全70件 (70件中 1-50件目)
やっぱり ここ3・4年でインドは変わりました。 大きな大きなショッピング・モールがたくさんたくさん出来上がってきておりまする。 グルガオンという場所にある(デリー郊外)ショッピング・モールは非常に大きい。一周するのも大変な散歩の距離であります。中にはヨーロッパ・日本などにあるお店が勢ぞろい。また インドオリジナルの服も売っているお店も混じっている。 フードコーナーがまた家族連れにはいい。インド料理・タイ料理・中華料理・イタリア料理などのお店から好きなものを買い 真ん中に置かれたテープルの好きな場所に座る。 ヨーロッパと同じく インドはベジ・ノンベジ料理がしっかりと分かれているから誰でもみんな楽しんで一緒に食べることができる。 その近くには屋内遊園地が設置されています。 カラフルな気球に乗ったり 上下左右に揺れるボートに乗ったり 子供を一時間遊ばせれるジャングルジムなどがあったり・・・ 近くでコーヒーでも飲みながら 子供無しのゆっくりとしたひと時も味わえます。 インドのショッピングモール・ラッシュはまだまだ続く勢い。 中のものは 日本と同様または以上に高いです。 たまにショッピング・モールに行くと やっぱり落ち着くもので 私ってインド独特の雰囲気も好きだけど 日本やヨーロッパのようなモダンな雰囲気も味わいたい。。。 体のどこかでそう訴えております。 インドという国は 進化をすぐに取り入れる国です。 段階を踏まずというか・・・ 携帯電話も3・4年前なんか見なかったのに 今ではあらゆる形・色・写真付はもちろん・音楽も編集したりして 若者たちには欠かせない必需品です。 インドではマナーというものが日本とは違うので メトロの中でも携帯電話で話すのは普通 携帯のラジオを大きな音で聴いてる人もいて・・・みんな怒っておりませぬ。 さてさて インドはどういうお姿に変わってゆくのでしょうか・・・
2009/01/04
インドでの実家はニューデリー。 住み始めて2年。 しかし10年前から知っているインドのニューデリーはここ3・4年でかなり変化している。 女の子がジーンズをはきだしたのもここ最近。 以前は サルワール・スーツという上が膝小僧まである服とそれに合わせた色合いのゆったりとしたパンツが普通の女の子の姿でした。。。 日本語教師をしている私は 学生の女の子の服装に デリーの変化を感じる。 たいがいジーンズをはいて ピッタリとしたTシャツを来て学校に来る。胸元もかなり開いていたり 大きな胸を隠さない服装がデリーの女の子の安全をも感じます。 驚いたのは インドは結婚する前は男の人と話したりするのも禁じられているようなイメージがあったけれど いえいえ・・・ すごく男の子と女の子が仲がいい。一緒にピッタリ寄り添って授業なぞ聞いているから付き合っているのかなぁ・・・と思って そっと二人の会話に耳をすませると・・・ 「彼女が怒ってて どうしたらいいんだろ・・・」と相談する男の子と単に友達である女の子。。。 メトロでも 夜9時を超えてもまだまだ女の子が遊び帰りかたくさんのおじさんや男の子に混じって楽しそうに会話しています。痴漢なんてあるけれども 日本と比較すると少ない気がする・・・ インドでのメトロではあんまり合わないし(私が単におばさんになっただけかもしれないが・・・) 女の子たちからそんな話は聞かない。 夜中遊びに行くのも デリーの女の子には普通みたい。。。 私たちの娘もそうなるのだろうか。。。 10年前 インドでバックパッカーしているときは 夜暗くなると危険だから 絶対に私は出歩かなかったし 人通りも夜は少なかったような・・・ ある意味安全になったけれども だんだん変な犯罪が増えてきているのも本当。 お金ほしさのために最近は脅すだけでなく命まで奪う犯罪が増えている。。。 インドのデリーの物価は この3・4年上がりつつある。。。 もちろんお給料もあがっているけれども 物価の上昇についていくのは なかなかしんどい。 自動車もいろいろな種類が道路を走る。量も確実に増えた。 それは 以前からお金があった人は使うチャンスがなかっただけ・・・今は市場が開放され買うチャンスが増えたから 高いものでも買うインド人。 インド人はお金持ちでございまする。。。 スズキの自動車がインドではかなり占めるけど パジェロとかアメリカ産・韓国産も走っている。もちろんインド産TATAも人気。 私は 昔からあるAMBASSADORが好き。 バックパッカーのとき 空港からのタクシーがいつもそれで 古めかしくずんぐりとした大きなタクシー。黄色と黒。しっかり閉じられたいるようないないようなドアから中に入ると こんもり高いシートがある。そこに座って窓から見る景色はなかなかインドを旅行している気分を高めてくれる。 今でも 政府関係のお偉い様用に作られている。 かわいいライトがまたいい!! インドは 不景気だといわれているけど 本当のところはどうなのかな? 物価は高くなり 土地もうーんと高くなり(もう手が届きません) 貧富の差がいっそう大きくなりました。 野菜など日常に欠かせないものも毎年毎年上がっています。 貧しい方は 日々の暮らしにもしんどい事だろうな・・・と思います。
2009/01/01
日々の通訳の仕事で一番楽しみは食堂! とてもイジマシイ私ですが いろいろなオフィスの食堂でランチを支給して頂けるのはわたしにはお給料の次に嬉しいこと!! インドでの食堂は やっぱりインド料理。毎日毎日 今日はどんなカレーが出てくるのだろうか・・・と朝からお腹をすかせている私にはワクワクさせられる。 インドでのオフィスはたいがいがベジタリアン料理。ベジタリアン・ノンベジタリアンどちらの人も安心して食べれるように。大衆でご飯を食べる際は インドではベジタリアンというのが暗黙の了解でもあります。 私も日本人ながらベジタリアンですから 特にインド料理は安心して食べれます。 しかし。。。私は大食いですので やっぱりおかわりをすることが習慣であります。 特に自分で作らず 他人様が作って下さる料理はおいしい。。。。(というか 単に料理するのがあまり好きではないから素直に感謝できるのです) 「おかわり娘」というあだ名をある会社では頂いたこともあります。 そんな私が「おいしいですよねぇ」と食べていると 「いやぁ あんたは何も言わんでも顔からして幸せそうに食べてるから・・・」と言われたこともあって 私は本当に食べることが好きなのかもしれないと自分の新たな面を見つめることができました。 オフィスの規模にもより 食堂の規模も違います。 小さいオフィスにはそれなりのアットホームな食堂があり 今日の料理についての感想を書くノートが横に置かれていたりとか今週の献立メニュー(ヒンディー語)が載っている紙が貼ってあったり。。。また おかわりもしやすく ご飯をサーブしてくれる人も私を見るとおたまを渡してくれる(自分で好きなだけつげという意味)。 一度 日本の方が インドで体調を崩し入院することに。私は入院の手続きやらお金の支払い方法 またどのルームがいいのか・・・と受付やら先生やら患者の方また上司の間を行ったり来たり・・・ 一仕事終わり オフィスに戻ると食堂の終了時間を10分ほど過ぎているでは・・・ あーお昼ごはん抜きじゃ 夕方までもたない。。。眩暈が起こるかも・・・ そうです。私は3食きっちり食べないと眩暈がすぐにしてしまう体質なのです。。。 これは仕事に差し支える!ご飯を片付けきってしまった食堂へ入り 食堂のおじさんに交渉しました。。。 「すみません。 仕事が遅く終わって 今やっと食堂に来れました。 ご飯をください」 おじさんは笑いながら 少し冷えてしまったカレーと 中から自分たちように作り置きしてたであろうチャパティー(インドのパン)をくれました。 「あの。。。すみません。。。もう少しこのカレーついでくれますか・・・私にはちょっと少なすぎますので・・・」 どんな状況でも私って お腹いっぱい食べたいのです。
2008/12/03
ひさびさの日記。 今回からは インドでの私がしているお仕事についてお話します。 日本語教師・翻訳・通訳・レコーディング(私自身の声で初のレコーディングをしました)また調査などいろいろとしてきましたが 今日は 通訳について。。。 インドの言葉は100以上や800以上とも言われていますが その中で私はヒンディー語が話せます。ヒンディー語は一応インドでは英語とともに共通言語ですので その恩恵を頂いて私はインドで仕事ができます。 でも インドの方と初めて話すときは絶対に英語から会話がスタートします。 ・・・こんにちは。。。 私の名前は。。。。こういう仕事ができます。。。 ・・・会話が順調に行くと途中から。。。 Thik Hai(ok).... Acchaa(well).... 思わずそういう言葉を口からどちらかが出すとそこから会話が英語からヒンディー語へと変わってゆきます。。。 通訳のお仕事は かなり私には楽しい。 自分の知らなかった世界を仕事を通じて知れる。 でも 通訳をする上で通訳する内容自体がわからないときもある。 特にテクニカルワード(専門用語)。 例えば 車のギアーを鋳造する場面に出会います。 車には乗ったことがあるけれども 車の中身までと立ち会った経験は生涯ない。。。ギアーは知っていてもギアーがどう作られるかなんて想像したこともなかった私。。。 しかし 通訳をする上で 疑問があれば素直に聞くということがこんなに大事なことかとつくづく感じました。通訳をする身の上なのにどのように製品が作られていくか・・・など親身に皆様教えてくれます。 私は 結構 工場など現場を見るのが好き。 なんだか遊園地の乗り物のような機械が置いてあったりも時折する。火花などが高々と元気な音と共に上がっているのが突然見えるのもまた面白い。 製品がどう出来上がるか どういう風な仕組みになっているのか間近で見学できる。ヘルメットをかぶり 防護めがねと安全靴。 インド人の人は ヒンディー語を話すとそこからすぐにインド人並みに私を扱ってくれる。通訳のときも 親切にわかりやすく話してくれる。 言葉って大事。 そこに住む人の言葉がわかるとそれだけで住みやすくなる。 一人ひとりの言葉遣いでその人の性格がなんとなくわかってくるから安心もできる。特にインド人は冗談が好きだから仕事しながらも会話の中に冗談を交えるので 思わず噴出すこともしばしば。。。 私は一度笑うとなかなか堪えることができないので 上司の方に笑いすぎて怒られてしまいました。。。(大人になって家族以外の大人から怒られたのは久しぶりでした) でも 言葉ってキッカケであって 結局は言葉ではないもので心が通い合うのだなぁって通訳をしてても思います。
2008/12/01
ヒンドゥー教は なかなか面白い宗教です。 私は 家の中にヒンドゥー教のシヴァ神を壁に飾っています。 インド人の彼は 宗教にあまりこだわりがなく 私の方がヒンドゥー教に惹かれている感じです。 ヒンドゥー教の神様たちを見ていると この宗教を昔作った方は 本当に動物が好きだったんだなぁ・・・と思え 微笑ましい。 シヴァ神といつも一緒にいるのは ナンディーという白い牛。また 彼の首周りにはコブラのような蛇が巻きついております。 また シヴァ神の子供 ガネーシャは 象の顔をしております。父に誤って切られ 象の顔をつけて頂いたとか・・・ また 彼の乗り物は ネズミです。 悪い男と子供のガネーシャが闘い それに勝ち 彼をネズミにして 一緒にいるとか。。。 ヒンドゥー教は ベジタリアンが一応基本です。 その ガネーシャの乗り物 ネズミ様が 私たちの家にやってきました。 雨降りが多く ベランダに数日前から隠れる場所を探していたのを目にしていたのですが まさか 家に訪問するとは。。。 キッチンに入ったとき カーンという音がし お皿が落ち なんだか 茶色っぽいものが素早く通るなぁと思い ガスコンロの下を見ると。。。 やはり 一瞬信じたくありませんでした。 日本の実家には ハムスターがいるのですが 彼のサイズとは えらい違いすぎる。。。 子猫ほどのサイズです。 彼女の方も(なんだか メスのような気がしました) 怖くて 動こうとしません。 こちらとしては 怖がって元の場所(お外)に逃げてくれればと祈るのですが 一向にお餅のごとく動こうとはせず 箒で恐る恐るそのお餅を押してみると 箒に押されたまま お餅もゆっくり横に動くだけ。 あぁ。。。ご飯も作らないといけないのに。。。 ごめんけど やっぱり 子供がいるから病気になったらだめだから 早くお外へ行ってちょうだい。。。 彼女の目は まん丸で黒く かわいいのだけど 長すぎる尻尾に毛がないのが 猫とも犬とも違い 触れないのであります。。。 結局 その日は 突然走って シンクの下に潜り込まれました。 私たち家族は 小さな一部屋に静かに恐る恐るその日を送りました。 次の日も やはり 帰ってくれず 結局 インドによく見かける ネズミ捕りを買ってきました。 これは ネズミを殺すのではなく 中に食べ物を入れ それをかじった力で 箱のドアが閉まり ネズミにも人間にも優しいものです。 しかし 一向に彼女は食べてくれず 私の彼が思案して インドのチャパティー(パン)に砂糖とオイルをたっぷりつけて 中に入れることにしました。 なんと その日の夕方 パーーンと勢いのよい音とともに 彼女が箱に閉じ込められました。 さっそく 袋にネズミ捕りごと入れ 外に出かけました。 ・・・と 階下に まったく同じネズミが待っていました。 ずっとこちらを見て 私たちが来ても なかなか逃げようとしません。 きっと 彼女の彼氏なのかな。。。 ずっと 彼女のこと探してたのかなぁ。。。 私は やはり ここで彼女を放すと また私たちの家に来ることになるので 彼に草むらに連れていくことを伝えました。 ごめんね。 私たちは 少し遠い草むらまで バイクでとばし 連れて行きました。 彼女も 殺される恐怖をずっと感じていたんだよね。。。 一目散に草の中に消えてゆきました。 ガネーシャは お金の神様。 その日 私たちは 新しい仕事をいただくことになりました。 ネズミが家に来てくれたことも 何かの縁。 私は ベジタリアンになり また 動物を偶然に助けることになったりするたびに なにかいつも 新しい仕事が舞い込んできたりします。 動物は やっぱり ヒンドゥー教を作った方が感じたように 神様に近い存在な気がよくします。 神様が 私たちの行動を試しているのかもしれません。 インドに来て 一層 カルマについて考えるようになりました。 写真は ガネーシャの乗り物 ネズミ様も横にちょこんと並んでおられます。
