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朝思い立って、金曜日の夜ディズニーランドにいってきました。ほんとうに朝、会社に行くときに「今日はディズニーランドに行くぞ!」といわれ、いつもはもっていくもの(ほら、いろいろキャラのついてるものとかね)用意していくんだけど、何も持っていかなかった。18時のアフター6パスポートではいって、その前にボンボヤージュでおみやげかって。思ったよりすいてました。「プーのハニーハント」もすぐのれたしね。今回、あまりこんでいなかったのでパレード待ちをしてる人がすくなかったので、パレードもしっかりみました。エレクトリカルパレードはいつもはトゥーンタウンの本当にもう最後のところと決めている私。ここだと思ったより人がいなくてすごく近くで見れて、特に平日は独り占め状態で手を振ってもらえるからなの。あと、ホーンテッドマンション横でもよくみます。ここはパレードスターと地点。ここでみておくとハニーハントにもすぐいけるし(パレード中はすいてる)、パレード最終地点であるトゥーンタウンに近いから2回みれていいとこなんだよね。で、今回はホーンテッドマンションの横だったんだけど。真正面からみる位置でみれました。いつもは横むきにしかみたことなかったパレードを正面からみれてすごくよかったですよ。でもね、きっとだんなさんは、元気のなかった私を気にしてつれってってくれたのかなって思ってます。だんなさんありがとう!
2005年08月30日
通院していたびびちゃんが先週なくなってしまいました。かなりなきました。くすん。まだご紹介もできずにいってしまいましたが写真をはってみました。
2005年08月24日
最近、だだちゃ豆にはまっています。(枝豆です)だだちゃっていうのはお父さんのことらしいけどすごくおいしいんですよ。私とだだちゃ豆の出会いは去年のこと。なんかテレビで「もうこの枝豆を食べたらほかのは食べれませんね。」なんていうのをみたとき。へぇ~。って思ってなんでもすぐに興味を持ってしまう私。早速、スーパーに探しにいったんだけどおいてなかったぁ。ないから思いは強くなり、やっと出会えた時は「これよ!」と遠距離の恋人にあえた気分。(遠距離経験はないけど)みてみると、普通の枝豆より小さくて、姿もいいとはいえません。ま、でも食べてみると・・・「おいしい!」それから枝豆はだだちゃ豆と決めた私なのです。普通の枝豆より味が濃いんだよね。沢山出回ってるからみなさんも知ってるとは思いますが、まだなら是非召し上がってね。うちは今夜もだだちゃ豆です。晩酌しないんだけどね。
2005年08月23日
みなさ~ん、今夜はすごく綺麗な月ですよ。満月でしょうかね。私はの芝居の台本にはいつも月のフレーズがなぜかありました。「きれいな月。満月かしら、それともちょっと欠けているのかしら? 満月の夜には人間は興奮するんですってよ。」なんてね。そうそうだんなさんは、だんなさんの役でした。素敵な夜になりますように。おやすみなさい。まだ早いかしら・・
2005年08月19日
みなさん、地震は大丈夫でしたか?いつも地震があるとともかく、ケージののってる棚を一番におさえてしまいます。だんなさんはお休みだっていうのに、私の母からお誘いの電話があって母とだんなさんとでかけてしまっていなかったのです。もう・・こんなときに!私の田舎は福島なので心配していたんだけど何事もなかったし、仙台近くの友人も「カップが1つ割れただけ」っていってたから安心していたのに思わぬとこで被害が!東京にいる伯母が田舎に遊びにいこうと東京駅に切符を買いにいったらしんだけど、思いたってそのまま新幹線に飛び乗ったらしいの。発車してすぐに地震。そのまま栃木にはいったあたりで、動かなくなってしまたのです。結局動かず、伯母は那須までなんとかいってそこまでいとこが迎えにきてくれたの。本当に地震はいやですよね。
2005年08月18日
部屋のものをひっくり返し、私におこられた彼はきにいらなかったらしく私に噛み付いてきました。かむとき本当に容赦ないんだよね。
2005年08月15日
今日は私がお休みなので、部屋の中で大騒ぎしてます。
2005年08月15日
みんはシマリスの男の子です。だんなさんと暮らし始める前から私とはくらしています。
2005年08月15日
