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“自分”が動きたくなる、、条件と言えばいいのかな?そういうところが、ほんの少しだけ分かってきたような氣がする。いろんなところで言われていることだけど、いわゆる“ゴールの設定”というやつ。。今さらだけど案外、、そんな大それたものではなかった感じだね。
2016.01.31
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なんというか、テンションが上がらない。ちょっとしたキッカケで ふわっと解放されちゃうことがあるけれど、、どうも、自分がフォーカスしていることって、根本的に違っているように思える。何というか、、ある目的にフォーカスが上手く合わず、、目的を果たすためのツールにフォーカスしているような??そんなクセが無意識的にフォーカスするポイントをはぐらかしている。そんな感じかもしれない。とはいえ、もう一息⁈そんな氣もしている。。
2016.01.30
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自身の“らしさ”と“強み”を活かすまぁ自分らしく!ってことだけど、、ほとんどの場合、それは間違っているものらしい。私自身、間違ってた感アリアリ…やはり、どこかやって来たことと、、自分らしさというものがごちゃ混ぜになってたかもしれん。何なんでしょうね?今浮かんだことが一つ…何であっても良いけども、、自分の性質を読み解くもの…私の場合例えば「個性分析」というツール。そこに現されている“個性”というモノが実際にあるとして、、もしも、それを自ら選んできたとするならば…何を望んでその“個性”を選んで生まれて来たのだろうか??何が、したかったんだろうね?と、このような仮説を立てたら見えるものはなんだろうな…時間を取ってみたい。。
2016.01.27
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『こういうのは嫌だなぁ』『こんな風にはやりたくない』単に一時的な感情ではなく…いついかなるときにも思いに上るようなことは、その向こう側に『このようにしたい』というのが隠れているもんだ。では、その向こう側にある思いに氣付いた時、そのように動くとき動きが取れないとしたら??ほぼ間違いなく『そう動いてはならない』という考え方があるようだ。。ややもすれば、それは自己肯定感が低いことなどからも起こるかもしれないね。結局のところ“自分”というものに戻ってくるもののようだ。スムーズに物事を進めるのは、、こういうところなのかもね。自由に立ち振る舞うということはそれを支える基盤が必要ってことその基盤を何にするのか?この辺りはキチンと整えんとな。。
2016.01.27
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…なんてことを思ったよ。だいたい疲れてる時に思い浮かぶことなんて、つまらないことが多い。…と、そんなことなんだろう。しかし、何か潤いが足りてないかも?もう少し何か欲しい感じだね。
2016.01.26
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何氣に発している言葉の裏側や、、当時の自分にとって衝撃的な出来事などなど、、なんとも簡単な言葉だけど…一つ思い出した。「どうして“ない”んだろう?」その時、欲しいものが手元に無い…友達は持っているのに、どうして自分にはそれが無いのか??すごく素朴な思いだったような氣もするけれど、、その先は、まぁ…これまた“ありがち”なパターンを踏んでたよ。母親からキツく言われた。それから、無いことは仕方ない、、自分には手に入らない…ってな感じだったろうか??ホントに物心ついた頃だったかな?ある意味、結構コアな部分かも??まぁいずれにしても…ここ数年をかけて創り上げてきたモノが木端微塵になった感…今さらだけど、根本的な部分から創り直していくってことなのかもしれない。なかなかに、壮大だこと。。やれやれ…
2016.01.24
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合意形成がなされていた…はずなのだが、、記憶の劣化と不安感、、そして自分の立場を守りたいという意図が働くと…ちゃぶ台をひっくり返すように合意をひっくり返される。。これまで積み重ねてきた努力は無駄になる。。まぁこういうことは日常の中で起こり得ることではあるけど…たまりませんなぁ…余計な仕事が増えた。。
2016.01.24
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それまでに少し氣になってはいたのだけれど、、とある勉強会に参加することになった。しかし、、今自分が参加するのはどうなんだ?という想いが拭いきれない…学んだものをどのように活かすのか?自分の中には見当たらないからだ。サポートに回るなら…とは思うけどね。講座の内容そのものにはイマイチ…惹かれるモノではない。その向こう側にある【…と思われる】ことには興味はある。それは何か?おそらく、今お世話になっている先に必要になる内容ではないか??という風には感じているけども、、その講座の内容とは直接関係はない…どうなんだろうなぁ~何より、、経済的に参加できる状況でもない。そのあたり、待ってもらえるらしい… 「まぁ、しっかり稼いでね」ということなんだろう。。それを今お世話になっている先に、、しっかりと活かしていけば、ひとまずいいかな…と思っている。