2008/06/13
ナマステ(こんにちは)。 インドに住み、一年半が経とうとしています。 この頃は 気温も40度過ぎています。 夢であったインドでの生活と仕事。 ベジタリアンとビーガンの生活は相変わらず 気持ちよく生活をさせてくれているようです。 このインドに滞在した期間に 私たちは 動物生存権を守るPETAのメンバーにもなり 大学などでの運動、化粧品などの動物実験廃止に参加してきました。 また インドでは 当たり前の道端にいる 犬や牛やオウムたち。。。 そのたくさんの動物たちと毎日 出会えることの中で 病気になったトリ、交通事故にあった牛、生まれつき病気である子犬 さまざまな動物たちの面倒と死に関わらせてもらっています。 インドに来て、動物たちと出会って、また 私の娘たちがなぜだか いつも困っている動物たちを見つけ出すその運命について 考えさせられています。 私には 宗教がないけれども 時になにかに祈りたい気がします。 それは 動物が苦しんでいる時に自分一人ではどうにも抱えきれない気持ちがあるとき、やはり助けてほしいのです。 インドには、さまざまな出来事が容赦なく目の前に飛び込んできて それが突然すぎて構えることもできず 呆然とショックに陥ることがままあります。 人間のために食べ物にされるトリや羊やヤギ。。。彼らは 肉屋の前で暑い中小さい檻で息をハァハァとさせて目をつぶっています。 また 人間たちの食料や荷物をふんだんに運ばされる 牛や馬。。。暑い中で鞭撃たれ 痩せこけているもの まだ子供なのに走らされているもの。。。やはり 苦しいです。。。 お水はしっかり飲めるのかな??? タージマハルやお城などに行けば 旅行者のために働かされる鎖につながれっぱなしのラクダや象。。。暑いコンクリートの上を裸足で歩き 私たちは動物の上に乗れた機会を楽しみ写真を写します。。。 彼らには お金なんか価値がない。 そっと自然の中に生きることができれば 自分で食べることも眠ることも 子供と楽しく時間を過ごすこともできるのにな。。。。 ひさしぶりの日記をまたゆっくり再開したいと思いますので よろしくお願いします。
2008/05/13
ポーランドに来て 一番驚いたのは 女の人の美しさ。 顔立ちがモデルのよう。背もすごく高い。そして若い人達は細い。 特にオシャレをしているようには思えないけど 着こなしもかっこいい。。。 私は 自分の背の低さ 平べったい顔などに 少し恥ずかしくなってしまった。。。でも ポーランドの人から見たらアジアの人もすごく魅力があるみたいだと 町を歩いていると感じてきてホッとした。 ポーランドに来れたのは 本当に縁だと思う。私のこれからの将来を考えさせられた。 一番 深く考えさせられたのは 仕事をしてみてもいいのでは・・・ということ。 私は キューバにいる頃から 子育てに忙しかったけど ナニか焦ってもいた。かわいい時期だといわれる小さな子供をすぐに幼稚園に預けたりもした。私は どうも子供と一緒の時間が多いと気が滅入ってしまう。本当にママなのかい?と自分で自分に問いただして自己嫌悪に陥ったことも多い。 ここポーランドで モモやベベが幼稚園に通うと 子供達のパパやママが仕事前に連れて来る。その姿には感心させられた。 ママだけならわかるけど パパも同じように迎えにも来ている。共稼ぎが当たり前の国らしい。 理由はわからない。働きたくないけど家計のため共稼ぎの方もいるかもしれない。 でも 私の知り合ったポーランドのママは どうも仕事が好きそう。 一人のママが すごく輝いて元気に現れた姿を見て 私はナニか尋ねたくなった。 「仕事どう?楽しい?」 と 彼女「そうね。新しい仕事が見つかったの。少し遠いけどやりたかった仕事だから嬉しい」 「えぇ いいね。私は今からインドかどこかで仕事見つけようと思っているの。ポーランドはお終い」と思わず言ってしまった。すごく不安な気持ちが出ていたのかも。。。 彼女は「そうね。あなたはここでは友達も作るの難しいでしょうに。仕事したいのだったら したほうがいいよ。いつも寂しそうだもの」と言ってくれた。 別のママにも 「私だって ずっと家にいると思うとゾッとするわ。仕事したかったら やっぱりした方がいいわよ。人生を変えるのも時にはいいわよ」と言ってくれた。 彼女も 自分のチャンスを活かすため 他の国での転勤の話を望んでいる。娘を連れて。。。彼女の旦那さんは 自分の仕事が好きだから辞めたくないらしい。だから 少し離ればなれも仕方ないと。。。 私は ポーランドの女性が 自分の人生も大切にしているのがすごく魅力的に映る。 もちろん子供のことも大切にしているけど そのバランスが上手。私は どっちつかずだから。。。 インドに行くのも 望んでいたけど怖いのも確か。 娘達も馴染めるかしら。。。 しかし 時間がかかっても いつか仕事がしたい。確かなことはナニもわからないけど 頑張らないよりは試してみたい。 ポーランドの女性に会ってよかった。やはり 似たような考え方もいるんだ。 また 普通に 「私は動物が好きだからベジタリアンよ」という女性にも会った。 この国では 動物が好きでベジになることも変には映らないんだなと嬉しかった。たくさんの人がいて様々な考え方があるのは当たり前のことだと思うのに 日本では少数派がどうも目立つようだから。 ポーランドで 私の気持ちは少しずつ固まってきたんだろうな。 インドはすごく好きだけど たくさん問題がある。でも きっと面白く 以前のバックパッカーの私のように元気に過ごしたい。
2006/10/13
モモが 「すごいきれいよ!ピンクとパープル」と叫んで来た。 朝 幼稚園に連れに 私はいそいそとベベの手を繋ぎながら歩いていた。 「ナニがきれいの?」と聞くと 「くも」とすごく嬉しそうに。 えっと思って上を見ると いつもと変わりのない空が。。。 私は 何かにいつも心が追われているように 不安でせかせかしているから ナニもゆっくり見ていない。 同じように外を歩いていても 子供たちは ちゃんといろいろなモノに目が行って きれいだとか感じているんだな。。。と感心してしまった。 私も 雲の形とか見るのは好き。しかし 心に余裕がないと目が向かないみたい。 子供の純粋な心に触れると ナニか大事なモノを忘れているのでは・・・と気づかされる時がある。 小さい小さいと思っていると 子供が感じている些細なことが見えなくなりそう。 子供の心を受け止めれる程のおおらかな心が私には必要だなとこの頃感じています。
2006/10/10
彼に手紙を書こうと思った。 昔 自分の思いを伝えたい一心に 私はよく手紙を書いた。 どこかで 言葉の違いに対して不安があるのかもしれない。ちゃんと通じていないんじゃないかって。。。 いや 私たちは 口で話し合っていると どちらかが自分の言いたいことだけ言って相手のことに聞く耳を貸さないことがあるから 私は一方的に落ち着いて静かに手紙で自分の気持ちを伝えたいのかもしれない。 私の性格は できるだけ自分の気持ちを相手にわかってほしいという所がある。私の方は 彼の気持ちを理解しようとしていないのに。。。どちらかというと 私の我が儘で成り立っている関係だと思う。 私は100%ヒンディー語ができるわけではない。英語ももちろん100%ではない。でも 彼と話す時は ヒンディー語にしている。二人の共通語だという気がするから。彼の方は 日本に3年以上いたに関わらず あんまり日本語が上手ではない。この頃は 娘たちが 彼の知らない日本語の言葉を口にするので焦ってきているけど。 言葉って大事な気もするけど 私と彼のことを考えると 同じ言葉を100%話せる関係ではないのに 通じている。時折 自分たちの国が違い 顔も違うことに 私達違う国同士なんだぁって驚いて笑ってしまう時もあるけど。。。 私の彼は 私が悩んでいても 冗談にとらえようとする癖がある。それが 私を不安にさせる。ナニも私の気持ちわかってくれていないんじゃないだろうか・・・ この頃の私は 自分の将来のこと これからナニができるのかとか 娘のモモとベベがどこでも楽しく暮らせるだろうかとか・・・多分 自分の事以上に娘たちが 楽しい笑顔を見せてくれることをすごく願っている。 少しだけ紙に今自分が思っていること 不安なこと モモとベベについてなどを綴ってそのまま 私はテーブルの上に置いて忘れてしまっていた。 彼は その紙を見て 「ナニ またゴチャゴチャ書いてんのぉ」と言いながら 内容を見て驚いていた。 あぁ 私の手紙! 私は慌てて取り上げて隠した。 彼は 「全部書き終えたら 僕にくれるよねぇ?」と聞いてきた。 なんだか 私から手紙をもらうのが嬉しそうだった。久しぶりだもんね。。。 彼は 「信じてほしい」と言ってくれる。 私は 自分で一生懸命な時は 自分だけしか信じない変な所がある。 インドに行くのは 大好きなのに 娘と一緒では怖い。病気もあるし 蚊もいるし 汚いし 電気も止まるしお水も無くなるし。。。彼の実家にも お世話にならないといけないけど それはそれで 難しいこともたくさんある。 彼が私の手紙を待っていてくれているから 素直に自分の不安や思いを書いて渡してみようと思った。
2006/10/06
ポーランドとも もう少しでさようなら。 ポーランドの素晴らしいことをもっと伝えておきたかったのに 住んでいるとその素敵な部分を当たり前と思って なかなか特別なことと感じずに過ごしてしまっていた。 私たちは 去年の9月にポーランドのワルシャワにやって来た。 常夏のキューバと休暇の灼熱のインドから来た私は とてもポーランドの気候に寒さを感じた。今思えば秋なのに ブルブル家の中でふるえていたのは きっと寒さだけでなく 新しい国と環境に不安も混じっていたんだろうな。。 灰色の空がとても悲しかった。娘たちの幼稚園も空きがなく一日中子供とべったりで 部屋の中も荷物を思うようにヒモ解けなく サンダルのまま部屋を歩き回っていたのにイライラとしていた。彼ともよく喧嘩したな。。。彼も新しい環境でストレスが溜まっていたのだろうな。 その中で素敵だったのは トラム。町の中を 遊園地の乗り物のように走っている。娘たちはすごく喜んでいた。シートにきちんと座って 静かに窓から風景を眺めている。このひとときは 私もボォッと外を眺めている。 ポーランドでは トラムに犬も一緒に乗ってくる。大きな犬も小さな犬も。先日は 初めて盲導犬を見た。ポーランドでは 盲導犬を連れている人にはあんまり出会わないから。 トラムは なかなかいい。距離のない駅をすこしずつ走っている。たいがい 子供連れだと 席をみんな譲ってくれる。 ポーランドでは かなりの年配の方も小ぎれいにしてお出かけしている姿はほほえましい。おじいちゃん おばあちゃんだからって さびしそうな感じはうかがえない。トラムでも必ず席をみな譲る。もし 気づかない若者がいると 「席を譲ってちょうだい」みたいなことをハッキリと言って座る姿も見習いたい。もう 今の人は 他の人にハッキリとこうしてほしいと言えなくなっているから こういう方がいるのは若者にとってもいいことだと思う。 トラムはしかし危険だとも言われる。私自身は お金やらを盗まれた経験は幸運にもないけど トラムでは 盗みがよくあるらしい。 以前 乗っていたトラムで 誰かが倒れた音がした。見るとおばさんが 赤くなった首をさすっていた。していたネックレスをひったくって 男が駅に着くやいなや 走って逃げていったらしい。窓からその姿が見える。しかし 誰も追いかけようともしない。 ここポーランドでは たとえ盗まれたとしても 犯人を追いかけない方がいいらしい。危険なのかな。。。警察も相手にしてくれないらしい。 笑ってしまったのが トラムの駅で待っていて さぁ乗り込もうとみなしているのに 一台のトラムが停車もせず スゥーッと通り過ぎていった出来事。運転手の人が かなりボォッとしていたみたく そのまま次の駅へと向かって行ってしまった。そのときの 待っていた乗客の人が 怒らず笑っているのに 私までつられて笑ってしまった。。。日本だったら 謝罪問題じゃないのかしら。。。 以前 日本でも 一分二分遅れているからと 必死にスピードを出して列車が転落しかなりの死者負傷者が出た事件があったけど たかが数分 どうしてその短い時間に一生懸命 深刻になるのだろうか・・・ 日本人は時間にキッチリしていると評判。だから 私も外国人の時間の過ぎ方に初めはイライラしていたけど だんだん慣れてきた。いつの間にか 自分でも まぁだいたいこの時間内に間に合えばいいか。。。とゆっくりにもなってきたし 少し時間を気にしないようにしていきたいのもあった。 ポーランドのトラムは よく 突然止まる。故障するみたいで 一台のトラムが動かなくなると 同じ路線を使っているトラムが次々動けなくなり トラムの列ができあがる。そんなときでも もちろん車内放送みたいなのは無いわけで 突然ドアが開き 降りたい人は降りてくれ となる。 大雨の時 そうなると近くのバス停を探して走り回らないといけない。 昔から 私は雨が大好き。少々の雨では傘を差したくない。外国にいると たいてい大雨でない限り みんな傘も差さずぬれている。私には 外国の人って とても颯爽として生きているように映る。オシャレもすごいオシャレではないのに なんだか簡単にきまっている。顔と背の違いかしら。。。 ポーランドと少しでも縁があって 私の中でのなにかがまた変わってきたように思える。