たれちゃん3代目は不思議な女の子でした。信じてもらえるかわからないけど、よく死んだ(寝た)フリをしたのです。ケージのチューブとか回し車とかでクタッとしているから心配して「たれちゃん、たれちゃん。」って声をかけるとまるで身動きせず。さらに声をかけつづけると・・・めつむったままクタッとしたその状況でチューブをあがっていったり、チロリとみたりするような子でした。何度、ハラハラさせられたことか・・このこは肝っ玉のすわった親分タイプ。他のこたちは散歩途中には必ずたれちゃんのケージに立ち寄って中をのぞきます。たれはぜんぜん同時なかったけど。こんなたれちゃんも歳をとって、弱ってきてからは朝晩、薬をあげて果物をすってたべさせなければならなくなりました。その頃、だんなさんが急に入院してしまい私も朝夕病院にかよい、会社にいき、帰りにスーパーとかで、たれちゃんが食べれるような物を買ってかえるというような生活でした。たぶん、その頃の私はいっぱいいっぱいで、気づくと他の子達が、毛が抜けてしまう、イライラするって症状があらわれるようになってしまったのです。ストレスを感じていたんでしょうね。たれちゃんはといえば、何ヶ月もそんな状況だったから正直だんなさんが退院するまではもたないかもって思っていたんです。でも、たれちゃんはすごく頑張ってなんとかだんなさんと再会することができました。そしてそれから1週間もたたないうちにびっくりするほど元気になったの。ほとんど寝てばかりのたれちゃんが動き回って。このまま元気になるかもって期待していた次の日会社からもどったら・・・逝ってしまいました。朝も元気で薬を上手にのんだのにな。たれちゃんをずっと病院に連れていったのは、だんなさんでした。だから、きっとだんなさんがいないときには逝けなかったのかも。帰りを待っていたんですかね。前の日元気になった時の写メは宝物になりました。
2005年08月13日
だんなさんと初めてあったのは・・かれこれ10年近く前のこと。両親主催のボーリング大会でのこと。(実家が店をやっているので)ボーリング大会も終わりに近づいた頃、髪は真っ赤、トラのアロハ短パン姿でものすごーく目つきの悪い人が場内にはいってきました。「こえ~。見ないふり、見ないふり。」それなのにそのみるからぁに恐そうなその人がレーンにおりて来るではありませんか。「あ~こっちこっち、遅いよ。」の母の声。「えっ!知り合いなのかよ。」これがわたしとだんなさんの出会いでした。その後、彼の車で居酒屋に移動。居酒屋では斜め前の席にすわってたんだけど、むすっとしてやっぱり恐かった。しかもじゃらじゃらキャラのついた鍵を持ってたし。少しだけ仲良くなったのはカラオケにいってから。すごく歌がうまくて、その頃劇団員を増やすための役者スカウトをしていた私。「これはいけるっ・・」と考えておりました。その時も母には「運転が荒い。」とか「女泣かせだから近づいちゃだめよ。」散々いわれたけど思い込みの激しい母、だんなさんの車にのったこともなくて想像で、「女泣かせ」ではなく「女泣かされ」だということが後々判明しました。しかも、居酒屋でむすっと恐くみえたのは隣に座っていたおじさんが強面でびびっていたそうなんです。ちゃんちゃん。それから、スカウトの話をしようと母親に私の携帯番号を伝えてもらったんだけど(店のお客さんだったからね)彼は「告白だ。」と勝手に勘違いして「コクられたらつきあっちゃおうかな。」とまで考えていそうな。そのあと、結局「芝居やらない。」の言葉にがっかりしたのはいうまでもありません。
2005年08月11日
2代目のたれちゃんは男の子です。背中の柄は筆記体のIの字でした。そもそも彼が家にやってきたときは違う名前だったの。でも、後ろ姿をみているちにやっぱり「たれ」になってしまいました。たれちゃん2代目の誕生です。2代目たれちゃんはすごく甘えん坊なこで私が社員旅行で留守にした時、実家に預けていたんだけど、帰った時には走りよってきたのです。ただ、2代目たれちゃんはおなかが弱くすぐに下痢をしてしまうような子でした。1度ケージから脱走をしてしまい、床下の穴からでていってしまったことがあった。彼はその日も次の日も帰ってこなくてすごく心配してたんだけど4、5日した時会社から帰ってきたら餌がなくなってる?もしや帰ってきてる?!それから、何回かそんなことがあった休日。なんか真っ黒なまん丸なものが部屋の中を横切ってるぅ。2代目たれちゃん、たくましくなって帰宅。その後すぐ、部屋の中を点検。みえる限りの穴をふさいだことはいうまでもありません。やっと戻ってきた彼も、すぐにひどい下痢をして、手術をくりかえしたけど、亡くなりました。最後、亡くなるときにケージで横になっていた彼は、ふらふらと私の方によって来た。お別れをいいにきたのな・・。
2005年08月11日
