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ヒロジはテレビに釘付けだった。スカパーで「大地の子」というドラマを放送していた。昔、NHKで放送していたものらしい。昼の1時から12時間ぶっ通しとか。食事をしながらも目はテレビ。「これはいいドラマだ。アラタにも見せたかったぁ~」マチコが「まだやっているじゃん」ヒロジ「最初から見せたかったぁ~」マチコ「アラタそんな暇人じゃないから」アラタ「見たくね~し」あいかわらず危険な会話だ。私にはそんな否定的な意見は言えない。「トミハルくんは見たことあるか?」「いえ知りませんでした」「それはあかん。こんないいドラマを。じゃ、小説は読んだことあるか?」「いや…」「読まなあかんで!」「…」あかんのですか…以上が土曜日の話題。会社帰りにブックオフへ。山崎豊子を探す。文庫本の105円コーナー。「大地の子」は・・・あった。ゲッ!ぶ厚いじゃん!そのうえ4冊組じゃん!…重いなぁ。中国残留孤児の話、テーマも重い。とりあえず(1)を購入。果たして読みきれるだろうか?ちょっとヤバイかも。大地の子(1)大地の子(2)大地の子(3)大地の子(4)Wの喜劇トップ(毎週水曜更新・・・予定)
2006年01月30日
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世界中の国々でおこなわれているスポーツ、サッカー。FIFAランキングには実に205ヶ国が名を連ねている。そこには聞いたことの無いような国も。ワールドカップの代表国にも、「そんな国あったの?」という国が。コートジボワール、アンゴラなんかがそう。トリニダード・トバゴ…ごめんなさい、生まれて初めて知りました。m(..)m(でも息子は知っていた)日本代表もいろんな国と対戦する。普段、馴染みの薄い中東の国々との対戦が印象に残る。バーレーン、オマーン、カタールなどなど。どんな国かはよく知らない。だけど日本を苦しめたアジアの強豪国ということだけは知っている。シドニーオリンピック開会式のとき、入場行進で息子がいろんな模様の国旗に興味を持った。世界地図と国旗の本を買ってあげたら、喜んで国旗の絵を描いていた。保育園でも描いて先生にも見せていた。保育園の先生が、その絵を綴(と)じて、単語帳ならぬ国旗帳を作ってくれた。子どもの好奇心・集中力はすごいと思った。1年生になるころには当時の国旗と国名は全部覚えてしまっていた。国の場所なんかも私よりずっと詳しい。最近では、「こんな国あったんだ」と言うと、「パパ、そんなことも知らなかったの?」とバカにした目つき。ムカつく。その頃から世界地図もかなり変わった。ユーゴスラビアがなくなり、クロアチア、セルビア・モンテネグロなどができた。チェコ、ウクライナも比較的新しい国だ。ユーゴ崩壊もサッカーを通して。ピクシーの話題で、そんな話を坊主としたことがある。北朝鮮やイラクとも対戦した。中国でのアジアカップもあった。スポーツは政治とも無関係ではいられない。サッカー、スポーツを通じて、いろいろな国(私は国名のみ…)を知る機会がある。野球ではなかなかこうはいかないけど、今後に期待できそうな雰囲気ではある。サッカー、スポーツで学べることは、走ったりボールを蹴ることだけではない。好奇心旺盛な時期には、いろんなものからいろんなことを吸収できるんだと思う。無駄なことなんて何もない。
2006年01月29日
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「俺、1月で辞めるわ」塾から帰ってきてボソッと。ちょっと待て、話が違う。3月までやると言ったからコーチと話したりもした。事情が変わったからって、そう簡単に手のひら返されたら困る。大人の立場も察しろよ。それに、お前だってコーチと4月以降も、って話してきたって言ったじゃんか。イレギュラーな状況を認めてくれたコーチの気持ちも気遣えないのか?真剣にサッカーに取り組めというんじゃない。週一回だけ軽く身体を動かすことは、身体的にも精神的にもリフレッシュになる。むしろ適度な気分転換は今後にいい影響を与えると信じてのことじゃんか。どうしても辞めるならしょうがない。でも、それが今なのかはよく考えてくれ。女房とは微妙に意見が分かれる。「しんどいんだよ、きっと」と女房は言う。それならそれでもしょうがない。大事な1年なんだろう。でも、パパとコーチの気持ちを無視するのではなく、それも含めてよく考えて、どうしてもなら。ただの無神経・無責任な行動は納得できない。「パパ、コーチに言ってよ」ふざけんな、自分で言え!「じゃ、一緒にいて」・・・一緒にいてもいいけど何も話す気はない。けじめは自分でつけろ。それが誠意だろう。振り回される。