2006/10/05
よく 私は娘たちのこと本当に考えているのかなと不安に陥ることがある。そんなに気になるのなら 子供のためにもっともっとしてあげたらいいのに そういうこともできないでいる。 今 娘たちは ポーランドの幼稚園で友達ととても楽しんで過ごしてくれている。このまま ずっとこういうのが続けばいいのに。。。と願う一方で 私は自分の将来のことなど気にして この安定した状態から早く新しい場所へと進んでみようともしている。 親は 子供のことを自分よりも大事にしなければならない役目があるのはわかっているのに 私は自分が自分で納得いくような生き方を選ぼうともしてしまう。そうすると 娘たちの幸せとか不安を無視する羽目にもなりそうで。。。 私たちは 将来 インドか日本にしばらくの間住もうということにしている。これは 私のために 彼が納得して決めてくれたこと。 しかし インドでも日本でも住むとなると問題がある。娘たちには馴染めるのだろうか。。。彼女たちは とても自由に生きてこさせてもらっているから。キューバやポーランドは 子供に過ごしやすい環境だと思う。自然も多いし 幼稚園がとても自由だから。 インドも この頃は勉強勉強とうるさいらしい。何よりも衛生面がやっぱり不安。私一人で旅行している分には気にならないのだけど やはり娘たちのことを思うと憂鬱にもなる。電気も水も普通に毎日のように止まるし。。。緑も少ない。だけど 牛やら猿やらが町にいるのは喜ぶだろうな。。。食事の面でもベジタリアンで問題ないのはいいけれど。 日本では 私自身が登校拒否だったから 窮屈なイメージがやはりまだある。それに 子供が殺されている悲しいニュースなど多い。ベジタリアンで学校で通すのも難問がありそう。 また 言葉の問題がある。モモとべべの話す言葉は 多目の日本語とそれに混ぜたヒンディー語。そして 幼稚園ではポーランド語を話している。 完璧な日本語でも 完璧なヒンディー語でもない。。。私と彼には通じるけれど 日本人やインド人からすれば 意味がわからないだろうと思う。話している事はよくわかっている様子だけど。子供は語学の吸収が早いのは確かだからあまり気にしなくてもいいのかもしれないけど。 子供のことばかり考えすぎると自分が無くなりそうな。。。しかし 自分のことばかり考えていると子供の気持ちを理解しない親になり 子供がいつか悲しくなり 心が通じない関係になりそうな。。。 しかし いつの日か 自分で納得がいくように日々過ごせている姿を娘たちに見せたいと思って決めたことには嘘はない。やはり ママが生き生きしているのって 娘も喜んでくれると思うから。 子供の気持ちと自分が納得いく生き方の両立は きっと難しいことなんでしょうね。
2006/10/03

久しぶりに妹に会って すごく痩せていてびっくりした。 でも 私の彼が言うには 健康的ではなく なんだかしんどそうだと。。。それに比べ 私は元気な痩せ方をしていると。。。 やはり 妹は 毎日の仕事の疲れらしく 夜遅くの帰宅で晩ご飯を食べる気にもならず眠るそう。 ポーランドに 私の家族がやって来たとき 私がお腹がすごくすいてイライラしてきたので あのサンドイッチ屋さんのsubwayで きゅうきょ 食べることになった。 ここのパン生地は選べるので いつものお決まりのオーガニックパンをいただいている。 私と彼は 最初 大きな丸々一本のパンにサラダたっぷりのサンドイッチをそれぞれ一つずつ頼む。それを食べ終わると まだ小腹がすいているので 今度は もう一本大きな丸々一本を同じようにオーダーして半分する。二人で 大きなパン計3本。 しかし 妹と一緒に食べてみてびっくりした。大きなパン一本どころか 半分サイズので十分足りると。。。驚いた。そんな少しだけで動けるのかしら? それを 私の友達に話すと 「えぇ 大きなパン丸々一本食べた上に まだ食べるの?そっちの方が 驚きよ」と言われた。 えぇ 私の方がびっくりしてしまった。一体 どっちが驚きに値する話よぉ?? 私は 自分が大食いなのか少し心配になってしまった。 でも 友達は「たくさん食べても太ってないんだから 羨ましいよ」っと言ってくれる。 。。。昔の私は 何故だかすぐ太ってしまって 自分でひどく気にしてどこかで引け目を感じたりもした時期があった。 その当時の私は すごく食べることに夢中だった。四六時中食べておきたい・・・そんな衝動にかられていたような。。。食べたい・食べる・食べたことに後悔する・そして嫌気がさしてまた食べる・また後悔・また食べる・・・そんな悪循環の時代だった。 かなりの精神的不安定な時期だったと思う。私はイヤなことがあったり悩んだりすると食に走るタイプだったので。でも そんな頃でもお肉は口にはあんまりしていなかったな。。。アイスクリーム系には目がなかったけど。。。だから 太るんだよね。 今の私は 自分も他人も認めるくらい細い。服のサイズもXS(外国では一番小さなサイズ)だし ジーンズもサイズを探すのに困る。もちろん 妊娠・出産してから 努力はした。でも やはり ベジタリアンになろうと決めたのと ヴィーガン・スタイルも取ろうとしたおかげかな? あんなに目が無かったアイスクリームやビスケットやヨーグルトを体に取り入れないのは 体には大きいことなのかもしれない。 以前よりも 私はよく食べる。というか 私はきっと食べることが好きなので。どうして 昔はすぐ太っていたのか 自分でもよくわからない。 ベジタリアンだからって 痩せているとは限らないけど 普通に 少し?人より多く食べても変な太り方はしなくなったと思う。 私は 自分の大食いかもしれないのが不安で彼の意見を聞いてみた。 彼「う~ん 時折食べる量に驚く時もあるけど でもお腹すいているんでしょ? じゃ食べたらいいじゃない」とおっしゃってくれる。 私は食べ物を残すのが 昔から嫌い。特に お肉を残すことにはひどく罪悪感がある(今は摂っていませんが)。誰かと食べに行く時 お肉料理を注文して 半分程で食べるのをやめ残す場面に出くわすと 悲しくなる。最初から たくさん食べれないなら 半分にしてって伝えればいいのに。。。なんて。 自分の意志で ベジタリアンの生き方がいいって決めてから 私は痩せたし 自分の生き方が少しずつ見えてきて ある意味健康的に生きているって感じる時もある。きっと 精神的安定にも繋がっているんだ。 食べ物で生き方が変わるっていう経験ができて ようやく自分の意志で生きているような感じです。
2006/10/01
この写真は インドの実家で 朝チャイを屋上で飲んでいた時のもの。 隣の家の上にいたオウムが鳴いていて 私が「チュチュチュ」と呼ぶと近づいてきた。急いでパンをちぎってあげると手の近くまで来てくれた。 この話には 彼の母親と私の意見の食い違いでもめてしまったオチがある。 母が何度も「この子は小さいのだから 少しの間飼ってあげてから大きくなって逃がそう」と言って パッと捕まえてしまった。 私は捕まえてほしくなかった。私の手からパンを食べているのだし また ここが気に入ったら明日も来てくれるだろうと願いたかったので。 母は ネコが捕まえて食べるから かわいそうだと言い張り カゴに入れてしまった。 私は 彼に逃がすように言ってくれと頼んだけど 母と私の板挟みに疲れていたよう。私としては もちろん ネコに捕まって殺される可能性を考えるとかわいそうだけど 大きくなるまでカゴの中で育ち 毎日食べ物も探す必要なくもらえ 飛ぶことも学ばず 外の怖いモノも学ばないまま突然外界に出ては そちらの方が過保護なあまり オウムちゃんの運命を悪い方にしている気がしたから。 結局 一日中 私は気分がすぐれず 彼の母親に逃がすように言って 伝わらなくて悲しく涙を流したりもしてしまった。 夜 寝る間も苦しくて苦しくて。。。結局 母親が私がそこまで言うのならということで 私にオウムを渡してくれ 朝カゴから逃がした。それから すぐに大雨が降ってきたのには 少し後悔の念もあったけど 木の陰に隠れていることを願った。 この話を思い出すたび 彼と彼の母親は 私の一途な気持ちをそのままにしてくれている。私は未だ子供で 絶対に曲げたくないことは意地でもやり通すので。。。 私の家族もやっぱりその影響を被っている。私は ベジタリアンであることをある意味強制した。でも 妹と母親は 現実を少し知るたびに もうお肉は食べないようにと自分からしてくれている。 私にはまだ理解できないのが 日本人の間では「ベジタリアン」ということで変な目で見られるということ。どうしてなのだろう?ベジタリアンになったのは 彼らの自由意志からであって それを否定するなんて不思議。 私はたまたま外国人と外国で暮らしている中で 昔から漠然としていた 動物を自分のために殺してそれを食べることに疑問があり ベジで生きようと自然とできた。 インド人は ベジが多い。宗教的意味もあるけど 殺生はよくないらしい。やっぱり カルマを大切にする国だからかしら。。。自分に返ってくるそういう意識多いかも。それと 衛生上 どうみても動物のすることは汚く目に映るらしい。 ポーランドでも ベジの人と会うけど どうして?という質問に 「私は動物が好きだからよ」という。 「me,too」私もよ! そう 動物が好きで 動物のこと考えて 一生を人間の満足を満たすために アウシュビッツよりもひどい生活を強いられている動物たち そんなお肉を食べれません。これは 彼らの考え。もちろん 健康のため 汚いお肉は食べたくない 環境のため・・・と様々だけど。 インドのマザー・テレサの家で ボランティアをしていた頃 一人のイギリス人の女性に会いました。どういういきさつでそんな話になったか覚えてないけれど 彼女も「私は動物が好きだから ベジタリアンなの」と言っていた。 その頃の私は とてもベジに憧れていた。変な意味だけど憧れ自分もなりたいとしていた頃だから 「私も動物大好き。だから ベジになろうとしている最中です」と答えたことがある。 ポーランド人もイギリス人もインド人も 私にとっては外国人だけど ベジタリアンになる意味はハッキリしている。動物のこと考えてと言っても 「なるほどね」と理解してくれる人も多い。 動物好きだから ベジになること 私の人生だし 自己満足して生きたい。別に ベジになってだれに迷惑かけるわけでもなく 動物への迷惑を減らしたい一心だから。 たまたま 知り合った日本の方がベジであり 日本では変な目で見られ肩身が狭いのと 教えてくれた。彼女のベジになったキッカケはアメリカの友人から。現状の動物たちの飼育のされ方 殺され方に疑問を持ち ベジは健康にいいからと。私もやはり同じだ。 妹が言っていた。「お姉ちゃん。日本ではね ベジのことどう思う?って人に聞いても バッカじゃないのぉって笑われるだけだよ。。。私は他人には言う勇気はないわ」 そうなんだ。。。ポーランドで久々に日本人と接する機会があった。様々な反応。 やはり 友達になる人は ベジのこと理解してくれる人になるかも。一緒にいてて気軽だから。 以前 私のことを気にかけてくれ「昆布は食べれるでしょ?」と聞いてくれた方がいた。ベジでない人から見れば ナニからナニまでがOKで ナニからナニまでがダメなのか判断が付きにくいみたい。 私 「はい 大丈夫です」 そのやりとりを聞いていた人が 「昆布だって生きてるじゃない。どうして食べるの?」って笑って聞いてきた。 私は ハッキリ言ってびっくりした。もちろん 昆布も生きている 海苔も生きている そして私達人間も生きている そして 食肉になる動物たちもね。 植物だから 動物だから。。。その区切りをつけるのはいいのか悪いのかわからない。でも 植物は この世に生きるモノたちに平等に与えられた神聖なモノだという気がする。そして 動物たちは私たちと同じ感情 同じ行動 同じ生活をしている仲間だと。 自己主張をすることがよくないとする日本。私はその風潮がしんどくて海外に旅立って行った。でも みんなそれぞれ感情があって生きているのだから いろんな意見が出される方が面白そう。 私は ベジタリアンであることを日本人の人にも隠さずに言う。その方が今後一緒に食べる上でお互い気持ちいいからと思ってるのは これって日本人の感覚からずれてきているのかしら。。。
2006/09/29