私の家族のこと。私の家族は主人と、シマリスのみん、アメリカンファジーロップのもる、モルモットのびび、デグーのちきです。私の毎日はもるの「どすんどすん」のジャンプの音と、ちきの「ちぃちぃ」の声で始まります。リビング(茶の間かな)にいくとそれぞれのケージから今にも飛び掛ってきそうなちびっこたちの姿が。それを横目にシャワーを浴びて、朝食の支度をして、化粧をしたらちびっこたちのお食事タイムです。彼らもそれがわかっているから、もうやる気満々で私を見上げてるの。特にビビはもう大変で「フィフィフィフィ」て大騒ぎ。もともとはハムスターのたれちゃんから始まった、ちびっ子たちとの生活ですが、あれよあれよという間にこんな大所帯になってしまいました。一人目(匹)がやってくるときは少し考えるとこで、そこから2人目(匹)がまた悩みどころ。でも、その後はもう一緒って感覚です。で、訳でどんどん増えていってしまったんです。でも、もう増やさない予定です。自分では変わらずにに扱っているつもりですが、人付き合いと同じくそれぞれとの関わり方が違ってしまうんですよね。うんと、私がっていうかちびっ子たちのほうが私との関わり方が違うっていうかさ。自己主張が強くて、積極的なここっちも「はいはい」って感じで声をかける頻度多くなるけど、おとなしくて我慢強いこは「このこはいい子だから」ってもっと我慢させることになっちゃう。だから、私の目の届く範囲が今の家族なんです。また、すこしづつご紹介できればと思ってます。ではまたまた。
2005年08月10日
独り暮らしになれずにひどい生活をおくっていたそんな時、たちよったペットショップで出会ったのがゴールデンハムスターの女の子。「私でも育てられるかな?」なにしろ犬とかは飼ってたことはあったけど、私が世話しなくても父や母がみてくれるでしょ。だから、ちゃんと責任をもって育てられるか。でも、ハムスターは飼いやすいっていうし、なにしろあのかわいらしさに魅せられて家に連れて帰ってきてしまいまいた。今でも覚えているのが、胴輪をつけて部屋の中をお散歩する姿を思い描いていた私。早速、胴輪をつけてみたら、なんとも悲しそうな瞳のたれちゃん。なんかすご~く悪いことをしてしまったようで、それからはどの子にも胴輪は使用してません。でも、思えばあの時からペットショップで「家にくる?」の私の病気は始まったのかもしれません。初代たれちゃんは、とにかくきかんぼな女の子でした。背中の柄はアルファベットのIの字に似てました。顔も凛々しくて、気に入らないとすぐに噛み付くような子。とにかく野性的な子だったなぁ。今、考えるとまだまだハムスターを飼うことに慣れてなかった私。管理責任とかきちんとできてなかったかもね。あるとき、部屋の中で遊ばせていたら壁の隙間から外にでていってしまったことがあって、慌ててその辺を探したんだけどみつからなくて・・「無理かなぁ。戻ってきて!」祈る気持ちでその日はケージを外にだして、出勤。重い気持ちで帰宅してみると?!何事もなかったようにケージの中ですやすや眠っているではないですか!もう嬉しくってホント大泣きでしたぁ。その後、2回の大怪我をしたけど、雄雄しく生き抜き、最期はお腹を壊し下痢、ひどい脱水症状で亡くなってしましました。怪我にはあんなに強かったのにね。
2005年08月09日
たれというのは私が暮らしたハムスターたちが代々受け継いでいる名前なんですね。よく「どういう意味?」ってきかれるんですが、私ももうわからないんですよね。意味があって名づけたのか、そのときの思いつきだったのか・・今となってはずいぶん前で覚えてないんです。とにかくたれちゃんは5代目までいるんですよね。初代たれちゃんが、我が家にやってきたのは、かれこれ・・・10年くらい前のことかも?!(びっくり!)その頃、色々あって独り暮らしをはじめた時で、とにかく独り暮らしになれないというか・・ビビリの私は夜も電気をつけっぱなしで、前からひどかった不眠症は悪化。もともと偏食だったから、「面倒だから食べない!」なんてのは平気になっていました。まわりには「無理だ、むいてない。」とか「家に帰れ!」とか散々言われたけどそう簡単には戻る気にもなれなくて。
2005年08月09日
ちるは男の子でデグーという動物です。アンデスのほうにいるらしくチンチラの仲間だとかモルモットの仲間だとか・・。ちるにあったとき、本当にデグーというものが、ただただ物珍しくてもちろんみるのも初めてだったので「これ何?」って思いました。そのときの体長は7cmくらいの赤ちゃん。紹介には「とても人なつっこくてよく慣れます。大人になると20cmくらい にはなります。」って書いてあった。ええっ、20cm!まさかぁ?!だって7cmくらいしかないんだよ。信じられない・・そんな感じで大騒ぎしていた私と主人に(たぶん結構騒いでいたと思う)「抱いてみませんか?」の声。えっ!でも・・せっかくだから。そんな感じで抱かせてもらったら、ちいさぁい。