今ここが幸せ!

今ここが幸せ!

PR

×

カレンダー

プロフィール

さんたひかる

さんたひかる

コメント新着

けんけん@ Re:ニセモノお餅に気をつけて!(12/21) なかなか勉強になり興味深い話でした!\(…
背番号のないエース0829 @ Re:初夢~面白い夢(01/01) 今回こちらのtitleです。 もしよろしかっ…
するめ@ Re:妻が車をぶつけた!(02/09) 自分を守るためには有効でしょう。 相手の…
1016@ Re:キーのはめ方(09/20) キーボードの間にゴミが入ってしまったの…
wing-space @ Re[1]:クロスバイクを買いました(08/26) アヌビスさん >いつも楽しみに記事拝見し…

バックナンバー

May , 2026
Apr , 2026
Mar , 2026
Feb , 2026
Jan , 2026

キーワードサーチ

▼キーワード検索

Feb 22, 2006
XML
 「囚われてはいけないに囚われる」「すべきをなくすべき」というパラドックスが生じるのは、基準のぶれにあります。

 「~すべき」「こうあるべき」「~せねばならない」理由は、それが正しいからです。

 正しくないことを「すべき」ではありませんよね。

 そして、「正しいということは、目的という基準に適っている」ということです。
(道理や法も目的基準のひとつ)
(目的と目標と手段という細かい部分の説明はここでは省きます)


 目的を持ち、それを達成しようとしたら、そのためには「○○すべき」が生じるが当然なのです。

 たとえば、


 ところが、
『今度のテストは100点』という目的を持ったのが母親で、テストを受けるのが子供の場合、
勉強をすべきなのは『今度のテストは100点』と思っていない子供である、
というズレが生じます。

 そのような目的のないところに本来なら生じない「すべき」を押し付けることが、うまくいかない「すべき」なのです。
「すべきはなくすべき」なのは、このような「すべき」 なんですね。

 このような「すべき」は、自分を基準に見たときに二つあります。

ひとつは、上記の母親のように
1.自分の正しさを別の人に押し付けて従わせようにする場合
この場合、
あなたの心の穏やかさは、相手の気持ち、行動に振り回されることになるので、心の安らぎを得るのが難しくなります。


あなたは自分の心の平安の決定権を相手に自ら譲り渡したようなものです。

 愚かですよね。

もうひとつは、この逆です。
姑が「専業主婦なんだから、掃除、洗濯、食事くらい完璧にやらなきゃだめでしょう」と言ったときに、その言葉を自分の中に納得していなのに嫌々正しさとして取り込んで、不本意ながら従ってしまうような場合です。

2.他人の正しさを同意していないのに取り込んで、納得できないまま従ってしまうような場合です。


子供もテストで良い点を取りたいと思っていて、
『今はまだ勉強不足だから100点じゃなくても90点以上ならいいや』
という基準を設定したとします。

 自分の実力、気持ちに合わせた目標なので、
それならやる気が起きるのですが、
最初から自分が無理と感じてしまう100点という目標では、
自分の心を苦しめる「すべき」になってしまうわけです。

 このように他人の価値観や目標、目的を自分の同意なしで受け入れてしまう場合は、他人に自分の正しさや目的という基準を決める権限を与えてしまっていますから、やっぱり心の平安の決定権を相手に自ら譲り渡しているわけです。

 そのように基準としての目的がどこにあるかをはっきりさせることで、
「すべき」がはっきり見えていき、間違った「すべき」は消えていきます。

戻る


『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、
   ランキングボタン↓を押してね(^^)♪

ランキングバナー






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  Feb 22, 2006 07:37:38 AM
コメントを書く
[穏やかな心、さとり] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: