アインス宗谷の雑記ノート

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sugi-g@ Re:リーズナブルダウト~静かなる検事記録~(01/15) このドラマ観てました。 懐かしいですね~…
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2006.10.31
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カテゴリ: 歴史
 どうも、人間が天邪鬼にできているのか、西郷隆盛よりも大久保利通、徳川家康よりも石田三成、豊臣秀吉よりも弟の秀長や甥の秀次なんかに興味があります。最も、好き嫌いはまた別ですが・・・

 織田信長の人となりについては、いろいろな意見が言われていて、それは面白いのですが、その信長を死に至らしめた明智光秀は、私には、もっと興味深く映ります。人間味が感じられるのです。

 自らその将来性を見越して仕えた信長に対し、最終的に謀叛を起こし死に至らしめるまでに、どんな心の変化があったのか。
 その理由で有名なのは、領国坂本を召し上げられ、まだ敵地の出雲・石見に国替えになったこととか、家康接待の折、腐った鯛を出して満座の前で信長に接待役を解任させられたこととか、意見する自分が信長に疎まれていたことが、老臣がとうに忘れた昔の罪で次々に追放されることで、自分もそうされるという危機感を持ったとか、そんなところですが、私は、もっと別なところに、大きな理由がありそうに思います。

 光秀という人は、歴史や伝統に育まれた文化を重んじ、敬愛する人でした。一方、信長は、無神論者で合理主義。伝統などというものは、端から認めないところがあります。
 光秀は、信長によって、自分の愛する伝統を持つもの、建物や文化が破壊されつくしてしまうという恐怖感があったのではないでしょうか。

 人は、恐怖感を抱くと、最初は怯えますが、やがて、恐怖を与えるものに対し、憎しみを抱くことがあります。自分の愛するものを破壊され、光秀は信長を憎むようになったのではないか。

 それは、歴史ある寺院や宗教家である僧籍の人々かもしれませんし、足利将軍家や武田家のような名家かもしれません。礼節のようなものかもしれません。


 明智光秀は、徳川時代、謀反人として扱われます。しかし、彼が治めていた近江坂本や丹波福知山では、彼の治世の評判は良く、今でも慕われているようです。





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Last updated  2006.10.31 21:35:07
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