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視点、それは何を基準に見るかという事。視点の違いとは、見方の違い。見る場所が違う。見る方向が違う・・・自分の捉える物に対する考え方が、視点によって大きく異なってきます。人生観、結婚観、人間観、仕事観、・・・・・どうしたいのか、どうなりたいのか、どう生きたいのか。どう死にたいのか。それが決まって、初めて視点が定まってくる。その視点をぐらつかせる要因も又存在する。周りの人が・・・流行が・・・お金が・・・生き方に、上下はないと思われます。どう生きるも、それぞれの完全自由がこの世界。生き方に上下、良い悪いは無いと知ってても、心の奥ではしっかりとその意識が存在している。気高い生き方、品性のある生き方、上質、品位、高尚、・・・これらは、より精神性の高い方向に向いている生き方でしょう。そういう生き方が、美しい生き方と多くの人が知っている。重要なのは欲望、恐れといったマインドの「六つの敵」である否定的感情から自由になることだ。「六つの敵」とは性欲、怒り、強欲、妄想、慢心、羨望。ひとたび、マインドがそれらから自由になれば、あとはたやすい。洗剤に浸けおいた布がきれいになるように、純粋な感情の流のなかでマインドは浄化されるのだ。 マハラジ 『私は在る』より より高次元に生きると意図した時、何をどのようにしたら良いかと問われたら、最重要に捉えなくてはいけないことは、やはり霊性を高める事ではないか。ベジタリアンになったからといって、アセンション出来るわけではない。魂の浄化が最重要と考えます。ここで挙げた6項目は、霊的成長にストップをかけるもの。この6項目に対し、まったく無くせという事ではない。囚われを無くす事が大切でしょう。これらから解き放された時、やっと鎖が外されて天高く飛翔できる。次元の壁を超えられるのでしょう。今年の夏は異常な気候だったので、やって来るのが遅れたカラスアゲハ
2008.08.30
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ここに来て、少しは時間的余裕が取れるようになりました。宿泊のお客様もぐっと少なくなって、秋のモードに切り替える前の、ダラダラした時間を楽しんでいます。秋のモードって?まあ、晩秋から始まるシーズンオフ期に何して遊ぼうかな~~という事でしょうか。それを考えるだけで、ワクワクしてしまう。私の本性は、怠け性ですからね。今までお休みしていた瞑想も再開できるし・・・トレッキングや山歩きも出来るし・・・ここのトレッキングって、面白いですよ。磯づたいに海岸線を走破するのですが、岩が立ちはだかって行けない時は、迂回して山に登るか、あるいは腰まで海に浸かって、あるいは泳いで渡るか。島の一周が約20km。これを、数回に分けてぐるり一周するんです。体力を要求される遊びですけど、面白いです。私流瞑想は、先ず場所を選びます。理想は、パワースポットと言われる場所がいいでしょうね。もちろん、自然がたくさんある所。時間をあまり要しないで、深く入れますから。島は、そういう場所が多いです。埼と呼ばれる岬になっている所は、多くがそういう場所。海を一望できる岩の上に座って、波の音を聴きながら瞑想する。そして、わがペンションの六角堂の中が面白い。六角形は、宇宙始原の形とも言われています。蜂の巣や、塩や雪の結晶なんかを見るとね。10年前、この六角堂を自作する時、始めは八角を予定していました。正方形の四隅を落とせば八角になりますね。それが簡単そうだから。でも、出来上がったのは難しい六角。このことも不思議の一つです。