恐竜境に果てぬ第1章第1節その3

「恐竜境に果てぬ」第1章『先史時代』第1節・恐竜境へ出発その3「恐竜境に立つ」

本作、マシン出発シーン描写は、時間経過の順をたどらなかった。
時間旅行テーマだからなどとダジャレめいて繕うつもりはないが、確かに創作というものは、時間順序如き、あっさりひっくり返せる。

ここで改めてタイムマシン出発からの航行過程を順序だてて簡単にまとめてみると、本来なら以下の描写となる。
まず現代の世界から発進、当然ながら過去へとさかのぼり始める。
昭和30年代にしばし立ち寄ったあと、猛然と加速、新生代というほ乳類の時代を、各時代の代表的動物をフロント・スクリーンに見ながら更に航行。

このあと、中生代末期の恐竜大量絶滅の時代をも通過し、遂に目的地に着く。航行過程はこのようになるはずのところ、本作ではこれを飛ばして、目的地へと一気に進み、ここでマシン航行停止、この時、二人の眼前に、巨岩がたちふさがり、更に一瞬にして巨岩が消失するアクシデントに遭遇。

田所が出発準備を告げに訪れて、あわただしく去ったあと、この巨岩のシーンにいきなり話を飛ばし、到着早々の第一のアクシデントを強調したから、話は新生代を後回しにし、いきなり白亜紀末期へと、妙なつなげかたとなった。
ここで改めて、新生代通過後から中生代白亜紀末期へとマシンが航行する場面に話を戻してつづってみる。

タイムマシンは今や田所の慎重な操縦操作だけを我々の生命保証の頼りとし、航行安定を期するため再び減速して、いよいよ中生代白亜紀末期へと進んでいた。
発進まもなく田所が気をつかってくれた異空間画面処理による、航行感覚鮮明なカラーのトンネルが続いていた。だが最前までずっと目を楽しませてくれた前世紀の絶滅動物の画面は中断していた。

田所「村松、退屈だろうが我慢してくれ。俺の座標計測によると、ほどなく巨大隕石落下後の地球環境一変の天災地変の世界に入り、時間逆行して、その前の隕石落下直後の大爆発のただ中を航行し、さらに落下以前の白亜紀末期の地球へと進んでゆく」
田所の説明は前回描写の如く、時に詳細を極めたが、同じセリフの繰り返しはなるべく避ける。「第1節その3」の物語の流れとして、ある意味で新しい構成をとる。

ここで田所は再び『白亜紀末期』という言葉を使ったが、正確には大隕石落下の直前の時代という意味ではない。
田所は、「言い忘れた。目的の時代は、中生代白亜紀末期には違いないが、かなり乱暴な数値表現で言うなら、およそ8000万年前だ」と付け加えた。
田所の到着目的の時代を聞いて、かなりホッとした。私の予感は当たったということになるが、田所がマシン航行速度を落とし、慎重な操縦操作を要すると言った時から、目的の時代がいつごろなのか、やや不安になってもいた。

だが「約8000万年前」と話してくれた言葉に、最前の不安は薄れた。
しかもひとこと話してくれたおかげで、私のそれまでの様々な疑問が吹き飛んだ気がした。私の目下の関心事は、田所の胸中にあるはずの『陰謀団』への対策など、複雑な事柄ではなかった。現に田所も細部にまで言及していない。田所の本来の目的は、実は私の与(あずか)り知らぬ事柄にこそあるのかも知れない。そんな漠たる予想くらいは私にも出来たが、たとえ仮想敵を立てたとしても、舞台が有史前の世界である。

田所の計画に優先順位をつけるなら、まず以て、この異世界の様子をさぐり、環境に慣れることが最優先とも言えるだろう。私たちはタイムマシンに乗って『恐竜時代旅行』に向かって胸ときめかせているだけではないのだが、今回の行動をごく単純に『冒険』と呼ぶにしても、この冒険は、絶滅した巨大獣ひしめく魔境を旅することでもあり、落命の危険が絶えず待ち受ける世界の探検である。
ともかく、私は田所の指示に従い、彼のパートナーとして行動すべしと、己に言い聞かせて臨む覚悟だった。