2006年01月27日
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あの日から半年ちょっと。2月のクラス替えからGM1というクラスになるようです。ヤン川くんと同じクラス。「なんでおまえが上がれて、俺があがれないんだ!」と今のクラスの子達に言われたとか(塾でもそんなキャラなのか…)。かなりご機嫌で帰ってきた。冬期講習では、先生の勧めでMの子に混じってC2クラスというのを受けて、頭から煙を出していた。ダメじゃんて感じだったけど、その後のテストの結果がそれなりだったらしい。息子の力(努力ではない…と思う。運?)を素直に褒めたいです。毎月クラス替えがあるようだから、次はわからんけど。継続は力なりなんで、これからが大切。大木監督の言葉を借りれば、「私たちはまだ何も手に入れていない」わけで、ここで満足してもしょうがなかったりします。これで2月のサッカーは金曜の週1回のみ。こっち側の人達から見れば「サッカーなんかやってる場合じゃない」という声も聞こえてきそうですが、まあ価値観の違いということで。あっち側の世界もあります。高望みはしてないので、ボチボチやればいいと思います。それでも確実に生活に塾の占める割合が増えてきて、サッカーどころではなくなってしまいました。これは息子の意向もあるかも。サッカーより勉強のほうに面白味を感じている様子。可能性というか、手応えというか、なんとなく。それとハードな日々に疲れているかな。曜日埋まってるし。まぁ、どうするかは息子が自分で決めて欲しいと思います。家でも勉強すればもっと伸びるんじゃないかと思うんですが、これは今後に期待。本当は親がやらせるのかな?どうも夫婦ともに苦手のようです。自主性が大事。自分のことは自分でしよう。
2006年01月27日
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【Road to J1~2006 J1新規3クラブの過去・現在・未来~】ヴァンフォーレ甲府 海野一幸社長インタビュー:「予定より2~3年早いJ1。でも簡単にJ2には戻らない」 [ J's GOAL ]海野社長、ヴァンフォーレ甲府のビジョンに全面的に賛同・支持します。「それで万一J2へ降格したとしても、またJ1を目指してやればいいんです。昨年の開幕前、J2だった甲府がJ1だった柏に勝てると思った人はいないでしょう? でも勝てた。だから簡単には落ちないんですよ。選手も自信を持っています」↑ツボにはまりました。経営トップが同じ視線で考えてくれている。私にとって、とてもCS(顧客満足度)の高い企業です。今シーズンもいろんな感動(悔しさ、悲しさ含む)を期待しています。1試合1試合に一喜一憂し、のんびりと見守っていきます。
2006年01月25日
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先日、息子のサッカーのコーチと話してきた。3月まで続けられないか、と。トップの日程にしか参加できない、週末の練習・試合には出られないけど、なんとか続けさせてもらいたい、と。かなり気まずい訪問。コーチは、トップでやるには実力的に厳しいと話してくれた。そう思う。そんなこと分かっている。その上でのわがまま。しかしコーチは今の日程で3月まで続けるのは問題ないと言ってくれた。ただし、だらけたり練習態度が悪ければ叱ることもあるのは承知してほしいと。よかった。それでもサテに落ちる子がいることを考えると気まずい。そこは開き直ろう。どうせ3月までだ。コーチはさらに、せっかく1年から続けてきたのだから6年まで続ける方法はないかと言ってくれた。塾を中心に、週1回でも2回でも、厳しいサッカーではなく楽しいサッカーをしたらいいと。トップと一緒が厳しければ下級生と一緒にやるように調整もできると。もし息子が続けたいのなら、なんとか協力したいと。上を目指さなくても、中学以降もサッカーを続けるつもりなら、たとえ週1回でもボールに触った方ががいい、ブランクはできるだけないほうがいいと。嬉しかった。最悪、1月で辞めることも考えていたのに、4月以降も続けることを勧めてくれた。息子が4月以降もやりたいのか、今後サッカーをずっと続けるつもりなのか、私にはわからない。でも、この魅力的な提案をその場で断る理由はない。持ち帰った。息子はどう思うかわからないけど、女房もどう思うかわからないけど、正直、私には未練がある。息子にはコーチの言葉をそのまま伝えた。あとは息子がコーチと話して決めればいいと思う。辞めるはずだったサッカーをどうするのか。親はしばらく様子を見たい。このチームでよかったと思う。息子にとってベストではなかったかもしれないけど、間違いなくベターなチームだったと思う。
