました。
 毎日、普通に学校に行き、
自宅最寄り駅近くの母方の祖母の家により、
病院に行き、病院に宿泊。
そして翌朝は病院から学校に通っていました。
もちろん実家にも帰らないといけないわけです。
 1回だけ、当時3月末に9度以上の熱を
出したことがあります。
それでも、気づかずに普通に病院に行きました。
なんか体変。ぼーとすると思いましたが病院に居ました。
母の回診のときに一緒に見てもらったら、
入院しろと言われてしまいました。
さすがに、母の隣に寝るのはどうかと思ったので
帰りました。
 診察はたまたま院長先生だったのですが、
そのときに言われたことを鮮明に覚えています。
若いから、無理が利くんだよ、自分が若いから
ここまで看病できるんだよと。
当時はさっぱり意味がわかりませんでした。

今だからわかることなのですが、今同じことをしろと
言われたらできない。のです。
受験生で途中から学校に行かなくてもよかったことや
休もうと思えば休めたこと。
学校が早く決まったから、何も言われずに済んだこと。

でもそれは大学受験生だったからで。
そして大学生だったからこそ、
一ヶ月近く休むこともできた。
これは神様に感謝するべきことなのかもしれないですね。

あのときの生活を思い出すと、
何でもできるよなーと思いはするのですが、
なかなか難しいものです。

 風化させたくなくても風化してしまうのかもしれません。
でも、忘れてはいけないと思うのです。
地震で亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。












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最終更新日  2004年01月17日 14時16分06秒
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