かわいい。どうしようこの子連れて帰っちゃおっかなぁなんて思いが横切った時。少し開いていた水槽の上蓋からぱっと別の子が、私の長袖に・・しかもそのままおくまで入ってしまって出てこなくなっちゃたんです!あららぁって感じでそのまま。袖の先をつまんだまま「連れてかえりますぅ。」って。それが私たちとちるの最初の一日でした。その頃、デグーがまだとても珍しくて(今はデグーフードが売ってるくらいになったけど)店員さんに聞いても、よくわからないみたでした。だから、その後サイトとか本とかで調べたんだけど、図鑑程度の知識くらいしかわからなくて、育て方とかは載ってないの。それでも、手当たり次第、色々みてどこかのサイトでデグー飼ってる人を発見。早速、育て方とかもろもろメールで質問。で、親切に教えていただきました。私、ハムスターみたいな感覚でいたので鳴くのは病気とか、そう呼吸器とかに障害とかあるのかもって心配してたの。回答は 「デグーはチィチィって小鳥のように鳴くんですよ。」って教えてもらいました。この方には今でもとても感謝しています。そして体長に関しても、「広告に偽りなく」やっぱり20cmくらいにすくすく育ちましたし。ただこの子、遺伝性の糖尿病をもっていて、小さなうちから白内障になってしまい、目薬を一生ささなきゃいけなかったのです。ハムスターとか育てていて目薬をさしたことのある方ならわかっていただけると思います。目薬をさすということは大仕事。一人が目を抑えて、一人が薬をさす。私たちは大変だったけど、ちるは訳もわからず押さえつけられて、とても怖かったでしょうね。ちるは本当によく鳴く子でした。私がトイレに夜中起きると「チィ」帰ってくると「チィ」インターホンがなると「チィ」。だから面白しろがってわざと帰宅時にインターホンをならすこともしばしばありました。・・・・そんなちるとのお別れは予想もしないくらい突然でした・。ちるは糖尿病という以外はとても元気だったし、ちょうど引越しをして大吉が喘息みたいになってなくなった時だったので、異変に気づくのが遅くなってしまったんです。寝てるのかな・・いつもは「チィ、チィ」うるさいの。朝起きて、そんな風思った夜。あきらかに様子が変わっていました。昨日はあんなに元気だったのに。病院につれていったら大吉と同じく気管支の病気でした。カビ、細菌があったのではということでした。なくなった大吉とちるは同じ場所の上下にケージが置いてあったから。それから、すぐに他の子たちの体が心配で家の中を消毒、ケージの場所も変更しました。ちるは嘘みたいに急に逝ってしまったので、私はなんだかいまだにピンとこなくて。しかも、その頃家にいた主人が世話をしていたせいか主人の方が大泣きでした。その後、デグーに関してはもう一度育てたいという気持ちがすごくあって、現在のちきちゃんがやってきました。ちるにしてあげられなかったことをやってあげたい・・・勝手な思いかもしれませんが、ずっと機会を待って、ちきちゃんに会ったのごくごく最近のことです
2005年08月09日
今でもあまり話したくないくらいのことなのですが、忘れてしまうことはできないから・・・大吉とはデパートのペットショップで出会いました。すごくかわいくて、ゴールデンハムスターらしいんだけど、獣医さんでも「このこはなんていう種類?」ときくくらい不思議な男の子でした。(写真ではわかりにくいかも)初めてあったときは、なつっこい雰囲気でこちらに、ちょこちょこよってきたのに連れてかえったら、なかなかなついてくれなくて・・・「最初のはなんだったの。」ってがっかりしてしまいました。でも、どれくらいしてからかなぁ。あんなになつかなかったのに、ものすごーく仲良しになれたの。私が手にのせると顔をすりよせてきたりして。しかも、このこはハムスター臭くないっていうかなんだかいいにおいのするこでした。とにかく、とにかくかわいくてしかたなかったな。そんな大吉が遠くにいってしまったのは、引越しをしてすぐのこと。引越しをしてから急に痩せてしまい、喘息みたいになって、あっという間に逝ってしまいました。なんでも、私たちが越してくるまでしばらくすんでいなかったせいかカビとか細菌がいっぱいいからということでした。大吉が逝った時の気持ちは・・「懲りた・・」かな。うまく言葉ではあらわせないけど。悲しくて、悲しくてどうしょうもなくて。今はお花がいっぱい見える小高いところで眠っています。大吉のことはもっとたくさん書くことがあるような気がしてたけど書いてみると何をかいたらいいのやら・・・思いうかびませんでした。はい。
2005年08月08日
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