ポーランドに来て以来 毎日絶対にすることは ハトにご飯をあげること。 キッチンのある窓の外から いつも一組のハト夫婦がこちらを覗いている。そして 足が一本ないハトが 日だまりの中を丸くなって休んでいる。 ヒンディー語で 鳩のことを「カブータル」と言う。だから 娘たちと私は 「あっ カブちゃん来た来た」と喜んでいる。 ポーランドの寒さは 鳩にも堪えると思う。道は雪で覆われて どこからご飯を探せばいいのだろうか。。。 鳩のために 窓のそばに パンを置いてあげても 置いた瞬間にカチカチに凍って固まる。これじゃ 食べれない。だから 来たのを見計らって その瞬間あげるようにしている。他のお腹がすいた鳩もわんさとくるので 窓は鳩だらけ。。。こういう光景を誰が見たとしても とがめられないのは救われる。 やっぱり ポーランドの人は 寒さの辛さをよく知っているんだと感じる。町を歩いていると 木の枝に 大きなペットボトルをくり抜いて エサを置いてあげている姿を見かける。冬など 本当助かると思う。その中に雀たちが入って食べてる姿はホッとするものがある。時折 おばあちゃんやおじいちゃんが ナイロン袋からたくさんのちぎったパンをばらまき 鳩や雀がワァーとよってくる光景も。。。苦労をたくさんしてきた人達だから お腹がすくとはどういうことか知ってはるんだな。。。 家族で一泊の旅行に出かけた時のこと。 彼に 「窓は全部閉めて出てきた?」と問われ すごく急いでいた私は「うん」と中途半場に考えずに返事をしてしまった。もし窓空いてたって どうってことないやん。。。 一泊旅行から 夜遅く帰って来て あぁ早く寝たいと疲れていた時。 彼が 「なんか 音がするし なんだか 変だ」と言い出した。 もぉ また ナニ言い出すやら。。。私は眠たいんだ。 「あぁ カブータルがいる!」 そうか。。。なんだか 家の中が少し動物的なニオイがあったようだったけど。。。 明かりをつけると いつものカップルの鳩が二羽カーテンの上とソファーの上にいるではないか。。。 急いで窓を開け 捕まえるような素振りをして 外に出て行ってもらった。以前も 一度キッチンから入ってきて どうやって外に出るのかわからなく 何度か窓にぶつかる音が聞こえ 私は手で捕まえて外に出したことがある。鳩って案外持ちごたえがある。ネコみたい・・・なんてね。 鳩夫婦が出て行ってから 部屋を見回すと糞があちらこちらに。。。疲れているけど 一生懸命掃除しました。もしかしたら 鳥インフルエンザにかかっていることもあるから。ごめんね。 この頃では 外で遊んだら汚い。鳥の糞とかあるし 鳥インフルエンザという問題もあるし。。。と聞くけど それでいて チキンやらターキーやらを食べれる人はすごいと思う。私は ベジタリアンで鳥好きだから 小さい頃から 「友食い」をするような気分で食べなかっただけだけど 鳥インフルエンザが潜んでいる可能性のある鳥肉は 本当怖くて口にはしたくない。 インドでチキンを飼育している方が 鳥インフルエンザにかかって死んでしまった記事もあったけど 驚いたのは その大半が日本向けの輸出用チキンだったこと。インドは 衛生的にも信用できないし ましてや自分が食べないとなると 他の人がどうなっても関係ないというお国柄だからその適当さが目に浮かぶ。 子供って すごい観察力がある。 「ママ。あのカブちゃん 足が一本ないよ」 そういうところ ちゃんと見ているんだ。ご飯もあげたがる。 私も 足の無いカブちゃんには やはり優しい。だから 彼女も私に慣れていて 手を出してあげても羽が触れるくらいの近さまで来て食べる。お腹がすいたら キッチンに誰もいないのを見てから ダイニングルームの部屋の窓まで来て 顔を覗かせる。 鳩は どこにでもいて 万国共通の生き物だけれでも 毎日顔を合わせると あちらも私のこと覚えてくれるし こちらも なんとなく気が強いとか 弱いとか 羽の色とかの違いもわかってくる。 犬もそれぞれ違う性格があり ネコももちろん そして 牛も豚も鶏も羊たちも きっと それぞれ違う命があって それぞれ感情があって そして 性格も違いがあるんだろうね。
2006/09/28
家族全員で 海外にいるというのは 初めてのこと。 私は 来る何ヶ月前からすごく楽しみで 待ちすぎて来る前日は なんだか疲れてしまっていた。 両親は 去年 キューバに来てくれて以来 1年半ぶり。妹とは 日本に帰国して以来だったけど お互い時間が合えば インターネットを使ったメッセンジャーでカメラもつけて 話していたから 久しぶりっていう感じはなかった。でも 目の前で一緒にいる方がやっぱり嬉しい。私と妹は仲良しだから。 モモとベベは 久しぶりに甘えれるとわかったのか やりたい放題だった。。。すぐに泣くわ すぐにあれもほしい これもほしいと言うわ 抱っこして おんぶして。。。なんだか いつものペースが乱れてしまった。まぁ たったの5日のことだからね。 少し驚いたのは お父さんが体力が落ちていること。なんだか寂しかった。私は少し不安になってお母さんに聞いてみた。 と 「お父さん 海外にいるっていうだけで参ってしまうのよ。日本では 車ばっかり使っているからね。大丈夫 大丈夫」 お母さんの方は 普段から山登りに行っているだけあって どれだけ歩いても疲れはしないし それどころか ポーランドを楽しんでいてくれる。 ・・・こうも違うのか。私はどちらかというと お母さん派だな。海外にいても楽しめるし どれだけ歩いても 車を使ってばかりよりは 平気だから。 妹も若いのに 体力落ちていた。。。仕事ばかりの毎日で ひどく日本ではお疲れらしい。 私は 5日しか滞在してくれないのに不満だった。どうして 久しぶりにかわいい孫に会いにはるばる遠くからやって来るのに もっと長く休みを取れないのかと。。。 日本では 休みを取るのがすごく気が引けることらしい。たった5日なのに 申し訳ないとお土産をたくさん買う姿には カルチャーショックを受けてしまった。私も日本で働いたらこうなるのかな。 家族と一緒で 私たちも旅行者のようにポーランドを観光した。旧市街を歩いたり リスや孔雀やらがいる公園を散歩したり 有名な陶器のお店を覗いたり。 短い滞在なのに 遠出をしたいと妹は言い張った。私は お父さんと妹の体力の無さを気にしながら モモとべべを担いでいかないといけないことを思い 結構乗り気ではなかった。 でも 彼が 「せっかく 来たんだし 列車からの風景を見るためにポーランドに来たかったんだから 行こうよ」と言ったので 決定した。 遠出は クラクフ。古都と言われている所で アウシュビッツも1時間程で行ける。 やはり 両親と妹は とても感激していた。窓から覗く景色が ナニもない草むらばかりを抜けて キャベツ畑やマスタードの花を見て喜んでいた。 コーヒー好きの父は 食堂車でコーヒーを飲めたのも楽しかったみたい。 お父さんは とても口数が少ないから 楽しいのかしんどいのかわかりにくいけど 無言で写真を撮りに行っているのを見ると 多分楽しんでいるんだなと思えた。 窓から 牛が座って もごもご草を食べているのが見えた。 お母さんは 「あら 牛もいる。かわいいお尻」 私 「ねぇ お母さん。牛をこういう風に見ると 絶対に食べたらあかんと思わへん?」 母 「そうやね。。。」 そう。私の母と父と妹は 魚と乳製品を摂るベジタリアンになっている。私が ポーランドに来たとき 思うことがあって 電話で泣きながら お肉は食べてほしくないって言ったから。。。 最初は びっくりされた。以前から 私たちのベジタリアンスタイルは知っていたけど 家族はべつにそのままだった。私は やっぱり気づいてほしかった。でも 時間がかかり過ぎたのと いろいろな映像を見て私の気持ちはやり場がなく 大好きな家族には 動物好きだからこそ 現実を知ってほしく ある意味強制的に伝えた。 後日 妹から メールがあり インターネットなどで家畜動物の状況を知ったこと すごくショックを受けたこと 私と彼のことを尊敬してしまったことなど 伝えてくれ 私自身嬉しかった。もし 妹が理解してくれなかったら 本当に家族なのか疑いそうになる心の狭い私だから。。。 ポーランドでは 全部ベジタリアン食だった。父は なかなか難しいだろうけど 意外にベジタリアンカフェ Green Wayの食事が気に入ったみたい。あと 彼の手料理がおいしくて 結構食べていた。本当に私は嬉しかった。 父 「○○○(私の名前)が怖いから お肉は食べられへんわ」とおっしゃっていたが しかし 父は父なりに思うことがあるのだろう 実家でも魚だけでも文句を言わないらしい。 私は 父と母には いい死に方をしてほしいから ベジを進めている。 ところで アウシュビッツには 私たち家族は行かなかった。まだ 私も行ったことがない。 負の遺産と言われている。もちろん 見るに超したことはない。 私はポーランドに住んでいるから ここを去る前には 一度は行こうと思っている。 しかし アウシュビッツと家畜動物 似ている気がしてならない。どうして アウシュビッツに行って 戦争は悪いと傷ついても 人間に支配されている動物たちのこと比較してあげないのだろうか。 人間同士したことだから?人間以外だったら 動物にだったらナニをしてもいいのかな。。。 ポーランドの見学として有名なアウシュビッツに行って 満足していることに疑問を感じる。もちろん 戦争を起こすことは悪いことだし 戦争について真剣に考えることはいいことだとも思う。 私の家族は ポーランドで 犬が一緒にトラムやバスに乗っていることに感心していた。公園も多く繋がれていない犬が散歩しているのはほほえましい。日本でもこうなってほしいなって。 家族が帰る日 私はまた恒例のように泣いてしまった。私って いつになったら大きくなるんだろ。。。 モモとべべに「ママ 泣いたらだめよ」と言われてしまって 「だって ママ寂しいもん」という答えしか返せない私です。
2006/09/26

チョロちゃんの死により 私の彼は 初めての経験のことでショックを受けていた。もう一度会いたいと何度も言っていた。 ここポーランドでも 動物墓地があるみたい。チョロちゃんのご家族の方も ペットの死は初めてのことで やはり 自分の気持ちの行き場に困ったようで お墓を建てることで 少し落ち着かれたようだった。 チョロちゃんのお墓ができあがったので 私たち家族を招いて連れて行ってくださった。 私の気分は 結構落ち着いていた。やっぱり 思う存分 何度か泣いたことと 今まで何度か家族の一員である犬や鳥たちの死を経験したことで 自分なりに納得できていた。 動物墓地に着いて その自由に木やら花が植えられている様子が気に入った。ペットを亡くされた家族の人が 彼らを偲んで苗木やら花やらを植えたようで スクスク大きくなっている。墓石も様々で 生前の姿をかたどったであろう犬の像が本物のように座っているものもあった。墓石には写真も埋め込まれているものもある。 なんだか 楽しそうな光景。家族の人が 今いる犬を一緒に連れてきていて 犬がいろんなお墓をにおったりしていた。 私の娘たちは お墓の前に置かれているオモチャに興味があるよう。噛めばキューっと音が鳴る犬のオモチャを鳴らして笑っている。きっと 生きている時愛用していたオモチャなんだろうな。 モモは チョロちゃんが死んだこと理解しているようで 一生懸命お墓にお水をあげたり 持ってきた花を そこに置いたと思えば いや 向こう側に置こうと いろいろ思案している様子。 ベベは まだ死というのがわからないのかな。「チョロちゃん もうしんどくない?」と聞いてきて 「うん 今はしんどくないよ」と答えると 嬉しそうにしていた。お墓に行って チョロちゃんに会えると思っていたみたい。 今から 死んでしまった犬を埋めようとしている家族にも出会った。毛布にくるんで 一緒にたくさんのオモチャを入れている。静かに黙って。。。 私は 動物たちのお墓を見て なんだか 苦しかった。。。 前の私なら 心から彼らのお墓に祈れただろう。。。 今の私には なにか不公平さを感じる。死んでしまった動物たちにではなく 人間の心に。 家族の一員である動物には どれだけでも愛情が注げる姿は悲しい。自分の家族ではない 身近ではない動物には 無関心を装ってもいいのだろうか? ペットの死は 動物の命の大切さを教えてくれているはず。たまたま 彼らは人間に選ばれただけで一緒の時間を私達と過ごして たくさんの楽しい思い出をくれ 癒してくれる。 しかし 人間が 人間の生活の中に入れないよう選んだ動物たち。彼らには ペットと同じ心がないのだろうか? 人間が 食べるために選んだ動物。着るもののために選んだ動物。オシャレをするために選んだ動物。芸を娯楽のために仕込まれる動物。そして 人間の痛みを少なくするためと認められた無茶苦茶な動物実験に選ばれる動物。 ペットとして生まれてきたから うちの子はラッキーだったわ。。。 昔の私は どこかで運命なのだろうかと考えたこともある。あまりにも 不平等な扱いをされる動物たちのことを。。。 だんだん わかってきたことは 運命ではなく エゴばかりの人間が自分の地球のように神様のように傲慢に振る舞うその行動が 単にそのようにしているだけ。 もし 天国のような場所があるなら 死んでいった動物達が楽しくノビノビゆっくり生きていてほしいと思う。天国があるかないかは 死んでみないとわからないことだけど。 人間は そこに入国できる許可はもらえないだろうな。人間がいると 動物たちの自由は無くなるのは目に見えているものね。今の世の中のように。 しかし 天国があったらというのは 今のところ想像上のことだから この世の中が現実に動物たちの自由を保証できるように 私たち動物好きは努力しないといけないですね。
2006/09/25
この9月から モモとベベは新しい幼稚園に通うことに。 モモとベベなりに 一緒の幼稚園だけれども 不安はあったのだろうと思う。私としては 娘が楽しんでくれるなら どこでもいい。だから 幼稚園に 二人ともあまり行きたがらないことが なんとなく引っかかっていたし なんとなく早めにお迎えに行ったりもしていた。 食事のことは 一応ベジタリアンで 乳製品などは摂らしてもらうようにしていた。でも 驚いたのは スナックの時間にチョコレートやキャンディーをもらっていること。 以前の幼稚園では アレルギーの幼稚園だけあって スナックは果物だった。私としては こちらの方がやっぱりいい。おやつは 家に帰ってもあげれるし なんとなく虫歯も気になるところ。 モモはいまだに 以前の幼稚園のお友達の話ばかりする。もちろん 新しい幼稚園で友達も作っているけれど。 親の私としては キューバからポーランドに来て 言葉も違う 国も違う 顔も違うことに ようやく慣れてきた娘をまたまた違う幼稚園にやらすのはイヤだった。しかし アレルギーの子供たちのための幼稚園には 申し込み者が多数で難しということで 仕方なく違う幼稚園にした。 結構 ポーランドでは 幼稚園の空きが少なく 空きがでるのを待つ人が多いと聞くが クラスには決められた人数よりかなり少ない子供たちが来ている。 。。。去年も 娘たちはポーランドに来た早々 幼稚園の空きを早速待つことにして かなりすぐに空きがでた。 そういうことを含めて 私と彼は ダメでもともとで 前の幼稚園に連絡を取ってもらうことにした。もし 席が空いていたら入れて欲しいと。。。 やっぱり 子供が好きな慣れた幼稚園がいいから。。。 連絡をすると すぐにでも入れるということ。 私は嬉しくて嬉しくて気持ちが高ぶってしまった。だけど 完全に入園決定までは娘には口にしないでおこうと。。。 朝 もう一度 前の幼稚園に連絡すると 今日から大丈夫ということ。その電話を受けて 早速モモに教えた。 「ねぇ オルガやガブリサやジャマールがいる幼稚園に行こうか?」 すごいびっくりした顔をしていた。一度 私に聞き返し 今から行くことがわかると モモは自分で服を着替えだして 靴まで履いてドアの側で 「モモ できたよぉ」と大きな嬉しそうな声。 なんとなくだけど 天国に行ったチョロちゃんが そういう風に仕向けてくれた気がする。だって あれだけ無理だと言われた前の幼稚園が 今では モモとべべを待っていたのよと先生もおっしゃってくれ 友達たちもワァと近寄って 手をつないで庭に連れて行ってくれたから。 私の性格は ダメかもしれないけれど 一度自分でやってみないと気が済まないタイプ。それで ダメなら納得がいくから。今回は いい方に目が出てよかった。 食事のことは 魚は頂くことにして お肉(チキン・ポーク・ビーフ・マトンなど)はやめてもらうことにした。乳製品は アレルギーの子達が多いので結構控えめなのもいい。 この頃 モモは 「私はハムはいらない。友達は食べているけど」と言う。 これは 親が先生にお肉は与えないでくれということで 単に与えてもらっていないだけなんだけど なんとなく納得している様子。どこかで 豚さんと痛みとハムの関係がわかってきたような。。。これは 親の願いかな。。。 やっぱり 前から好きだった幼稚園に行けたのは ラッキーとチョロちゃんのおかげだな。
