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Sep 28, 2007
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読者の方からのご質問にお答えします。

>幸せの概念について、幸せには二段階あるとのことでしたが、
>一、受け容れているときの心の状態
>二、否定していないときの心の状態
>その違いといいますか、
>段階(レベル)の違いが、よくつかめないでいます。

>幸せとは、
>穏やかな心の状態というのは、なんとなくわかるのですが、(すでにある愛に気づいている心の状態と考えています。)

>幸せの二段階について、

>誠に恐縮ですが、お願い申しあげます。


■ まず、愛とは、なんだと思いますか?
おそらく、あらたまってそう聞かれると
答えに詰まるのではないでしょうか?

 ヒカリズムでは、
すべてを受け容れた意識状態。

つまり、神意識そのもの。宇宙意識。ワンネス。
です。

■ 1.受け容れているときの心の状態
というのは、
これまでの概念からすると、


 この状態では、外部変化によって、
心の状態も変わることになります。

 その外部変化が必ずあるということを説明しているのが、
仏教の根本思想のひとつ「諸行無常」という言葉です。


 つまり、その状態で手にした穏やかさは、

ということです。


■ 2.否定していないときの心の状態
というのは、
説明の言葉が足りませんでしたが、
(それで理解できなかったのかもしれませんね)

{何かを受け入れて、別の何かは否定している}、

という状態ではなく、
まったく否定していない状態、
すべてを受け容れている状態です。

 この意識状態が愛です。


■ しかし、神意識は、ほぼ不可能です。
仮に100%そうなったとき、
個の意識は消滅することでしょう。

 実際に私たちの生活の中で、
それに類似する状態になるときは、
個の意識をしっかり持っているはすです。

 これまでに悟ったと言われる人も
この意識が存在していました。

 仮に、意識というものは宇宙でひとつ
(という言い方も変なのですが・・・宇宙という場(色)も意識(空)の一部だから)
だとすると、
私たちの個の意識はすべてである神意識の一部に過ぎません。

 その一部が独立して存在しているかのように感じるとしたら、
何かによって分離されていることになります。

 私たちが分離をイメージすると、
刃物で切り分ける状態をイメージしますが、
それでは、ひとつであり、同時にすべてである、
という状態ではなくなります。


■ ひとつであるのに分離のイメージ

お風呂に入浴剤を入れたとき、
一部分だけ、入浴剤の色がついて
お風呂のお湯でありながら、別のものとしても認識できますよね。
そこだけ、入浴剤が偏って多く存在しているからです。

 同じように、
意識に偏りがあると分離が生じます。

「オレだけ儲かればいい」
というのは偏った考えだということはお分かりいただけると思います。

でも、
「絶対に争いはいけない」
という観念も偏りのひとつです。

「争い、それは私ではない」
と言っているわけですから、
そこに分離があります。


■ 神との対話より
神との対話という本で神がこう語ります。

 神は何でも「受け入れる」。
存在するものを神が受け入れないはずはない。
拒否するというのは、その存在を否定することだ。
何かがいけないと言うのは、それが私の一部ではないと言うことである。
そんなことはありえない。
(P87)


■ 偏りをふたつに分類する

1.絶対視「~であるべき」「~ねばならない」
2.好み「~だったらいいな」「~だったら好きだ」

 問題は、1の状態です。
すべてを受け容れた上で、
2の状態になると、個を保ったまま悟ることができます。


■ 幸せの3段階

1.不幸とは、
今自分に起きているものを否定しているときの心の状態

 たとえば、
視力を失って、
「なんて不幸なんだ」という人もいますし、
ヘレン・ケラーのように
「障害は不便です。でも不幸ではありません」
と明確に区別できる人もいます。

 幸せになる方法、
それはただ幸せであればいい、
という言葉があります。

「バカなことをいうな」
という人もいるでしょうが、
言い換えれば、
「否定するのを止めるだけでいい」
ということです。

 ユニークな禅僧として知られる盤珪さんこと、盤珪禅師は、
「仏になろうとしようより、仏でおるが造作がのうて近道でござるわいの」
と言ったそうです。
これも同じことなんですね。
仏とは、否定をしない人だから、ただ否定を止める(仏でいる)
(起きてくることに抵抗するのを止める)
そのとたんに本来の仏が顔を出すのです。

 たとえば、
お釈迦さまは、他のものから侮辱されたとき、
それは受け取られないと受け流します。

この場合、起きてきたものに抵抗するとは、
コントロールドラマで、
自分はそんな侮辱される存在ではないことを感情的になって証明しようとすることです。
私たちは、日常的にやっていますよね。

 また、偽りの痴漢行為で非難されたときも、
受け流します。

 このように、お釈迦さまが悟りの思考、行動を身を持って示しているのに、
多くの人はそれを読み取れないでいます。


 なぜなら、自分の体験を参考に、
このとき、お釈迦さまが怒りを我慢していると
勝手に思い込んでいるからでしょう。

 見えないから、見過ごすのです。


2.禍福による幸せとは、
今自分に起きているものを受け入れているときの心の状態
(受け入れるものを手元に引き寄せているという状態)

3.悟りの穏やかさ(幸せ)とは、
絶対的に否定するものがなくなり、
好みで対応しているときの心の状態

これについて、ちょうどいいお話があります。

■ 穏やかさの中の感情
続きとして別にブログに書きます。

続く



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最終更新日  Sep 28, 2007 02:23:11 PM
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