・・・・・・・・・・

田所「これまで俺たちが何らかの形で目にした天変地異の中で、最大の全地球規模の大災厄と言える『大量絶滅』の凄絶な光景をかなりゆっくり目撃することが出来る。無論、時間逆行しているから、フィルムの逆回転のように映る。先刻俺はそう言ったな。フフフ、これを操縦操作して、このわずかな間だけ、マシンを時間順序に航行させて、白亜紀の大異変をスクリーンに映してみるつもりだ。つまり束の間、時間旅行でなく宇宙旅行だ。村松、思い切って冒険してみるか。ただし、恐竜世界の冒険に踏み込む前に、この映像を呼び込む冒険で、俺たちの旅は早くも終わってしまう危険性も大であるがな」

私はただちに警告めいた反論をした。
私「田所、俺はこの冒険に命をかけるとは言ったけど、目的の恐竜時代に着く前に、そんな危険を冒すのだけは考えたほうがよくねえか ! ? 」
田所「ハハハ、済まぬ。ウソだ。マシン車体と、もちろん俺たちの身体の安全を必ず確保したうえで実行する。いや、悪い冗談を言った」
私「ホントに悪い冗談だぞ。俺は同行する意志は固いけど、何しろほとんど無知に近いんだからな、少しは脳みそゼロのヤツの身にもなってくれ」

田所「いや済まぬ。もう一度説明しておこう。大異変時期を確認したのち、時間を下って宇宙空間から、この一大パノラマを見ることにする。そののち、再びマシン航行を時間逆行に戻して、いよいよ目的地に向かう」
私「なあ田所、俺はフィルムの逆回しみたいにビデオを見るってのだけでもいいんだけどよ」
田所「村松、気持ちはわかるが、どうか俺に任せてくれ。それに、これも俺の研究記録の一つとなるものだ」

ここまで言われては返す言葉がなかった。田所は物見遊山の気持ちで今回の時間旅行に踏み切ったわけではない、田所自身も、この冒険に入念な計画と準備を繰り返して、私以上に真剣に臨む覚悟である。
その田所が私という、ごく普通の知力と、水準をいささか上回る格闘の腕を持つだけの旧知の者を時間旅行のパートナーとして選び、同行価値を認めていることも、彼の言わば選考基準にいくらか適合したことも確かだとは思う。

しかしまた、彼は『田所』という強烈独自の存在として生活行動をする人間でもあった。
目の前の相手に必要以上に気遣いをしたり、会話に言葉を選んだりする性質ではない。
ともかく私はパートナーとなって、ここまで来た。もはや腹をくくるしかなかった。

田所は無言でマシンの操縦に取り組んでいた。
突然、フロント・スクリーンが真っ暗になった。それまで航行感覚を与え続けたカラーのトンネル画像が消え、マシン車内は操縦操作に必要な非常灯が点(つ)いたようなぼんやりした光が満たしていた。どれくらい待てばスクリーンに景色が戻るかと思ったのは束の間だった。

次の瞬間、フロント・スクリーンに新たな光景が映った。それは見慣れたというべきかやや見慣れぬというべきか、しかし一目でそれが何であるかがわかる一つの天体の姿だった。
中生代白亜紀末期の地球が目の前にあった。私が予想したよりかなり近くに見えたから、漆黒の闇にまたたく満天の星を見ることは出来なかった。
この時代の大陸の様子もわからない距離に、マシンは浮かんでいたことになる。
球体の地球のカーブの四分の一ほども映さぬ大画面には、海面らしき青さと大量の雲に覆われた地球表面のごく一部を確認するのみだった。

田所「あと5分もしないうちに例の巨大隕石が突っ込んで来る。今からでは俺の説明も間に合わぬほどだろう。ただ、この角度だと速度の割には、衝突までの隕石と地球表面の衝撃の様子が見て取れる。そのあと、マシンを移動させて、衝突直後の光景を出来るだけ映してみる」

