全352件 (352件中 1-50件目)
今の会社に転職をしたのが去年2月1日まもなく1年を迎えます。慣れない業務に戸惑うことも多かったけれど、ここまでやれたのは自分だけの力ではないことは感謝しないといけないと思っている。ありがとうございました。振り返ってみると、大きな展示会があった6月に向けて動画マテリアルの作成に、業者との調整など目まぐるしく過ぎていった年でもあった。個人的には今後どうしたいのか目標はあるが実行に映せていたいものが多い英語学習は引き続き続けているものの、大学か大学院か、学び直したい気持ちが強いまた資格も取得したい意向がある英語で言えば、TOEICの数値がまだ800点台に到達していない6月までにはクリアしたい大学か大学院かも考えたい正直、なんでもいいのだが、金銭面を考えると国立がいいのかもしれない資格だと、測量士補 adobe premire proの資格も考えているただ今の業務を片手間にいけるのか・・・自分の努力次第ではあるのだがそんなことを考えて過ごしている、最近である。
2026年01月12日
コメント(0)
ちょうど10年前だ2015年は記者からテレビ局本社に戻った時期だ。そう、この時期くらいだった。報道センターは、知らない人ばかりで、不安だったのだ。久しぶりの内勤業務に、慣れない都内生活。一方で、当時、交際していた女性とは、結婚も考えていた。ただネックだったことは正社員じゃなかったこと、局員じゃなかったこと。記者生活から離れ手当がなくなりお金も十分に支払われなくなっていた。手取りが先月より10万近く減り、生活が苦しくなっていた。交際相手には色々と説明して、「大丈夫だよ」と言ってくれた。だが7月だったろうか 急に別れることになった。理由は、なんとなくわかっていた。テレビ局員くらいお金を持っていて欲しかったようだった。交際相手はOLだったが生活費は全て男が全部出して欲しかったようだった。途中で非正規社員だと話してから、様子はおかしかったし、人伝から聞いた別れたい理由も、それだったよう。テレビ局で報道の仕事に携わって以降、自分は非正規雇用のまま残業代がでず、十分な休みももらえず、ただひたすら働き続けた。朝から晩まで、駆けずりまわり、常に鳴りっぱなしの携帯電話の対応もずっと続けた。固定給と裁量手当と微量の手当 残業代はなし抜け出したいと思って、転職活動もしたが、忙しさのゆえ、断念したことも多い。運よく大手キー局の採用で最終面接まで行ったこともあったが、結果は不採用だった。どん底にいる気持ちだった。休みは削られ、お金も十分な金額はもらえず仕事やテレビ局への不満と将来への不安で、おかしくなっていた。そんな矢先、別業界で転職先が見つかり、辞めることになるのだが札幌のテレビ局で働かないかと誘われたいい金額提示だった。条件も悪くない。それいく決意をし、入社したものの、正社員化を持ち越しされ、結局は人員不足の穴埋めにされた。本当に地獄だった。何してんだって自分を責めても責めきれなかった。全て、台場のテレビ局から始まったことだった。ただ、採用の機会を待てと、言われただけだった。自分でまた転職先を探す決意を固め、東京に戻ってきた。それが8年前。2018年。2度と台場の地には踏み入れないと思った。なんの縁だろうか、所属していた会社とのつながりで、台場のテレビ局と仕事をすることになった。内心複雑だったが、昔からの仲間がいて嬉しかったのは覚えている新しい夕方番組の立ち上げから入り、自分の持っているスキルをできる限り発揮した。賞もたくさん獲得した。ただ、台場のテレビ局の根っこは変わっておらず、不景気もあり、ギャラの低さに、所属していた会社が撤退を決定。そして、紆余曲折の中、今に至る。台場のテレビ局は、自分の10代20代は輝いていた企業だった。特に報道番組は個人的に好きなコーナーや演出もあり、よく見ていた。そこで働けたのも、嬉しかったし、いろんな経験も積むことができたのは感謝しかない。その恩返しもしたかったから、夕方のニュースに行ったのだ。でも、どうだろう昔見た、光景と変わらなかった。ハラスメントは横行していたし、お金がないにも関わらず、上層部だけはお金は使い放題だった。不倫、セクハラ、パワハラそんなことを繰り返していた輩が部長や編集長や局長になっている姿を見て居た堪れず本当に残念に思った。今回の、台場のテレビ局の問題は、役員だけ処分したらいい問題ではない。部長クラス以上のメンバーに、いかにイカれた奴らが多いかこれまで、数々のハラスメントを隠して出世してきたかちゃんと調査して処分を下すべきなのだ。2月に新しい会社に入社した。この年でまさか再就職できるとは、正直、思っていなかったしうまくいくとは思っていなかった。前職を辞めた時、もう普通に会社勤めは厳しいかなと感じた。無理強いのような圧力のある中で、業務を遂行していくには、限界があった。フリーランスで働き始めて、うまくいかないこともあったが、数ヶ月後には仕事も軌道に乗り始めそうになった。ただ、自分だけが生活していくには、いいかもしれないが、家族や妻を安心させたり、今後、援助することを考えると、十分なお金を稼ぐのには、まだまだ時間がかかりそうだった。安定をとったほうがいいのか、それとも、フリーランスのままで、いくべきかそんな葛藤の中、今の会社から内定通知がときて、入社することにした。もちろん、今のパーフェクトな環境ではないが、勤務時間や、周囲の環境はテレビ業界と比較すればまだいい方。有給も取れるので、感謝しなくてはいけない。GWも普通に休めて、普通に土日も休める。残業代もしっかり出る。当たり前の環境ではなかったところでの生活から脱却できたこと、生活が普通にできること、旅行もできること、ご飯が食べれること、寝床があること今、本当に感謝しています。以上
2025年05月07日
コメント(0)
時々、回想することがある10年以上前だろうか当時の職場で自分の下で働いてくれていたNその割と歳の近いNという後輩が突如親の都合とか、そういう理由だったろうか、職場を離れることになったのだ。決して仕事ができるわけではないのだが、憎めない、その性格と明るさに時折、元気をもらっていた。その後の勤務先は数年後、なんとなく耳にしてはいた。そんな彼のSNSを去年、たまたま見つけた。そこに記載されていたのは、10年前に会社を辞めた経緯についてだった。彼は、当時、非正規雇用で残業代なしで勤務していたのだ。という自分も残業代は一切出ず、一部手当をもらうのみだったのだが。そんな、どれだけ働いても1円も残業代が出ず、朝から晩まで、いや夜中まで働かされる一方で、成果が出なくてもテレビ局の正社員で働いている同世代の人たちは、年間で1000万円を超える給与をもらっている現実。我々は、その半分程度の年収でずっと働いていたのだ。その現実と、ひたすら理不尽に上司からハラスメントを受ける現実の狭間で、もう無理だと、突如、辞職を決心したと明記されていた。そうだったのか・・・周りの上司や先輩、同期、後輩にも顔色を伺いながら、当時は本音も言えず辞めていったN何か 胸を締め付けられる思いだったふと我に帰った時、自分が、そのテレビ局の報道で働いていた期間は15年以上かくいう自分も、その期間、残業代も、手当も十分にもらえないまま勤務し時には理不尽な理由で、もらうべき手当も支払われなかったそんな状況下で15年以上 働いていたという現実は、今でも自分の心に押しかかるなぜ、そんな状況下で働き続けたのか 失ったものは多いのではないのかと電通に入社した女性が、またNHKの女性記者も、過酷な勤務の行先で命を絶ったことをあれやこれやと報道していた、私の勤務先だった報道機関。もっとひどい環境でスタッフを働かせているのに、あれだけ叩いていたのは、本当に不思議な光景だった。多くの優秀なディレクターもいなくなり、社員も辞めていき、今さらに状況は悪化しているのは当然ではないのかそんな自分も、振り返る余裕ができたからだろうかその環境から飛び出す決心をし、今に至る過酷ではあったけど、多くの貴重な経験をつめたことは良かったと本当に思っているただ、理不尽なことが多すぎた2024年も終わり2025年になった。去年は結婚式を12月に挙げ、幸せな年であった一方、仕事の面では7月からフリーランスとして動画制作の仕事をはじめた。色々と慣れない環境であったり、様々な職種の人とのコミュニケーションがうまくいかず大変な時期もあったが、今年2月から新たに新天地での業務を迎える。色々疲弊することが多かった2024年でも、きっと今年はいい年になると信じて頑張っていきたい。空を見上げなければ星空は見れないように、よくない考えばかりだと、その方向にいってしまう。きっと大丈夫 うまくいく
2025年01月07日
コメント(0)
これまでテレビの世界で様々な経験を積んできた記者も、ディレクターも経験したし普段会えないような人まで会ってきたあのまま続けていたら、どうなっていたか・・・自分のプライドもあったと思うかつて後輩だった局員に、あれこれ指示を出されたり、ダメ出しされるのが正直、怖かったのかもしれない、嫌だったのかもしれないいや、実際、そうだったのだと思う所属していた会社は、利益優先で、特段、お金さえもらえればというスタンスも我慢できない部分があったそんな状況に嫌気がさしただから転職したでも、慣れない仕事、合わない人間関係、気を使いすぎる性格自分が悪いのか、周囲が悪いのか頭がが一杯一杯になり、体調も悪くなり、このままではまずいと病院に駆け込んだこの仕事、合わないんだろうか関わらざるおえない、いろんな人たち、覚えなければいけない業務内容そして、生放送の運用4商品以上の勉強を、毎日毎日、理解するのはできるのか仕事をきっぱりやめ、フリーの仕事にチェンジするのもありかもしれないもちろん、その道も、茨の道ではあるが、、、自分に合った生き方を模索している毎日になっている
2024年04月13日
コメント(0)
先日、病院に行ったまだ転職先で勤務中、激しい動機と腹痛があり我慢できず向かったのだ薬を処方してもらい、様子を見ることになった薬の効果で睡眠も取れるようになったものの頭がはっきりしない状況が続き再度、病院へ会社を休むことになった適応障害だった。正直いうと、業務以外にもトレーナーとの相性も悪かった約2ヶ月間、ずっと一緒にいた結構、厳しめの言葉が毎日飛び交い時には怒鳴り声も隣で、次どうするのか、それでいいのかと詰問がとび追い詰められてしまったそれがトラウマだったこれくらいで そう思っているかもしれないが毎日、これが続いたせいで、正常な判断ができなくなっていた文章やメールも頭に入らず、ただただ、焦りだけが続いていた人事の面談や、直属の上司の面談もあったがその後の人間関係などでいえず、体調だけ壊してしまった1ヶ月の療養 研修期間にも関わらず正直、自分でも情けなく感じている本当に、この仕事を続けられるのかこれでいいのか自問自答している日々になっている人事からは、この先、この職種でできるか、メールが来ていたそんな簡単に結論は出せるはずがない休める1ヶ月間真剣に今後のこと、考えなくてはいけない
2024年04月12日
コメント(0)