六角堂の屋根は、もちろん六角錐になっている。その真下が、パワーが集まる所です。ピラミッドパワーと同じような理論かもしれませんね。そうそう、忘れてはいけないのが薪作り。我が家の冬の暖房も、風呂を沸かすのもすべて薪です。石油代がかからないから嬉しいです。畑も、夏野菜から秋冬物への切り替えです。島のお年寄りからは、暇になったらやってくれと頼まれている事も結構あります。こう書いてゆくと、オフになっても結構忙しい。でも、必要とされている喜び一杯の毎日。こうして存在させていただける事だけで、只ありがたく。私にとっての修行とは、日々の行いの中にこそ存在しています。今の置かれている場所が、その人にとっての最良の修行の場でしょう。その最良の与えられた場所で、文句を言わず、批判もせず、喜びの中で生かさせていただくこと。その姿が在るだけで、周りに光を流す事になる。光を流せば、それに輪をかけた光が返ってくる。どんどん、どんどん浄化されてゆく。大切なのは、信じる事。何があっても信じる事。大丈夫、だって光の子だもの。見守って下さっていますもの。庭先にある伐採して余った切り株から、キクラゲが出ています。炒め物に最高ですね。摘んでもすぐに又出て来てくれる。
2008.08.28
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毎日が、梅雨空のような天気になっている網地島。とても、夏とは思えない感じです。でも、うちにいらっしゃるお客様は、天気はどうあれ、皆さん楽しんでいらっしゃいます。愚痴らず嘆かず、雨を楽しむかのように。在るがままを楽しむ、素敵な方々です。お客様との会話の中で、2日に一組位の割合でしょうか。スピリチャアルな話になってゆく場面があります。悩みを打ち明けられたり、進む道を聞かれたり。私は、話をお聞きし、私の考えをお話し、・・・その中でよく出てくる言葉があります。「だって、人間なんだもの。」人間は、失敗もするし悩みもするし。自分が一番可愛いし、お金も欲しい。「だって、人間ですもの!」よく解りますし、私もそうでした。「そう生きるのは理想だけれど、人間だもの、そこまでは今は出来そうもない!」そう仰る方が多い。より精神性の高い生き方を、知った上での妥協ですね。例えば、過去に騙されて傷ついた事があったお客様。その相手が今でも許せない。私「その出来事も、意味が在るんでしょうね。」その方「どれだけ、傷ついた事か、絶対に許せません!」私「そこから、多くの事を学ぶ事が出来たのだから、素晴らしい事だったのでしょう?」その方「そうでしょうけど、素晴らしいなんてとても思えません!」私「その自分の不都合に、感謝できれば卒業できるのでしょうけどね。」そんな会話が続きます。「解っちゃいるけど止めらんない ♪」なんて歌が、昔ありましたね。最後には、すっかりと癒されて、顔つきまでが変わってくる。涙する場面もありました。解ってもらえない方も、もちろんいらっしゃいます。でも、こういう生き方考え方もあるんだという事は心に残ってくれます。縁あってお会い出来、お話までさせていただくのも意味のあること。すべてが必然。いつか、解る時が来る。今年も、たくさんの出逢いがありました。どれだけ、光を流せたのだろうか。これからの季節は、ハイシーズンが終わって、更にゆったりとした時間が流れます。ここは磁場の高い島だから、ただ居るだけで癒される。美味しい空気を胸一杯に吸い込み、波や野鳥の声を聴き、島の野菜を食べただけで浄化されます。何があっても自分を、そして他人も許せる愛を持っていたい。そういう人達の集まりが、弥勒の世。どれだけ、そのお役に立てるかが私の使命です。つかの間の青空に虹が!!