田所の話は30秒もかからない簡潔なものだったはずだが、視界に飛び込んで来る代物が尋常なものではない。数分という時間はこの時はさらに短く進んでいる気がした。
田所の説明からほどなく、スクリーン左上に岩の塊が見えたと思った時は、みるみる大きさを増し、地球の上に乗ったと見た瞬間、岩の周囲がオレンジ色に燃え出した。この時既に隕石は、地表に激突していた。

時間にして数秒ほどの長さはあっただろうか、私にも目視が容易な、隕石衝突の光景だった。田所は隕石が画面左後方から地球に接近して来るアングルを選んでマシン位置を決めたことがわかった。
転瞬に画面が変化した。いや、実はマシンが空間移動したとわかったのは、田所が画面に視線を固定したまま説明したからだった。

隕石とマシン挿絵用.jpg

隕石衝突後の地上に炎の輪が真円の中心を保って、幾何学的な円形を乱すことなく、その面積を広げていた。高速度の衝撃波と爆風が、炎を巻き込んで拡大しているようにも見えたが、私は凄絶な光景に目を奪われていた。
ここで田所が何かの機器を操作したのか、カチッという軽い音がした。
田所「よし、5つの大量絶滅の最後を確かに記録した。しかし、哀れというべきかどうかはわからぬが、中生代最後の繁栄をほしいままにした恐竜たちも、この一瞬で痛いも熱いもわからぬまま、ほとんど死に絶えた。我々人間が束になってかかってもかなわぬ強大なT-レックスも、この一つの隕石で絶命したわけだ」

私は隕石衝突後の爆風が起こすのか、高温の紅蓮の炎がさらにきれいな円形の輪を拡大させ続けて、どこまで地表を覆い尽くすのか、一つの巨大隕石が起こすエネルギーの凄まじさを思いながら、じっと眼下の大災害の広がりを見つめ続けていた。

大異変の地表風景をじっと凝視する私に田所は声をかけた。
田所「村松、余りの凄さに、立ち去りがたくなったか・・」
私「想像というのはたいしたものじゃねえ。俺はこれだけの凄まじい破壊を見てたら、これじゃあ確かに恐竜は絶滅するってのが納得出来る」
田所「そうか。村松の考えを一考に値するものとして尊重しておこう。ただな、この隕石落下による被害は地殻変動も起こしたが、あくまで局地的なものだ。
地球環境を悪化させたのは、この時の大規模火災などが噴き上げた塵(ちり)や煤(すす)が地球全土を覆って、太陽光線をふさぎ、寒冷化を起こしたことだ。
気温低下だけでなく、太陽光の遮断で一時ほとんど地表は暗闇となった。

この寒冷化と暗黒化が約10年続いて、白亜紀までの温暖な気候が激変した。
それでも俺はこの大量絶滅を、次の新生代への進化と結びつける理論とは別に考えるべきだと思っている。
大量絶滅は確かな事実だとしても、その後なぜ新しいほ乳類繁栄の時代が訪れるのか、確固たる理論・仮説は聞いたことがない。進化論者はふたことめには進化が起きたと言うが、それでは説得力に欠ける」

田所の理路整然、極めて冷静にして歯切れの良い力強い説明・疑義を訴える語り口に、私は圧倒され始めていた。彼はさらに続けた。
田所「余り理屈っぽい話は避けたかったのだが、今回の大異変を、地質時代的には、『K-T境界事件』と呼ぶ。アルファベットはそれぞれ中生代白亜紀・新生代第三紀の頭文字だ。

この一つ前の大量絶滅は、古生代と中生代を分ける『P-T境界事件』というが、このほうが、今回よりさらに大規模な大量絶滅として知られている。だが、隕石衝突のような痕跡はなく、未だ学界論争の的の一つとなっている。もう少し細かくみると、同じ中生代でも、ジュラ紀と白亜紀を分ける大量絶滅は起きておらず、絶滅と進化はゆるやかに起きたものとみられている。ここにも進化自体への疑義がある」