1月に入社してから2ヶ月半あっという間でもあり、長かった期間でもある色々、業務にも慣れてきてはいるが、色々とまだ覚えきれていないこと考えておかないといけないこと確認しておかないといけないことまだまだ疎かになっている部分もありトレーナーに指摘を受けて、はっとさせられることも多い色々と、詰められることもいいため自分も動揺してしまい、どうしていいかわからないメンタルになることが多い仕事上、一つの仕事だけでなく、同時進行で進めなくてはいけない案件もありそこも、慣れてくださいと指摘される毎日仕事柄、シニア世代の女性が多く、コミュニケーションを取らないといけないのだがよく喋る方が多く、正直、うるさいと思ってしまうところがあるそれぞれ、感じ方や捉え方は違うものだからいちいち気にしても仕方ないもののなんともいえない毎日を送っている特に、今は午前2時半には起床しないといけないため体がしんどい前日が休みで、次の日に臨まないといけない場合なかなか眠れず、睡眠不足で臨まないといけないことが多く体力的にもメンタル的にもキツく感じているまだ研修中ではあるもののこのままいけるのか、不安しかない状況どういうスケジュール感で進むのかわからないものの、ただ毎日、コツコツやるしかないと感じながら過ごしている
2024年03月16日
コメント(0)
今の職場にきて、良かったことの一つそれは、カレンダー通りに休めなくてもその月にある所用、法定休日がとれること代休がとれることだいつも番組や仕事都合で休みの日でも仕事に追われていただから、休むと、妙な罪悪感があったし休むことへの後ろめたさがずっとあった今は、まだ2ヶ月ほどしかいないが、2連休、3連休がとれるシステムで、たいへんありがたいただ、まだ仕事になれず、仕事前日はだいぶ憂鬱になるものだじゃあ、前の仕事に戻りたいのかと言われると新しいことは始められたかもしれないが休みはたぶん、とれなかったろうしやりがいが見つけられないまま過ごしていたかもしれない だから、今の現状は、今まで生きてきたか中で1番いいのかもしれない今日、長年いたテレビ局報道の仲間からLINEがきた長く一緒に、苦労を重ねた仲間いろいろあったけど、なんか懐かしくて嬉しくて締め付けられる想いだったあの当時も、髪の毛が白髪になったり、激痩せしたりストレスが大変だったけどでも、同じつらさを共有し乗り越えた仲間はどこか、心に通じるものがあって今の世知辛い世の中には、珍しい、チーム感が感じられて、嬉しかった頑張れと、誰かが後押ししてくれてる気がした、1日だった
2024年02月27日
コメント(0)
転職先が見つかったのは41歳。年齢的にもギリギリというか、もはや、その年齢でする人いるの?と周りに言われてしまうような年代であることは確かだ。役職もついたり、管理職になったり前の会社では、少人数ではあったものの、まとめ役でもあったので管理職といえば管理職の立場だったとは思う。そのまま残っていれば、確実に給与も上がっていくだろうし正直、今よりもお金は良かったと思う。ただ事業規模的には、まだまだ小さい会社ではあったキー局の子会社だけあって、仕事はそれなりに集まってはいたと思うがそれ以上に、何か変革だったり新しいものが始まる予感、イノベーションが始める気配もなかったように感じた思えば、去年6月、派遣会社から来ていた2人やフリーの子が身勝手にやめていったこともあり、業務が増加し休みもないまま業務過多に当然、給与は増えたものの、虚しさしかなかったこのままでいいのか、このままこの会社でいいのか、このまま行動移さずにいるのか7月から仕事が落ち着くことになり、しばらく休むことにした元々、36協定もオーバーしていたため、会社としても休ませないといけなかったのもあったのだが長い休暇の中で、頭の中にあったのは、一つもう転職しかないこれしか、気持ちはなかったそれは、前の会社では、人間関係や仕事の種別、これからやりたいこと、どれも希望を見出せなかったから会社や組織を変えればいいのかもしれないが、一人でそもそも変えられるのかその労力に注力して、得られるものはあるのかどれもクエッションだったでも、正直、その時点で、41歳という年齢どう考えても、厳しいと思ったうちは共働きだったので、その点、困ることは、そんなになかったものの私の給与に依存している部分もあるため、当時の給与相当に見合う会社を探した案外、書類選考は通るものの、だいたい2次面接、3次面接でいい時は最終面接まで行ったもののダメだったこともあった書類も100社以上出しただろうか見つからなければ、その当時の会社に留まり、部署異動して、営業職に就くのか、編成に行くのか、広報に行くのか色々考えた転職した知り合いともあったが、やはり、40オーバーで転職先は見つからないでしょと一蹴されたでも、結局、8月から始まった転職活動も、9月後半に希望が見え始め10月くらいには内定をもらえた正直、自分は、自信がないと思いながら、これまで生きてきた悲しいことに、友人も、この歳になって、よく会う人は、ほぼいなくなったと思うし会話もしなくなった 前の職場の人とも、連絡はほぼとっていないずっと孤独な気持ちだったでも、これまで、培った経験、乗り越えてきた壁は、結構なものだと思った細かくはいえないが、ギリギリの状況でも成果を出してきただから、根拠は、明確にはないけど、やれるってどこかで信じて転職活動もやってきたある天下人は、人間は常に完璧である必要はないと失敗をし、目標に向かって頑張り続けることに意味があると達成したら、完璧になったら成長が止まると今、新しい仕事で、気が滅入っている色々、乗り越えるべき壁がたくさんある正直、結構、辛い次の日が来なければいいと、ずっと思う日々があるそれでも、生活のため、妻のため、みんなのため、やれる範囲で頑張っている職場で、嫌な人もいるでもいい人ばかりではないのは、世の常だし、みんなに好かれる必要なんてないこの先、どうなるか、不透明でわからないからこそ仕事がうまくいかなければいかないほど不安に駆られる日々が続くでも、それは、今、自分が成長しているから感じていることなのかもしれないこれまで、乗り越えた試練の数々を、思い返しながら自分ならできると、不確かな自信で、明確でない根拠で自分自身を励ましている日々である
2024年02月26日
コメント(0)
久しぶりの二日連休昨日は久しぶりに成田山新勝寺へおそらく、7、8年ぶりではないか当時、千葉に住んでいた際、毎年、取材で足を運ぶことが多くそのせいか、何か特別感があったわけではないが改めていってみると、本堂の大きさや細かい木彫りなど色々な発見があって面白さを感じた。千葉に住んでいたのは4年半あまり、移り住んで楽しかった記憶より辛かったことの方が多かったけど2年目以降だろうか、仲のいい仲間もできて、仕事もうまく回るようになりやりがいとか、楽しさとか、生まれてきたのを思い出す色々恋愛もしたし、ダイエットもしたし仕事もたくさんしただから、あの当時の思い出と、総武線、京葉線、京成線成田空港、一つ一つが、甘酸っぱくもあり、愛おしくもあり言いようのない、気持ちになる以前、番組で一緒だったスタッフと千葉駅で食事をしたちょっとした繁華街があるのだが、その一角にある、よくいったお店はまだあったタムという多国籍料理だろうか色々な思いを馳せた場所だけに、思い出ばかりに浸ってしまうものだ。成田山を後にし、成田空港へここも、色々お世話になった人もいたりで取材もよくしたところだけに、色々感慨深い報道の仕事をでて、今は、小売業界へ転職したテレビの仕事もするのではあるのだが、数字の計算が求められるさらに売り方など、生放送中のディレクションが、物をいう世界まだ研修中であるが、時々、怒られながら邁進している新しい仕事ではあるものの、まだ1ヶ月ではあるもののなかなか、うまく馴染めず、うまく仕事を消化できず格闘している日々ではある正直、メンタルでなんとか持っているところはあるでも、寝不足だったり、メンタルは沈んでいる時は流石に、心の動揺や、余裕がなく、何をしていいのか不安や動揺に晒されることが多くなってしまう場面があったなんでできないのかそれは、そうなんだが、そう簡単にいくようなら研修はいらないだろうと思うことがあるでも、色々、試しているのかもしれない独り立ちしたら、自分で解決するしかないし新しい職場の、あの、不安感、本当に、嫌なものだ自分で選んだとはいえ、、、ただ、前職の職場にはもういたくなかったしずっといたテレビ局にもいたくはなかったから今の選択肢がベストなんだろうリラックス、そして、慌てない、急がば回れ数々の修羅場、試練を乗り越えてきたんだから大丈夫、落ち着いて、できるからそう、自分に言い聞かせている以上
2024年02月13日
コメント(0)
新しい転職先シフト制で現在は午前4時出社午前3時前には起きてタクシーで会社に向かい午前8時のOAに備える日々新しいこと、新しい人、新しい環境新しいことばかりで戸惑いと不安が入り混じった1ヶ月間だった同じ仕事を、同じ会社で、同じ人とやり続けるのは日本国内ではある意味、当然?当たり前であるような風潮がどこかあるように思うだから、人によっては、自分の生き方を変わった人と会社に、環境に適応できない人と思わないか不安になったりすることもあったでも、これまでの社会人生活少しずつ、お金も、環境も向上していると評価しているそもそも就職活動も、学生時代、しっかりやらなかった部分もあるがいわゆる就職氷河期で、恵まれない就業環境の中、結構、苦労した嫌がらせもたくさん受けた中で、試練もたくさんあった中でそれなりに真っ当な道を歩めたのではないか色々迷うことも多かったけど結果的に、いい方向に向かっているとは思っている今まで、自分を責めたり、否定することも多かったけど自分を守ってあげられるのは、自分しかいないことようやく、わかってきた気がする早起きして、色々時間を有効に使えるようになったのも転職して良かったことかもしれない以上
2024年02月09日
コメント(0)
5年在籍した会社を辞めて今年1月から新しい会社へ転職した。約1ヶ月40代という自分の年齢で転職できるとは思っていなかったが縁があっって今の会社に入社した。やはり慣れない環境、知り合いがいない環境色々と気を使ったり、自信を失ったり想像以上に色々な場面でカロリーを使った1ヶ月だった。正直、心の余裕もなく、休日は、ただぼーっとするだけの日もあった。それでも、これまでいた会社に残っているべきかそうではなく、新天地で働くかは、どう考え出ても後者だった。主にテレビ局で働き続けた、これまでの社会人人生主に報道というフィールドでいろんな経験を積んできた。辛いことも多かったし涙したこともあったし時には喜びに満ちたこともあった思い出すと甘酸っぱいような、塩辛いような思い出が蘇る紆余曲折あり、茨の道だったが、これまでの培ってきたノウハウで前の会社に転職を決め、また古巣で働くこと3年半・・・神様のいたづらか、あるいは試練だったのか本当に色々あった結果も出したけど、それ以上に、メンタルが押し潰されそうになることもでも、それでも、自分なりにできることをやってきたしそれで後悔はない転職を、今の年齢になって決めたのも、周りの、あるいは上司たちと、これ以上はやっていけないもうこれ以上は、自分のためにならないと強く思ったからお金は十分すぎるくらいもらえる会社だった福利厚生も問題ない会社だった安定的でもあったでも、それでも、このままじゃ、自分の成長にはつながらないダメだと直感的にずっと思っていた転職先で、前にいた会社でよかったんじゃないかと思う時も正直あるでも、あのまま残っていたらあのまま、上司の言われるがままにイエスマンになり仕事をしていたらもう自分が自分でなくなるような気がしただから、今の選択肢で、正解だったんだと思う。選択が正しかったかどうかなんて、決めるのは自分だけだたまに、長年働いた、テレビ局の社屋をみる機会があるでも、もう、あそこには戻っちゃいけないって直感で感じた楽しかったし居心地も良かったけど当時、それ以上に、どんどん、居場所がなくなっていった気がした。今後、どうなるか正直不安だけど今できること、ちょっとずつ、一歩ずつ、歩みながら組み立てていくしかないなと思っている。以上
