「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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恐竜境に果てぬ序章第2節4
恐竜境に果てぬ序章第2節・時空理論その4「田所の来訪2」
先日来、田所はよく来るようになった。もっとも、私の二階の教室に入ったとたん、件(くだん)のむつかしい『量子論』がらみの講義が始まり、これが主な話題になるはずと覚悟しなければならないのだが、楽しみもなくはない。たとえば。いつまた帰りぎわのみやげに、先史時代の動物を見せてくれたりするかと、期待もなくはないということである。
きょう、また田所が来ている。
田所「・・・・・」
私「え、何んか言ったか ? 」
田所「村松、お前を翻弄するようなことばかり言って済まぬが・・」
私「何んだ、改まって。もしかして・・・。まあそりゃあ、いかにも俺は血の巡りが悪いから、お前も大変だろうけどよ、出来るだけ学習するから、そこのところは勘弁してくれよ」
田所「そうではない。俺はお前にこれから難解な理論の数々を一通り習得してもらいたいとは言ったが、結論は『時間旅行理論』だ。そのための導入論として量子論を説明するとは言ったが、限度がある。このことを言いたかったのだ。量子論ばかり話題にしても深く掘り下げることになって、先へは進まない」
私「なるほど」
田所「俺は出来るだけ実験から得た原理・理論をいくらかの量子論の助けを借りて説明することに予定変更した。どうだ村松、もし不服なら遠慮なく意見してくれ」
私「意見も何も・・・まだ初歩の説明が始まったばかりだから、よくわからねえ。田所に任せるから、よろしく頼む」
田所「わかった。承知してくれてありがとう。早速だが村松、電子や光子のようなミクロの物質が、粒子であり波でもあるという二つながら不可思議な性質を持つことは、知っていると思うが・・・」
私「ズバリ、『ダブル・スリットの実験』と言えばいいのかな」
田所「その通りだ。ただし説明を敷衍するために、改めてダブル・スリットの話から始める」
私「なあ、この実験はお前なら簡単に出来るんだろ ? 」
田所「無論だ、と、言いたいところだが、日曜大工のようにカナヅチと釘でチョイとという具合にはゆかぬ。よく量子力学を扱った本に実験装置の図があるが、あれはわかりやすいように描いたものだ。実物はと言うとたとえば、やや大型に作った俺の研究室の装置の場合でも、ダブル・スリットからスクリーンまでの距離は1.5mあるのに対して、二つのつまりダブル・スリット間の距離はわずか0.4mmだ」
私「ええ ! じゃあスクリーンに出来る白黒の干渉縞はどのくらいの大きさなんだ ? 」
田所「光が当った縞の部分の幅がごく乱暴に見て5mmほどで、光の当らない暗い部分の幅は2.4mmってところかな」
私「うわ、こりゃ甘かった。ちょっと待ってくれよ。・・・ってえと、スリット間の距離が0.4mmだと、スリット一つの幅は・・・」
田所「まあ、これもごく簡単に言うとスリット自体は、幅というより細く切った線というレベルになるな。鋭いカミソリでキズをつけるような感じだ」
初めから凄まじい話だった。この時私は妙な持論を立てたことを思い出していた。
つまり、ペーパーテストの優等生に大きく三つあり、『中学までの優等生』・『高校までの優等生』・『大学までの優等生』である。小学校までの優等生は問題外である。
例えば中学で優秀な成績を修めて地域トップの進学校に進む者たちの何割かが、高校の学科についてゆけなくて、全く精彩を欠くようになる。
だが私はこのことを哀れともだらしないとも思わない。むしろ子供に無理やり学習させようとする多くの母親たちに忠告したいことがある。
子供に無理を強いる前に己れの中学、女子高時代の成績票でも改めて眺めよと。なお、私は高校で既に息切れすることたびたびで、大学にようやく受かったあとは出がらしの茶同然だった。
そして田所は大学までの優等生ではなく、大学以後ますます頭脳のさえる優等生である。ここまで来ると学問が身を助け、生活を支えて余りある余裕を保証するから正直うらやましい。
田所「おい村松、どうした ! 」
私「あ、いけねぇ。妄想に浸っていた、済まねえ。続けてくれ」
田所「そんなわけだから、ダブル・スリットの実験の核心部分だけを話題にする。さて村松、この実験で、二つのスリットの片方を装置で閉じると、とたんにスクリーンの白黒の縞模様は消えてなくなって、ただの光のシミが映るだけなわけだよな」
私「ああ、そこまでは知ってるよ。で、これは光子に魔的な性質があるからだと教わった」
田所「そうだ。ところが俺に冷たい視線を向けた、かつての大学の連中は、片方のスリットを閉じると、光子の波動の性質である干渉が起こらない環境になるから当たり前だとあざ笑うように言ったよ。だが彼らに欠けているのは、この光子一粒でも、同じことが起こる不思議さに何らの感情も起こさなかった想像力の欠如だ」
ダブル・スリットによる電子の干渉実験 (本文中では光子を使っているがいずれも同じ性質を持つ)。
私「田所、お前のイヤな過去を話してくれるほど、熱が入って来てるところへ、お前のお株を奪うようで済まねえが・・・・・つまり誤解しねえで聞いてくれ。光子一粒じゃ、白黒の縞を作るには足りねえんじゃねえのか・・・」
田所「説明の仕方がうまくなかったな。ま、村松もう少し聞いてくれ。
1801年のヤングによる干渉実験以来、量子論は格段に進歩してな、使う物質も光子から電子へと変化したほどだ。そのあいだに、次々にミクロの世界の不思議な現象が見つかり、さらに画期的な仮説が現われた。とにかく過去の物理学の常識を打ち破る理論が絶えぬ」
田所は続けた。
田所「再び光子を使ったダブル・スリットの実験に戻るが、光源を弱くして光子を一粒ずつ発射させることも出来る。これを根気よく長い時間かけて行なうと、やはりスクリーンには明暗の干渉縞が出来るのだ。初めのうちは光子の痕跡は拳銃の弾丸のように、デタラメに並ぶように見えるが、時間が経つにつれて、次第に整然たる明暗のパターンを見せるようになって来るのだ。こんなことは、普通の大きさの粒子では実現出来ない。巨大なダブル・スリットやスクリーン装置を用意したとしよう。しかし弾丸何万発どころか、無数に撃ち込んでも、スクリーンが無秩序な蜂の巣状になるだけだ。
ところが光子や電子は、個々の粒子が集まって、遂に干渉縞を作る」
私「そうか、なるほど不思議だな・・・ ! 」
田所「粒子でもある光子は、ダブル・スリットの時は明るい部分と暗い部分を作るように言わば役割分担して動き、片方を閉じた瞬間に、縞模様を消滅させてしまうのだ。明暗の縞模様が出来るためには、それぞれの光子が、等間隔に着地点を瞬時に決め合って進んでいると・・・まあここからが量子論否定派があざ笑う飛躍解釈なのだが、量子力学の不可思議な現象の説明にはこの仮説が最適だ・・・」
私「つまり結論は光子が意志を持って、片方のスリットを閉じるという人間の行動を事前に察知するということだな」
田所「そうだ。光子自身に意志があり、先に発射された光子群の到達位置を知っている、言い換えると光子の一つ一つが互いに情報を持ち合って、実験空間内、いや他の空間領域で起こっていることを追跡記録しながら情報交換していることになる。どうだ村松、さすがに俺がいささか精神に異常があると思えて来ただろう」
私「とんでもねえ ! 俺は不可思議な現象に出会った時、現状で説明不可能なことは、事実として認めるタチだ。さらに粒と波の両方を併せ持つミクロの物質のこれまた常識を破る性質を受け入れるには、仮説が必要だという立場をとるよ。第一、お前のオヤジさんの『日本列島海没危惧理論』だって、単なる空想じゃねえ。SF作家に着想を提供して、東宝映画をヒットさせたけど、そんな娯楽だけじゃねえ。現にハワイが日本列島に近づいてるのも事実だしよ、俺は日本という島国は心細い代物だと思ってるよ」
東宝昭和48年「日本沈没」より。画面手前の鬼気迫る顔の人物こそ、本作品登場の天才物理学者・田所の父親をモデルとした劇中の学者で、地球物理学を専門とする田所博士です。
田所「ほほう、オヤジまでが登場したか。村松がそこまで言ってくれるなら、俺も話を進めやすい。それでは今回はかなり疲れさせるかも知れぬが、このダブル・スリットの実験の発展的実験と言えるもう一つの画期的な成果の話に移る。その前に試すようで済まないが・・・」
田所は次第に難解な理論に進んでゆくあいだ、ここは理解困難と察した箇所では、私を改めてのぞき込むように見つめ、時に目顔で、時に「どうだ ? 」と短く問うて、私の理解の具合をはかりながら、理論を進めた。この時もそうだった。
田所「村松、『波束の収縮』という言葉の意味は覚えているか ? 」
私「ええーと・・・。お前の前だから正直に言うけど、シュレディンガーの何とかいうのとごちゃ混ぜになって・・・」
田所「『シュレディンガーの猫』のパラドックスは、それこそ時空理論への本筋からややそれるし、話が長くなるから、これは省いてかまわぬ。要するに波束の収縮とは、ダブル・スリットを通過する光子や電子を、観測しようとすると・・・」
私「あ、思い出した ! いや、済まねえ、答えさしてくれ。観測した瞬間に波の状態にあった電子なんかが瞬時に粒の存在に変化して、白黒の縞が消える現象だ」
田所「正解だ。さて、いよいよ『遅延選択の実験』だ」
私「ちょ、ちょっと田所済まねえ。正解と言ってもらったのに、ウソついてたみてえで悪いけどさ、そのお、観測するってのは、どういう装置を使ってやるんだ ? 」
田所「うむ。確かにそういう疑問は出るよな。何しろ相手は光子や電子だ。ダブル・スリットはあくまで二つ開いたままでないと、光子や電子は干渉縞は作らないのだ。なお最近では実験に電子を使うことが多いが、つまり観測というのは、精密な測定器でスリットのいずれを通過するのか、その経路を測定しようというものなのだが、『観測』しようとした瞬間に電子は経路を乱して、つまり波束の収縮を起こして、干渉縞を作らないのだ。これでだいたいいいか ? 」
私「改めて不思議な現象だということがわかったよ。ううむ・・・ ! 」
田所「では遅延選択の実験に移っていいか ? 」
私「あ、済まねえ、頼む」
田所「ここでオヤジを引き合いに出すのはいささか忸怩(じくじ)たるものがあるが、科学の世界では、仮説が先、実験実証があと、という順序が常識のようになっている。物理学も例外ではない。ヴェーゲナーの大陸移動説をオヤジが引き合いに出したように、オヤジ自身もまた、日本列島は海没の危険ありと、唱えた。これはあるSF小説が、さも近未来に起こるべしとの内容に仕立てたから、オヤジは人騒がせな異端の学者のレッテルを貼られたが、日本列島はプレートに翻弄される危なっかしい島であることに間違いはない」
私「その通りだ。オヤジさんは中長期的に列島構造の陸地のもろさを訴えてくれたんだ。第一地震に代表される大規模災害対策が急に本格化したのも、オヤジさんの警告と刺激のおかげだと俺は思っているぞ」
田所「そこまで言われるとさすがに面映いが・・・。いや、済まぬ。そこで『遅延選択の実験』だが、これはアメリカの理論物理学者ジョン・ウィラーが指摘した実験理論だ」
私「ということは、実際にあとで実験によって証明されたってことか ? 」
田所「その通り」
私「あ、済まねえ。実験内容も聞かねえうちから口はさんじまって・・」
田所「村松も乗って来たな。ではどんな実験かを、かいつまんで話す。
この実験はその名の『遅延選択』にある通り、粒子がスクリーンに到達したあとからでも、その粒子の運動が波だったか粒子だったかを選択、決定出来るという画期的かつ不思議な結果をもたらした実験だ」
私は興味はぞくぞくするほどあったにもかかわらず、そろそろ頭の中を整理出来なくなりつつあった。
田所は目ざとい奴なのは言うまでもないことだった。私に軽い視線を送るようにして、顔色を見ているようだった。
田所「村松、粒子がスクリーンに到達したあとからでも、その運動を選択出来るというのは、くだいて言うと、あとから振り返ってでも、決定出来るということだ。この表現はどうだ ? 」
私「振り返る・・・かぁ。要するにスクリーンから振り向くんだな」
田所「イヤな予感がして来た」
私「何んか昔、そんな懐かしい言葉があったなぁ・・・」