2006/09/22
チョロちゃんが また 遊びに来てくれた。 きっと 私達の話を前から間に入って聞いていて 覚えていてくれていたんだ。 私の両親と妹が ここポーランドにはるばる訪れに来てくれた。娘のモモとベベは 絶対にチョロちゃんをお家に呼んで 母達に見せるんだとずっと決めていた。 家族がやって来る日に チョロちゃんも我が家で待っていてくれた。いつもよりも 整った部屋を見て 少し不思議そうににおったりしながら 一度全部の部屋を点検した後 カーペットの上でコロンとなってシッポをいつも通り振っていた。 家族が来た夜 チョロちゃんもみんなの所にすりよったり 抱っこしてほしそうにしたり みんなの輪の中に入って注目してくれるのを楽しんでいた。眠る時も それぞれの所に少しづつ横になってから 私の彼の側で朝まで一緒だったみたい。 次の日 チョロちゃんは なんだか鼻が乾いていたし体温が下がっている様子。あんなに みんなと一緒にいるのが好きなのに よってもこない。寒いだろうと毛布を巻いて寝かせていた。 モモが 「ママ。チョロちゃん 吐いているよ」と教えてくれた。 吐くことは たまにあるけど 唾液ばかりだし くたっとなっている。いつもだと 吐いた後 その場からすぐ遠のくのに。。。 これは いつもと違うと思い チョロちゃんのおばさんに電話をした。一度の電話では まぁ少し様子を見てからということに。 でも 母が抱っこしながら 「もし何かがあったら大変だから 返した方がいいよ。私たちは普段のチョロちゃんを知らないからわからないけど。。。」 私と彼は やっぱり 尋常ではない気がした。少しヒモを見せても手でつかもうともしない。それに なんだか家に帰りたそうな 寂しそうな表情がした。。。 動物は 言葉では言ってくれないから 表情とか感じるものをやっぱり無視してはいけないんだなってわかった。 チョロちゃんの毛布に包んで慌ててタクシーを呼んで チョロちゃんの家に向かった。 チョロちゃんの家に着いたとき ホッとした。きっとチョロちゃんは家に帰りたくなったんだよね。でも 私は涙が急に出て止まらなくなってしまった。 きっと これが最後のチョロちゃんとの時間だと気づいてしまったから。。。 カゴから出て チョロちゃんは少し歩いて 横になった。 おばさんとおじさんは まぁ大丈夫ですよ。様子を見てみますと言ってくれた。 まだ なにもわかっていないのに泣くなんて申し訳ないと思ったけど やっぱり感じるものがあった。 「チョロちゃん。。。。」 バイバイという言葉が出なくて 手を振ってみた。チョロちゃんは私をじっと見てくれた。その目を見て 本当にお別れだって教えてくれた。 翌日 電話があって まだ病院にいると伝えてもらった。でも 私にはチョロちゃんが本当はどこかってわかっていた。両親と妹がせっかく来ているのにという配慮から嘘をついてくれていることも。 私の彼は チョロちゃんが亡くなった日 ニャーという声を夜聞いたそう。また 家族と旅行している時 列車の窓から チョロちゃんが草原を駆けている姿を見たみたい。 出会いの縁って不思議。たった9ヶ月前に チョロちゃんの家族が日本に帰るからという話しを初めて会った日に聞いて 私は強引に自分の家に預けてくれるように頼んだ。それから 一緒に長い長い冬を過ごした。 娘たちの心にも チョロちゃんの存在は深く深く切り刻まれている。まだ 死ぬということが理解できていないけど 少しづつわかるだろう。 チョロちゃん たくさんの一緒にいれる時間をくれてありがとう。本当にチョロちゃんのことみんな好きだったよ。かわいいからって すごい意地悪もしたよね。まだまだ 思い出して泣いてしまうけど 苦しまず死ねたこと嬉しいんだ。わざわざ 最後に 私たちの家族とも会ってくれて 一夜を楽しく過ごせたこと感謝しています。また 後で会おうね。
2006/09/21
「ダ・ヴィンチ・コード」を読みました。 キリスト教関係からは批判されていたみたいですけれど 宗教の無い私には興味深かった。 高校が たまたまプロテスタント系のキリスト教で 学期末試験にも「聖書」に関する試験がある程。その頃から 私はキリスト教の教えやイエスについて私なりの疑問がありました。 この本を読んで イエスへの新しい面を垣間見た感じ。また レオナルド・ダ・ヴィンチが 彼なりに信じているイエスの像を「最後の晩餐」などにメッセージを入れているのが面白い。 私としては 好きになったマリアを大事にするイエスの方が好きかもしれない。 しかし レオナルド・ダ・ヴィンチってどんな人だったんだろう? あのインプラント事件のポーランドの歯医者の先生も 彼の話を語ってくれた。 「ダ・ヴィンチは こう言っています。顔の美しさとは 均等が取れていること。例えば 顔で言えば おでこ・鼻・口の三つの部分が均等な間隔であれば美しいと。だから 歯も中心から きっちり左右の数が合うと美しい」 レオナルド・ダ・ヴィンチは ハンサムであったと言われています。でも 好感が持てるのは なんとなく悪戯好きな感じがする所とベジタリアンであったと言われているところ。 彼の有名な言葉が好きです。 “The time will come when men such as I will look upon the murder of animals as they now look upon the murder of men.” いつの日か 今人間を殺すのが殺人と見なすのと同じように 動物を殺すことをも殺人と見なす日が訪れるだろう。 PETA INDIAより。******* レオナルドが隠したメッセージにまつわる「Da Vinci Code」を多くの人が楽しんだ。世界中でダ・ヴィンチの絵画は愛されているのにかかわらず どうして 動物のことを思いやるダ・ヴィンチのことは気にも止めないのだろうか?彼は ハッキリとした動物を思ってのベジタリアンなのに。 歴史を通じて 他のたくさんの素晴らしい人たちが 動物たちを食べることを拒んでいる。数学者のピタゴラス 平和主義のマハトマ・ガンディー アインシュタインから ダライ・ラマまで。歴史には 自分たちの食器皿から動物たちを取り除いて 彼らに思いやることを決めている偉人が多いのに。 ************************************************************* 物が豊富でない昔の人達なのに 動物を食べることに疑問を持っていた。こんなに なんでも作れて発展してしまった現代なのに 昔と比べることができない程 動物たちを器械を使って痛めつけ 苦しませた挙げ句 お肉にする私たち。 お肉にするからと 彼らの感情を無視するやり方は許せない。 私は 畜産に関係する人達を否定はしていないけど 自分が狭苦しい所で一生過ごすとか 言うことを聞かないから殴るとかー動物はアホではない!感情があるから 頭があるから 恐怖を感じ取り逆らうだけー 生まれたての赤ちゃんを母親から離すとか 強制的に妊娠させるとか そういうことを目のあたりにして思うことはないのだろうか?? でも 腹が立つのは そういう陰があるのを知ろうとせず いや 知ったとしても仕方ないことと片付け 今日は焼き肉を ステーキを 唐揚げを と のんきに言う人が嫌い。前の私がそうだったから。。。 ダ・ヴィンチが語ってから 500年ほど 月日は流れているけど いつになったら 地球は優しくなるのだろう。。。人間に気づきが来ない限り 人間の手で滅びようとしているのに。。。 そういうことを思うと 子供を産んだことを後悔しそうになるときがある。みんなが 自分の子供や次の時代の人達を大事に思えば 地球は 平和になるのかもしれないのに。
2006/09/12
一週間 インプラントの痛みを我慢していたけど もういいやって思った。 インプラントをしている骨の周りが痛むのならわかるけど(その痛みは尋常ではなかった) なんだか インプラントをしている側の唇の下から 目の近くの神経が鈍っているような 痛がゆいような 変な感覚があったりしたから 抜かねばと焦ってしまった。 しかし 痛むのが長く続いたり 神経を痛められて変な感覚が続く時もあるらしい。 でも だんだん 骨でないネジを体の中に入れる事さえも不安になってきた。最初からわかりきっていたことなのに インプラント後の調子が悪いと全て悪く考えてしまう。 私の性格は 即断即決な所があって それはいいような悪いような。。。もっと慎重に物事を考えた方がいいんだろうけど 気持ちが勝ってしまう。 とにかく 痛み止めとか抗生物質ばかり飲んでいて お腹の調子まで悪くなってしまったことで インプラント一度抜いてみようと決めた。 埋め込んでからの一週間 先生は 抜くことには断然反対だった。もっと様子を見てみようと。しかし 神経のおかしいのを伝えると 急に先生は静かになって 「では 抜きましょう。だけど 私の決断ではなく あなたの決断ですからね。そういう旨をサインして下さい」 と言われてしまった。なんとなく そこが外国人だなぁって感じがした。自分の否を絶対に認めないというところが。もちろん 先生がミスをしたとは思ってはいないけれど やっぱり 神経的な感覚がおかしいとなると 少しは責めたくもなる。見えない部分が問題だからこそ 謎ばかりだけど。 結局 抜いてみてよかったかも。次の日はやはり痛んだけれど 痛み止めなしでもなんとかなったし 翌々日には痛みも消え あの神経が鈍るような感覚はなくなっていたから。 でも 歯が悪い私には インプラントとかすごく魅力的な話だった。歯並びがきれいな人 真っ白な歯ばかりの人 すごく羨ましい。 彼には 「ミス・ビューティーにでもなるつもりかい?」と 腹立ち紛れに言われたけど。 私の彼は 一本も虫歯がない。親知らずまでキッチリ生えていて動物のような歯。彼は 私のように何度も何度も磨くわけでなく 汚いけど休みの日なんて2日続けて磨いてない時もある。どうして きっちり磨く私が歯が弱いのよぉ?? インド人って歯がきれい。虫歯になっている人も結構少ない。これって 遺伝なのか 食べ物によるのか??インドの人達は スナックなども 結構家庭で作るし 外食は滅多にしないから そういうのも秘訣なのかしら。。。 だって 日本でも 昔の人って歯が強いですよね。80歳になってもしっかり自分の歯で噛める人いるし。。。現代の人は 子供の頃から 虫歯が多いし 30代になったりしたら 勝手に歯が抜ける人もいるし。忙しいだけではなく やはり 食生活の影響があるのかもな。ジャンクフードなんて昔はなかったものね。 妊娠中 もし願いが叶うなら 子供は彼の歯を受け継いで欲しいなとずっと思っていた。あと 大きな目と高い鼻と・・・願い過ぎたかな? 願いが叶ったのか 今のところ歯はどちらの娘も虫歯はない。でも 私は神経質なくらい 磨いて寝かすからかもしれない。 体のどこをとっても ナニか調子が悪いとしんどいもの。 いい食べ物を選んで食べることが 私の歯の運命を左右するような気がしてきた今日この頃です。
2006/09/11