2006年01月23日
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教材を山ほど持たされて、必死に抱えて、電車で塾から帰ってきた息子。6年生で使うもの…らしい。そして力尽きて散乱。そこに猫が収まる。マジこんなにやるの?大変だ。※後日、これだけじゃないことを知る…(汗)
2006年01月23日
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まぁ、ネタです。痛くはないようですが、不機嫌そうな顔をします。抵抗はできないようです。「何するんだよぅ」でしょうか?それとも「もう好きにして」?ひょい、っと。「うらめしや~」5kg超えると持つ手がプルプルします…???
2006年01月22日
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週末、土曜日はサッカーが午前・午後の2部練習&塾は午前が公開テスト。日曜はサッカーの練習が午前中。誕生日なんて関係なし。相変わらず忙しい。てか、また重なってるし。そんな心配は雪が真っ白にしてくれた。雪で練習は中止。テストから帰ってきた息子は、友達を誘って11歳のバースディ・パーティ。12月生まれのタカシと2月生まれのK作と1月生まれの息子で。本当は今日やる予定だったけど、サッカーの練習が入ったので明日やる予定だったけど、サッカーの練習が中止になったので今日やることになった、という息子の予定に振り回される友達には本当に申し訳ない。まぁ、なんだかんだで3人分まとめてバースディ。男3人だけでも、まだ楽しいようだ。ゲームやって、トランプやって、ケーキ食って、ケーキが無ければパーティでもなんでもないじゃん。でも楽しいんだなぁ、きっと。水曜日にはプレゼント交換もやったらしい。男3人だけで。夜は家族でボーリングをやった。こうやって書くと、なんてことない一日だった。
2006年01月21日
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ヴァンフォーレ甲府2006年度クラブサポータの会員募集が始まっています。来季2006年度クラブサポーター会員募集開始のお知らせこちらで入会を受け付けています。会員特典は次のようになっています。今月中に入会するとオリジナルグッズプレゼントもあります。入会を検討されている方は、是非、今月中に。クラブサポーター会員特典[1]会員証1枚(カードケース・ストラップ)[2]2006J1ホームゲーム全試合観戦無料(協力会員除く)[3]2006J1ホームゲーム開門前優先入場[4]2006J1ホームゲームチケット先行販売(1人1枚)[5]2006J1ホームゲームチケット当日券も前売価格で販売(1人1枚) ※前売券完売の場合は販売いたしません。[6]ファンクラブ通信お届け[7]オフィシャルハンドブック進呈[8]サポーター感謝デーご招待 ※今季はクラブサポーター会員限定とさせていただきます。[9]サポーターズショップにて優遇 ※2006年1月31日までにご入会された方にオリジナルグッズプレゼント!昨シーズンまでの「個人プラチナ」がなくなって、席種による分類のみのJ1仕様に。特典のシャツもなくなったのは残念。今年はレプリカユニも買わないと。また今季より指定されている座種以外への移動ができなくなる。いままではプラチナ会員でゴール裏やバックスタンドで応援していた。今季はゴール裏で入会。個人的にはかなり安くなってしまった。20000円で一年間J1見放題。安すぎると思う。協力会員にも一口加入。ヴァンフォーレ甲府カードも是非、ご検討を。翌年よりクラサポの会費を自動引落ししてくれます。
2006年01月19日