2008.08.25
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いよいよ、ハイシーズンを越えようとしている網地島。何だかんだ言っても、7月半ばから1ヶ月過ぎたのですね。毎年の事なのですが、お土産持参で来てくださる方が多いのです。すごく、嬉しいですね。お客様は、「何もない島だから、」と思って下さって、都会の香りのするものを持って来て下さる。この前は、自分で初めて収穫したというお米を持ってきてくださいましたMさん。しかも、栃木県から。米10kgを担いで!!もったいなくて、食べられません!Mさんご家族の、想いのこもったお米。収穫初体験の貴重なお米、食べていただきたい所がたくさんあるでしょうに。わざわざ、島に持って来て下さいました。本当に、ありがとう。物だけではありませんね。一年ぶりのお顔を拝見できるのも、物以上に嬉しい事。そして、「又、来年!」と、お互いに言い合ってお帰りになられる。三次元社会の終焉が近づいている今、いつまでこのお役目が出来るか解りません。私の感じでは、この秋から冬にかけて更なる次元上昇があるのではないかという予感がしています。(外れちゃうかもしれませんが)何があっても、私は私の生き方を貫き通すだけですけど。どうか、縁あった方々の幸多からんことを祈るばかりです。この夕日、日没を堪能しながらの夕食です。これを見ながら、涙を流していた方もいました・・・
2008.08.19
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しかし、ですな~~一年の内、2ヶ月程度働いて、後は遊んで暮らすなんて、私の理想的生活かな~~なんて思っていましたけど。もう、そんな暮らしを10年していますが、しんどい時がありますね。このハイシーズン中、15時間くらい働いている感じ。今の私の日課は、4時頃起床 内外のチェック ゴミ出し 今日のお客様のチェック5時頃 ジョギング(出来ない日が最近は多い)6時頃から、お客様の朝食の準備7時半から お客様の朝食9時頃から、仕込み11時半から ランチ開始14時まで ランチタイムちょっと休憩15時頃から 夕食の仕込み18時から 夕食20時頃、夕食の完了この後、やっと開放され、お客様とお話したり。この間に、まだまだいろんな雑事あり。どうです、多忙でしょ?ブログの更新もままならず。働くとは、人が動いて端の人を楽にする事。周りの人に、安らぎと喜びを与える事。これが出来て、初めて働く喜びが得られます。周りの人に、感動を与えられる仕事が、本当の働き甲斐。こう思うと?うん、うん、充分感動していただいている!!そして、今年の変化。どんなに忙しくても、愚痴りません。ぼやきません。嘆きません。昨年も、同じように忙しかったけど、愚痴ってばかりいたと思います。アセンションすると、こうも違うものかと思ってしまう。お客様が、心から癒されてお帰りになられる。それを直に触れる事ができるので、ネガティブな感情なんて起ころうはずがありません。これが、私の天職。神が与えてくれたお役目です。パーティルームの入り口付近と、その辺で採ってきた花を活けました。
2008.08.16
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そろそろ、 シーズンの折り返し地点にかかろうとしている網地島。それぞれがそれぞれなりの思い出を作り、後ろ髪を引かれるような想いで島を後にしています。毎年来てくださっている、あるお客様。いつも1泊だったのが、今年は2泊です。「今年は、なんつったって2泊ですから、2泊!」と、少年のような顔で来島されました。いよいよ帰らなければならない時間。子供があまりにもはしゃぎすぎる。それを、静かにしなさい、とたしなめる。子供は、親のいう事をまったく聞かない。「裸足で駆け回るのはやめなさい!」敷地のほとんどに、ウッドデッキを張ってあるから、裸足の足の裏が気持ちいい。「余程、楽しいのでしょうね。」と私。「もう、嬉しくて嬉しくって・・・すみません。」とお客様。「きっと、名残惜しんでいるのでしょう。」と私。「俺だって、帰りたくね~~え!!」とお客様。その気持ち、よ~~く解ります。13年前の私がそうだったから。当初、島はセカンドハウスでした。週末を島で過ごし、日曜の午後に仙台にある自宅に帰っていた。帰る時、決まって思うことがこれでした。“帰りたくな~~い!”“ずっと島に居た~~い!”