最近 読んでいる本に 「チベットの生と死の書」(ソギャル・リンポチェ著)があります。 内容は 死について 生きている間にどう受け止め準備するのかが大切と。 私は 昔とても死後について興味がありました。 いったい死んだらどうなるのだろうか?せっかく生きて死んでしまうなんて やっぱり死んだ後に何かがあるはずだ。。。 この本の中で 少しひっかかる部分がありました。 現代の人々は 死を否定することで この惑星を蝕んでいる。この生を唯一のものと信じ長期的展望を立てずに 即座に得られる結果だけ求めて地球からの収穫を起こす。このような自己中心的な生き方は未来に破滅をもたらす。 ソギャル・リンポチェは アマゾン熱帯雨林を守るかつてのブラジルの環境大臣の言葉を紹介しています。 現代産業社会はひとつの狂信的宗教である。われわれは破壊し汚染している。この惑星のあらゆる生態系を台無しにしている。子供たちには返済不可能な借用証書に われわれはサインをしようとしているのだ。・・・われわれはまるでこの惑星の最後の世代であるかのように振る舞っている。心に 精神に ヴィジョンに 根本的な変化が起きないかぎり 地球は火星のようになてしまうだろう。黒く焼け焦げ 死ぬだろう。 この文章の中で 特に私は 「子供たちには返済不可能な借用証書にわれわれはサインをしようとしている」部分に 私達の現在している行いそのままを表しているなぁと感じました。 私が ベジタリアンになったキッカケは 現状の動物たちの姿を知って。 ベジタリアンが 地球を救う。その意味が 最初私にはわからなかった。人間のエゴから動物たちを解放しようという意味だとすんなり理解できるのですが。。。しかし ベジタリアンと環境が絡み合った問題を知るうちに すごく納得した。 森林破壊。すごい勢いで行われている様子。紙や家具など作るために木々が切り倒される。でも それだけじゃないんだ。人間の食料とされる動物たちの住む場所をつくるために 莫大な面積の森林を削り取り 牧地にする。そして 今問題となっている二酸化炭素。食料の動物たちからかなり発生されるらしい。また 糞尿も。 あぁ 私は自分の娘達に 幸せに人生を送ってほしい。きれいな自然を残しておきたい。昔の人達のように 自然に生きる動物たちを美しいと思ってほしい。私たちばかりいい思いをして生きるのは絶対にいやだ。娘たちが苦労するのなら 親の私がその分苦労できるのならそうしたい。 地球は 人間の都合のいいように変えられてしまっている。 でも その反面 自然に反することに恐怖や不安や疑問を感じる人々が増えてきているのも心強いな。 自分の子供には 返せない借金をする親にはなりたくないな。
2006/09/07

9月から 娘達は新しい幼稚園に。 新しい環境に馴染めるのかと 親である私も不安。 新しい幼稚園は 前の幼稚園のようにかわいいという感じではない。殺風景な感じもする。しかし 心強いのは 娘のモモとベベが同じ幼稚園であること。 この新学期から 私は やはり 先生に相談してみようと決めていたことがある。それは お肉を娘たちの食事には入れて欲しくないということ。 子供のベジタリアンについては いろいろと考えてました。 前の幼稚園では 上の娘モモの先生が 「モモだけ一人 お肉を食べず 他の子供達が食べているのを見て きっと欲しがるだろうし かわいそうだ」と話してくれました。だから お肉なしの食事はしないと。 そのときは 確かにそうだとも思った。親達がベジタリアンだからって 子供達にそれを進めるのもどうかとも。。。私と彼は 昔は口にしていたのだから。。。 しかし それから1年経ちました。 ここポーランドでは とてもアレルギーの子供たちが多く その子に応じて ミルクを与えない チキンはダメ。またまた 宗教上の問題で豚肉はダメだ・・・。結構 親達は子供の体のことも考えたり 自分達の宗教上の都合で子供達にもそれを合わせさせているのを知り なんとなく 私も 自分の娘達にはベジタリアンで今は通してもいいかなぁと思うようになってきた。 ベジタリアン。もちろん 私と彼は 自己満足でやっていること。この豊かな世界の陰には 苦労や苦痛などの一生を人間のために捧げている 愛すべき動物たちの現状を知って 私と彼は自分達のために生かされている動物が存在してはいやなので 動物の苦痛なしの生き方を少しでも選ぼうとしただけ。 しかし 子供にはどうしたらいいのだろうか?それが やっぱり疑問だった。 もちろん 家では ベジタリアン一色だけど十分満足にやっていける。 外では 子供たちが好きなアイスクリームなどはやっぱり拒否はしていない。だけど ミートは絶対にあげない。 でも 幼稚園では? 周りのお友達と違ってもいいの?? やっぱり 違ってもいいのかも。 アレルギーなどで食べれない子供達は 他の子供がたまごやミルクを飲んでいるのを横で見ているわけ。宗教がらみでハムを食べない子は 友達が食べているのをやっぱり見ているわけ。そして 私たちの娘達は ベジタリアンという中で育ってほしいから 横でお肉を食べている友達を見てくれてもいい。 もちろん悩みました。しかし 私と彼は 動物のことももちろんだけど この頃の狂牛病や鳥インフルエンザ ホルモン剤ばかり入ったミルクをあげることには抵抗がある。自分たちが 狂牛病やら薬漬けのお肉を食べる気にならないのに どうして 娘達にはあげるのだろうか?もう この世界は自然においしく食べれる物が限られているのだから。。。 私は想像しました。自分たちがベジなくせに 娘達がお肉により病気を起こしてしまったらすごく後悔するだろうと。やっぱり 私と彼が これから生きる上で 「こういう生き方をしたいね」と決めたのだから 娘達がまだ小さいうちは自分たちのようなスタイルでいて欲しい。 さてさて 新しい幼稚園でどう先生方に話そうか。。。 住んでいるアパートを管理しているおばさんが英語もできるので その旨を伝え 紙にポーランド語で書いてくれました。 「私達はベジタリアンです。子供達には お肉をあげたくありません。 その分 スープや野菜を多くあげてください。おねがいします」 すごく簡単な文章だと思うけど 先生に見せたら 「ハイ わかりました」で終わった。 本当に大丈夫かな? でも 帰ってきた娘達に聞いてもお肉を食べてない様子。 日本にいたとき 大きくなってから私は どうして 人と同じことをした方が簡単に生きれるのか?そういう生き方にすごい気味が悪いものを感じた。 幼稚園 小学校の頃は 友達と同じことをさせられることに 嫌気がさし 何度も学校から抜け出した。 給食制度 変わりつつあったらいいのにな。日本でもアレルギーの子も増え 国際人もいっぱいる。宗教上の問題もあるだろうし ベジタリアンの考え方も広まっている中 もっと その子供の個性を生かした柔軟性のある学校が増えたらいいのにな。 給食ってとても大事なことだから。子供達は友達と一緒にご飯を食べるのが好きだから。 だからって 同じものを食べる必要はないんだろうな。子供の頃から これは食べれない これは食べれるがあっていいんじゃないのかな。食べるものは その人の生き方が表れているのだから。子供の頃から学んだ方が これから生きていきやすいだろうな。 ・・・って これが 親の願いなのかな。
2006/09/06
インプラント その後で 私の歯は痛むばかり。だからって ずっと寝込むわけにもいかないわけで できる限り最小限のことをして 彼の帰りをご飯を作りながら待っていた。 ドアが開く音がした。 あぁ 私のこと心配で早く帰宅してくれたのね。。。すごい 嬉しかった。 ・・・と。彼 「今から 空港に行って ミス・ワールドを迎えに行ってくる。WOW!!」 ええ なんですって!!ミス・ワールドだぁぁ??「どういうことよ。それって仕事?」 彼 「うん」 ちょっと待ってよ。帰って来るなり スーツに着替え直したりいそいそしている彼。なんか 寂しい。私は 歯が痛いのよ。。。 時間がないからと すぐ 出て行こうとする。 バイバイする時のキスが いつもと違う。。。 私って 思ったことを隠すことができないから すぐに感情を表に出してしまう。 「ねぇ。なんか いつもと違う感じ」なんて つぶやいてしまう。 ここポーランドで ミス・ワールドが選ばれるから 世界中からのミス・ワールドさん達が来られている。そして 私の彼が インドのミス・ワールドを空港でお迎えする仕事にたまたま当たったのです。 彼が出て行った後 私は自分が一体何様なのだ。。。と自分ながら恥ずかしくもなった。ミス・ワールドとして選ばれたインドの女性にナニを嫉妬することがあるのだ。。。 でも 彼が一時でも 彼女と二人きりで空港からホテルまで一緒にいるというのが許せない。本当に私って 嫉妬深い女なのです。 ついつい 想像してしまう。すごいきれいなミス・ワールド・インディアを見て 美しいなぁって見とれる彼を。 しかし 美しい物は美しい。 でも よく考えれば ミス・ワールドが 私の彼をかっこいいとか思うはずもない。そうよね。。。いやいや でも やっぱり 彼かっこいいし。。。困ったな。。。 一体 なにが困ったんだろ。。。 私は 普段 彼に好きだとか あなたのどこがかっこいいとか言わない。だから 彼は私を時折疑う。自分でも どうしてもっと愛してるとか言えないのか不思議。 しかし このミス・ワールドが目の前に出てきただけで 嫉妬丸出しの私って なんだか子供っぽいよね。。。 あぁ 彼が帰ってきたら ゆったりとミス・ワールドがどういう方だったのか尋ねてみようと思い直した。 彼が帰ってきた。しかし 彼からナニも言おうとしない。きっと 私の嫉妬ぶりに圧倒されてのこと。 私は思いきって 「ミス・ワールドの人 きれかった?」と聞いた。だけど トゲトゲしく。 彼の返答は 「うぅん。別にスペシャルなモノはなかったよ。きれくないし。。。」 私 「そんな嘘言わんときぃな。きれいにきまってるやん」 関西弁丸出しで 聞くなんて。。。お恥ずかしいです。 彼に 「なんでそこまで腹たてるわけ?ミス・ワールドの人が僕のことなんてなんとも思うわけないし。僕だってミス・ワールドだからって好きになるわけでないし。単に有名人として会えてラッキーというだけやのに」 本当にそうだと思う。普通の常識のある人の意見。 私は 年を取っても まだまだ 愛し方を知らない子供です。
2006/09/04

チョロちゃんが実家に帰る日がやって来ました。 私達の家に来てくれる日が近づくのは 指折り数えてソワソワ待っているのに チョロちゃんが帰る日が近づくのはとても寂しい。 今回で 何回目のお泊まりになったのだろう?チョロちゃんは 第二の我が家のように寛いでくれている感じ。 一応 来るたびに 一周家の中を点検してから みんなのいる部屋にやって来てカーペットの上で横になってシッポを振るのが 毎回のおきまり。 夜は 私と彼の間にやっぱり割り込んで眠っている。チョロちゃんは彼が大好き。チョロちゃんのお顔はいつも彼の方に向けて横になっているほどに。 今回のインプラント事件で 熟睡型の私でも 何度も夜中目を覚ましてしまい チョロちゃんに癒された。 夜 痛みで起きると チョロちゃんが目をまん丸にしてこちらを見てくれていて 彼自身も夜一人で起きているのは暇だから嬉しそう。 「チョロちゃん。すごい歯が痛いねん。。。どうしようかなぁ」なんて チョロちゃんのお腹に顔を寄せてつぶやいてみたりする。 グルグルグルグル。。。私の痛みも その間癒される。 動物によって 癒されるというのは本当だと思う。しんどくても 痛くても 泣きたくても 自分の弱さを出しても どんな時でも 優しくかわいい心でゆったり受け止めてくれる。 動物をかわいいとか 動物によって心を動かされるとか 動物にありがとうとか そういう風な感情を持たない人でなくて よかった。私は 動物が好きですごく得をしているなぁと正直思う。 動物が一緒にいることで その姿だけでも可愛すぎて苦しくなるし どうしようもなく孤独な時やすごく寂しい時 動物の存在だけで その温もりに触れるだけで 安心して癒される。 チョロちゃんは 私や彼など大人には 我が儘で 腹が立ったりしたら 噛んだりする時があるけど 娘達には 絶対に噛んだりしない。自分より小さいってことを知っている。誰が教えたんだろう?彼女達は チョロちゃんの上に乗ったり チョロちゃんを自分の側から離れないように押さえつけたり オモチャを頭などに乗せたりしても されるまま我慢している。 それに比べ 人間は 子供の時から ずっとずっと成長していないよな。。。子供時代の方が 動物に対して心が開かれている気もする。 いつから 子供は 動物が人間のための物 食べ物・着る物・娯楽の物・・・と思うんだろう。。。もし 子供達が現実に起こっている様々なかわいそうな動物達のことを知ってしまったらどれだけショックを受けるか。。。そして 純粋な子供達は 人間の我が儘のために生涯苦しんでいる動物たちを助けようとするだろう。 自分の娘や他の子供たちを見ていると 本当に自分と対等に動物に接しているのがよくわかるし 見ていて心が和む。 やっぱり 子供を育てる大人が 動物のこともっともっと大切にしていけば 無頓着に動物の存在を考えるようには育っていかないのだろうな。。。 私の動物好きの娘達のため そして たくさんの純粋な子供達のため そして愛すべき動物達のため みんなが平和に過ごせる地球に少しずつ近づいてほしい。 チョロちゃん また 一緒に寝ようね。そのときは 私の彼をあなたに譲ってあげるからね。
2006/09/01
インプラントの治療を終えてからというもの 痛みで夜も浅い眠りからすぐに覚めてしまう。 普通 あんまり痛みはないらしい。。。私は心配で歯医者に向かうと やっぱり雑菌が入っていたよう。。。だから 抗生物質と痛み止めは必要だって抗議してたのに。。。 ポーランドでも こちらからナニも言わなければ 先生は手術をしてそれで任務終了って感じ。 こう思うと 日本という国は ナニからナニまで世話をしてくれるから 患者がなにも知識が無くても向こう側から 薬やら治療方法やら用意周到な程してくれるから 安心だなぁ。 私が突然 痛みのため静かになりだし いつものように動かなくなってしまった。 そういう時って やっぱり 私の彼って頼りになる。 痛みがひどくて不安でいる私を悟ってか 仕事を中断してくれ 共に歯医者に付いてきてくれた。 やはり こういう深刻な事態だと 自分の英語力では 自分自身頼りない。自分の言いたいことと歯医者が伝えたいことをなるべく正確に理解し合わないと大変なことになりそう。しかし 私の彼って日本語がそんなにできないから ヒンディー語と日本語ミックスのいつも通りの会話。 なんだか 海外で病院にかかるというのは やはり不安はつきもののようです。 夜 痛みで眠れない私は フーッとため息をついたりして コロンコロンお布団の上を転がったりしている。そういうことにすぐ気づいて 「痛いの?」と聞いてくれる彼。 私は「ねぇ ずっと痛みが続いたら きっとインプラント抜いてくれるよね?」なんて 弱気なことも言ってしまう。 時折 私の彼は 本当に私のこと考えてくれているのかわからない時がある。私が悩んでいる問題点に触れようとしなかったり 冗談を言ってはぐらかそうとしたりするから。本当は彼の中ではすごく考えてくれているのを知っているのに 私は言葉を待ってしまう。 海外にいると お互いの両親がいないからというのもあるけど 夫婦だけで自分たちの家族のことをしていかないといけない。当たり前のことだけど たまには 子供を安心して預けたい気持ちにもなる。特に体調が不良な時は。。。 2・3日は 幼稚園のお見送り・お迎え ご飯をあげたり お風呂に入れたり 歯磨きしたり・・・もう一切を彼に任せました。 自分でも認めるくらい 私は本当に彼には ありのままの姿を見せつける。彼が迷惑だろうが 寂しがるだろうが関係なく。我が儘なんでしょうね。でも 唯一 私の本当の気持ちを理解してもらいたい相手だし 他の誰にも甘えることはできないからそうなってしまう。彼の前では 私は子供みたいです。 たまに 彼の口から「僕は3人の娘(私+二人の娘)を持っているみたいだなぁ」と聞かされると 本当にそうかも・・・と思う私。 インプラントを抜くことになっても そのまま使えることになっても もうどっちでもいいやぁなんて 投げやりになってきている私です。