2024年02月05日
コメント(0)
先週木曜日、会社に退職の意向を正式に伝えたすでに人事には口頭で伝えていたものの、直属の上司には直接伝えてはいなかった。実は2019年にも、退職の意向を伝えたことがあるあまりにも勤務時間が酷く、体調を崩してしまったからだ運よく、会社も紹介してくれそうだったが、条件が悪くとどまる決断になったただ今回は違う今後のことさらに、やりたい方向性や給与、ワークライフバランスなどトータル的に考えて、今の会社で実現することは難しいという判断だった幸いなことに、転職先もそれなりのところが見つかった一応、転職するたびに、事業規模は大きくなっているのでその点は、自分ながら評価してもいいとは思う。雇用条件や給与など、特段、不満はないもののやれる仕事の内容や、仕事量、休みの数など、ちょっと受け入れ難いものが多かったのも事実ずっとは残れないなと率直に思ってはいた年齢的にもいい歳なので、あまり高望みはできなかったものの諦めずに、コツコツやっていたら見つかったので、良かったとは思うただ、給与面では、下がってしまうため、今後、どうやって年収を伸ばしていくのか入社先での頑張りが求められるかと思っている。特段、仕事を任されているわけではないが、会社には出社しなくてはいけなくそれが少しきつい元々、派遣みたいな形で局にいたものあるため、本社にいる社員やスタッフの9割は話したことがない面識もない席に座っているのも、占有しているようで、会社に、いずれ、有給休暇の手続きは打診するつもりだが年内退社を考えると、もう少し、先伸ばしたほうが、うまく調整できるのかなと考えているとりあえず、12月10日のTOEICに向けて頑張るつもりだ
2023年11月10日
コメント(0)
3ヶ月近く続けた転職活動会社を休みつつだったが、ようやく数週間前に、それなりに納得のいく転職先を見つけることができた現状、今の会社の方が収入はいいものの、この先の勤務時間や勤務内容など納得のいく方向にいかないと睨んでの転職活動だった人事にはすでに話しているが、少し時間をおいてまた回答となっている会社にとどまるべきか、転職先にすべきか自分は転職先にしようと考えている多分、今の会社に残っても、モチベーションも持たないだろうし自分がダメになっていくとしか思えないのだ色々、不安も多いが、こういう時は前向きに考えて進むしかないと思っている。色々考えすぎても、埒があかないので、タイミング見て会社には改めて話すつもりだ。
2023年10月30日
コメント(0)
今年は2023年。先月、入籍をし、また、6月いっぱいで長年勤務していた局を離れるなど、色々な意味で激動?のような数ヶ月を過ごしている。現在は、会社を休み、静養している。これまで、記者など報道に関わる仕事を続けてきて、年齢も節目に入ったことで、何か新しいことをやりたい気持ちが出てきている。それで、今、転職活動を、1日の合間に行っているのだが、なかなかうまくいかない。年齢なのか、それとも、スキルの問題なのか、ウェブ面談までは行くものの、その段階より、先に進めないのが現状だ。9月いっぱいまで、頑張って続けるつもりだが、やはり気力と体力は削られるものだ。自分として、今後、どうしていきたいのか一つは、TOEICを頑張ること、長年、ダラダラやっているが、できれば800点台まで伸ばしていきたい二つめは、大学を通信でもいいから通い、心理学を学びたい三つめは、資格取得したいひとまず、前向きに頑張るしかないと鼓舞している
2023年08月11日
コメント(0)
去年12月、40歳を迎えた 今年で41歳10年前、そして20年前、40歳という歳を、どう捉えていただろうか想像もできなかった 家族を持ち子供を持っているのか 仕事はまだ報道の仕事をしているのか今、その年齢を迎え、正直、20年前と変わらないような感覚でいる未だ、消化しきれない、思いや考え、積み重なった、陳腐な感情も、まだ残ったままでも、そんな自分でも時折、受け入れてもいいのではと思うようになっている今日は同居人である彼女が出張のため、一人、自宅でご飯を食べ一人酒しているその彼女とは、今から1年3ヶ月以上前に知り合った最初、あった印象は、明るく、細かいところまで気を使える人だなと それでいて、独りよがりではなく何か、寂しげで、時より、人懐こく 何か、ほっとけない感覚になったのを覚えている付き合うか、付き合わないかそれは人それぞれであるけれど、自分の場合、彼女を、この先、失ってもいいかそう考えた時に、素直に、NO だったのを覚えているだから、他にも理由はあったが付き合った 今でも、彼女を失うのは、急な苦痛というか、失った時のような喪失感が過るときがある今まで彼女だった子を振り返ると、別れ際、何か、裏切られたような感覚の子が多い自分の、お人好しな性格のせいか、それとも、自分が悪いのかわからないがでも、ずっといるべき人ではなかったんだと、今、振り返れば、納得もしたりする今、付き合えている、彼女を大切にしないといけないんだと今抱えている、仕事に変わるが自分の心の中にあるベクトルと真逆にあるかといって、その ベクトルをどこに向けていいか、わからない根本的な問題ではあるんだが、、、でも心の中にある、ちょっとした違和感は何かの導きなのかもと感じたりはしている・・・・・自問自答は今でもずっと続いているでもとりあえず、掲げた目標はなんとか達成しようと
2022年06月22日
コメント(0)
前回の寄稿から2年あまり経っているが、その間で変わったことといえば、彼女ができてそして同棲して1年ほど経ったこと。そんなに長く恋愛も続かなかった自分でも、こうして続けられているのも、気があうからなのかもしれないそんな時、ふと、札幌時代のことを思い出す。久しぶりにできた、当時の彼女と遠距離になったことそして自然消滅してしまったこと 「私、遊ばれてないよね、離れて寂しいよ」って言われたセリフ当然、遊びではなったし、札幌行きは想定外だったし、離れることは本望ではなかったでも遠距離というのは残酷で、会いたい時に会えず、時間があっても、連絡も取りづらく札幌にいた時代に、あったのもゼロという結果だった自然消滅だった おまけに東京に1年足らずで帰ってきた それは結果的に、良い転職先にも恵まれたから良いのだけれど、当時の彼女には申し訳ないことをしたと、今だに思う 迂闊に札幌での生活に夢を馳せなければよかったのだと。でも過去を振り返っても、何も生産性がないのはわかっているのだが、もう、これを機に忘れようと思う今年、幼少期からお世話になったおじさんが亡くなった母方の叔父で、小さい頃、よく遊びに連れて行ってくれた慣れ親しんだ母方の実家の家でご飯を食べ馬鹿な話をしてたくさん笑って・・・そうした日々も、ずっとは続かないものなんだと痛感した出来事だった。今までありがとうございました札幌から東京へ戻ってから、今年で5年目2017年4月に札幌の地を踏んでから、あっという間に時間は過ぎた。紆余曲折あり、今では、東京に戻って、同じテレビ業界で働いている。一度去ったテレビ局に、所属会社は違うが、また戻って、ほぼ同じ仕事をしている。約3年、とある番組にいたが今は別の朝の番組に異動した。2019年から半年ほど所属した番組だったが、また戻ってくるとは夢にも思わなかった。正直言って、あまり、番組内のメンバーとは合わないため、戻って来たくなかったのだが所属会社の意向もあり強制的に4月から稼働している。そして、転職を考えるようになった正直、ずっとこの番組にいるのがきついと思うからだ。それ以上に、自分自身が、ある意味、燃え尽き症候群になっているのかもしれない記者時代、独自ネタを出すために翻弄し、どれなりに結果を出してきたディレクターとしても同様でも今、番組内で制作をしていると、何か、違和感というか、物足りなさを感じるやる気が出ないというか、意欲がわかないというか生活のためにやっているわけではあるが、何か、脱力感が否めないでいる今の会社にいることが、よくないことなのか自問自答し転職活動をして、いい企業も見つかったが、自ら断りを入れたやっぱり、合わないと、直感で、強く感じだからだ一体、これから先、何がしたいのか?自分の気持ちに正直でいることそう自問自答している日々この世に生まれ、自分なりに達成したいこと大学、大学院に入りたい映画の勉強をやりとげたい人生、暇つぶしいろいろと模索する日々が続いている
2022年06月15日
コメント(0)
COMPANY MAN という映画を見た経済不況を背景に、リストラされる人たちを描いたものだ明日は我が身 そう、感じながら見ていたいろいろ、思い出した 2016年の頃不運だった ただ、使い勝手のいい、人物だった使いまわされ、紹介されたところでも、邪険に扱われて終わった今でも、正直、許せないでいる感情をむき出しにすれば、ひどい文言だけではないそれ以上の、ことをしてしまいどうだった 正直これだけ、ひどい扱いされていて、笑ったり、平然な形でいる自分がある意味、お人好しのようにも感じる今まで頑張った分は、なんだったのか、努力した結果は、どう結びついたのか、なんのための、作業だったのか、こんな、形は、自分だけなのかただ、どうしていいか、わからない、感情に苛まれる
2020年02月23日
コメント(0)
先日、小中時代の友人と会って飲んだ。再会するのは18年ぶりくらいだろう。声変わりが進み、何か変化があるようにも見えたが変わっていなかったあの当時、浪人生で2浪中だった好きな音楽や小説、いろいろ話をした記憶があるいろいろ精神的な傷を舐め合うように、話をしたように思う情けない話だが、2年間浪人したにもかかわらず、自分は希望した大学には行けなかったでも自分は中堅の大学に行き、彼はそこそこの大学に行った記憶がある今でも暗い影を落としている浪人時代 消化できていない、うまく自分に同化できないでいる期間だ 浪人時代、寒い空気を切りながら、音楽を聴き自転車で図書館やファミレスを往復した日々、強烈に覚えている。しかし、途中から、彼と連絡を絶った 何か、この人とは相容れないものを感じたからだ携帯電話が来ても、とらなかったし、メールも返さなかった最後、会った時は、後味の悪い分かれ方だったと思うロッテリアだった タバコの副流煙が不快だったのと、貸していたオアシスのアルバムがボロボロになってかえってきたのを覚えている二度と会わないと思った 会いたくない人物になっていた記者になって千葉にいた頃、一度、メッセーンジャー連絡が来たのを覚えている酒を飲みませんかと ただ忙しくて会えなかったそれから6年後だろうか急に連絡が来て飲みましょうということになった待ち合わせであった時、何か、妙な恥ずかしさがあったが、それを流すかのように店に入り、酒を酌み交わした。妙な気持ちだった。何となく、素性は知っていたから、お金は持っているんだろうなという印象だったそのあと、女性がいる店に行ったが、慣れたものだったテレビの営業でもよくあるパターンだけど、何か、自分には純粋に楽しめないものを感じたというより、いつも、感じているだから、酒の酔いに任せて、その感覚を鈍らせて付き合うことにしたもし、自分が現役で大学にちゃんと行っていたら1浪した時に、ちゃんと勉強していたら2浪した時、ちゃんと勉強していたら何年たっても、いい大学には行けなかったと思う目的がはっきりしていなかったからいい大学に行くことが目的なのか、いい人生を送ることが目的なのかもはやわからなくなっていた今でもトラウマになるでも結局、それは自分の妄想にすぎない時は過ぎたポンコツだけど、今が、これが自分だから、今を頑張るしかない