結局は、都会の生活の一切を清算して、島に移り住んでしまった。それからは、“やりたくは無いけど、仕方がないからやる”というのは止めました。やりたい事だけをやる生き方。やりたくない事は、一切やらない生き方。作られた“常識”から、一歩離れた生き方。これって、本来の生き方なのですね。やっと、気付かせていただきました。ペンション晴耕雨読にいらっしゃるお客様、今はそういう生き方は出来なくても、いつかは翼が生えて天高く飛び立てる時が来るでしょう。帰るお客様のほとんどが、「又、来年も絶対に来ますから。」と言って下さる。ありがたい事です。幸いにしてか、三次元的に言えば客層が良いのがうちの特徴です。高い波動を持っていらっしゃる方が多いのに気付きます。きっと、心から癒されて、心のささくれ立った部分が無くなっているからなのでしょう。たった2、3日間の休日を、ゆったりとした時間の流れの中で過ごされて、自然の中にいることが、どれほど心穏やかに成れるのか、本来のあるべき自分に戻れるのか、思い出していただけたのでしょう。その時は、きっと何が起きても許せるのかも知れない。きっと、五次元波動に振れているのでしょう。都会に戻っても、島にいた時と同じようなおおらかな心で自分も人も、一切を許せる人であって欲しい。そして疲れたら、又島においで!!山から採ってきたヤマユリです
2008.08.11
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宿泊業をやらせて頂いて、気が付いた事。それは、アレルギー体質の子供さんが意外と多いという事。私も以前、ジンマシンが出て悩まされた時期がありました。それも、島に来て、食生活の改善、生き方の改善等で今はまったく健康そのもの。年を重ねる毎に、若くなっている観すらあります。わがペンションの食事は、もちろんお任せ料理です。その日の食材を、最高の状態でお出ししています。そこに、アレルギー体質のお客様がいると、その方だけ特別メニューになってしまいます。アレルギーもいろいろなタイプがあるようです。卵が駄目、生ものが駄目、揚物が駄目、・・・・・よくも、こんなにあるもんだと思うくらいです。これらの料理に対応しなければなりません。毎年来ていただいている、昨日のお客様のアレルギーは、ちょっと特別でした。小麦粉、胡麻、酢、ナッツ類のアレルギーでした。小麦粉は、いろいろな食材に含まれています。例えば、油。揚物やドレッシングに使うサラダ油です。サラダ油を製造する工場で、小麦粉を使った製品を製造している場合、混入している可能性があるから駄目。メーカーに、そういったことが無いかを確認します。その結果、日清のリノール油のみが合格でした。鍋もフライパンも丹念に洗浄し、揚物の油も真っさらな物を用意します。他のお客様の料理に使ったものは、一切使えません。手やまな板、包丁も、丹念に洗浄消毒します。間違うと、ショック死ということまで考えなくてはならないそうです。島の唯一の病院にも事前連絡を入れておき、万一に備えます。普通のお客様の会席料理、子供さん向けのキッズプレートといった一般の料理ももちろんお造りしなくてはならない。「無理です、出来ません。」と言ってしまえば楽なのですが・・・できる限り、やって上げようと思っていますが、正直大変です。だから、これも我らスタッフの修行とも言えましょう。“在るがままを生きる”と意図した以上、やってみるのもまた楽し!そういう子供さんの親も大変です。これらに対応しきれない宿が多いと聞きます。外食も旅行も難しいですね。こういう子供さんは、親に多くの影響を与えているようです。こうなったのは、親である自分の食や生き方に問題があったのではないかという反省の気持ち。不憫だと言う、慈愛の心。食の安全や自然回帰、エコロジーといった本来の生き方を模索する。ひいては、親の身魂の浄化に大きく寄与していることになりますね。これも、大いなる意味があっての営みですね。そういった子供は、バルドで親を選び、自分の使命を確認し、アレルギーというハンデを背負ってこの世に生まれるのでしょう。アレルギーというハンデが、親子それぞれの身魂の浄化に一石を投じた事になる。親は、こういう子供に心から感謝しなくてはいけませんね。「多くの学びをありがとう。」災い転じて福と為す、という事でしょうか。葉祥明さんの絵本、「生んでくれて、ありがとう」にある通りなのですね。お父さん、お母さん、お姉ちゃんの4人が同じ物を食べました。食事が終わる頃、ご挨拶に行きました。「おいしかった!」「又、秋に来たい!」と言ってくださいました。今までの、この家族の歩んできた道程を考えた。どれだけのイバラの道を歩んできたか。笑顔一杯のその言葉を聞いて、思わず、涙がこぼれそうになってしまいました。本当に、無意味なことは何も無いのですね。神の、大いなる計らいですね。何が起こっても、神の慈愛のまなざしで見守られている事に感謝したい。六角堂の入り口付近にある向日葵です。
