自分の中の正しさというのは、自分だけの正しさなのだ、ということをしっかりと認めること。

すべての人が自分の正しさを生きていることを認めること。

そのとき、人は自然になることができます。

有難うございます。 (Jul 17, 2007 03:35:06 AM)

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Apr 3, 2006
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 仏の教えに「三毒の追放(怒らない・愚痴を言わない・妬まない)」がありますね。
実践しようと思い頑張っても、なかなか出来ない、ということがあります。

 私もDVで怒りの感情に振り回されていたとき、
怒らなかった日は、カレンダーに○をつけて、
これで連続何日怒らないですんだ、とやっていました。

 でも、でも、実は、これは表面的なことだったんですね。

 つまり、腹の中で『ムッ!』と怒りの感情が湧いても、
それを相手にぶつけない、ということでしかなかったのです。

 相手に怒りをぶつけないようにしてるから、

怒りがムカムカと渦巻いていることもありました。
とても苦しかったです。
そして、結局そのマグマはいつかは爆発してしまうんですよね。

 もちろん、我慢することにも とても大きな価値がありますが、
自分の心の穏やかさという目的からすると
腹の中で『ムッ!』と怒りの感情が湧いた時点で
穏やかさを失っています。
(正確にいえば、自然な感情であれば問題ない、それを思考が増幅させることが問題)

 感情は、

 出来事 + 基本的な考え → 感情

という関係性で生じますから、

同じような出来事が起こるたびに同じ感情が湧いてしまうのです。

 一度生じた感情を表現するか抑えるかということは
意志の力でできますが、
感情が湧き上がることを意志の力で抑えることは
できません。


対策を間違っているからです。

 怒ってしまった後、その感情を相手にぶつけるか、抑えるかの努力をしているのだけれど、
「基本的な考え方を変える」という努力をしていないのです。
努力の方向性が間違っているということです。

 細かい部分は省きますが、
「すべては相対的である(縁によって生じている)」ということを腑に落としたところから、自分の考えを作り上げ直していくと
基本的な考えが変わっていきます。

 たとえば、
『高校生が髪の毛を染めるのはけしからん!』
という考えを持っていたら、
髪を染めた高校生に会うたび『ムッ』としていなければなりません。
努力して相手に小言を言わないことはできますが、
心の中で『ムッ』としてしまうことは止められません。

でも、
『髪の毛を染めたっていいじゃないか』
という考えを手にできたら
髪を染めた高校生に会っても穏やかな心でいられます。

 自分の中の正しさというのは、
自分だけの正しさなのだ、ということをしっかりと認めること。

 すべての人が自分の正しさを生きていることを認めること。

 そのとき、人は自然になることができます。


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最終更新日  Apr 3, 2006 07:33:46 AM
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RE:怒らないということ  
manon さん
いろんな面から言い方を変えて説明してくださるので、本当に助かります。
相変わらずわたしも日常の様々な場面で怒りを押さえ込んでいましたが、改めて気づかせてくださってありがとうございました。

そう、何に対しても、何でもありなんですよね。 (Apr 7, 2006 02:26:35 PM)

Re:RE:怒らないということ(04/03)  
wing-space  さん
>いろんな面から言い方を変えて説明してくださるので、本当に助かります。

ありがとうございます。(^^)
私自身、以前に何度も同じ言葉を読んで
分かった気になっていたものです。

あるとき、『はっ!』と気づきを得て、
その言葉の真の意味を腑に落としてから
以前の自分を振り返ると、
まったくわかっていなかった、
という体験を何度もしました。

穏やかな心で怒らない(自然な感情では怒ることもある)というのは、
傍目には同じに見える行動ですが、
実は、意識がまったく変わったところからでているんですね。

それは体験していない人にとっては、
いろいろと角度、視点を変えて説明された
その先の交点に見えてくるものなのです。

>相変わらずわたしも日常の様々な場面で怒りを押さえ込んでいましたが、改めて気づかせてくださってありがとうございました。

怒りの感情までには、
二段階あります。
今度、それを説明しますね。(^^)


>そう、何に対しても、何でもありなんですよね。

絶対的な基準がないとしたら、
絶対的にダメということはないのですから、
基準を好きに取って良いのなら
何でもありということになりますね。
(Apr 7, 2006 06:36:36 PM)

Re:怒らないということ(04/03)  
トノ01  さん

Re[1]:怒らないということ(04/03)  
wing-space  さん
トノ01さん
>自分の中の正しさというのは、自分だけの正しさなのだ、ということをしっかりと認めること。

>すべての人が自分の正しさを生きていることを認めること。

自分の正しさに固執しない、
どこまでもどこまでも広い心を持つ、
それが悟りです。

>そのとき、人は自然になることができます。

 固執していたのは、
親を含む社会から刷り込まれた
社会維持に必要な「こうあるべき」なのです。

 それは不自然なものです。
それは社会ごと(地域や国や時代ごと)に
常識が違うことからも明らかです。

 そのような不自然さに固執せず
自分の目的に適うものを選択するだけ、
というスタンスを自然と言います。
(Jul 17, 2007 11:33:00 AM)

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