2006/08/31

歯って 本当に大事だなぁって痛感しました。 小さい時から 歯が弱く すぐに虫歯になって 歯医者に嫌々通っていた記憶があります。だから 歯が抜け代わって 永久歯が生えると一生懸命に歯磨きをしていました。しかし 虫歯になるんですよね。。。 小学生の頃 多分そんなにひどい虫歯ではないのに 歯医者さんが隣の歯に虫歯が移ってはいけないと奥歯を一本抜いてしまいました。今の私だと歯を抜くなんてよっぽどのことでない限りはしない方がいいとわかっているけど あの幼き頃の私はされるままだった。 妊娠して出産するうちに かなり歯や歯茎が弱くなってしまいました。気づいたら 虫歯も増えてるわ 歯周炎になってるわ。。。 特に ここ数年 小さい時に抜かれた歯の隙間が狭まっているとはいえ 物が詰まったり それを気にして食べていると口の内側や舌を噛んだりする。 インプラントしてみようかなぁ・・・と思うようになってきた。 しかし 歯医者にかかるのは 日本がいい。でも そのたびに日本に帰ってられないし。。。 前回 日本に帰国した時 思い切って親知らずを抜きました。抜こうか抜くまいか迷っていたけど 海外で時折ズキズキ痛んでいたし 少し虫歯になっていたので いい機会だと。 だけど 日本の歯医者がいいって思い込んでいた私は 大変な目に遭いました。 親知らずを抜いた日 抜いた場所からポロンと固まりのようなものが落ちてきて そこから異臭が。。。それから ひどい痛みがやってきました。 その頃の私は母乳をあげていたので 薬はできるだけ飲まないようにしていたけど 薬なしでは痛さで狂いそう。我慢できず薬を飲み その日を境に母乳を断つことに。 あまりにも痛さも治まらず おまけにニオイまであるから 慌てて歯医者に行ったけど 「順調です」の一言。それでも 次の日も次の日も痛いし臭う。だんだん 抜いてくれた先生が信じられなくなってきて 代わりの先生を呼んでもらった。そうすると 血の塊が取れて そこからニオイが発生していたらしい。鎮静剤と消毒を慌ててしてもらい 遅い発見だったのでそれからまた回復するまでに時間がかかった。 結局 日本でも 運と先生しだい。 ここポーランドでするのは ひどく悩んだけど 毎日食べるたびに 歯のことを気にするのはしんどい。一度してみようかなぁ・・・ 万が一 合わなかったら そのときはインプラントはずしたらいいかぁ・・・ インプラントの治療のこと インターネットで調べてみたけど 日本とポーランドでは違いがやはりありそう。 日本では 始終 衛生的に治療が行われていそうだけど 私の場合そういう風ではなかった。治療室には 私の彼も自由に入れるし 他の患者さんが来たら 助手の人はそのたびに外に出て行ってはまたそのまま帰ってくる。ネジを入れ込む時も 隣の歯が横に倒れてきてるからと かぶせ物を削ってるし。。。インプラントのために開けた骨の穴に菌が入ったらどうするんだろ?とこちらが心配してしまった。 治療が終わった。私は 麻酔が切れたときの事を思って 「痛み止めと抗生物質が欲しい」と言い張ったが 先生はそんな物必要ないとおっしゃられる。 いやいや 前回の親知らずの件もある私は 「痛み止め」は絶対にほしいと言い張った。 ひつこく言って 痛み止めと抗生物質を手に入れよかった。やっぱり 麻酔が切れると痛く我慢するのはしんどい。インプラントをした場所は 自分でイソジンを塗って一人で安心しています。 歯って 人生を大きく揺るがすよね。。。 私の苦しみの経験を生かして 子供には 絶対に虫歯を作らせたくない。娘二人は今のところ虫歯ゼロ。やっぱり 子供の歯が虫歯になるということは親の責任以外考えれない。 子供が 虫歯になって 歯が痛いなんて想像するだけで ぞっとする。歯医者に連れて行くのも大変だろうし。あの 歯を削るキーンという音 私でも怖いもの。 子供には あんまり甘い物をあげない。昔カルシウムがあると評判だった牛乳もあげない。今の牛乳なんて薬を飲ませてるのと同じだもんね。代わりに ナッツ類やトウモロコシをスナックに。 大きくなったら彼女らの自由だけど 小さい間には虫歯は作らせたくない。子供の歯が健康のまま命を終えると永久歯は強い歯で生まれてくるというからには これは私たち親の任務。 またまた 考えてしまうこと。 私は あんまり痛み止めを飲みたくない。薬はほとんど今まで飲んだことがないから 痛み止めも多少我慢できる範囲なら我慢してみたい。。。 けど 人間って勝手だよね。。。つくづく思う。私はインプラントするのに麻酔を打ってもらった。だから 痛みはわからない。そして 麻酔が切れたら また痛み止めの薬を飲むことができる。 しかし 動物実験の動物たちは 麻酔も打ってもらえず 治療もしてもらえず もちろん 痛み止めの薬なんか与えてもらっていないだろうに。。。薬の開発のための実験用としての薬は与えられるでしょうが。。。 お肉となる動物達も。歩く場所もなく所狭しと詰め込まれた環境の中生かされている。眠る時 いったいどうしてるんだろう?寛ぐこともできず 毎日毎日 ストレスの中生きてきて 人間様の食べ物のため一生を終える。そんなお肉はストレスでいっぱいだろうな。全然 不健康的なお肉。 ヨガをする人は 絶対にベジタリアンでないといけない。インドでは当たり前。 お肉は 殺されるとき 絶対にストレスを感じて殺されてゆくから 当然のごとく そのお肉にもストレスが混じっている。そういう物を口に入れるとストレスも一緒に口に入れると同様。だから きれいな体にはならない。これはヨガの基本。 インプラントしてしまったけど さて これからの経過がどうなるんだろ。雑菌も入らず 2ヶ月後にはセラミックの歯を利用して普通に食べれる感触を楽しめてたらいいな。
2006/08/30

この写真の彼は インド映画ビックスターのSHAH RUKH KHAN(シャー・ルク・カーン)です。 私は 彼が好きでした。顔立ちとどんな映画の役でも彼らしさがでている感じで好感が持てた。それに 学生時代 好きであった女の人と 宗教の違いで彼女の家族から猛反対を受けたけれど 説得に説得して結婚できたらしい彼の過去もいいし 無名からインドで一番の有名人になったのに浮気をしている噂も全くないのはよろしい。 しかし 最近のインドの新聞で 私は彼にショックを受けました。 シャー・ルクの記事を紹介します。 一つはペプシーについての意見。 'we are a filthy country. our ground water is bound to be contaminated. we have no health standards. the vegetables we eat are contaminated. just because pipsi is a multinational,people are pretending to be shocked. i have no moral conflicts. i drink pipsi,my son drinks pepsi and i endorese pepsi.' 確かにインドという国は衛生面では汚いかもしれない。彼の言うように 地下水も野菜だって汚染されているかも。だから 自分も息子にも飲ませ続けるとおっしゃている。 しかし 明らかに発ガン性殺虫剤の度合いが高いと国自体が調査を行い 三つの州が政府関係や学校での販売を禁止しているのに。。。 というか ペプシーとかそういう飲料水はあんまり子供に飲ませるのはよくないと どこの国でもわかっていることなんだけどな。。。しかし インド人の子供はよく炭酸飲料水(コーラーなど)好んで飲んでいるし 親もためらいもなくあげているな。 二つ目には 彼が作った映画について。 シャー・ルクは テクノロジーを利用するのが好きらしい。自らプロデゥースした映画『Paheli(ナゾナゾみたいな意味)』では 一匹の美しい青い鳥を作るのに かなりのお金をつぎ込んだみたい。たった一匹の青い鳥をテクノロジーを利用して飛ばせることができるのに たくさんの本物の鳩を利用したり ラクダや牛なども出てくる。 インドの政治家で動物愛護運動を支持しているMANEKA GANDHI(マニカ・ガンディー)から かなり批判を受けている。彼女は首相であったインディラ・ガンディー(インド初代首相ネルーの一人娘)の息子と結婚したおばさま。 彼女は この映画を鑑賞した後 批判的。どうして あんなに莫大な本物の鳩を利用したのかと問われた シャー・ルクは 'now with technology she wont have any problems.we can make animals,beat animals and even eat animals.' 大半の人間は こう思っているのかも・・・と感じ そして こんなに有名な人から口にされたのがショックだった。 確かにコンピューターなど使ってなんでもできる時代ですが その中でもなにをしてもいいということではないような。。。(むやみに殺したり 虐待的なことをしたり・・・)本物の動物を利用するよりは はるかに良い傾向ですけどね。テクノロジーは使い方次第でいい方向にも向かう。 実際でも行われていることですが 人間は 動物を自由に殴り 殺し そして好き放題食べれる権利が本当にあるんだろうか。。。 変わりつつある現代では 映画監督の中には 映画は動物には関係ないことだから(動物は映画なんか見ないし 人間だけが楽しむ娯楽だから) 動物を利用しないという人もいるのに。 PETA INDIAでは 菜食を進めるために ベジタリアンの有名人から言葉をもらったり 活動に参加してもらうようにしています。その中に あんなに有名なシャー・ルクがないことに私は薄々不安は抱いていたのでしたが。。。 さて インドでも 中国の狂犬病予防のためむやみに殺されてゆくニュースが出ています。 PETAより署名ができるようになっています。 アメリカ政府は 寄付金を出すから 犬達を殺すより予防接種をするよう願いを出したらしいですが。 ある中国の女の人が アメリカの友人に手紙を出し明るみに出たということで この中国ではどうすることもできないのでと。。。 私は中国に旅行したことがあります。石窟を見たくて なんだか遠いところまで 電車で2泊以上かけて行きました。たったそれだけが見たくて中国に入ったのですが あんなに疲れた国は初めてです。私には少し苦手な国かな。 犬やネコが食用とされている市場も見たことがあります。すごく静かでした。あんなに犬やらネコが檻にいるのにね。。。 私はどうしたらいいのか わからなかった。本当に食べるんだ。。。目の前で同朋たちが殺されてゆく恐怖を味わって いつか自分の番が来るんだろうと知っているから あんなに黙りこくって丸まっているしかなかったんだね。 食用になる犬 ネコ だけではなく 人間に支配されている命ある生き物 感情ある生き物は 絶対同じように恐怖が一杯詰まった中 生きているはず。牛 豚 鶏など 食べ物としか見なされない生き物たち。 本当に人間は彼らの生涯を自由に自分の手の中に転がして まるで生命を絶たせる選択ができる死に神のように振る舞ってもいいのでしょうか。。。
2006/08/23