この進化への疑問については田所から詳しい説明を受けて来た私が、珍しく言葉を継いだ。
私「そうだったな。進化ではなく、単に古代生物の交代があったっていうことだったな」
田所「そうだ。進化は主として生物体に突然変異が起きたことが原因と言われているが、今日の医学的事実をみても、突然変異を起こす細胞変異は、ほとんどDNA損傷によって生体細胞を破壊する方向に働くことに注目すべきだ」

田所はこの大異変パノラマの世界にまるで慣れているかのように、一定の関心度を見せ、それに伴うごく短い説明を語ったと見た時は、早、次の操作に移ったようだった。果たして。
田所「いよいよ俺たちの第一の目的地、白亜紀末期の地上へ向かう。なお、目的地への無事な到着を最優先させて、例のスクリーン画面は、簡単なカラーのトンネルにする。今度こそ時間はかからないから、しばし退屈な画面で我慢してくれ」

大量絶滅の画面に圧倒されたせいか、目的地点への緊張感はなかった。田所の手慣れた操縦操作の動きと、装置・計器類をにらむような表情だけは真剣だった。スイッチを手早く指で切り替えるカチッという音が何回か聞こえたと思うころ、田所が「マシン停止、目的地に到着」と告げた。とたんにフロント・スクリーンがまた真っ暗になった。
この時になってようやく、私は田所に問うべき疑問に気づいたが、タイムマシンが無事に目的地に着いた今となっては問うべくもなかった。

田所は「スクリーンに外の映像を映す」と告げた。スイッチの音がしたと思った瞬間、スクリーンが明るくなった。ところが。
田所「な、何んだ、あれは ! ?」
それまで余裕さえ見せてマシンを操縦していた彼が、にわかに動揺を見せ始めたので、むしろ私は彼のこれまでにないあわてように、何事かと驚いた。
スクリーン操作に誤作動でもあったのかと、私はようやくつい今しがた、田所に訊こうと思った疑問を思い出した。

私「さっき大異変のただ中を航行するって聞いた覚えがあるけど、その影響か ? 」
こう問いかけた私も、田所のあわてぶりを、スクリーン映像の誤作動のせいかと決めつけかけていたから、的確な質問ではないと思えた。とにかく田所のあわてようが尋常でなかった。
田所「おかしい・・ ! ? マシンにはどこにも異常はない。到着地点も予定通りのはずだ。いったい何が起きたんだ ! ? 」
それはこっちのセリフだと言いたかった。が、田所は再びマシンの計器類のチェックにかかったようだから、しばらく黙っていた。

田所「おかしい。何度確かめてもマシンに異常はない・・ ! 」
私「なあ田所、いったい何が起きたのか、うんとかすんとかぐらい言ってくれよ」
田所「うん・・・」
私「何んだよ、つまらねえダジャレなんか言ってねえでさ」

田所「うるさい ! 再点検の真っ最中だ。黙っててくれ」
私「あ、そうかい。それは悪うござんしたよ」
田所「おい村松 ! 」
私は思わずドキッとした。たとえ私に格闘の心得がいくらかあるとは言っても、田所を相手に憎悪むき出しのケンカをしているわけでもない。
それに田所の特異な性格の一端を知る一人でもあるから、彼がつむじを曲げるのを恐れてもいた。

私「ああ、だから何んだよ ? 」
これでも精一杯皮肉を込めて返したいのを抑えたつもりだった。
田所「何を一人でむくれているのだ ? まあいい。マシンは正常に機能している」
自分で言うのも妙だが、私のようにある程度の格闘技を体得すると、相手との言葉のやり取りにも余裕が出来る。感情を制御して、相手の言い分に耳を傾ける余裕が身につくのだ。