2008.08.08
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想いが具現化する時間が早まった今、改めて意図の力を考えてみる。電気や磁力、赤外線や紫外線といった目に見えない力が存在し、エネルギーとして他に影響を与えるというのは、誰でもが理解できますね。しかし、想いや意思、意図といった人間の発する思考や感情も、他に影響を与えるエネルギーなんだと強く思うようになったのは、ここ3年くらいでしょうか。私は、人ごみや病院といった所が大変苦手です。人々が発するネガティブな想いに、影響されてしまうようなんです。酸素欠乏状態になったり、頭が重くなったり。島に暮らすようになってからは、人ごみや人工物に囲まれた生活が苦手という気持ちは一段と強くなりました。音も、金属音は好みではありません。以前に読んだ本で、宇宙飛行士が船外活動の最中に、人類の発しているエネルギーを詩という表現で書いていた事がありました。時には雑音のような聞くに耐えられない音、ある時はモーツワルトの交響曲に聞こえたそうです。これも、集合意識の一部なのでしょう。意図とは、想いが強まったような意思ですね。願いや祈りより強く、強い決意となったエネルギーの事。もし誰かが、優しい言葉をかけてきても、そこに愛の意図が無い場合はすぐに解ってしまう。表面を取り繕っただけの行動は、その逆の意図を感じてしまう。心のこもらないプレゼントは、社交辞令と判断してしまう。すべて、直感が教えてくれます。そして、意図とは行動が伴います。意図した想いに即した行動がなければ、意図ではなく願望でしょう。「出来たら、○○になればいいな~~」これは希望的願望ですね。そして、意図したことが現実となってゆくから面白い。強く意図すると、銀河系宇宙のアカシックレコードに刻印され・・・・・そうなると、それを具現化するように縁ある存在やエネルギーが働きかけるのでしょう。ネガティブな意図も現実化してしまう。病や事故も、具現化された結果でしょうね。その原因を、他の責任にしてしまったら、不都合の輪廻に陥ってしまう。これからは、本当に面白い時代になってきた。幸せが、光が、羽ばたきながらやって来る。どんどんとやって来る。ありがたい、ありがたい。この夕日を眺めながらの食事、もう、最高です!!
2008.08.05
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わがペンションのディナーは、海鮮会席料理です。私が、洋食系を担当し、タック君が和食と寿司を担当しています。うちの特徴の一つに、料理を一度に並べません。お客様の召し上がるペースに合わせて、次の料理を作り、お持ちします。ハイシーズン中は、細かい事が出来ない時が多いですが、基本はそれがコンセプト。焼物は焼きたてを、揚物は揚げたてをお出ししています。だから、時間もかかるし、手間もかかります。昨夜も、料理を作り終わった後、いつも通りにお客様のテーブルを一通り廻りました。「今日のお料理は、いかがでしたか?」と聞いて歩きます。そして、お話をします。昨夜は、あるお客様の奥様が泣いていらっしゃる。「あまりにも、美味しくって・・・」と、涙。「子供たちも、普段は食が遅いのに、今日はすごい勢いで・・・」と、又涙。「葉っぱ一枚も、美味しくって・・・」スタッフに聞いたら、お通しを出した時から、感極まっていたそうでした。どのテーブルを廻っても、料理はいつも誉められます。素材が良いから、その良さを引き出すだけなんですけどね。でも、泣かれてしまったのは、今回が初めてでした。光の家族が作った料理、きっと光り輝いているのでしょう。どこまでも透明な海、白い砂、クラッシック音楽、美味しい食事、光の家族のもてなし。これが、アセンション家族が運営するペンション、いいえ、明らかに弥勒の世でしょうか。このお役目をさせていただくことを誇りに思い、心から感謝いたします。
2008.08.01
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