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(写真:沖縄本島本部町がじゅまるの木)久しぶりに木登りをした。西にしずんでいく太陽の輝きがあまりにも綺麗だったのでどこか高いところに上って太陽の姿を最後まで見届けたいなと思いながら近所の公園まで歩いた。そしたらちょうどいい具合のさくらの大木が目の前にあったのだ。木に登ったのは、何十年ぶり(!?)「あ~なんて気持ちいんだろう。。」木のやわらかい感触やにおい、そしてなにより、木の温かいぬくもりがとても心地よかった。公園で遊んでいる7歳くらいの男の子達は「なんだ?変なおばさん~」というような表情で私を見ながらゲームボーイみたいなものをピコピコしている。太陽を見ることが目的で木に登ったのに木の感触を楽しんでいるうちに気づくと、太陽はすでに沈んでしまっていた(苦笑)あ~でも、お蔭でホントに癒された。木のエネルギーが私の心と体をやさしく包んでくれた。故郷の星のこと、自分でもはっきりどんな場所かはわからないのだけどなんとなく懐かしくなった。そして、地球に生きていることのありがたさも実感した。あれ?ふと気づくと、さっきまでゲームボーイで遊んでいた子供たちが私が座っている木の枝のほうまで、よじ登ってきている。そして、大きなスマイルで私を見ていた。私の体は私の体ではなく私の考えは私の考えではく自分自身というのは概念にすぎないその言葉が私のハートに響いていた。
Jan 17, 2006

日常の身の回りで起こる様々な出来事を体験する度に思うことは、この現実世界とは別に、常にもうひとつの世界が存在しているということだ。そのもうひとつの世界とは、肉眼では見えない。でも、「もうひとつの世界を私に見せてください」と常に祈ることで、誰でもその世界にアクセスすることが出来る。たとえ、祈った直後に何も感じることができなかったとしても「もうひとつの世界がある」ということを常に思い出すことができれば宇宙は、何らかのサインを私たちに与えてくれる。「もうひとつの世界」とは、どんな世界だろう?言葉でいうのは難しいけれど、しいていうなら普遍的な真理のみが存在する世界、かな。それは、全てが神聖なものの恩寵からなりたっている世界。だけど、真理を知ることは、私たち人間にとっていつも心地よいことばかりではない。時には剣のように「ぐさっ!いてててて・・」と心に突き刺さることもある。(そういう時のほうがほとんどかもしれない・笑)それ故、「もうひとつの世界」を見ることに躊躇することも、しばしば。でも、その痛みも、勇気を出して味わいつくしてあげれば、宇宙が見せてくれている真理を体験することが出来る。「全てが恩寵によりデザインされていたことだったんだ」と気づく時が必ずやってくる。その時、私たちはきっと、「もうひとつの世界」の住人となるんだろう。
Jan 12, 2006

(写真:マグダラのマリア、天使ガブリエルinセントラファエロ教会)平和を願う祈り~聖フランチェスコの祈りより~神よ、わたしをあなたの平和の使いにしてください。憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますようにいさかいのあるところに、赦しを分裂のあるところに、一致を迷いのあるところに、信仰を誤りのあるところに、真理を絶望のあるところに、希望を悲しみのあるところに、歓びを闇のあるところに、光をもたらすことができるように助け、導いてください。神よ、わたしに慰められることよりも、慰めることを理解されることよりも、理解することを愛されることよりも、愛することを望ませてください。自分を捨てて初めて自分を見出し赦してこそゆるされ死ぬことによってのみ永遠の生命によみがえることを深く悟らせてください。2006年、新たな年の幕があけました。全てを委ねて、光の中へ。祝福に満ちた一年になりますように。
Jan 8, 2006
こんにちは。今晩開催予定の「New Year楽園ディクシャ会」で、皆様にお会いできるのを楽しみにしています♪参加後、今回の会に関するご意見・ご感想をお書き込みくださいませ。お待ちしております♪
Jan 4, 2006
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