私たちは新聞に掲載された記事をそのまま受け入れてしまう習性があり、その記事が誤っていても強く抗議をする手段を持たない。「ペンの暴力」がまかり通ってしまう責任は,私たち読者にもあります。
新聞記事に掲載された事件が身近に起きたものである場合、真実を伝えていない記事内容にビックリした経験は多くの人が持っているはずです。でも、直接に関係しない場合は、「そんなものか」と通過させてしまい忘れてしまいます。
しかし、当事者は大きく傷つくものです。そして反論の余地も少ないのが現実です。「あきらめ」の気持ちが強くなり、時の経過を待つだけとなってしまいます。
私もケーブルテレビの経営に携り、公平性と正確性に常に気を配っています。報道機関に席を置く者の責任を強く感じています。
報道の暴力、ペンの暴力を排除するには、視聴者や読者の独立した公平な立場が必要です。コメント新着
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