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イースターまであと1週間。ずっと忙しかった上に、諸般の事情で1ヶ月もまえに、「エッグハント(お菓子をつめて庭にかくした色とりどりのプラスチックの卵を子供がさがすイースターの遊び)」をしてしまったので、緊張感のないレントだった。でも去年の今ごろは病気だったけど、今年は元気に忙しくできて感謝だ。今日のミサは枝の主日の特別の典礼で、新人の侍者くんはスタートをまちがえ、神父様の「もどって」という声がマイクに拾われ(笑)。1年に1回だからね。でもこうして新人君が加わってくれるのは喜ばしいことだ。ミサのあとで祝別された新しいしゅろの葉をもらった。神父様が何回も「葉っぱは十分あるからね」とおっしゃったのは、毎年なんだか我先に、という感じで葉っぱのテーブルに人がむらがるからだろう。日本ではそんな雰囲気でなく、うやうやしく一人ずつもらってたけど、ここでは縁起物みたいな感じなのか、テーブルに積んでるのを帰り際に勝手にとっていく。そして毎年みんなが去ったあとに床に葉っぱがちらばっている。今年は、そうじゃなかった。みんなお行儀よかった。どうしたんだろう?うちの壁は真っ白なので、緑の葉っぱをかざるとよくはえる。よその家に行っても壁にシュロの葉っぱがかざってあると、ふーん、ここの家もカトリックなのね、とわかる。(といってもアメリカだけで、日本でそういうのを見たことないけど。)また一年、この葉っぱとともにすごす。午後、スーパーに買い物に行ったら、イースターリリーの鉢が特売だった。1株6ドル。イースターまでまだ1週間もあるのに。これから値上がりするんだろうか?これ以下の値段のはいまだかつて見たことがないので、まあフライングだけど、はじめて自分の家用にひと鉢買ってみた。つぼみばっかりの選んで。つぼみ8つで6ドルって、お得だ。このつぼみを眺めて、イースターの心の準備をすることにしよう。
2010.03.29
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ひろりんさんのご要望にお応えして、うちの教会にあった上記タイトルの冊子の紹介です。(実はこの冊子はうちの教会オリジナルではなく、アメリカの全国版のようです。13人の子のお母さんの著書”Raising Catholic Children"からの抜粋。)なお、伝統的なカトリック教会には、泣き叫ぶ子どもを一時的に退避させる「泣き部屋」はあっても、ずっととどまってそこで礼拝することを念頭においた母子室はなく(これは、子どももいっしょにミサにあずかるべきだ、という考えからだと思います)、また子ども主体の礼拝もあまり日常的でないので、親が子どもをいっしょに連れていかなければ、子どもは日曜日に教会にまったく行かないことになる、ということを念頭においてお読みください。===まず、忘れてはならないのは、1.子どもも祈り礼拝する必要がある。子どもは教会に所属していて、そこで親や他の人たちを模倣していくのだ。幼いうちに宗教上の習慣を身につけさせるのは、その子のなかにしっかりと根付く信仰の種をまくことである。一度教会をはなれて戻ってきた大人たちのほとんどは、子どもの頃の健全な宗教教育の良い思い出が、結局彼らを立ち返らせた、と言っている。2.日曜日に教会に行くことは、神の栄光をたたえ神の掟を守ることである。子どもを教会につれていく、というのは親が子どもに示せる最高の手本である。もちろん、泣き叫ぶ子どもにストレスをため、ぜんぜん「キリストの神秘的な体」どころじゃない日曜日も時にはあるが、それもまた、私達の努力と忠実な証に対して神が祝福してくださる時である。<でかける前に>1.準備をおこたりなく。哺乳瓶、お気に入り、替えのおむつ、おしゃぶりなどを持って行く。授乳する必要があるなら、お母さんは授乳しやすい服装で。もし授乳が目障りなようなら、後ろの席か別室ですればよいが、ほとんどのお母さんは熟練していて、他人に気づかれずにすませることもできる。