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ヴァンフォーレ甲府のキャッチフレーズが発表されました。「Explore J1~探検J1~」私も探検隊の一員となり一緒にJ1を探検します。そして2006体制と背番号が発表されました。あとはアライール待ちですね。阿部が1番復帰。そして鶴見が17番、坊主のヒーローが甲府に復帰しました。バレー、太郎、新は昨年の背番号。特に新の32番に本人の愛着を(勝手に)感じています。今年も32番に思いっきりサイドで暴れて欲しいです。そして新戦力。補強が十分かどうかはよくわかりませんが、甲府らしいなと勝手に満足しています。宇留野、ビジュ、林には特に期待します。開幕スタメンがどのようになるのか、楽しみです。J1甲府、始動しました。■01/16 2006シーズンキャッチフレーズ決定のお知らせ■01/16 2006シーズンスタッフ体制及び選手背番号について
2006年01月19日
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町内駅伝大会6区アンカー(2.5km):9分12秒一年で一番緊張して一番速く走る大会が、とりあえず終わった。安堵。調子は普通。体調が良くても悪くても、辛さは変わらない。どっちにしてもゴールまでは走りきるから。気分だけは箱根。日が重なったので横田マラソンはお休み。次は青梅。メモ中継点-(45")-交番-(2'11")-折返し-(1'01")-信号-(1'19")-交番-(1'02")-中継点-(48")-バス停-(1'16")-JA-(50")-ゴール
2006年01月15日
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塾との兼ね合い。トップじゃないと練習に出られないのは息子の都合。だからサテに落ちたら練習に出られないのも息子の都合。トップなのに、土日は塾で試合に出られないのなんて完全に息子の都合。チームから見たら、実力があるからトップなわけで、そこは序列の世界。親からみた息子の実力はボーダーラインギリギリもしくは以下。そして週末の試合に出ることができない選手がトップにいることは矛盾以外の何者でもない。すでに選手ですらない。客観的には意味不明な存在。先日、コーチからの電話を取った。今後、頻繁にトップ・サテを入れ替えたいと。息子の習い事の確認。塾の曜日を伝える。そして沈黙。気まずい沈黙。「考えます。とりあえずは今までどおりで」と電話は切れた。多分、本当はサテに落としたかったんだと思う。息子も私たち夫婦もとっくに覚悟はできている。すでにボーナスステージだから。今の状態は、チームにとっても息子にとっても、ねじれてしまっている。そういう話を息子とした。そして3月までという結論を出した。約束したことは、3月まで今まで以上に全力でやること。トップにいても恥ずかしくないように。まわりが納得するように。それでもサテに落ちたら、そこで辞めること。そして辞めることをコーチに自分で自分の言葉で話すこと。これは、しばらく休むサッカーに悔いを残さないように、4月から一本に集中できるように、絶対に守ってほしい。私もコーチと話さないとならない。息子が3月まで頑張ると決めたことを。3月まで息子にサッカーをやらせたいことを。その我がままを許して欲しいことを。外堀は埋めてあげたい。事情を正直に話して、それでもサテに落ちるのなら、それがコーチの判断、現実だと思う。そこはコーチとも、お互いに誤解がないようにしておきたい。
2006年01月14日
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J2、2シーズン目。川崎・札幌がJ1に昇格、浦和・湘南がJ2降格、JFLより水戸が昇格し11チームの変則日程で迎えた。キムテツ、大芝が市原へ、岳也が山形へ移籍。外国人はルイスとアントニオ。そして現キャプテン倉貫が加入。記憶に残る選手吾妻の加入もこの年。監督はS級を取得した塚田雄二監督。当時の選手はこちら。印象に残っている試合は…ない、思い出せない。小瀬で浦和の応援に驚いたことと、駒場に観に行ったことと、富士北麓に観に行ったことと、負け続けたこと。悪夢の25連敗はこの年。とにかく負けていた印象。本当に弱いなぁ、と。ダントツ最下位。メインでまったりと。この年も応援ではなく観戦。ハーフタイムや試合終了時にロッカールームに戻る選手たちに声を掛けていたのを思い出す。