2019年08月14日
コメント(0)
今年に入ってすぐに病気になり、長年吸っていたタバコをやめた病気と言っても胃腸炎であまり関係がなさそうだが、臭いに敏感になり気持ち悪くて受け付けなくなったのだ禁煙してからすでに6ヶ月経つが、扁桃腺炎にすでに2回かかっている高熱が出る厄介な病気 喉も痛くて食事もままならないその成果のか、あるいは、また別なのか、ちょっと精神的にもダウンしがちだ妙にセンチメンタルというか、落ち込みがちというかもちろん、仕事も忙しい点もある 月の残業時間は80時間は超えるし時間もバラバラで体調管理もなかなか難しいストレスや疲れもあって扁桃腺炎になったのかなと考えたりもしているここ最近、仕事の悩みやプライベートの悩みも多い仕事に至っては、現在、番組を2つ抱えている、ある番組については本当に抜け出したい労働時間の環境もあるし自分がやりたい方向性と少しずれていることもあるためなかなかやる気が出ない現状がある 周りからもふた番組はやるもんじゃないと言われるが、確かにそうだでも、なかなか、それが受け入れてもらえないのが、今いる会社どうやって抜けるか、模索しているところであるそれに自分の立ち位置を今後どうしていくかという問題もある今いる、古巣の環境で仕事環境の拡大をしていくことがベストなのかそれとも、また、古巣の中に染まるのがいいのか今ある現実問題を一つ一つ片付けていくしか方法はないのかなと思ってはいる。あと、彼女もそろそろ作りたい。。。。なかなかできない、というより、そういう環境にないからかもしれない紹介してもらうしかないのかなきっと、みつかるでしょう きっと全てうまくいくでしょう笑楽天主義は意思に由来 悲観主義は気分に由来ですから意識的に考えないときっと、うまくいく以上
2019年08月14日
コメント(0)
激務のせいか、それとも寝不足なのか1月に高熱が出て下痢が止まらなくなりおよそ1ヶ月近く会社を休んだそのせいで、吸っていたタバコもやめたところが先週金曜から、また同じ表情が出た高熱と下痢高熱は治まったものの、まだ下痢は続いている休みなのに、勿体無い最近、いかんと思っている本当に何をすべきなのか何をしたいのかわからないまま、また進んでいるやりたくないわけじゃないでも、これといってやりたい仕事があるわけではないそんな繰り返し少なくともやりたい仕事を出来ているのだからそれだけで幸せなのかもしれないが何か、情熱を持って出来ていない感覚が残っているせっかく去年、始めた映画も、病気で、映画の先生とも会わなくなってしまい残念な状況だ本当に見つめ直さないといけないなと感じている
2019年05月13日
コメント(0)
2年前に、長年勤めたテレビ局を離れ、札幌へそして、東京へ札幌へ飛んだ時、札幌駅前がすごく寒かったの覚えている寒さだけじゃなく、妙な寂しさを感じたのも覚えているここに一生、住むのかと考えた時本当にいいのか、かなり悩んだ行ってからも、ずっと葛藤はあったそもそも、その土地に縁もゆかりもなかったし知っている人も限られたしだから、夏前の7月だったろうか採用の手続きが始まるという時、当時住んでいた札幌のマンションのベッドで心の底から、嫌だと、願ったのを覚えているそれが、原因なのか、たまたまなのか採用は、なくなったある意味、よかったと感じるところもあった札幌の街や人が好きになれなかったからだ想像することは現実化すると、よく耳にする強く願えば願うほど、そうなるのかもしれないそれに見合う行動で結果につながるのかもしれないでも本当に、こうしたいというもの自分にはあるだろうかある意味、消去法で生きてきたこれはしたくない これは嫌だでもこれならというものを選んできた気がする今年で38歳 38歳の年これから、結婚、そして、子どもも作りたいし会社も、ちゃんとした、ところで働きたいちゃんと、しっかりしているところで、お金もちゃんと今の会社にいることがベストなのかもわからないできれば、テレビ局に。。。。かつて同じ会社で働いた先輩後輩は男女3人札幌に行った年に、局採用になっていた知らされたのが、札幌のネット局の局長からだった悲しいかった自分も残っていたらチャンスがあったかもとかでも残ってもなかったかもしれない結局、運がなかっただけ勝機が自分になかっただけそれだけなのかもしれないこれからどうしたいのか、これからどうするのかそれは、まだ見当もついていないでも、きっとうまくいくそう信じたいきっと全てうまくいくと去年の1年間、お金は良くなったし生活も楽になったでも、何か空虚感があった物足りないものがあった会社の人が嫌だった4月、古巣に帰ってきていろいろ変わった知っている人もいて、いい人もいるけど嫌味な人もいるでも、こうして戻ってきたのも、何かの縁なのかもしれないゴールデンウィーク 世の中は10連休ふといろいろ、考える機会が増えたいじょう
2019年04月29日
コメント(0)
もう、2年も経つ2017年3月に、急遽、北海道へたった就職先が、札幌になったためだとあるテレビ局の系列局、本当にそこでいいのか、迷いもあったが、当時置かれていた、記者としての状況や、勤務形態、いろんなことを考えるともう、離れるしかなかったなと。そもそも、精神的にも、肉体的にも、限界を感じていたからこそ転職活動を宮内庁時代に始めたわけだから、離れることに抵抗はなかったでも、蓋を開けてみたら、聞いていた条件とはちがくひどいものだったすぐに、転職活動を開始した、でも、なかなか見つからず藁をも掴む思いだった。そんなこんなで、現在の会社に来たひょんなことで、また、古巣のテレビ局で働くことに何の縁なんだろうか、でも昔働いていたメンバーとまた、働けるのはありがたいと思う。そんな、複雑な思いを描きながら、今、古巣のテレビ局で働き今日、昔住んでいた、家の近くで飲むことになったので思わず、南砂や東陽町近くまで足を運んだ昔行った、スーパーや木場公園、そして、住んでいたマンション、懐かしいような、まだ住んでいるような、不思議な感覚なのだ千葉から引っ越して住んだのが、まさに、この、地域ここでいろんな恋愛をした失恋もした辛い思いもしたいろんな気持ちが湧き立つこれで良かったのか、これで本当に正しかったのか誰かのせいにしたくなることもあるし自分のせいにするには苦が重いしでも、まだ、消化しきれていない気持ちがある今後、自分がどうしていきたいかちゃんと決められていないこともあやふやな気持ちになる原因でもあると思ういろいろ整理しなくてはいけない以上
2019年04月22日
コメント(0)
もう、2年も経つ2017年3月に、急遽、北海道へたった就職先が、札幌になったためだとあるテレビ局の系列局、本当にそこでいいのか、迷いもあったが、当時置かれていた、記者としての状況や、勤務形態、いろんなことを考えるともう、離れるしかなかったなと。そもそも、精神的にも、肉体的にも、限界を感じていたからこそ転職活動を宮内庁時代に始めたわけだから、離れることに抵抗はなかったでも、蓋を開けてみたら、聞いていた条件とはちがくひどいものだったすぐに、転職活動を開始した、でも、なかなか見つからず藁をも掴む思いだった。そんなこんなで、現在の会社に来たひょんなことで、また、古巣のテレビ局で働くことに何の縁なんだろうか、でも昔働いていたメンバーとまた、働けるのはありがたいと思う。そんな、複雑な思いを描きながら、今、古巣のテレビ局で働き今日、昔住んでいた、家の近くで飲むことになったので思わず、南砂や東陽町近くまで足を運んだ昔行った、スーパーや木場公園、そして、住んでいたマンション、懐かしいような、まだ住んでいるような、不思議な感覚なのだ千葉から引っ越して住んだのが、まさに、この、地域ここでいろんな恋愛をした失恋もした辛い思いもしたいろんな気持ちが湧き立つこれで良かったのか、これで本当に正しかったのか誰かのせいにしたくなることもあるし自分のせいにするには苦が重いしでも、まだ、消化しきれていない気持ちがある今後、自分がどうしていきたいかちゃんと決められていないこともあやふやな気持ちになる原因でもあると思ういろいろ整理しなくてはいけない以上
2019年04月22日
コメント(0)
英語の勉強を始めて数週間特に英会話を中心に少しずつ始めています。アプリで知り合ったアメリカ人女性と週に1回会い、勉強していますが早い会話についていけないこともあり、悪戦苦闘中です笑今後、自分はそうしていきたいか、目標を持って時間を細分化していかないと考えています。なんとなく、こうしたいなぁとか、こうありたいなぁと思うことはたくさんあってでもなかなか、それが実現できなかったからこそ、今があるのかもしれないですが自分が選択した結果が今であることは、受け止めなきゃいけないことだと思っています。とにかく、今後、自分はどうすべきか◉仕事◉ある番組でディレクターをしています。基本的には、VTRを作っていますが、企画などをまとめることもしなくてはいけない最近、迷いはあります。記者になった方がベストではと、あるいは、5系列のところにいることは本当にベストか、今いる会社にいることは本当にベストかベストかどうかと言われればベストではなく、もっと、別の、最良の場所を求めるべきなのかもしれないそうあるべきだと思いますただ、今は、今ある仕事を精一杯頑張るだけだと感じています◉英語◉ひたすら英会話力をつけなくてはいけないと思っています本当に拙い英語なので、語彙力を含めて少しずつでもいいからやっていかないといけないなといろいろ整理もしていかないとな、とも考えていますそんな感じです・・・・笑
2018年08月06日
コメント(0)
「今ある自分は過去の自分の選択の結果 まずは、そこから認めないといけない」とある人達が、同じ趣旨のことを語るシーンを最近、多く目にする確かにそうかもしれないあの時、あの場所で、判断した結果が、今の自分、今の状況を創っているそう考えると、たらればばかり考えてしまう自分もいるあの時、島根に行っていれば、あの時、一緒に住もうといえばあの時、優しくしていればあの時、名前を間違えなければあの時、踏みとどまっていればあの時、北海道に行かなければ所詮、たられば。今ある自分が、自分でした選択の結果もちろん、全てとは言えないにしても選択が迫られ選んだのは自分である今は、報道離れ、番組制作にいる経験も少ないため、畑違いであるのもありすごくキツく、辛いというか、これでいいのかここで、やっていることは本当にやりたかったことなのか自問自答と自己嫌悪に陥っているどう捉えていいのか、どう考えたらいいのか本当にわからないでいる分からないまま、流動的になっているのが本当に困っている考えて考えて、その先に、答えがあるのか明日も、その仕事は続く
2018年05月13日
コメント(0)