田所「やっぱりか、お前の懐かしがりも、筋金入りか・・・」
私「おおっ ! ザ・ピーナッツの『振り向かないで』だ。
♪ 振り向かなはははいいでー、うおうおうおうおう、振り向かなははははは、なははははは・・・」
田所「おい村松、そのへんにしろ」
私「これ紅白歌合戦で歌ったんだよな。でも司会のセリフはイマイチだったなぁ。あれはええーと・・・」
田所「しつこいヤツだ、森光子(もり・みつこ)だよ ! 昭和37年の大みそかだ」
私は田所の顔を改めてまじまじと見た。
田所「な、何んだ。気味が悪いな」
私「お前の頭はいったいどうなってるんだ ! ? 『私の名はエイトマン』みてえに、記憶装置でも入ってるんじゃねえのか・・・。田所よ」
田所「何んだ」
私「ことのついでに聞くがよ、その紅白は第何回だ ? 」
田所「昭和37年だから第13回だ」
私「ううむ、お前はやっぱり天才だ。でよ、田所、どうやって覚え続けていられるんだよ・・・」
田所「そろそろ遅延選択実験に戻らないか」
私「ううむ。惜しいが言うことをきくか。それにしても田所と紅白、特に森光子ってのは・・・『こうし』も『みつこ』も漢字が同じってこと以外、結びつかねえ。ううむ、こりゃあ、やっぱりゴジラかもしんねえ」
田所「おい、世代限定局地的ギャグもそのへんにしろ」
私「よし来た。続きを頼む」
田所「それで、スクリーン到達後に振り返るというのは無論、人間が後ろを向いて見るわけではないのは当然で、これは精密な測定器が行なう。ウィラーの実験理論を実際の実験で立証したのはメリーランド大学のキャロル・アレィだが、ドイツのミュンヘン大学でも全く独自に行なって、完全にウィラーの指摘した通りの結果を出している。それからこの実験では光子が使われた」
田所の顔つきが険しくなったように見えたが、こののちの話がそれこそ立証した。
田所「光子の運動の検出装置は二種類に分けて設定され、実験が行なわれた。一つは光子の粒子性を観測するもの、もう一つは波動性を観測するものだが、いずれの場合も、光子のスクリーン到達後、装置を通して『振り返る』ことで、光子を粒子として見て、どちらのスリットを通ったかを、あとからさかのぼって決定出来たし、また反対に『振り返らない』つまり観測しないことによって、光子が波動としてふるまっていたことをあとから、つまり遅れて実験者の意志で選択し決定出来たのだ」
ここでまたもや田所は私の顔つきを見ていた。
私「済まねえ・・・というより情けねえ。田所、この実験のどこが画期的なのか・・・俺にはわかんねえ」
田所「村松、卑屈になる必要もあせる必要もないぞ。ここはかなり難解なところなのだ。こう言っては悪いが、たとえ大学を出てると言っても、おそらく文系だけで通って来た特に女子たちの多くは理解出来まい。村松は理解能力がある。今は、理解に達する直前にいるはずだ」
なぐさめにしか聞こえなかったが、私はかつて理解不能な高校数学の単元を使いこなせるようにするために、自己流のある感覚で捕えようとして、果たして何とか使えるようになったことを思い出していた。だが今ここで、つまり遅延選択の実験の理解に役立つとは思えなかった。
田所「村松。今までの実験はすべて粒子がスクリーンに到達しないうちに、その運動を観測しようとして、『波束の収縮』のせいで、言わば粒子の運動の確認に失敗していた。
ところがこの遅延選択の実験は、とにかく光子をスクリーンに到達させてしまう。つまりそのあいだ、検出装置による観測を行なわずに待つのだ。光子がスクリーンに到達した瞬間は、光子は実験者の観測が行なわれていないから、・・・これも変な言い方だが、光子は安心して、本来の粒子性、波動性を併せ持つ運動を行なうが、光子自身、いずれの運動性を持つのか決まらないから、あとからの実験者の意志任せということになる」
少しわかりやすいと思った。だが口をはさむと、もろくも脳中にようやく組み立てかけた理論のまとまりが崩れてしまいそうな気がしたので、だまって田所の説明を聞き続けた。
田所「光子がスクリーンに到達したあとで、実験者が装置で観測しようという意志を持って観測すると、粒子、波動いずれかが決まっていなかった光子たちは、とたんに『粒子』の性質を表わすしかなくなる。