案外、応えてくれた。ルイスのひたむきさが好きだった。レベルの違いこそあれ、バレーのような真剣さが伝わる選手だった。この年のレプリカユニホーム、前も後も何もない。エンブレムだけ。シーズン後半にインデックス(グルノーブル買収)がスポンサーについてくれた。今思えば恩人。ファン感に行ったら閑散としていた。私は建二と組んでスピードガン測定のゲーム、坊主は金晃正と2人3脚競争。参加し放題だった。ルイスに肩車された坊主の写真がある。それはそれで楽しかった。この年の天皇杯、坊主と一緒に西が丘に行った。忘れもしない坊主の寝返り。「東京生まれだからFC東京応援する!」甲府側で応援したかったのに、ど真ん中、センターラインをまたいでメインで観戦した。建二の決勝ゴール、1-0で甲府が勝った試合。目の前で、塚田監督のインタビューを聞いた。となりで坊主が泣き出した、東京が負けたって。…おまえ、ついさっきまでFC東京知らなかったじゃんかよ。何泣いてんだよ、って思った。でも甲府が勝って嬉しかった。その年の年末、存続危機…地獄の始まりだった。その日から、ちょっと人生が変わった。(写真)
2006年01月14日
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体が二つあればなぁ。2月から塾が月、火、木、土の週4日になるらしい。そして日曜はテスト。サッカーの練習が火、水、金、週末は試合。これは塾がA3、サッカーがトップチームの場合。ちなみに塾が、万が一、億が一、兆が一、Mクラスになるとさらに一日追加、サッカーの方はサテに落ちると火、木のみ。調整がきかない…。実際にこうやって並べてみると、キツイなぁ。マジ体が二つ必要。塾の冬期講習に参加したのでサッカーの冬合宿は不参加。優先順位は勉強に振られている。不本意ながら、そうならざるおえない。中学受験が目的の塾に入ったんだから。こうなることは(不本意ながら)前から予感はあった。だから何とかしたかった。息子も覚悟している。「サテに落ちたらサッカーやめるから。それまではできるだけ頑張るよ」練習に参加できない、試合に参加できない、サテ落ちは時間の問題だろう。それ以上にこのスケジュールで身体が持つのか?息子と話し合うつもり。サテ落ちを待つか、1月で辞めるか、3月まで頑張って辞めるか。もし3月まで頑張るなら、サテ落ちとの競争になる。サッカーを辞める方向で話すしかないのが残念。それでも引き際を考えさせたい。潰すわけにはいかないから。
2006年01月14日
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(本文省略)
2006年01月11日
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ちょっと回顧します。全部やっても7回ほど。J2リーグ発足、10チームでリーグ戦がおこなわれた年。甲府クラブの頃から、新聞では結果を見ていた。いつも入れ替え戦をやっていた印象、相手は西濃運輸とか。高校のときの先生が在籍していたりとか、地元のアマチュアチームという印象だった。それがプロ。ちょっと見てみようか、という感じ。1998年だったと思う。たしかボルティス徳島(徳島ボルティスでも大塚製薬でもなかった)戦だったと思う。小瀬に観に行った。暇だったから。その年の年末、天皇杯3回戦のTV放送。甲府がやっていた。セレッソ大阪戦、滅茶苦茶な点の取り合い、バロンが包帯グルグル巻き、そして勝った。天皇杯は、その年の覇者、横浜フリューゲルスに4回戦で敗れた。けど好印象。この年、JFL4位。なんか期待した。そして1999年、何試合くらい見たのかな?よく覚えていない。小瀬と関東アウェイなど。バロンはいなかった。弱かった。江戸川や鴻巣行ったのはこの年のようだ。遠かった。この年5勝、小瀬で4勝。鳥栖に5-0で勝った試合は憶えている。今思えば幸運だった。この年の監督は富士吉田市議会議員の勝俣進氏(S級を持たない塚田さんは総監督)、選手には竜王町役場に勤める石原大介。プロ・アマ混在。まあ、そんな感じのチームだった。坊主(当時4才)を連れていくと相方が文句言わないので、一緒に連れ歩いた、子守ってことで。今思えば洗脳か?実家には斎木、キムテツ、吉田悟のサイン色紙がある。サイン会の列は短かった。当時は応援ではなく観戦。負けても悔しいという感情はそれほどなかった。まだサポーターではなかった。元YBS小松アナのDJが懐かしい。
