売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2022.09.05
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米国から戻って最初に手掛けたのはCFD(東京ファッションデザイナー協議会)設立1年後の1986年から始めた私塾「月曜会」。会場はCFD事務局の会議室、毎週月曜日の夕方開催するのでこの名称に。授業料は無料、社会人は職種を問わず、学生も専門学校、一般大学を問わず受け入れました。学校、職場で繊研新聞を読んでいる人は多いでしょうが、夏休みに募集記事を掲載してもらえば自宅購読でなければ気がつかない。繊研新聞くらい自腹で読んでいるような若者を集めたかったのです。

いろんな人が集まってきました。当時まだ武蔵野美術大学の助手だった松村光くん、のちにベストセラー商品BAOBAOのバッグを手掛けました。東京オリンピック聖火デザインでも話題になった吉岡徳仁くん、毎回受講感想文は普通の文章でなく自作の詩を書いてきました。文化服装学院学生でブランド「オブジェスタンダール」を立ち上げ、ワールド「アンタイトル」の企画も担当した森健くんや、ファッションイベントプロデュース会社「ドラムカン」を起業した田村孝司くんも受講者。他にも小売店や素材メーカー、アパレルメーカーやデザイナーブランドで働く若者たち、それぞれ現在は所属企業のキーマンです。

講義は私自身のほか、CFD会員デザイナー、ファッション雑誌編集長、ショー演出家、デザイナーブランドや大手アパレルメーカー幹部、百貨店幹部をゲストスピーカーにお招きしましたが、ゲスト講師の話に感動してその会社に就職した学生もいました。

そんな中に文化服装学院の学生だった内村寛治くんがいます。彼は私が審査員をしていた某ファッションコンテストに応募、一般市民の投票では第一位でしたがファッションデザイナーら専門家で構成する選考委員会では各賞に名前すら上がりませんでした。後日月曜会で内村くんから「どうして評価が低かったのでしょうか」と質問されました。

「残念ながらきみの作品を別のモデルさんが着ていたら全体のバランスが保たれて結果は違っていただろうね。単純にパターンが悪いと講評した審査員に見る目がなかったんだよ」。翌年から、私はこのコンテストの審査員を断りました。他のファッションコンテストでも学生に「もっとパターンを勉強してください」と発言するデザイナーさんは少なくありませんが、「ご自分のコレクションのパターンは大丈夫ですか?」と言いたくなるケースはよくあります。

その内村くんが文化服装学院を卒業してから「仲間のデザイナーたちと一緒に八王子で展示会を開くので見にきてくれませんか」と連絡が入りました。八王子では前項「ミモザ賞」で触れた地元織物会社みやしん宮本英治社長が目をかけ、無名の新人たちに発表のチャンスを提供していました。塾生だった内村くんがどのように成長したのかを確認しようと、私は都心から離れた八王子の会場に向かいました。

ここで内村くんたちと一緒にコレクションを出展していたのが本格デビュー前の皆川明さんでした。ブランド名は現在の「ミナ ペルホネン」の前身「ミナ」ではなかったと思います。皆川さんは文化服装学院卒業後アパレル関係の会社やデザイナー企業には就職せず、八王子のみやしんで働いて織物の基礎をしっかり学んだレアなデザイナーです。

私は展示会でサンプル服を手にするとき、ハンガーラックからハンガーにかかった服を引っ張り出してその重量と布のオチ具合を必ずチェックします。このとき若き皆川さんに言ったのは、「服が随分重いね」、次に「男くさいね」(男性デザイナーが作ったとはっきりわかるという意味)でした。その後ミナのコレクションで「男くさい」と感じたことは一度もありませんけど。



25年後の2019年皆川さんが「つづく展」を東京都現代美術館で行なったとき、こんな手紙をいただきました。「宮本英治さんのもと若手デザイナーが集まり太田さんに服を見て頂く機会がありました。私の稚拙な服へも的確で気づきの多い言葉をいただきその後の私の指針をつくってくださいました」。あのときの若者から四半世紀後にこんな手紙をいただくとは、読んだ瞬間私は目頭が熱くなりました。

これまでの長いキャリアの中で、最も頻繁に展示会に足を運んだブランドは「ミナ ペルホネン」。お邪魔するたび感じるのは、ミナの展示会は他のファッションブランドのそれとは違ってバイヤーらが服を見る目が非常に穏やか、会場には平和な空気が流れている、と。皆川さん自身のキャラクター、ブランドの持つ不思議な世界観がそう感じさせてくれるのでしょう。

毎シーズン展示会では皆川さんから新しく開発した素材、その制作過程の説明をしていただきますが、「こんな手の込んだ素材、本当に量産できるんだろうか」といつも思いますし、サンプルに付いたプライスを見て「こんな価格でできるんだ」と素材生産者や皆川チームの思いと努力を実感します。

ミナ直営店ではセールをしません。余った生地を廃棄処分することもありません。余りが出れば服以外のアイテムに使う、あるいは生地のままお客様に販売します。サンプル反をあれこれ織物工場に作ってもらってシーズン終了後にバーンと廃棄するブランドとは違いますし、トレンドに合わせてデザインを変え産地を変えるなんてことはせず、同じ工場に継続的に仕事を出します。工場にしっかり独自のものづくりを続けてもらうためです。昨今SDG’sは業界全体の目指すべきテーマでしょうが、ミナは最初からものを捨てない、トレンドに左右されない、職人を大事にするSDG’sそのもののブランド、織物工場で仕事した経験があるからでしょう。

たまたま教え子のデビュー視察に出かけた展示会で出会った新人デザイナーと四半世紀も付き合いが続き、私が設立に関わったIFIビジネススクールを卒業した甥っ子がどういうわけかそのデザイナーの会社に就職していた。なんとも不思議なご縁です。

写真:東京都現代美術館「つづく展」

参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/皆川明





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Last updated  2022.09.06 16:12:00
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