ここにわずかではあるが、過去と現在との時間差を生ずる。
観測はたった今、つまり現在行なわれたばかりだ。それに対して光子はわずかに過去にスクリーンに到達していることになる。検出装置によって、光子は粒子の性質を表わすと共に、スリットをくぐり抜ける前に、どちらのスリットを通ったかを観測されてしまう。
つまり、実験者の観測しようという意識と選択が、過去の光子の運動を決定したことになるというわけだ。無論測定器で振り返らないことにより、光子がスリットをくぐり抜ける前に波としてふるまったまま、スクリーンに干渉縞を残す結果についても、過去にさかのぼって選択、決定出来るわけだ」
私「ああ、少し・・・わかったような気がしかかって来た。今まで観測しようとした瞬間に、光子に察知されていた実験者が、光子の運動を先読みしようとするのでなくて、逆にあとから観測することで、波と粒の光子の運動性のいずれを見るかを選んで、同時に粒か波かも決まるから、光子は遅れて観測した人間の意識で、先んじたはずの運動を選択され決められたっていうわけ・・・でいいのか ? 」
田所「その通り ! さえているぞ村松。今のひとことひとことが、理解したかどうかを物語っている。ゴマカシは利かぬから、説明したほうにはわかる。お前は『遅延選択の実験』を確かに理解したぞ」
私「田所、そのわずかに遅れて選択、決定したっていう時間はどのくらいあとになるんだ ? 」
田所「十億分の何秒という、一瞬とも言えぬ極端な短時間だ」
私「たったそれだけの時間差なのに、もう実験者の意識は、光子の過去の運動っていうか、存在状況を、何て言うのか・・・」
田所「そう、その通り、実験者の意識が過去の粒子の存在に影響を与える結果が導かれたのだ。村松、人間は量子論の世界にじょうずに入ってゆけば、過去を己れの許へ引き寄せることが出来るのだ ! 」
私「じゃ、じゃあ田所、ここから時空理論へつなげることが出来たってわけか ! ? 」
田所「その通り ! もはや言うことなし。村松は量子論から時空理論へ見事に思考を移すことに成功したな」
田所は拙い理解力の私を称えてくれたが、彼には無礼かも知れないことながら、私はこうも思った。
田所とて変わり者の学者ではあるものの、所詮は人の子。殊に日常のさもない雑談の雰囲気の中で、まことお堅い『量子論』などに真剣に耳を傾ける旧知の者はほとんどおるまい。
その中で、児童、生徒時代に全くうだつが上がらず目立たず、さえない少年、若者に過ぎなかった私が、現段階で最も彼を理解する男として存在する。
これにまんざらでもない気持ちとなり、持説、持論の展開を快く、また心行くまで講義、解説出来る快感を覚えているのではないかと思ったのだ。
田所「さてと、長々としゃべり続けて済まなかった。よくぞ聞き通してくれた。礼を言うぞ、村松」
私「なんの、俺こそお前の秘蔵の理論を教えてもらえるんだから、礼を言うなら俺のほうだぜ。ところで、きょうはごほうびの昔の動物か何んかを呼ぶってことは・・・」
田所「ん ? 何んか言ったか・・・」
話の途中で田所は帰りじたくなのかどうか、何やらまた目新しいタイプの小型の機械を取り出していた。
私は「何んでもない」と打ち消して遠慮した。
田所「時々キザなパフォーマンスばかり見せて、イヤミったらしく映ったら許せ。何しろ信じられぬ現象ばかり見せて来たからな。実は今回もここから失敬する。村松、俺はきょうは自家用車で来たのではないのだ。ま、ゆっくり見ていてくれ」
カチッと軽くスイッチを操作するような音がした。
思わず私は田所の姿に釘付けになった。
次第に田所の姿のうしろの景色が、つまり教室の様子が透けて見えて来た。
田所「村松、ではまた会おう。今回ここから姿を消すが、詳しい話は又の機会ということで許してくれ・・・」
田所の姿は、あいさつを言い終わる頃には完全に消えていた。前方の視界に教室の風景だけがあった。
―その4了、
序章第2節その5
へつづく―
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