突如、1週間の大型連休だったゴールデンウィークに休むなんて、いつ以来だろうかかといって、急だったから友人と旅行もできず、ただただ考えて沖縄に飛んだ初めての沖縄暑かったけど、気分転換にはやはり関東は出たほうがいいただ現実逃避が逃れきれず、仕事始めの今日、本当にしんどかった新しい仕事では報道から離れたものなので、AD業務が多い今はバラエティ、ちょっと前は、エンタメなどでもなんか、しっくりこない、本当に自分は大丈夫だろうかわからないことだらけだし、報道から離れた選択肢が正しかったのかどうかもわからないままでいるそもそも、糸を辿れば、生活を良くしたくて、会社を変えたくて始めた転職活動がいつの間にか、北海道に行くことになり、フジから離れることになったそのまま仕事を続けていたら何か変わっていただろうか何かいい方向に向かっていただろうかそのまま残った先輩か後輩は、いい結果に向かったように見える失ったものが多いようにも思う生活は良くなったと思うが割り切って頑張るしかないのだが、どこに向かって頑張ったらいいのか正直わからないのが現状
2018年05月08日
コメント(0)
札幌にいた頃とある同僚の後輩から相談を受けたことがあるある人と恋愛をしていて、本当に付き合っていいかというものだった誰と恋愛しているか 知らなかったから、できる協力はすると話すと決して恋愛して欲しくなかった相手だった既婚者だったそれも会社で悪名高い人で、決してそこに行って欲しくない一人だっただからすぐ、ダメだと、よくないと、付き合ってはダメだと話したラインでは、付き合っているようなニュアンスで言われたこともあり、行き着くところまで行ってしまったのではないかと憶測が及んだ会社でも、そんな、付き合っているとか、婚姻届出したとか、新婚旅行したとか噂になっていたその子には、何か、通じるものがあった、可愛さだけじゃない、何かを感じていただから、好きというか、一緒にいてすごく楽だったし、居心地が良かった少しずつ気持ちが、その子に移っていくのがわかっていた年も離れていたし、だから恋愛にならないよう、相談に乗っていたでも、気付いたら好きになっていたダメだと思った、でも止められなかった年末に告白しようと思った、でもなかなか都合が合わず、年明けに話をした正直、後悔もあった、東京に戻ることが決まっているのに、どうするのかと現実的ではないと普通に考えれば、そんな告白、ダメだと思うし、先行きどうなるかわからないのにバカだと思ったでも好きすぎて、告白せざるおえなかったいろんな噂が立つたびに、そんなことないって言い聞かせた本人が言っていることが正しいと言い聞かせたずっと寝不足になった 嘘つかれているんじゃないか本当は違うんじゃないかっておかしくなっていた全てを拭い去るように、全てを忘れるためかのように告白してしまった結論は、いい先輩でしかないという結論だった自分の送別会が終わった夜中、一緒にタクシーで帰った自宅マンションで自分が降りた際、夜中にもかかわらずその子の乗せた車は、自宅マンションとは逆方向に向かったこんな夜中になぜ逆方向なのか理解できず慌ててタクシーに乗り、その男のマンションに走ったでも、その子らしい子は現れなかった送別会の数々の場で、実は付き合っているに違いないといろんな人に言われた信じたくないし、その子の、付き合っていないという言葉を信じたかっただから、いろんな話を聞くたびに、火消しをしたでもマンションを出入りしているところを見たという言葉で激しい動揺に揺さぶられたもう限界だっただから、本人に、本当は話していないことはないか、話してないから信頼が崩れるかもしれないとメッセージを送ってしまった最後の最後で、信じてくれていないことに、ショックでしたと 連絡が来た今でも何が真実かわからないただ、最後まで信じてあげられなかったこと、疑い深くなって、相手の信用を失ってしまったこと今でも、すごく後悔している今でも、何を真たらいいのか、わからない相手には、信じているからって話したでも、疑問が残ることがたくさんあって、いくら、説明されても、わからないことだらけになってしまう今更、どうしようもない話 本人には謝ってはいるが、相当、怒っているだろうし失望しているに違いないと思う現在の職場になじめないでいる現実と、今回の現実が、身も心も追いついていない状況下にあるどうしたらいいものか悶々とした日々の中で、ただただ日々を重ねているだけでいいのか今更、また謝罪するのもおかしいし、そっとしておくのがいいのだろうけど余計なことしなければ、こんな気持ちにならなくて済んだだろうし余計な自分の憶測が招いてしまった結果なのかと思うと残念でならないのもあるもう、そうなってしまった事態は、取り返しがつかないその日、その日で、できること1日1日でやるべきことを誠心誠意込めて頑張るしかないなと考えるばかり以上
2018年05月02日
コメント(0)
今月16日に就業して約1週間失って分かる価値、失って理解できるありがたさそういうものを痛感する日々でもあるバンエイトをやめて、宮内庁や気象庁を担当できた責任というのは生涯含め大きな糧となっていたと思うし、その後、1年間、札幌で経験した仕事も大変なこともあったが楽しかったこともあった。ドストエフスキーは、ある小説で、ある男は失ったものばかり数えていて不幸であると、一方で身の回りにある幸せを数えずにいることも不幸である人は確かに失ったもの、不幸と思え得るようなものを数えがちな傾向もあるかもしれない実際に自分もここ最近、そうかもしれない。バンエイトに残っていればCXに社員として残れた可能性もあっただろうしUHBに残っていれば限定社員であっても安定した生活があったかもしれないこうしておけば、こうやっておけば、そればかりが、いつも頭から離れないでいる。そもそも、なんでバンエイトを辞めようと思ったのか連日続く勤務のほか、泊まり勤務もやらなければいけなかった働いても働いても、もらう金額はいつも同じお金雇用形態もいつまでも良くならない 9年近く契約社員のままだったその後、社員の話もなかったし、上の人間にゴマをする、気にもならなかった将来、どうなるのか不安で、結婚もできないだろう、まずいだろうと考え悶々と生活するのも苦痛になり、転職活動を続けた。その結果、1社、ショッピングチャンネルが通ったが実際辞めることを考えると恐怖心が先に来た、これでいいのかとそんな時に、信頼を置いている後輩からネット局はどうかと、打診してみたらどうかと話が来た、伝もあったから、その筋の人に話をしたら、UHBの話が舞い込んできた。いろいろ考えた札幌というか北海道は縁もゆかりもない、友人というか知人といえば女性2人、会社関係で札幌にいたくらい、本当に友人という友人がいなかった、でも生活が良くなる、雇用が良くなる、社員になれると、希望を持って北海道に足を踏み入れた。札幌に住むため、物件を探しに降り立った札幌駅駅を出て外に出た瞬間、肌寒さの他に、知る人物が少ない環境という漠然とした不安が道外から来た人物を拒否しているかのように壁として迫ってくるように感じたのを今でもはっきり覚えている知っているようで知らない道路を歩き、ここで、ずっと、一生過ごすのかと思った時島流しのような気分にもなったのも覚えている数週間後に、札幌に住み始めた。マンションの部屋も広いし空気も澄んでいて、ご飯もおいしかったでも知っている人がいない寂しさや、澱んだ会社の雰囲気に本当にこの選択肢は合っているのか、本当に良かったのか、悩んでいたのを覚えている仕事も、微妙な案件を、大体的に扱うようなものが多くいつもネグっていたものも、暇ネタも常に扱うニュース番組にずっと違和感があった中にいる、報道部の人たちにも、何か、胡散臭さを常に感じていた。それでも社員になるんだったら、というのが、札幌に残る気持ちを保つためのツールだったでも、社員は見送りに 理由は簡単に言えば不景気が理由だったある意味、ふざけんな と言う話だが、ある意味、辞める理由ができてホッとできた部分もあった報道部の人たちと携わって、この人たちと一緒に仕事したいと思えなかった、魂は売りたくない、と思っただから、転職活動も早い段階で始めたその結果、現在の会社に入社することになった給与もいいし、会社の人たちも悪い人ばかりではないいずれ社員という話もあるし、これまでの会社からもらう給与の中でも一番いいだろうテレビ局員ではないけれど、お金は十分もらえる将来も安定するのではないかと思う正直、未来も過去も怖い トラウマもあるだから、どうしていいか、ただただ強くなることも多いだから、今は、今できることを一生懸命やるだけだなと一生懸命やって、それしかないし、それでいいと思っているあとは、趣味なり、仕事以外で欲しいものを手にしていけたらなと思う仕事をする上でやっていきたいこと、ふと考えることがある手にしたいこと、一生のうちで解決したいことは沢山あるTOEIC大学院か大学通信楽器 ピアノ、ギターおいおいまた、考えるか・・・
2018年04月22日
コメント(0)
長いようで短い1年だった。去年、長年勤めたテレビ局を退職するにあたり懇意にしていた人から系列局で働かないかと打診を受け札幌に来た。札幌駅に降り立った時、寒い空気とともに、何か拒否されているような抵抗を感じていたのを覚えている。何も知らない、ほとんど知り合いもいない街自分で最終的に決めた選択だったが、かなり怖かったのを覚えている。入社した会社の雰囲気も、何か、冷たいというか、妙な空気感があって疎外感が大きかったのを覚えている。自分なりに頑張ったつもりだった。それなりの結果も出した。でも、それだけで終わった感が否めない。ここに来た1年間、妙な空疎感だけが今も残っている。会社を離れ東京のテレビ局に就職する。北海道で生きていくことは、かなりの抵抗感があった。札幌の会社の人と頑張りたいとは、どうしても思えなかった。だから、正社員の運びが、滞った時、残念な気持ちのほかに安堵感もあったのは事実だった。意志あるところに道ができる幸も不幸も自分で決めるものだからこそ、今回の選択は正しいと思えるよう今後、頑張らないといけないと切に思っている人生何が起きるかわからない1年前の自分は、札幌で骨をうずめる気持ちなど早々に無くなっていたことは、誰にも言えなかった。飛翔できること、願う
2018年04月04日
コメント(0)
10年ほど働いた職場から離れ系列の会社がある札幌にやってきた。今日でほぼ2週間ほど 慣れたとは言い難いが、縁もゆかりもないこの場所でいろいろな不安を抱えつつ、まだ春の訪れがないこの地で、その不安は高まりつつある。知り合いも数少ないことも理由の一つかもしれない。学生時代に始めたこのブログもまだ残っていることが、異様な不思議さがある。いろんな気持ちを整理するため、このブログを開設した時期を思い出す。本当に遠い地に来てしまった。以前勤務していた会社に残るべきだったのか、それとも今の選択が正しかったのか確証が持てないまま今に至る。自分自身では選択が正しいかどうかは自分の行動次第だと考えている。ただ、これから待ち受けるいろいろな課題を解決していく中で、この地でずっとやっていくことが本当に正しいのか、本当にいいのか、よくわからないでいる。正直、年相応な言葉ではないが、強い部分が多い、何に向かうべきなのか今後どうすべきなのか、、、とりあえず今は目の前の仕事を頑張るほかないのだが・・・・
2017年04月25日
コメント(0)