私は「だから、そいつは良うござんしたね」と茶化したいのを抑えて、言葉を変えた。
私「田所、もしかして、目の前のでかい岩がマズいのか ? 」
田所「当然だろ ! こんな視界の悪い場所に到着の予定ではなかったのだ」
田所の言葉に激昂したような感情を聞き取ったが、私はそれでも気持ちを抑えていた。
私「すると田所、予定地点は・・」
田所「比較的樹木もまばらで、広々とした平地のはずだったのだが・・・」

私はここでやや口を滑らせた。ただし、悪意ではなく、私の無知も手伝ったが。
私「岩の向こうに割と高い木が見えるけど・・」
田所「あんなのは現代世界の灌木(かんぼく)に過ぎぬ。この世界には、ブラキオサウルスやスーパーサウルス級の巨大龍脚(りゅうきゃく)類がジュラ紀の絶滅を克服して生き抜いているのだ」
私は実はブラキオサウルスは知っていたが、スーパーサウルスは知らなかった。
子供の頃聞き覚えのない恐竜はインパクトにならない。
私が「スーパー」と聞いて連想するのは「スーパー・マーケット」はやや冗談としても、正義の味方として記憶する「スーパーマン」か「スーパージャイアンツ」くらいのものだ。

田所は「屈折光撮影に切り替えて、この巨岩の高さや周囲の様子を見てみる」と言い、「高度50m程度に設定すればよかろう」と、独り言を並べるように言葉を継いだ。
田所「よし、スクリーン切り替え」
車窓の風景が一変した瞬間、田所が先ほどのように驚きの声を発した気がしたが、仰天したのはむしろ私ではなかったか。

私「おい田所、あれが巨大な岩のてっぺんか ! ? これはお前の言う敵の陰謀じゃねえのか ! ? 」
田所「うむ、考えられなくもない。だとすると、俺たちのこれまでの行動が向こう側に筒抜けだったとも言えるが、まさか、俺は逐一チェックして来たし、まだここに到着したことを気づかれてはいないはずだ。・・・ん ? 震度はたいしたことはないが地震だ」
私「おい田所、怖くなって来た。ここを離れようぜ」

田所「うむ。岩が崩れるおそれはないとは思うが・・。カメラ視線を元に戻して、スクリーンを切り替える」
田所の操作でスクリーンが一瞬真っ暗になった。その瞬間、大地を鳴動させる大音響が起こり、マシン全体が激しく揺れた。
スクリーンに映像が戻った時、目の前の巨岩が消えていた。地震らしき揺れも治まっていた。

先程までの田所の動揺を目の前につぶさに見ていたから、私は操縦桿にもたれるような姿勢でじっと動かずにいる彼の姿に視線を向けた。
田所「何んだ村松、どうかしたのか ? 」
私「どうかしたのかって、お前、これからの行動計画の練り直しでも始めたんじゃねえかと・・」
田所「何んだ、そうだったのか。いや、計画変更の予定はない。到着地点に確かに予想外のものが見えた。だがきれいさっぱり消えてくれた。そろそろ予定の行動に移ろうではないか」

私「お前、あのでかいヤツがまた襲って来る危険性を考えないのかよ」
田所「ああ、それなら敵の行動可能性によるリスクをこのマシンの装置の一つにインプットして、当面二次攻撃のおそれはないと確認した」
私「あれはホントに敵かよ ! ? この世界の未知の怪物じゃねえのかよ ? 」
田所「怪物 ? 村松、お前パニックで幻覚でも見たのか ? 」

幻覚とはずいぶん人を見下した言葉だと思ったが、私なりの推測を続けてみた。
すると田所はさらに薄笑いを浮かべて、機械の一つを操作してみせた。
フロント・スクリーンについさっき見たばかりの巨大な岩が映った。だが、私が見たものとは違っていた。

私「これがさっきのヤツか ? 俺にはこんなゴツゴツした岩には見えなかったけどな・・」
田所「ある意味でお前の言うことは正しい。これは先ほどの巨岩の記録画像ではない。俺が見た限りで最も近いイメージを巨岩の実物で映したものだ。これは柱状節理で有名な我が国の観光地でもある東尋坊だ。それならお前は何を見たというのだ ? 」

東尋坊田所主観挿絵.jpg

私「どうも形勢不利って気がして来たけど、俺が見たのは、もっと岩の縦の模様が長く筋を作って続くような感じだった」

田所「よし。サンプル画像はいくつか用意がある。お前の見た幻覚は、ひょっとしてこれか ? 」
田所が新たにスクリーンに映したのは、さすがに私もムッとする形のものだった。
私「おい田所。いくら俺がバカだからって、これはないだろ。これじゃ、まるっきりゴジラじゃねえか ! ? この現実の中生代に、架空の怪獣を見たとは思ってねえよ。文字通り俺をバカにしてるじゃねえか ! ? 」

田所「しかしお前は頂上部を映した時、未知の怪物の頭部ではないかと言っただろ。だから一番近い創作の怪獣を選んだまでだ。改めて言っておくが、中生代では全長40メートルに達する龍脚類はいたが、二足歩行で体高50メートルに達する恐竜はさすがに存在しない」
私「じゃあよ、お前の見た頂上部はどんな形なんだ ? 」
田所「ああ、これもイメージで映してみよう。ほらたとえばこんな感じに見えた」

田所の見た巨岩頂部挿絵用.jpg

私「こりゃあ、えーと・・・」
田所「トーテムポールだ。柱状節理の巨岩の頂上部がトーテムポールでは、木に竹を接いだようで、不自然と見たのだが、見た通りの画像再現はむつかしい」
私「トーテムポールねえ・・。俺にはもう少し生物的なものに見えたけどな」
田所「ではついでにゴジラの頭部を映してみようか」
私「いいよもう ! だけどまあ見事に記憶イメージが食い違ったもんだ。だけどトーテムポールってこともねえと思うけどな」
田所「俺の観察力にかなり疑問を持ったようだな」

私はつい口が滑った。
私「観察力があれば、もし絵に描いたらトーテムポールになるのかねえ・・」
田所「む ! お前、何を言うのか ! 俺の絵画能力を侮辱したな ! 」
私「何もそこまで言っちゃいねえだろ」
田所「何んの ! お前のゴジラの仮説なぞ、愚劣の極みだ。よし、画像を映すまでもない。俺がお前の脳裡に残ったものを描いてやろう」

田所は、近くのバッグから紙片とボールペンを取り出し、私の目には決めようがないながら、何やら刃をひらいたハサミに無駄な飾りをつけたか、ひいき目に見てせいぜいニワトリがクチバシをあけた横顔のような稚拙な絵を、ほとんど一筆書きで描いて見せた。私は思わず吹き出した。
ゴツン !
私「いてっ ! 何んだよ ! 俺は半分くらいは用心棒じゃねえのかよ ! 」
田所「用心棒なら俺を擁護し護るのが筋だろ」
私「その用心棒の頭を殴るたあ何事か ! ? 」

田所「村松、まあ余り感情的になるのは考えものだ。この話はここでは措(お)こう。俺たちはたった今、目的の白亜紀に着いたばかりだ」
こっちのセリフだと返したかったが、田所の特異な性格を慮(おもんぱか)る必要もある。それと、なぜか田所が軽く私の頭を、いや軽くもないが、ゴツンと殴ったことに、こっけいな思いも感じていた。ともかく、だいぶ前に書いた通り、田所は学校時代、幼稚園児が描いたような絵をからかわれただけで、同級生に飛びかかってコテンパンにたたきのめすことが一再ならずあった。その光景がよみがえって、おかしかったのだ。同時に私には一瞬『バリアー』という言葉が浮かび、やや違和感を覚えた。田所の軽い殴打は確かに痛かったのだ。しかしここでバリアーによる保護は機能しなかった。私はがさつなので、まあいいやとこだわりを振り払った。

田所の性格は既に承知していた。彼は一通り主張すると、ほぼ一瞬後には、その時の気分次第で、上機嫌にも不機嫌にも見える顔つきとなる。
これは私には救いでもあったが、実際の彼の機嫌の良い悪いの区別はつかない。
ともかく、彼にとって必要な次の行動・言動に移るのが常だった。
案の定、田所は最前までの口論を忘れたかのように、私のほうを向いて言った。

田所「村松、随分待たせたな。いよいよ白亜紀の地に降り立つぞ」
言うが早いか、ワイシャツからジーンズに着替え、田所は座席を離れた。私も行動にかけては、決してのろいほうではない。
ハッチに通ずるごく簡素な鉄梯子を昇っていた。そして、ハッチから一気に探検車の屋根に飛び出て、腰を落ち着けていた。田所はゆっくりハッチを開けたところだった。ここで私はハッとした。

探検車を出る挿絵用.jpg

私「田所、俺の今の出方は不用意だったかな ? 」
田所「そんなことはないが、出たとたんに恐竜にでも襲われると思ったか ? 」
私「お前のほうが未知の世界への用心が確かだと思ったんだ」
田所「ナニ、時に迅速も肝要だ。さ、村松、記念すべきと言えるかどうか、ともかく恐竜境への第一歩を踏んでくれ」

田所の配慮だった。そう言えば探検車の上で私の記念写真を撮ってくれたことがあった。この先、彼との悶着も予想されるが、存外いいコンビになる気もした。白亜紀末期は竜脚(龍脚)類のような草食恐竜が餌とした裸子植物に代わって、花を咲かせる被子植物が繁栄するようになったと言われているが、ざっと周囲を見渡す限りでは、裸子植物も被子植物も茂って樹林を為して、原始未踏の風景には見えない。

それでも私は田所がごく普通にハッチから出ようとした姿勢を見習って、ゆっくり探検車を降りようと、乗降用のわずかばかりの足がかりのところに片足を乗せかけた。その時、近くの樹林の中から、とてつもない大きさの顔が持ち上がった。

T-レックス探検車襲撃.jpg

田所「村松、中へ入れ ! 急げ ! 」
怒鳴るような田所の言葉を耳にしたと思った時は、既に私はハッチを閉めて、ほとんど鉄梯子を使わずに飛び降りていた。二人ともほぼ同時に座席についた。
田所「T-レックスだ。幸い、樹木がヤツの進路をいくらか阻んでいる。この状態がいつまで続くかわからんが、ともかく走ってみる」
言いながら田所は探検車を急発進させて加速していた。

私「肝を冷やした。いきなりティラノサウルスとはな。でも田所、バリアーで安全じゃないのかよ」
ここでも最前の疑問がよみがえった。
田所「頼むから説明はあとにしてくれ ! 」
再び田所一流の、自分勝手で相手への気遣いのカケラもない物言いになった。
さんざんバリアーの説明を受けていた私は、まだかなりノンビリしていた。

探検車を取り巻く事態は無論、のんびりしたものではなかった。田所の言った通り、樹林が一列に並んで続き、T-レックスは樹林越しに探検車を追いかけて来た。その動きを観察する余裕はなかったが、フロント・スクリーンの一部に四角い画像が映り続けていて、凶暴な面構えの恐竜は、樹林からこちら側へ出ようとしながら猛然と追って来るようにも見えた。
道が大きく右へ曲がる頃、探検車の後方にT-レックスが迫って来た。

道に出てあごを出すT-レックス挿絵用.jpg

田所「そろそろ樹木がまばらなところへ出る」
彼の口調は落ち着いているように聞こえた。最前の巨岩出現と消失の時とは明らかに違っていた。見ると、一時接近したと見えたスクリーンのT-レックスの姿が次第に遠ざかっていた。
田所が真剣な時、うかつに話しかけるのは賢明ではないと承知していたが、私は思わず問うた。
私「田所、探検車のスピードはどれくらいだ ? 」
田所「時速70キロくらいだ」答えに継ぐように彼は言った。「おお、なぜかT-レックスが画面から姿を消した。追撃をあきらめたか・・」
ほどなく探検車が急停止した。全速力に近い走行が巻き上げた砂煙が少しずつ晴れて、スクリーン一部に映る後方の逃走路の様子がわかって来た。
確かに巨大な肉食恐竜の姿はなかった。

田所「追いかけて来る気配もないな。よし、今の道を引き返してみよう。村松、一応20ミリ機銃の発射態勢でいてくれ。大丈夫か ? 」
実は私はかなりあわてたが、さんざん特訓を受けた戦闘訓練の感覚がようやくよみがえって来た。正直この発射桿を握る感触が好きだ。
私「了解 ! 機銃発射態勢っ ! 」
恐竜が踏み固めた道なのかもわからないが、これを獣道(けものみち)と呼べるとすると、探検車はT-レックスから逃れるため、草のまばらな獣道(けものみち)を猛スピードで走り、その道を今は時速数十キロくらいで引き返しているから、かなりの距離を走ったことが感じられた。

やがて進路を何かが塞いでいるのが見えて来た。探検車が今度はゆっくり停止した。進路妨害物との距離をかなり置いている。
田所「村松、戦闘態勢解除 ! 」
私「戦闘態勢解除っ ! 」
田所「エンジンをかけたまま降りてみよう」
歩を進めてすぐ、行く手を阻むものの正体が見てとれた。T-レックスが横たわって道を塞いでいた。

T-レックス死骸.jpg

私たちはどちらからともなく、一旦立ち止まった。
田所「あの猛烈な勢いで襲いかかろうとしていたのが、横たわってピクリともしない。どうも先ほどから妙なことばかり起こるな・・」
私「田所、あんまり近寄るのは危なくねえか ? お前、バリアーについても何んか気になること言ってなかったか ? 」
田所「うむ。ちょっと待ってくれ。機械で生死の確認をする」

彼はまた初めて見る小さな箱のようなものを取り出した。
田所「死んでいる。循環器系統が機能停止して、生命反応がない。近づいてみよう」
猛スピードでT-レックスの追撃から逃れて来た道は、平坦路と思った割には、ある程度の大きさの岩が散乱するでこぼこ道だった。
私「こりゃあ、本当にでけえな」
田所「うん。成長した個体は体長約13メートルかそれ以上、体重は5トンほどある。それにしても、なぜいきなり絶命したのか・・」

私「しかし、よく見ると器用な死に方してるな。こいつは、頭だけ上に向けて、くたばってやがる」
田所「そうか、お前の観察がヒントになった。村松、よく見てくれ。こいつは半身地面に埋まっている。もし先ほどの巨岩のような何かに押しつぶされたのだとしたら、こいつは断末魔の力で必死にもがいて顔を上げたところを、とどめのように上からの相当な力で、身体半分を地面にめり込まされたようだ」
私「そうかぁ。死んでも頭を上げて天をにらむ根性ってわけじゃねえのか。すげえ殺され方だなぁ。でも血が噴き出してねえな」
田所「このあたりの土が柔らかいのと、こいつの厚くて頑丈な皮ふのせいかも知れない。とは言っても、物凄い質量が一気にかかっている。恐らく半身埋まった地中におびただしい出血が拡がっているだろう」

私たちはしばらくのあいだ、横たわるT-レックスの死骸を眺めていた。
やがて田所が言った。
田所「ここはほどなく、この地上最大最強の肉食恐竜の腐敗が始まり、その強烈な臭気に耐えがたくなろう。こいつの仲間が死肉を求めてやって来るおそれもある。探検車の位置を変えよう」
私たちは探検車に乗り込み、別の場所に停止した。
恐竜境の第一日の始まりは、その時代の象徴とも言うべき肉食竜との劇的対面と、その意外な絶命場面の目撃となった。


―その3了、 第1章「先史時代」第2節その1 へつづく―(2015年4月25日深夜0時半ごろ更新)


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