ごく小さい子どもには、小さいおもちゃ(散らかったり音をだしたりしないもの)を用意するのも良い。普段使わない、外出時専用のものをバッグにつめておくと便利。2.祈りの意向に我が子のことを加える。子どもでも、ミサや家族そろっての祈りででてくれば、あなたがどうして祈るのか、何のために祈っているのか、理解します。そのうち、子どものほうから祈りの意向をだしてくるようになります。3.親も子も「教会用の服」を着る。高価なものでなくてよいが、普段着にはしないもの、「日曜日は特別な日なんだ」ということを体で感じられるもの。ちょっとドレスアップするのは楽しいだけでなく、「これから教会に行くんだ」という気分がもりあがるし、神さまや教会の人々への尊敬の表現にもなる。4.しっかり朝食をとらせ、でかける直前にトイレに行かせる。子どもがぐずるのは、単に空腹のためであることが多い。教会の中でもトイレには速やかにつれていく。子どもは本当に一刻も猶予がならないことがあるし、そこは大人には判断不可能。あとでパスターが床掃除するの見たくないでしょう?!そんなくらいなら、途中で子どもをトイレに連れて行くほうがよっぽど気が楽。5.本を持って行く。子供用のミサの解説とか、お祈りの本。6.大きなおもちゃやお菓子は、他人の迷惑になるので、だめ。目障りだったり座席を汚したり、他の子が見てほしがるから。だいたい礼拝の最中に乳児でもないのにおやつを食べるのは、神妙さにかけ、良くない。週に1時間、子どもは食べずにすむ訓練をしたほうがよい。おやつを与えてだまらせようとするのは、かえって良くない習慣を子どもにつけるだけ。<教会で>1.後ろではなく、前列に座る。後ろの席で大人の背中ばっかり見ていては、わけわからず、つまらないので子どもは騒ぐが、前に座らせて何がされているかちゃんと見えれば、子どもは存外お行儀よくする。2.パスターはじめみんなに協力してもらう。子どもを連れてくるのをすすめてもらうのは、親にとってうれしい。しかし、それはみんなに我慢を強いることではない。どうしようもなくなったら、あなたは子どもをつれださなければならない。そして主があなたの善意をわかってくださると信じよう。ぜんぜん礼拝した気になれない時でも、神はあなたの努力を祝福してくださる。3.お行儀よくすることを子どもに期待する。子どもは早いうちに、お行儀よくしなければならない時があるとわかる必要があるし、これはよい訓練になる。子どもは好きなひとを喜ばせ、まねしようとするものだから、これはそんなに大変なことではない。ときには退場しなければならなくなる時もあるが、それで帰ってしまうのではなく、ちょっと一回りして気分転換すれば、機嫌がなおって席に戻れることも多い。4.子どもにはあくまで(良い子にするように)試みさせる。でも、完璧をもとめない。忍耐づよく、根気よく。子どもが教会に慣れるまでに、だいたい2−3週間から2−3月かかる。5.子どもに「参加」させる。弟や妹の洗礼式とか、枝の主日の枝を持たせるとか、イースターのろうそくを持たせるとか、時々教会のろうそくをともさせるとか、そういうことで、子どもは礼拝に参加した実感を持つ。6.「主の日」を特別なものにする。日曜日に楽しいことをする。たとえば、教会のあと、おじいちゃん、おばあちゃんや知人を訪問するとか、動物園に行くとか。こうすることによって、子どもは日曜日を楽しみに待つようになる。7.教会には家族そろって行こう。可能なかぎり、日曜日は他の何よりも、家族そろって教会に行くことを優先させよう。8.特別な行事や事情がないかぎり、子どもだけで教会に行かせない。9.最後に。どんなに準備しても祈っても、時には子どもが泣いたりわめいたりすることもある。一方で、多くの子どもたちが、いじめられたり捨てられたり中絶されたりしているのが現代である。教会で時おり聞こえる幼児の泣き声は、こうした恵まれない子どもたちの声なき声、そしてその子たちのために祈ることを私達に思い出させてくれる、と考えることもできるのではないだろうか?
2009.10.01
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