2016.01.23
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何氣なく、、ふっ…と何か枯れた感じがしてきた。。夢や希望…のようなモノも、もはやないと言った方がいいのかもしれん。ホンネの部分では、、こんなのもあるのか…?もう自分だけのために…というものだと、、イマイチ燃えない?今の毎日は、、目の前にあることを、ただ“こなす”だけの毎日かもしれない。世界が狭まっているのかもしれない。広く物事が見えなくなっているかも?どこか、左足に致命的なダメージを負った時の感じに似てたりするのか?…何かやりたいことは? あ~特にない、ね。。 やれやれ…
2016.01.22
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自分が考え得ることをやった結果、、思わしい効果が得られなかった。…とすれば、、※タイミングの良し悪しや手落ちがあった可能性もあるかもしれんけれども…自分が考え得る範囲の外側のことをやっていく他はない。。そういうことかな…
2016.01.19
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今の状況としては、いろいろと整理され?何も残ってないような感じだ。 さて、、自分は何者になろうか?自分でそれを定義できるとしたら…何者になりたいだろうか?実際に、今残っているものの内、、継続して残すもの見切りをつけるものひとつ線引きをする必要があるってことかもしれないけどね。さてさて…どうなりますやら。。
2016.01.19
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本当に何氣なく発している言葉の向こう側にある“前提条件”が…一体どのようなモノであったのか?それに一つ氣付いてしまった。「 人に迷惑をかけてはならない 」と、一見とても正しいことではあるけれど、私の場合…ややもすると、人と深く関わらないような行動を取る方向に作用してる。で、私は独り者なのだけど、、(当時)『 今の仕事はいずれ辞める そうしたら、余計な迷惑をかける 』と思っていて、パートナーになれたかもしれない人を遠ざけていた。この前提って、、『 自分は上手くいかない 』ってことが前提になってるよな… なんてこった…こんな簡単なことに気付かないとは、、 おばかさんだなぁ~
2016.01.18
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武道などの分野で、よくお題のような表現がなされる…自分がどうかなんて、、ホントの意味では何も分からないけど以前に比べ、少し理解が深まってきた感がある??そういう意味では、ホントに“手”を使って技を掛ける…というニュアンスの動作は減っているように思う。何というか、臍下の一点(≒丹田)~手先へ…この流れが感知できる??まぁ、主観そのものですね。で、全身が協調して動いてくれる。。タイミングもハラに響いてくる感じだ。だけど、その感じと目に映ることの間にある微妙なギャップ…これにダマされてしまう。ハラは相手の動きを感じとって自分も動こうとしているのだけれど、、目の前にいる相手が動いているように見えてないから、、動作するべき時に迷っているのだろう…その迷いが動作をワンテンポ遅らせるまさにそこには、自分に対する信頼感とか、自己肯定感といったことも関係しているのかもしれない。なので、先日の稽古の中で思いがけずキレイに決まった技は、、それが消えた(?)時に起こった。。この感覚をさらに磨き深めてみたい。
2016.01.17
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一時的には可能でも、もしもそれが一生続くモノだとしたら…?それを心から受け容れられることかどうなのか??単にそれだけのことだった。今さらだけどね…そこには、自分の心に正直であり、、現在位置(状況)にキチンと向き合いどのようにしたいのか?それを決めるだけだ。。ある意味それが自分勝手なものであれ心から望むことであれば、、そして、その先に関わる人が幸せになれるようなことであるのなら、、まぁ何とかなるだろう。。あらためてそれを創り上げていくのだ。
2016.01.16
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さぁ“経営”改善…っと。。もっともこれは会社経営とかって話じゃなく、、自分の足元をシッカリ見直して…という話。もともと“経営”という言葉自体会社の~という意味ではない、、自身をどのように活かしていくか?という話もアリ、、 経⇒縦糸 営⇒横糸また、それら縦糸は天地自然の理横糸は日々の営みとも言われているそうな。天地自然の理にそって、日々を生きる…そのような立ち位置から、、自分の生き方見直してみるのもいいかもしれないね。
2016.01.16
