のりきちのへや

のりきちのへや

PR

×

Profile

のりきち9360

のりきち9360

Favorite Blog

三男が二十歳の誕生… らいっち705さん

遥への手紙:かっこ… mon-pereさん
ぽっかぽか。 あるご。さん
4つ葉プロジェクト 4つ葉プロジェクトさん

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar

Archives

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2005年01月17日
XML
テーマ: 阪神大震災(64)
カテゴリ: その他いろいろ
阪神大震災から10年が経ちました。

もうそんなにたってしまったのかと
時の流れの速さを思います。

母の実家は関西にあり、
1月16日、地震の日の前日、
祖母の三回忌の法事のため両親は西宮に行っておりました。
法事がすんだのはもう夕方、
もう遅いから一晩泊まってゆっくりしていったら、


幸い親戚全員が無事でしたが、
祖父と叔母が住んでいた木造アパートは崩壊しました。
祖父は中に閉じ込められてしまったそうで、
もし叔母が同じアパートに住んでいて助けに行かなければ
死んでいたかもしれないという話でした。

もしかしてあの晩泊まっていたら、
両親は1ヶ月くらい広島には戻ってこなかったかもしれない。
そして祖父と叔母が近くに住んでいなければ、
祖父は亡くなっていたかもしれない。
そして、木造アパートは崩壊はしたけれど、
火事にはならず、奇跡的に祖父の家財道具はすべて無事でした。

大きな怪我もせずに元気にいてくれて、
何の偶然かは分かりませんが地震当日のお昼頃に
親戚と電話がつながって無事を確かめることが出来たこと...。

たくさん重なった幸運な偶然を、ずっと母は
「おばあちゃんが皆を守ってくれたんだ」

そんな馬鹿な、というかもしれない。
でも、母はあの日、「どうしても帰らないといけない」
という考えが頭から離れなかったといいます。
もしかしたら本当に、
祖母があの日、一人でも被害を受ける人が少なくなるようにと
両親を帰らせたのかもしれません。

関西にはその後何度か行きましたが、
もう震災当時を思わせるものは少なくなりましたね。
オットは震災直後被災地に応援として行って
被災状況を調べる仕事をしていたので、
その変わりようにとても驚いているようです。
震災直後の街の様子に大きなショックを受けたそうで
あまり語ることはありませんが...。

後から街に入った人でさえそんな風に記憶に刻み付けられるくらいの状況を
実際に体験したかたがたの衝撃はもっともっと大きいのでしょう。
私としては想像するしか出来ないのではありますが...。
町並みはその記憶をなくしても、
人々の心からその記憶はそうそう消せるものではないだろうと思っています。

先日祖母の十三回忌の法事があったそうです。
父が療養中のため今回は両親とも欠席したそうですが、
10年前に皆を守ってくれたように、
これからも3年前に逝った祖父と一緒に
私たちを見守っていてくれますようにと心の中で祈りました。

そしてあの震災やその他のいくつもの地震や天災で
亡くなった方が安らかでありますように。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005年01月18日 03時47分56秒
コメント(4) | コメントを書く
[その他いろいろ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: