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Mar 31, 2006
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テーマ: たわごと(27633)
カテゴリ: スピリチュアル
 「私とは何か」これは哲学的な問題でもありますが、心のことを考えるときとても重要なことになります。

 たとえば、
ご飯と味噌汁という朝食を続けたきた人にとって
パンの朝食は違和感があるということもあるでしょう。

 もうその人にとって「朝食=ご飯」になっているわけです。

 実は、「私ということ」について、それと似たようなことが起きています。
『私とは、この肉体だ』と漠然と感じてしまっているのです。

 ん?違和感がありますか?『私って、この身体が私でしょ』って思いますか?

 大林宣彦監督が尾道を舞台にして作成した映画に『転校生』というのがあります。


 このタイトルが表しているようにひょんなことから男女の生徒の身体が入れ替わってしまうお話です。

 そのとき、私というものの主体となったのは、入れ替わった身体ではなく、意識の方でした。

 身体は「私の身体」という感覚で、私そのものではないんですね。

 それなのに身体と私が一体であるかのように感じてしまうので、
心の平安から遠ざかってしまうのです。

 半田光宣さんの『シリウス革命』という本には、
「意識が物質に偏っているために正しく認識できない」
というような意味のことが書かれています。

 私とは身体ではないとしたら何か?

 このとき、「私とは魂だ」と言って、
物質的な魂を想定するとしたら、


 では、心の問題を考えるとき、「私ということ」をどのように考えたらいいのか?続きます。

続く > 


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最終更新日  Mar 31, 2006 09:01:59 AM
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