このブログを初めて6年くらい経つのでしょうか当初は更新続けていたものの今ではすっかりご無沙汰になってしまった。人の通らない道には草が生えるようにブログも更新しないでいるとよくわからない、宛先不明なコメントが増えますね。東京から勤務先が千葉になりはや6ヶ月周囲にいる人や働く環境が変わるとなかなか馴染めないものですが少しずつ慣れてはきているかなぁと最近は思います。このブログってなんで始めたんだろうとふと思いました。というのは、先日友人の結婚式で昔付き合っていた彼女にあったからです。遅れていったのもあって特に話すこともなかったんですがその彼女と別れて、なんか、表現できない気持ちを友人に話すのも表現するのも難しくていたたまれなくてこのブログを始めた気がします。でも、一時は気分が晴れても本当の解決にはならなかったきがします。失恋をきっかけにブログ始めるなんて自分くらいしかいないかもしれないですがその彼女はすでに結婚して女の子を出産したそうです。なんかやっぱり複雑ですよね そういう話聞くと。でも幸せになってよかったなと思います。というよりお前も早く彼女つくて結婚せい!という感じですが・・・はやく彼女見つけなくちゃと思いながら一方で今まで付き合ってきた彼女を本当に幸せに出来たのかなとふと思うことがあって自分は気づいてないだけで沢山傷つけたこともあるのかなと自責の念があります。別に浮気とかはしてないですがちゃんと連絡取らなかったり、話聞いてあげられなかったり、一緒に居てあげられなかったりなんか久しぶりに書いたんで徒然な感じですが自分のブログだしいっか!また定期的に書くようにしよーではではチャオ
2011年08月18日
コメント(2)
去年の冬休みあるようでないような2日間だったと思います。休み初日、なぜか朝の4時に呼び出され朝の番組手伝わされた嫌な記憶があります。思い出したくねぇ.....今年は、5日間いただきまして、でも人によって差別があるけどゆっくり休めてます。でも三が日は休みでないのが不満ですが。せっかくなので昨日、会社の友人の友人が主催するフットサル大会へ行ってきました。埼玉県南与野!!!!!!!!!!!!!自宅から1時間!!!!!!!今回のフットサル大会かなりの強豪ぞろい強豪大学の体育会OBやら社会人チームやら日ごろ全く運動していない自分らと違い、がたいも良く筋肉質な野郎がたくさん来ました。当然ビリだろうなと思ったのですが、やっぱりそこはサッカー好きが集まっているだけあって、1試合目で相手側に点を決められたらみんな火がつきました。自分は心臓発作を起こす手前ぐらいバクバクしてたんですがサッカー好きの血が騒いでか、がちで頑張り、結果は、2勝2敗2引き分けの6チーム中4位まぁ頑張ったでしょ!おかげで今、筋肉痛で体がうまく動きません年の瀬でいい運動ができました2009年 あっという間ですね年を重ねるほど、どんどん時間の経過が早く感じてきますそれがやっている仕事のせいなのかどうかわからないですが色んな事件や事故、中継、企画、思い返せば、多種多様な経験をさせてもらって、やっていた時は、愚痴ばかり言っていたけどかなり貴重な経験を今年も積ませていただきました。来年は、どんな1年になるんでしょうかね平和な1年だったらいいなぁではではよいお年を!チャオ
2009年12月31日
コメント(1)
9月30日に旅立ち5日間、北インドを中心に回ってきました。 10月上旬とはいえインドは30度を超える日々が続き 暑さが苦手な自分には非常にこたえたけれど、なかなか楽しかったです インド 一言でいえばカオスでしょうか? デリー市内などの道路上は本当に人、車、オートリクシャーで 溢れかえり、外を歩けば珍しげに人がどんどん寄ってくる。 日本とは別世界で、想像以上に迫力ある国でした。 インドには友人がいたので、旅行会社のツアープランを1日だけ 消化して、あとは友人やら1人でぐるぐる回りました。 1日目には、タージマハールとアグラ城へ デリーから車で約5時間。車で5時間だけれど、車から見る景色には 飽きることがないくらい、迫力と衝撃が常にありました。 何といっても渋滞がすごすぎる。片側2車線でもなぜか4車線以上の 交通状態になるほど、車が横5列、6列になる。 信号機も市内以外は殆どなく、案の定、事故は多発。 長いドライビングの後ついたタージマハールとアグラ城は 想像以上に迫力と美麗を感じました。 できれば夕方ぐらいに行くといい景色が見れます。 夕暮れとタージマハールとヤムナー河 かなりいいです。 2日目以降は、友人とデリー市内を観光 ちょうどガンジーの生誕140周年記念だったので 博物館や記念館、博物館、フマユーン廟など いろいろ回りました。 もう少しいろいろインドの歴史を 勉強しとけばもっと楽しめたかなと思います。 インド旅行に行った後、定番ですが、人生観変わるかとか 話題になるますが、個人的には、180度変わるわけではないけれど 色々考えさせられる部分は多々あると思います。 たとえば、貧富の差 インドに行ったことがある人なら、すぐにわかると思います デリー市内の露店街を歩くと。 貧富の激しさには本当に驚かされます。 小学生にも満たない子供が肉体労働を強いられていたり、 観光客にお金や食べ物をせがんでいたり。 一方で ブランド品に身を投じた裕福なインド人の家族連れが 路上を練り歩き、路上につばを吐き、2ルピーほどのお菓子を 50ルピーで買い漁っていく。 穴を掘ってブルーシートで覆いかぶせただけの住宅が広がるスラム街の近くには高級住宅街があったり 本当に異様なコントラスト 同じ地球上でもこれだけ生きるのに差がある世界があるのかというのを痛感したことは、これまでになく この経験が、いいことなのかどうかはわからないけど、 大きな財産になったことは確実です。 家があり、着るものがあり、食べ物があり お金があり、職業がある 当たり前と思っていたもの、それに今本当に感謝するばかりです。 またインドに行くとしたら、ずいぶん先になりそうだけど 今度は南インドかな ではではこんなんで チャオ
2009年10月08日
コメント(0)
報道という仕事を初めて、以前と比べ、ずいぶん業務にもなれ、相変わらずミスは多いですが、なんとかこなしていけている実感は少なからずあります。報道の仕事を始めた当時、右も左も分からず、怒られていること自体が何なのかさえわからず、ただただ一日一日の業務をこなしていたように思います。休みも以前と比べれば、それなりにとれるようになって、日頃の自分、仕事での自分も省みるようになったかなぁと感じる今日この頃です。ただ、やっぱり、これから自分がどこに向かっていくのか、どんな自分を実現していきたいか具現化していきたいかそう考えると、「はい、●●です」と言えない自分がいて釈然としない自分に最近、腹が立っています。自分が報道を仕事として、生業として選んだ原点そこが揺らいでるのかもしれません。様々な事件、株価の下落、新型インフルと、数多くの案件を目の前に仕事を消化していくそれが、何か、信念というか、ポリシーというか、胸に秘める何かをもとに動かされていないところが、今、悩んでいる種なのかもしれません。自分の性格上、おっちょこちょいで、悲観的であるし、なかなか仕事も効率的にできないそれでも何か、熱いハートが欲しいと思うんです。こういう悩みは、ある意味ぜいたくかもしれません。結局のところ、自分が今、やるべきこと、考えるべきことは今目の前にある業務をいかにうまくこなすか、その上で何が足りないのかそれを突き詰めて努力するそれにつきます。当たり前すぎて、何言ってんだと思うかもしれませんがそれが、今のところ、答えだと思います。「悩む前に行動」それが、今、自分が抱える悩みの答えを見出すキーワードなのかもしれません。
2009年05月21日
コメント(3)

先週から今週にかけて 新型●ンフル GWラッシュ この2つのおかげで、かなり不規則で、 かなり不健全な毎日が続きました。 予想では、新型●ンフルは疑い患者が出るたびに マスコミは騒ぐので、また、睡眠不足な日々が続くと 覚悟しているんですが。 それでも今週は、今日と明日と休みというミラクルが起きて 心身ともに楽になりました。 いいっすね 寝れるって いいっすね 急かされない時間って 失ってはじめて、その存在の価値が分かるっていいますけど この言葉、本当に身にしみますわ 今日は見たかった映画みて、本読んで たまった洗濯物片づけていたんですが 例によって雨だったわけです だからコインランドリーの乾燥機をきょう利用したわけですが..... コインランドリーの乾燥機の中って、 利用した人なら分かると思うんですが、結構ですね 忘れ物があるんですよ 前にも書いたと思いますが、 特に自分が乾燥機を開ける時は決まって女性下着が多いわけです ●ンティーとか ●ラジャーとか ハイヒール用の靴下とか 今日も、入ってたわけです 上記の3点セット 洗濯物を乾燥機に突っ込む際、見つけたわけです それで、ふと思ったわけです この3点セットを取り出したタイミングで、この持ち主がやってきて 「なんで私の下着持ってるんですか?(怒)」 なんて言われたら、どうしよう。 ただの変態なわけです 冷静に考えれば、そんなこと言われないでしょうけど でも、その場にいたら、極端に考えてしまう性格なのですわたくし。 そりゃあだって、目の前に、女性の下着があるわけですから! しかも、●ンティーは結構、派手なもので 杉本彩とかが着用してそうなものだったわけです。 だから、周りを見渡して、誰もいないのを確認して 即座に、洗濯物入れのかごにそれを入れたわけです。 そしたら.......... コインランドリーの奥にある、管理人の部屋へ通じると思えるドアが タイミングよく開き、 そこから、パンチパーマのおばさんがやってきました。 そうです。みなさんの想像通り このおばさんの3点セットでした。 結構、派手な下着着用してるんですね、このおばさん てか、がんばるところ間違えてません?おばさん!!!! と思いつつも、このおばさんが登場するまで、 杉本彩を想像していた自分が妙に、空しくなってきました。 無言のまま、おばさんは、洗濯物を片手に 奥のドアのほうへ向かって行きました。 なんだ!?この空気?! そのまま、自分は洗濯物を乾燥機に入れ、 その後、帰りました。 いやぁ 本当に妙な緊張感でした 最近の下着事情を少し、垣間見れて、 すこし利口に慣れた気がした一日でした チャオ
2009年05月08日
コメント(2)
あけましておめでとうございます 年末は大晦日まで仕事をし、元旦も普通に日勤だったため、 なんだか気分的に年越しをしわすれた感覚が残っていますが もう2009年なんですね。 なんだか時が経つのが本当に早い 2008年は本当にあっという間に過ぎて行きました。 あっという間だけど中身が濃い一年 去年お世話になった方々、少し遅いですがありがとうございました。 今年も宜しくお願いします。 2009年に入り2日から4日までお休みを頂きました。 3日間の冬休み いつも栃木のおばあちゃんちに行くのが恒例ですが、すでに家族で 元旦に行ってしまったそうなので、自宅でのんびりでした。 3日には、中学時代の友人たちとご飯食べて、 そのあと初詣 初詣は筑波山神社 参拝する列に並んでいると、やっとお正月気分になれて なんだかほっとしました。 いいですね、初詣って そして初詣につきものなのが、御神籤 毎年、御神籤はですね、末吉か小吉なんです 今年こそは!と思い気合い入れて引いてみると.......... やっぱり 末吉でした ちーん しかもですね、地元に帰ってきて、誰々が婚約したとか、誰々が結婚したとか、子供生まれてめでたいとか、色々幸せ話聞かされたんで 是非!是非!是非! 恋愛運だけはなんとかと思いましたが、 御神籤には驚愕のコメントが...... あきらめなさい だそうです 周りにいた友人らは爆笑でしたが、自分は全く笑えなかったです だって「あきらめなさい」って 新年早々からこんなコメントってないわ! 悔しくて納得いかず、七福神御神籤を引いたら 小吉で、また恋愛運がまた、 「うまくいかず 辛抱が必要」 とか中途半端なコメントが.... まぁ、自分で運命切り開きます 今年もいい一年でありますように! チャオ
2009年01月05日
コメント(2)
今月に入って早々 一番の頭の中にある悩みは、 仕事が大変であること以上に 休みが殆どないことより 何よりも一番の悩みは 忘年会でした そう忘年会だよ それが先日の12日に終わりまして 本当に肩の荷が下りたというか 変な?不安から解放されました 実は上の方から寒い忘年会にはするなと めちゃくちゃプレッシャーをかけられ 忘年会当日まで気が気でない日々が続いたこと続いたこと VTR作るために、某大学に忍び込んで(一応許可済み) 研究室であるドラマのパロディーロケ 上司をだますドッキリVTRづくりなどなど.... 大成功といっていいのかわかりませんが、なんとか楽しんでもらえた 忘年会となりました。 そして今日、本当に久しぶりの休日 友人とご飯食べて、ゆっくり本でも読んで、久しぶりの 日帰り温泉でもと思いきや、 予定は常に不規則になるものです 久しぶりの休日に限って 久しぶりの休日に限って 久しぶりの休日に限って はい きましたぁああああああああああああああああああああああああ 会社から電話 しかも午前中!!!!!!!!!!!!!!! そして業務連絡でなぁあああああああああい 報道局の重鎮らが集まる飲み会に来いとの連絡 正直 「嫌です 久しぶりの休日なので自由にさせてください」 といってやりたかったんですが、メンバーがメンバーだけに 行かざる負えず、結局午後6時以降の日程がつぶれました 予定では、稲城市にある温泉に行く予定だったのにさぁ 銀座で飲み会かいなぁ 温かいお風呂につかってコーヒー牛乳飲むはずだったのに くそぁあああああああああああああああああああああああああ 欲求不満がぁああああああああああああああああああああ きえなぁいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい そしてまた明日から仕事が続く 気ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい もうこうなったら、 気合いだ 気合いだ 気合いだ 気合いだ 気合いだぁあああああああああああああああああチャオ
2008年12月22日
コメント(0)
いつもは休みの前日は、夜中まで会社にいることないのに 急なシフトチェンジで、夜中の2時までいることに。 そういう時に限って、急に発生が起きて忙しくなったりするんですわこれが。(例のインゲンとかね...) でもおいらには おいらには! 休みにできる唯一の楽しみができたんだぁああああああああああああ って自分を慰めながら今日の休日を迎えました! そう! 日帰り温泉! 本日はですね、神奈川県川崎市宮前区。東急田園都市線宮前平駅北口より宮前区役所方向に向かって急な坂を4分ほど上った高台に佇む、洗練された和モダン&シックな施設 「宮前平源泉 湯けむりの庄」 行ってきました。 我が家の最寄り駅から約10分で行ける距離 しかも結構凝っている造りで、お風呂もよかったです。 スーパー銭湯みたいな装いでもなく、和のテイストを大事にしている 温泉施設だなぁと思います。 高台にあるので、温泉施設の駐車場からみる景色が結構いいですわ 会社の人にも日帰り温泉の良さを伝えたら、色んな人が嵌っている模様 実はこれ読んでる人もぽかなびJPで、もう日帰り温泉行ってんじゃないの???? どーなのよ!!!!! ぜひぜひ活用してくださいなみなさん! 温泉って本当にいいですよ 嫌なこととか一気に吹っ飛びます(自分だけかな?) この前なんか、友達と奮発してお寿司食べに行ったら、 どのネタ食べてもまずくてまずくて、 店員はみんないい人なのに(それは関係ないけど) どうしてこんなにまずいのかっていうくらい まずくて、友達と、「もうお味噌汁でも頼んで帰ろう」と、 早いシメだけど、 「カニ汁二つ」って頼んだら、 ものすごいグロテスクなカニが どーーーーーーん って、でかいお椀に入ってて、二人して絶句して帰りました。 でも一応飲みましたカニ汁は。味はまぁまぁ.... そんなついてない嫌な思い出も忘れさせてくれますよ温泉さんは。 はぁー2日間休みあればなぁと最近つくづく思うのです。 だって今日の温泉は温泉施設に泊まりたいくらい 良かったんだモーン! テンションが水曜はおかしくなるぜ ではでは チャオ
2008年10月15日
コメント(2)
わが自宅はユニットバスです つまり家でお風呂に入る=シャワーを浴びる ということです。 1年を通して、お湯につかるのは本当に10日あるかどうか 最近疲れがとれず、初めて肩こりになり、ふくらはぎも、つること数回 疲れをとるならやっぱり温泉だよな...... 「そうだ!日帰り温泉行こう!」と思い 今日、休日に早速行ってきました 日帰り温泉!!!!!!!!!!!!!!!! みなさん、ぽかなびJPっていうホームページ知ってますか? それは東京版、神奈川版と各場所に合わせて 日帰り温泉が検索できるホームページで、各地の温泉を紹介しているんです。 そこにランキング3位になっていた、 南多摩駅近くにある温泉へ行ってきました! 用賀から溝の口を経由して、南武線に揺られること20分! のどかな住宅街に、その温泉はあるのです 周りは閑静なところで、雰囲気もグー 源泉かけ流しの温泉であります。 いやぁーそこの温泉は、極めて普通の温泉であるんですが、でも お湯につかってのんびりするって、この上ない幸せですね。 ちょっと奮発して、マッサージもしてもらっちゃいました。 マッサージって気持ちいいですね 途中で寝ちゃうくらい気持ち良かったです そんで温泉入り終わった後の定番 珈琲牛乳!!!! たまらんです(涎) 小さい頃、必ず旅行というと、我が家は決まって温泉旅行だったので 昔は、「温泉なんて...」って思ってましたが、 今では温泉旅行は万々歳です まぁ自分も年取ったっていう証拠でしょうか 電車に揺られ、その間、本を読みながら、目的地に向かう ちょっとしたプチ旅行、クセになりそうです ではでは チャオ
2008年10月08日
コメント(2)
みなさんは休日をどのように過ごしているのでしょうか? 先日、時間に追われていた仕事が午後1時過ぎに終わったとき、 高校時代の友人から電話がかかってきました。 「今、お台場なんだけど....」 遊びにお台場へやってきたようで 何処にいけば楽しいか聞いてきたわけです。 その日は祝日で休み おいらは祝日でも通常通り仕事 この差に、かなーりの憂鬱感が..... 休みの日って俺何やってるんだろうってふと考えました 女の子と外にでかけるなんて去年以来してないぞ!って 現在、自分の休日は週に1度あるかないか 週に1度の休みには、決まって 1、お昼まで睡眠 2、洗濯 3、掃除 になるわけです。 どーしても休日は常にお昼まで寝てしまって、午後からの活動が 妙に、妙に、かったるく短く感じる。 いつも 「来週の休みは、朝7時に起きて、選択掃除すまして、 午後はカフェで本読んで」 とか、調子にのったこと考えているわりには、 現実は お昼まで寝て、午後に洗濯掃除して夕方になりました 夕飯食べておしまい ちゃんちゃん♪ というパターン だぁああああああああああああああああああああああああ 俺の休日どうなってんだぁああああああああああああああああああああ この生活パターンどうにかしたい。 週に1度しか無かったらしょうがないか! と妥協と後悔の連続です もっと充実した1日にしたい 切に願う...... 今日も折角の休日なのに、あんまり充実してない..... いつもとかわらない 友達もつかまらない......... 平日だから当たり前なんだけど..................... 妄想をですね、最近するわけです、 2週間とか休みとって、海外行ったり、おばあちゃんち行ったり 実家帰ったり、実家の犬ハナと戯れたり、とか 考えてるんですが、 全くもって夢でしかない............ チーン だから今 おいらは頭の中をシフトチェンジして、 週1休みあれば、最高って思うようにしました。 週に1度も休みがない人に比べたら、最高じゃーん! って馬鹿みたいにテンションあげてます だから今ですね、すっげー嬉しいんですよ! めっちゃ楽しくて踊りまくりです 声あげて歌も歌っちゃってます! 歌ってる曲は教えませんよー やったー今週、休みとれた!!!! やったぁーーーーーって! ルンルルンって感じです! だから今、本当に幸せです ルンルンルン♪♪♪って感じ(笑) ってなるわけねーーーーーーーーーーーーー 誰か僕に優しい言葉で癒してください 明日からまた頑張ります。 誰か癒してください チャオ
2008年09月24日
コメント(2)
26日から4日間 夏休みでした。 夏旅行を計画していました。 国内旅行を友達と。 しかし 急な夏休みの変更を直前に言い渡されキャンセルしました ノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー だから実家へ普通に帰りました。仕方なく この時期なんで当然 会えた友人の数 2人 少なぁああああああああああ まぁしょうがないんですよ職業柄 週末休みじゃないし、お盆休みなんかとれるわけないし でもなんか、寂しいなぁー 私の実家は最近、駅ができた事でマンションやらお店が 帰るたびに増えています。 以前は閑静な場所だったけど、どんどん都会っぽくなってきました。 昔は、 「こんなところ早く出たい」 なんて生意気な事思ってたけど 最近、これぐらいの便利さがあれば、十分だよなぁと 思える街に変化してきました。 実家にもちょっとした変化がありました 我が家も姉が結婚してでていき、おいらも家を出ているので、 2階の我々の部屋を片付けたいという事で 母親が小学校から使っていた私の机を捨てました。 机捨てるのは全く問題ないんです 全く でも、机の引出しに、捨てられずに入れておいた、外人の エ●本の行方がすごく気になるのです。 僕は、そのエ●本を高校2年に購入しました。 しかも自販機で! (田舎出身の方なら夜だけ電気がつく自販機で辺ぴな所にポンとあるのをご存じかとおもいますが......) エ●本を初購入したものとして、捨てられずにいた そのエ●本がないのです。 うちの母親は、「机捨てたから」しか言わないので 「引出しにエ●本なかった?」 って聞けないっす 自分恥ずかしいっす、そんなこと聞けないっす まぁいまさらながら、恥ずかしそうにその行方を聞く年齢でも ないんで、そのまま何も聞かずに帰ってきました。 ちょうど良かったかもしれないですね あんなもんいつまでも残しても仕方ないし あんなもんに未練を感じるなんてそれこそ恥ずかしいっす今日から仕事入りました明日は泊まり業務です気が重い今度の短い長期のようで長期でない休みは冬かな...... チャオ!