2006年01月09日
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静かに甲府らしくやっていると思います。十分かどうかはわかりませんが、身の丈でコツコツやっているので安心しています。VF甲府、新たに3人加入 体制固め着々と進む堀井が7年ぶりに復帰。7年ぶりっていつだ?と調べてみるとJ2リーグができた1999年。そんなに経ってるんだ。当時、メインのSA席で左サイドを駆け上がる岳也に興奮したのを覚えています。ワクワクした。その岳也が甲府でJ1。6年前、甲府を去る岳也は夢にも思わなかったはず。と言うか、きっと誰も思わなかった。上を目指して北へ北へと。そして今季、ついにJ1甲府に復帰です。岳也が甲府でどんなプレーを見せてくれるか。楽しみです。記事の最後の方に「VF山梨スポーツクによると、FWバレーとDFアライールの外国人を除く日本人選手の契約更改は完了した」と。核は今季も健在です。一安心。「あの」甲府がJ1でどれだけできるのか。楽しみです。
2006年01月09日
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(本文省略)
2006年01月08日
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昨日の日記に関連して、改めてあっちこっちお邪魔していると、この日記にたどり着いきました。ジャイアンツの桑田選手の書いた日記です。なんて言うか、プロの選手が安心して子供を預けるチームを見つけられない現実。桑田が変わり者なのかな?そうかもしれない。でも、いろいろ考えさせられます。昨日の続きの話。ヒデたちと一緒に「罰」を受けた皆川さんは、その後、サッカー理論・トレーニング法・指導技術を勉強するためドイツ留学を経験しています。会社を辞めてまで。「事件」は中田英寿という少年の人生のみならず、指導者の人生も大きく変えています。指導者も学んでいます。その人の姿勢次第だと思います。
2006年01月07日
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報道ステーションでやっていた。昨秋のこの事故で亡くなった少年の親が監督を告訴した。今考えても、そこにいた大人全員の責任だと思うけど、親としては誰かを悪者にしないと気が済まないんだろう。一方では息子を目の前で見殺しにしてしまった自責の念も当然あると思う。報道は、親に同情して監督を悪者に仕立てると言う一方的な伝え方だったけど。問題提起と捉えて、自分も親として思ったことなど。まず根性無しの我が家では理解を超越した命懸けの世界。息子のそんな姿は想像できない。その時の日記にも似たようなことを書いたけど、息子はこういう厳しいチームでは耐えられないだろう。そして親もこういうチームには預けないだろう。価値観が合わない。共感できない。話は終わってしまう。それ以前に才能か…。才能ゆえに期待し、親子で夢を追い、そして起きてしまった不幸だと思う。「山梨のサッカー」(山日ライブラリー)の第5章「世界へ広がる山梨のサッカー -中田英寿を育んだ土壌-」に似たような「事件」が書かれている。引用します。---以下、引用--- ヒデが二年生になったばかりの頃だったと思います。あるとき試合に負けて、怒りに燃えた私は例によって、「罰だ。50本ダッシュしろ」と命じました。子どもたちは不承不承ながら当然のことのように「罰」を受けたのですが、ヒデだけはベンチの脇に立って走ろうとしないのです。怪訝(けげん)に思った私は、「どうした。なぜ走らんのだ!」と語気を荒げたのです。ヒデの答えはこうでした。「走る理由が分からない。俺たちだけが、走らなければならないのは納得できない。皆川さんも一緒に走ってくれ。だったら俺も走る」 私には返す言葉がありませんでした。頭の中が真っ白になりました。彼の言葉は、私の急所をもろに突き刺すものでした。試合に負けたのは選手だけの責任ではなく、指導者の責任でもあるわけです。ですから罰を選手に課す以上は、指導者も同じ罰を自らに与えなければいけないことになるのですね。---引用おわり---結局、このコーチは子どもたちと一緒に走り、20本でダウンしたそうです。現フォルトゥナサッカークラブ代表の皆川新一さんの話。ヒデは中田英寿。