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基本的に“個”が大切だと思ってる。個の集まりが、グループをつくる…でも、グループになると単なる個の集まりを超えて“ある力学”が働く。仲良しグループも、メンバーが変わると雰囲氣が変わる…なんてことがある。当然と言えば当然、、それまで生きてきた背景も、重ねた体験もすべてが異なる人たちの集まりであれば、そこに様々なことが起こる。感情的な軋轢も…そういったことを超えて、、そこに関わる人たちが潜在力を発揮し“らしさ”と“強み”を活かしきることができないだろうか??と、そんなことを考えてきた。そこには、個の在り方が大切だ…これまでに様々なことに取り組んできたのは、そんなことを思って…ということでもある。でも、そのアプローチでは、、おそろしいほど時間がかかる。時には“個”が“グループ”に飲み込まれてしまうことも、また逆のパターンも…こういったこと、、何とかならないだろうか??何となく、そのひな形は見えているような氣がするのだけれど、、立ち位置が難しい…とはいえ、もしかしたら、、大きなヒントとなるモノに触れることができるかもしれない。そんなところに来ているようだ。。
2016.01.13
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なんか…おもろない。。 ※おもろない⇒おもしろくない仕事について思うことが一つ…やっていくうちに見えてくるものなのかもしれないね、、まぁある意味、フィールドワークの成果といえるかもしれん(笑)顧客のニーズに応える取り組みは様々な形があって、、これには正しい答えは無いかも?それが受け容れられたかどうかは数字になって現れる。。これもシビアな現実…ただ、これがキチンと機能するかどうかは、一工夫する必要があるのではないだろうか??結局人間は、不快なことは避けるようにできている。その取り組みが“快”になる工夫取り組みはマニュアルに記すことができるかもしれないが…その向こう側に、この“快”になる工夫。これが大事なんだろうな…と思ったよ。“そのよう”にした先に何があるのか?もしも、そのようにしてクレームが付くとしたら…やってる意味ないと感じることは無意識に回避しようとするからね。まぁ、一社員として口を挟むことではないかもしれないけどね。。
2016.01.12
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今、心がけていることは、、自分が関わる人が幸せになること。この一点に集中して、今できることをやっている。
2016.01.09
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今、いきなり浮かんだので備忘録がてら書いておこう…ある意味、当たり前すぎて今さら感も、、もっとも大切にしたいコアな部分。それは合氣道を通じ磨きをかけてきた心身統一という状態のこと。これは、様々な分野でも共通、、しかも悟りや覚醒といった状態を得ることと同一のアプローチでもある。だけど、それを実際に活かすためには具体的な形にあらわすための枠組みが必要なのだ。。その“具体”というのが、スキルやメソッドと呼ばれるもの。いわゆる情報をキチンと使える知識として再構築していくことも含む。この再構築をしていくために必要な勉強や検証を重ねていくこともね、、そこを組み立てて行く必要があった。今ここから進めるのは、自分のらしさと強みをベースにして創ろうかと、、あらためて思った次第。。なんで氣付かなかったんだろうねぇ
2016.01.09
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何氣ない立振る舞いの中に、、実は様々なものが表現されている。と、そんな風に思う。その一つは姿勢。今さら??身体のバランスがキチンと取れていることで、余計な力が抜ける。チカラが抜けるところって、、ある意味、不安定でふわふわして頼りなく感じる。それがよかったりするんだけど、、どこか“手応え”を感じたくなるもの…でも、この“手応え”というのは自己満足であることが多い。そして、その自分の身体の状態を観察し続けることは、、自分の心に向かい合うことに等しい。効率よく能力を発揮できているときには、、抵抗感はない。スムーズで心地よい状態だ。身体を通じて心の在り様を知り、、心地よい状態を保っていくこと。それがポテンシャルを発揮するポイントなんだろうなぁ。。
2016.01.08
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具体的なスキルの向上も必要だけど、、本来の自分らしく生まれ持った能力を発揮することができれば…恐れるものなど何も無い。そんなモノなのかもしれない。実際に、いまとある仕事についているのだけれども、、一緒に仕事をしている方は、かったるそうに取り組んでいるようにも見える。だけど、いろいろ話をする中で、、ちょっとしたキッカケを与えるだけでとってもイキイキと取り組み、その日の仕事をすっきり氣持ちよく終える事ができた。その人が、そのようにイキイキと仕事をするのが初めてだ!っと、驚いている方もいる。。そのような状態を、しらずしらずの内に維持するのは、ある意味大変だけど自信でそういった側面を知り、状態を維持することは可能だ。。それこそが、仕事がうまくまわることだと思っているし、、それこそが“氣の循環”そのものだと思っている。一言で言えば“氣が出ている”状態その状態をベースに、スキルを磨いていくこと。その過程は、心地よいもんだよ。。これが本当の意味での“楽”だな☆
2016.01.07
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