還暦後の暮らしと気持ち
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小学校の社会科で歴史を学ぶのは4年生か5年生であったか。 10歳前後の私は、明治といわれても昭和といわれても全くぴんと来なかった。たかだか10年ほど生きていなくて幼少期の記憶も漠然としているのに歴史の事象を言われても生身の人間たちが成しえてきたことという理解はできなかった。漫画や童話の中の出来事とも思えず。 50年、60年と生きてきて、自分の中の経験の記憶と時間間隔が少し一致してきて、100年間とか1000年間とか多少は思い至るようになった。 私が生まれたのは1955年、敗戦後の10年後。祖母や両親、叔父叔母から聞いた戦前戦後の苦しい生活、貧乏ゆえに起こった集落内の争いや親戚間の行き違い。 昭和、平成、令和と生きてきて、自分が生きてきたあの時代の記憶が意外と鮮明であることから、10年間、20年間という時間をさかのぼる感覚も少しわかってきた。私の幼少期の昭和30年代や40年代の大人たちの過去の記憶と時代経験ゆえの決意。無謀な戦争にひた走り、国外国内の何千万という人々が無残な死に至った昭和の戦争の歴史。沖縄戦、広島と長崎への原爆投下、各地での空襲。親を亡くした子供たちの多くが飢餓や疾病でなくなり、戦争中の為政者の不作為や言動が闇に葬られようとする動き。 あの時代に生きていた人々の圧倒的な時代記憶。 生身の人間として「戦争を拒否する」ことは良識であったはず。親たちの記憶が私にとっても歴史的記憶となり育っていた。敗戦後75年後の今年、第二次世界大戦で日本語どの国と戦ったかということさえ知らない若者が増えているという事実。 ぞして次々と声高に流布される歴史修正主義者たちの言動。 自分はごくごく普通の名もないものの一人にすぎないが、こういった風潮をとても恐れている。 私は中年になってから、日本の歴史や世界の戦争の歴史に興味を持つようになった。過去から学ぶ意義をわかるようになった。それも、自分自身の内なる記憶感覚が育ってきたことも一因だと思う。
2020年10月03日
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