皆川さんは、「事件」のとき、ふざけたことを言うなと殴りつけていたら、果たして中田英寿という個性は、世界に羽ばたくことができたでしょうか。そう思うと、時々ぞっとすることがある、とも書いています。なかなか子供の言えるセリフではない。でも野球少年の周りにはたくさんの大人がいたはず。なぜ誰も言えなかったんだろう。「勝敗の責任は指導者が負う」これが真理なら、子供(選手)だけが受ける罰(ペナルティ)はあってはならないはず。そして子供を守るのは大人の役目、親の役目だと思う。子供の限界の一歩手前を見極められる親になりたいと思う。子供と一緒に夢を見るためにも。このような悲しい事故が二度と起こらないことを願いたい。急死生徒の両親、少年野球チーム元総監督を告訴 京都熱中症死亡:両親が野球チーム総監督を告訴 京都・京田辺
2006年01月06日
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ぼちぼちヴァンフォーレ・モード。年頭にあたって心構えなど。正直、今年は辛いだろうなぁ。(去年も辛かったけど…)3勝できる?5勝くらいは期待してもいい?自動降格?なんとか入れ替え戦で。あわよくば残留したいなぁ。そんな感じ。冗談抜きで。簡単に勝てるとは思わない。だってJ1だもん。未知の世界。応援している人たちで忘年会しました。ボランティアの人は運営のことを考えると頭が真っ白だって。ゴール裏の人たちは襲撃の心配してた。まず女子供を守らねばって。笑い事?わからない。だって未知の世界だもん。予期せぬことがたくさん起こると思う。基本はネガティブです。25連敗(後に19連敗に訂正)は、つい5年前の出来事なんだから。「悲願のJ1昇格」なんて書かれると、とても違和感を感じます。誰が願っていたんだろうと。願っていたのは「存続」。それは今も変わらない。連敗記録作ってもOKです。在り続けてさえくれれば。そのために必要なのは単年度黒字、それだけ。2001年(最下位でも存続)がそうだったように。逆に成績が良くても赤字をだしたら突然死しかねない、それが甲府。それくらいの覚悟でいれば、苦しく辛い一年も乗り越えられるんじゃないでしょうか。辛いのは慣れてるし。(^^;ただ、どれだけ負けようと応援は続けます。今までがそうだったように。入れ替え戦から見出して甲府は強いと勘違いしている人たち、甲府はそんなに強くありませんよ。昨シーズンだって、やっとこさ3位です。あれは、まさに奇跡。今年は覚悟しといてください。しばらく回顧録っぽくなるかも。開幕までの間、ちょっと昔の日記(これとか)なんかを振り返って初心に帰ろうかなと思っています。J1初年度と存続の危機ではどちらが苦しいでしょうか。楽しみです。1勝を噛みしめる。そんな一年になりそうです。というわけで心して応援しましょう。今年もよろしくお願いします。
2006年01月05日
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まだ赤ん坊なわけで、ヨチヨチかわいいです。でもあっちこっちでおしっこ・うんち。ゲージの中では寝床とトイレの区別はついている様子。だけどゲージから出すと、ところ構わず。新年早々、我が家は異臭に包まれています。トイレだけはなんとか覚えてもらわねば。猫が、未知の生命体を遠巻きに見守っている。かなり挙動不審。食い殺しゃあしないだろうけど…不安。こちらもどうなることやら。こんな感じ(左:ハレ、右:ヒレ)かなり見切り発車してる感じ。
2006年01月04日
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ビーグルの子犬がやって来ました。女房の「犬を飼いたい」という鶴の一声で。転職し先行き不安満載の亭主に何ゆえ更なるプレッシャーを掛けるか?と思いつつ…妻1人子供1人猫2匹に犬1匹を家族に加え2006年いぬ年のスタートを切ることになったわけで。ちょっとした大家族じゃん。(汗)名前は「ドン」です。一応、サッカー少年がいるので、その辺から。ちょっとひねって。バレー、バロンは却下されて、太郎が次点でした。そんな感じです。
2006年01月03日
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ライトアップ中
2006年01月01日
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