2008年08月30日
コメント(2)
自分でやりたいことが仕事としてできる事は恵まれている立場にあると思います。今自分がやっている仕事は、そう簡単に就ける仕事ではないし、実力だけではなく運もかなりあって就ける仕事だと思います。けれど、ずっと寝れない日が続いたり、緊張感が続く日々が続くと、さすがに、精神的に堪える時が多くなります。特に最近は色んな仕事や事件が続いて、理不尽に怒られたり、つまずく事が多く、何でこんな仕事しているんだと、ふと我に返り、自分に向いてないんじゃないか、と弱気になることが多いです。週に1度の休みには自分の楽しみといえば友人と食事する程度で、一日が終わるという、なんだか、ちっぽけな休日が続いていて、なんだか最近憂鬱です....こんなところで愚痴をこぼしても、なんの解決にもならないし、なんの実りもないことはわかっているけど、じゃあなんでこんなこと書くかといえば、端に愚痴りたいからっていうだけなんです未だになかなか慣れない職場緊張感が続く職場今が試練なのかもしれないですとにかく今は気持が後ろ向きでも、無理にでも頑張るしかないそれだけなのかもしれませんではではチャオ
2008年07月26日
コメント(2)
毎週土日のどちらかは、たまった洗濯物を処理することが習慣となっています。 たいがい土日が近づいてくると洗濯物をためるカゴはいっぱいになります。 先週の土曜日 いつものように洗濯機に1週間分の汚れ物を入れ、20分~30分後に洗濯が終わり、コインランドリー内にある乾燥機に洗濯物を入れるまでは良かったんです。 そこまでは! 乾燥機で洗濯物を乾燥させたあと、家に戻りタオルやらワイシャツやらたたんでいると、見慣れないベージュの物体が..... パンティだぁあああああああああああああああああああああ おそらく女性が乾燥機を使用した際、うっかり乾燥機の中にこのパンティを忘れてしまったのでしょう。 「あぁーど、ど、どうしよう......」 と考えました。 <注意・重要> どうしようと考えたのは、何もこのパンティの匂いをかごうとか、頭に被ろうとか、そっち方向では絶対に絶対にないです。 皆さんご存じのように私は健全な人間ですから! これをコインランドリーに戻しに行けば、怪しいし、なんせうちのマンションにあるコインランドリーは監視カメラが付いていて、パンティ片手に乾燥機の上にでも置いてしまったら、後で管理人さんに何か言われるかもしれないなぁと余計な事ばかり考えついてしまって、部屋の中でたった1つのパンティごときに数十分考え込んでしまいまた........ 結局ですね、無理矢理また洗濯をする事にしまして、洗濯物に例のパンティさんを紛れ込ませて、その後、乾燥機に入れた後、何気なく、 「わぁー!なんでパンティが入ってるんだ!こんなところに!」 みたいな演出をわざわざしながら、乾燥機の上に奴を置いてその場を去りました。 その後、そのパンティがどうなったかは知りません というか知りたくない なんでパンティごときにこんな苦しめられなくちゃいけないんだろうと悔しく思った週末でした。 ではでは チャオ
2008年06月22日
コメント(2)
えー先日休みをもらったので、念願の電化製品購入に出かけました まずはノートパソコン MACが欲しかったので、YAMADA電気やらソフマップやらぐるぐる回ったんですが、いまいちピンとこない 会社のパソコンがwindowsならMACじゃない方が何かと便利だろうという店員の勧めもあり見た目重視でVAIO購入! 色はインディゴブルー なんか高級感あるデザインですこれ 今使ってるのがそのパソコン 至福の時っす 以前はずっと壊れかけのパソコンをセーフモードで使ってましたから 今ではタイプ打つのも滑らかです セーフモードだと何かと反応が遅いんです そして念願の! iPodゲットー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 自分の通勤スタイルを彩りよくしてくれました! こやつは! 以前はいちいちCD取り替えないと違うアーティストの曲聞けなかったんですから、それに比べたら、もう、言葉にできない とりあえず昨日の時点で200曲ぶち込んでやりました はい 今日の電車の中ではiPodのおかげで興奮のあまり、サザンの「みんなのうた」歌っちゃうところでした 危ない危ない このまま今週もこのノリで乗り切ります! ではでは チャオ
2008年06月01日
コメント(4)
今年三月で父親が定年退職した いわゆる団塊の世代 親父も60歳 還暦です 早いもんです どんなお祝いをしようか考えていた今年の正月に、姉ちゃんに相談すると旦那となんかやるってことだったのでそれに、乗っかって何かプレゼントでもと思ったら、先日メールが姉から来て、 「もう定年退職&還暦祝いやっちゃった!」 と連絡が来た。 フライングだぁー じゃー仕方ないとゴールデンウィーク中に実家へ ネットで調べたお店に両親を連れて行き(といっても何故か姉がついてきているのです)4人で食事をとったあと、プレゼントをあげました。 小さい頃は大きく見えた父親の背中も今じゃ、かなり小さいです。自分の方がかなり大きい。 父親だけでなく母親もどんどん小さく感じます。 それは自分が、でかいからかもしれないですが、両親のそうした姿をみると目を背けたくなります。 切ないものです 「親孝行したい時には親はなし」 といいますが、気づいたときに少しでいいから旅行でもなんでもいいからしてあげないとなぁと痛感した一日でした。 東京へ帰るのに駅まで車で母親に送ってもらっている車中で、母親が急に「えーーー!」なコメント 「お父さんね、役員だからまだ退職しないんだよ!」 早く言え ではでは チャオ
2008年05月06日
コメント(4)

今日はお昼まで仕事でした。日曜に仕事って、気分的になんか萎えますでも今日は天気が良かったので、時間が空いている友達と一緒に、食事して、豪徳寺へなんで豪徳寺かといえば、その友人が桜上水で、近くだからという単純な理由なんですがねちょっと遅い花見豪徳寺といえば、招き猫の発祥の場所として名高いですが、個人的には、桜田門外の変で倒れた井伊直弼が眠るお寺として、行きたかったスポットだけに、ちょっと興奮でした。こじんまりとしたお寺かと想像していましたが案外でかいんです敷地面積が。本堂などを見た跡に、目的である井伊直弼墓石へ豪徳寺敷地の3分の1は実は、彦根藩主井伊家墓所となっており、代々の墓石が並んでいます。井伊家は徳川幕府譜代大名の中でも筆頭格にあたるだけに、井伊家の墓石はみな立派なものでした。井伊家墓石が並ぶ奥へ行くと、そこに井伊直弼の墓を発見。井伊直弼といえば、安政の大獄に反発した水戸浪士らに桜田門外で暗殺された幕府の大老日本史の中ではどちらかというと、悪役に立てられているイメージが個人的にあって(勝手な思い違い?)多くの維新の志士を殺した人物というイメージが付きまとっていたが、また一方で、開国の断行となった日米修好通商条約調印がなければ、今の日本がないと考えれば、評価する一面も多いのではと思います。これに関しては色々意見があるとは思いますが...その後、おみくじ小吉でした結構、小吉が多いんですなんかこの中途半端さが嫌いなんです豪徳寺内の桜はほぼ散っていましたが、何かそれ以上に、満足いく豪徳寺参りでした。昔から、神社とかお寺って、妙にエネルギーを感じるんです昔から。だから今日は満足です休日は色々都内のお寺神社行こうかなではではチャオ
2008年04月06日
コメント(2)
ここずっと日記更新が滞ってましたえーなんだか色々忙しく家に帰ってすぐ寝るスタイルが届いていますでも今日はなんとか書いていますねむいっす....ここ最近ずっとこれでいいのかと自問自答が多かったですだめな自分、惨めな自分との格闘でした。でもここで頑張らなきゃ今までの自分と一緒なんですだからこのままもがきます、懸命になりますより自分を向上させるように努力するつもりですなんて格好いいこと言っちゃってますが....ではでは今日はこんなんで!明日も書きます!チャオ
2008年04月02日
コメント(2)

今シーズン行ってきました! スキーーーーーーーーー!!!!!!!!!!! いやぁー待った甲斐あった!!!!!!!!! もう興奮の1泊2日のスキー旅行でした。 長野・戸隠スキー場! 今シーズンは去年と比べ雪が充実との事で、行くタイミングを狙っておりましたが、2月15日から17日にかけて、とある友人が予定空いているとの事で行って来ました! いやぁー傾斜にしろ雪質にしろ、戸隠は、今まで行った中でベストなスキー場でした。 滑りやすいというんでしょうか。 エッジがかけやすいというんでしょうか 上級者コースはいつもこけてばかりでしたが、なんとか滑りきることができましたねー! しかも眺めが最高です。 久しぶりに「ここにずっといたい」 みたいな事考えてしまったり。 ほんと眺めよかった! 今回行った友人は、大学、塾講が同じ人だったので、気兼ねなく、むしろ鞭打つくらいの勢いでビシバシ楽しく?スキーできました。 本当はねー大人数でいくともっと楽しいんだけどねー なんだか一回行きだすとまた行きたくなりますね でもさすがに夜行バスはきついですね.... ではではこんなんで チャオ
2008年02月24日
コメント(4)
今日は関東平野、雪祭りです。 朝から近所の子ども達が雪合戦やら雪だるま作りで、騒いでいたので、結構早めに起きちゃいました。 久しぶりに今日はゆっくり家で過ごしましたね なんだか時間がゆっくり動いていく感覚 いつも時間に追われる生活なので、こうして家で深々と窓の向こうで降り続ける雪を見ると、かなり神秘的な空間に移ったような感覚になります。 今日は家の中 なので、今日はお掃除タイム 水まわりから、部屋の角まで、掃除機やコロコロクリーナーで綺麗にしたわけです もう4年目になるこの部屋から、そろそろ引越ししたいなぁと思う今日この頃、以前にも書いたかもしれませんが、この部屋、ちょっと住み始めてからおかしなことがよく起こるのです。 実は今日もあったんですが、 ~その1~ 買い物をしにお昼出かける時、すぐ戻ってくるからと思い、暖房とテレビを敢えてつけた状態で、出かけて帰ってきたら、テレビも暖房も消されていた ~その2~ 夜お風呂に入る時、ある事情でキャンドルが何個かあり、それを消費しようと、家の電気ではなく、キャンドルを焚いておくわけです。 お風呂からでて、薄暗い世界を想像して出てくると、思いっきり電気ついてるし!雰囲気台無し、キャンドル焚く意味なし ~その3~ 夜になると、誰かがドアをノックする この3パターンですね 最近とってーも多いです 電気消し忘れでもなければ、気のせいでもないのです 昔は怖がりで、お化けだの幽霊だのって怖かったけど、今じゃ歳のせいか全く怖くなく、友人には鈍感って言われますが、なんだかこの部屋は超常現象が起こるようです。 でも暫くはまだこの部屋でお世話になるつもりです ではでは チャオ
2008年02月03日
コメント(4)
会社移ってから、約三ヶ月。週末というと、会社が無いことをいい事に、睡眠ばかりとってしまって、怠惰である事この上なかったので、買い物がてら、下北沢へ!久しぶりの下北沢古着屋から聞こえてくる音楽と、ゲームセンターの音。行き交う人たちのしゃべり声色々混在していて、渋谷の雑踏を思い出すが、またそことは違った、文化があって、好きなのです。若者だけの文化ではなく、昔から続くバーや古びたアパートそうした昭和の雰囲気漂う場所に、セレクトショップが顔を覗かせたりする一見アンマッチさが、どこか心を擽るんです。今回下北へ来たのは、コートと靴を手に入れるため!ぐるぐるまわってやっとこさ手に入れました。今のシーズンって特に靴屋って安いですね一万円の品が4割引だったり、結構価格がびっくりするくらい安くなってるんでびっくりです。その後は、塾講時代の友人と飲みました。結構気が合う奴なので、久々の飲みで相当な芋焼酎を平らげましたわでも、お酒は強いので、二日酔いにはならなかったですけどね!って気がつけば明日は、出勤なんですよね。あぁー早いよーでも職場も今は結構楽しいので、待ちどおしいです。ではでは久々の日記でした!チャオ!
2008年01月27日
コメント(2)
全352件 (352件中 1-50件目)