私自身 宗教は持っていないのですが 興味はとてもあります。 映画『十戒』はとても面白かった。私は けっこう 古い時代を舞台にした映画が好きなので。 『十戒』といえばモーゼ。彼の生い立ちには謎がある。 その時代 エジプト国に支配され 奴隷として生かされているイスラエル人(ユダヤの民)は 救い主が現れるのをいつも待っていた。そんな中 家臣が エジプトの危機を知らせ 「ヘブライの今生まれてきた赤子を皆殺しにするよう」進言する。 あるヘブライ人の女が 生まれてきた赤子を殺されないように 籠に入れ川に流す。それを たまたま水遊びしていた未亡人の姫が拾い 神様が授けてくれたと喜ぶ。しかし 侍女が奴隷の印である布を見つけ反対するが 姫は侍女に秘密を守らせ育てることに。その赤子がモーゼ。 成長した彼は 才能もあり 時の王ファラオの期待の星でもある。実子ラメシスは嫉妬を抱きどうにか モーゼを陥れたいが無理。世襲王女ネフレテリもモーゼに夢中。どうにかして彼を次の王として迎え結婚したい。 しかし ネフレテリとモーゼが結ばれようとする夜 侍女が昔の秘密をばらしてしまい モーゼは真実を知ることに。 それから 次の王の座を退き 同じ民である奴隷を救うため 兄弟であったラメシスと戦う。その間 神の声を聞いたり 追っ手のラメシス軍から逃れるため杖で紅海の水が割れ道ができたり 石版に書かれた「十戒」を授かる。 この映画で理解できたのが 「過ぎ超しの祭り」について。ラメシスがモーゼの言い分を聞かず 神を拝めず ヘブライの長男を殺すと命令したとき 神がお怒りになった。そのお怒りに触れないために 子羊の血を玄関のドアの周りに塗ること。神の言葉を受け入れた家には子羊の血がついているので 見逃され ナニもついていない家の者には災いが起こされる。 勉強不足の私が 最近知ったことですが。。。 年代順に。。。 ユダヤ教は 唯一神エホバを崇め 現在「旧約聖書」と呼ばれているものを信仰している。 キリスト教は 同じ唯一神エホバを崇め 「旧約聖書」と 生涯ユダヤ教徒であったイエスの言動などを綴った「新約聖書」を加えて信仰している。 イスラム教は 同じ唯一神エホバを崇め 「旧約聖書」とコーランを重ねて信仰している。 この3つの宗教は同じ神を信仰していることに驚きました。しかし スタイルが全然違う。 今まで 旅行などで20カ国以上を回って いつも面白いなぁと感じることには 大概宗教色が出ているものばかり。多分 私にとって 宗教が自分の世界にはない不思議なモノに映っているだけかもしれません。 宗教は様々ありますが 一番気になることは それぞれによって 動物への対応が違うこと。 ヒンドゥー教では 牛が神様の乗り物として敬われています。牛は絶対食べ物にはなりません。 イスラム教では 豚が汚い生き物と嫌われ 食べるなんてことは想像もつきません。 仏教では 殺生はよくないことです。 しかし 時代も変われば 宗教もそれなりに変化が加えられているみたいです。 仏教の国タイでは 毎朝 お坊さんが托鉢のため家々を回っているのですが 捧げ物の中にはお肉類もこの頃は入っているようです。それを聞いたとき 少しがっかりしました。お坊さんとして修行している身なのだから 本当の仏教の教えに従って菜食でいてほしかったな。 イスラム教では アッラーの神の名を唱えられずに殺された動物や苦しみながら死なされた動物は絶対に食べ物にしてはいけないらしい。現在の工業生産の中飼育されている家畜たちのお肉が 店頭に並んでいる今日では イスラム教は食べてはいけないものになる。イスラム教の方用のお肉屋さんもあるらしい。 また ビック・イベントの「断食開けの祭り」と「犠牲の祭り」がある。その犠牲として羊などが屠られ 貧しい人たちと分かち合う。聞いたことがありますが 羊といえば有名なオーストラリアからはるばる狭い箱船?に乗せられ その旅程でかなりの羊が命を失ったり 怪我や病気に冒された上に イスラム圏に着くや 宗教の犠牲として殺されてゆくらしい。 PETA INDIA イスラム教のページより。 キリスト教の人では 金曜日にお肉を食べない方もいるようです。ここポーランドにローマ法王がやって来たときは その期間だけ アルコール類の販売が禁止されていました。私には お肉の方が罪深いと思うのですが お肉は普段通り。アルコールは 自分でコントロールすれば別段体に悪くないのだし 酔って醜態をついてもそれは自己の問題。お肉は 今まで苦しまされ飼育された中 悲惨な殺され方をして その腐りつつある固まりを食べるわけで やはり罪深い気がするな。 イエス・キリストは菜食主義だったとも言われていますし キリスト教の本来は菜食が基本だったらしい。どうして 変わちゃったんだろ。 ユダヤ教は 昔のまま服装や食べ物や信仰のスタイルが変わっていないらしいです。キリスト教やイスラム教両宗教を認めていない。確かに ユダヤ教から二つの宗派ができたのだから 納得もいきますが。 今でも「過ぎ超しの祭り」が昔のように行われているみたいです。 ほとんど宗教心のない私には 宗教によってできあがったもの 例えば 道ばたにマリア像が飾られていたり 国によって全然違う仏教のお寺を見たり カラフルなヒンデゥーの神様の絵や イスラム教のコーランをスピーカーから大音量で流されているのを耳にしたりすると なんとなく 異国な感じで面白い。 でも 宗教によっての動物への犠牲って なかなか変わりにくいだろうな。。。しかし ヒンドゥーでもイスラムでも仏教でも 命の犠牲をもっと少なくするためベジタリアンである人がたくさんいるわけだし それを同朋に進めているわけだし・・・奥が深いです。 しかし 宗教などに縛られていない私達って どういう訳でお肉を食べたり どういう訳で菜食を選んだりするのだろうか。。。それも 興味深い。 宗教があっても なくても 地球の平和を願う気持ち 私達の次の時代の人達への配慮は きっとみんな同じはず。だから 自然にも優しい 貧しい人達にも食料を配れる そして 同じ地球に生まれた同じ一つの命を持った動物たちを尊厳できるため ベジタリアンになる動きがもっとたくさんの人に伝われば 地球は救われるんだろうな。
2006/08/22
インドでは 大雨が続いているみたいで 大変そうです。 が インドの新聞に載っていた写真を見て なるほど やっぱりインドね。。。 床屋のおっさんが 膝くらいまでの水浸しの中 一人のあんちゃんの髭を剃っている光景。 大雨の中 床屋に行こうとする人もいるんだから 床屋もいつも通り開けて待っていたんだね。 結局 インド人って どんなことが起こっても 堪えないのよね。。。素晴らしい。 昔のことですが 私は 大雨のインドに滞在したことがあります。 ゲストハウスから一歩出ると 道は膝まで水浸し。きっと 汚いだろうな・・・とは思いながらも 若かった私はずんずん進んでいって インドの町並みを楽しんでいました。 多分 それがきっかけで 足の指の方にできていた怪我に 菌が入り込んでしまったのだと思う。歩くたびにずきずき痛むようになり 怪我もすごく汚い状態になりました。 それから熱が出てきたりして 一人の日本人のおじさんが 私の足を見て 「きみ。これは 破傷風になるよ」と心配して 消毒薬などを買いに行かして おじさん自身が私の足の汚い物を取り除いてくれました。すごく痛かったけど 破傷風になると命を落とすこともあるものね。。。感謝です。 やっぱり 雨が溜まった道には 汚物やらがゴチャゴチャになっていて 病気になってもおかしくないんだろうな。。。免疫もないし。 さて the Times of Indiaより インドのニュース。 インドでは 最近 三つの州(M.P・ケララ・グジャラート)でコーラーやペプシーなどのsoft drinksが 政府関係のオフィスや学校などで 販売禁止にしたようです。 環境省などが調べたところ 規定による数値よりも24倍も高い濃度の発ガン性殺虫剤が含まれていたらしい。 あぁ 恐ろしい。。。だけど インドという国を考えるとそういうことも有りかな・・・なんて。 インドのイメージが悪くなりそうだけど 私の好きなインドは やっぱり 自分が一番大事で他人はどうなっても関係ない っていう気持ちが結構丸出しに出ている。 自分の利益のためには 他人がその被りをどう受けたっていいというか・・・ これは 人間の本性だと思うけど 普通 それを隠そうとるのもまた普通のこと。インドでは 結構明らかにそれが見受けられる。 私の彼は 自分のインドが あんまり好きではない。もちろん 母国として懐かしむ気持ちはあるけれど インド人の人を騙す習性や自分さえよければ・・・という風潮には参るらしい。 私達は インドに帰ると バイクに乗って よくデートする。子供達はチャンスとばかり実家に預けて。 47度を超す気温の中 普段はあまり受け付けないsoft drinksが欲しくなる。thumbs up・limca・cokeなど。 「あぁ おいしいね。なんか缶よりもガラス瓶の方が 泡がシューッとしていてもっとおいしくかんじるよねぇ」 なんて のんきなこと言ってましたわ。 普通に生活していると コーラーとかって体に悪いから水のように飲んではいけないと思っているけど インドのあの灼熱では あの泡がおいしい。もしかして 発ガン性の殺虫剤のおかげで他の国で飲むよりもおいしく感じていただけなのかもしれません。 体に悪い物って おいしく感じるようにできているって言うじゃありませんか。 マックなどのファーストフードなどね。。。きっと薬漬けのお肉さんたちにも似たような薬を投入され 規定以内だから大丈夫とされているのかも。。。 軽い中毒症のようなものが入っているから 何度も何度も欲するようになってたりして。 また さすが インド!と思った事件があります。the Times of Indiaより。 それは 鳥インフルエンザのチキン。 鶏を世話していたインドの方が 鳥インフルエンザにかかって死んでいました。この春頃です。 そのインドのチキンの大部分が日本への輸出みたいです。 なんか 私は怖かった。。。インドの人は絶対自分の食べるチキンは汚く育てないだろうって気がするもの。。。輸出するから関係ないって感じで衛生状態も悪かったんだろうなと想像してしまう。 知り合いの方から こう質問されたことがあります。 「インドに住んでいた方が インド人に貝を捕っている場所に連れて行ってもらったとき ひどく汚くてびっくりしたらしい。インドってそんなに汚いの?」 見てしまって それから食べれなくなったそうですが インドでは そういうこと普通かも。 貝って どんなに動物実験して大丈夫という判定がでても その毒が結局人間にはどう反映するかわからないとも聞くから ましてや インドで貝なんぞ毒がたくさんある貝なんぞ食べるって 私には絶対にできない。 インドでは 菜食の人多いけど 一つは衛生面の問題で食べる気をしなくなった事実もあるだろうって気もする。豚がゴミをあさってる姿 普通にあるし インドの人 豚肉ほとんど食べませんもの。イスラム教 ヒンデゥー教にかかわらず。 私の場合は 同じインドの土地で あんなに リアルに鶏が一束に足をくくられ 逆さまに自転車の後方に吊され チキンの店に運ばれ 自分が気に入った生きた鶏を選んで 自分のために殺されるサイクルに めまいを起こしたゆえ ベジタリアンになろうってしただけなんですけど。 こんなに問題がある国インドですけど やっぱり 私はインドが好き。
2006/08/18

娘達が大好きなアンパンマンの映画「夢ネコの国のニャニイ」のニャニイちゃんです。 アンパンマンのお話は 私も好きです。自然がいっぱいで 電話などもない。 なによりも ジャムおじさんが優しさを教えてくれている。子供たちが お友達にも動物にも 誰にでも優しくなってくれたらいいのにな。 チョロちゃんが 朝早く4時頃に 大きな声で ニャーニャーと鳴き散らすから 私達は目を覚ますしかなかった。。。 寂しがり屋のチョロちゃん。一人だけ起きているのはイヤみたい。その声で下の娘ベベまで目を覚まし それから一睡もしないまま 彼女は幼稚園と向かわれた。 ベベはとてもチョロちゃんに意地悪するのが好きみたい。。。あんなに 鳴いて駄々をこねていたチョロちゃんも ベベが起きたのを知ると そそくさと違う部屋に行ってしまった。 前々から とても気になっていたことがある。ネコを触っていると思いがそこに馳せてしまう。そことは三味線である。 三味線って ネコの皮を使ってできているって聞いたことがある。。。でも 今時そんなことするの??とも思ってもいた。 あんまり 知りたくはないけど 気になっているよりは わかった方がスッキリするというもの。 調べてみると やっぱり ねこの皮を使っているようでした。 説明にはこういう風に書かれていました。(日本語では字化けして読めなく 外国人向けの方があったのでそちらの方を) 三味線に用いられる皮には三つのタイプがあります。 最高級で良い音を出すのが ネコの皮です。しかし 一匹のねこから一枚しか取れず 値段が高いので 一般的に利用されているのが 犬の背中の皮です。 しかし ネコの皮も犬の皮も長持ちするのが非常に難しい。 温かすぎる場所や湿度が高い所に置いておくと すぐに痛む。 新しい皮で2年くらいまでが いい音色を出す。 *ネコの皮 これが伝統的なスタイルである。ネコのお腹の部分を使用。雌ねこの場合だと交尾未経験の物を選ぶ。交尾の際 雄ねこに皮を引っかかれてしまうため。 *犬の皮 背中の部分を使用。普及品や練習用などに用いられる。ネコの皮に比べ 強い音が出る。しかし すぐに痛みやすい。この頃では コンサートなどのような場で好まれて使用されている。 *プラスティック製の皮 最近では好まれているが 音質がネコなどの皮に比べ良くない。1980年代に普及し出した。壊れにくいが 高温には弱い。 三味線の歴史は 盲目の人たちが弾いて その日暮らしの生計を立てていたとか。 伝統ある三味線。ちっぽけな私がなんだかんだ言うことはできないけど 思うことはある。 きっと ねこ好きな方の中にも 三味線を弾いている人はいるだろうな。 しかし その三味線となったネコは いったいどこから来たのだろうか?犬の背中の皮も。 私と彼は 楽器に使われる動物のことを話し合ったことがある。 人気であるインドのタブラーも山羊の皮を使用している。太鼓などにも牛の皮が利用されているらしい。 音を出してくれている皮たち。しかし そのためだけに殺されてゆくのはやっぱり申し訳ない気もする。 たとえばで 夢のような話かもしれないけど。。。 一緒に長年暮らしていた愛するねこが死んでしまった。しかし 離れたくないから 思い出として三味線をその愛するネコから作って 弾いて彼女の思い出を懐かしむ。。。 。。。そんな風に三味線ができていたら なにか救われるような気もするんだけどな。 そんな皮のことや動物実験などのことを思うと 殉死という言葉が浮かんでくる時がある。 人間のため ナニかのために役に立って死ねるのだから 無駄な死ではなかったのよ。。。 そうだろうか。。。その本人に聞いてみないとわからない。 私は痛いのもイヤ 苦しむのもイヤ そして人が喜んでくれるからって そのために短い命を捨てさせられ毛皮になったりして 私の命がなくなったのに その私の殻だけが 誰かの肩の上に乗ってずっと生きているなんて イヤ。 チョロちゃんを触りながらウトウトするのは とても気持ちがいい。 あぁ なんてきれいな毛がついているのぉ・・・ 彼に 「ねぇ ネコの毛もファーとかに利用されるんだって」と言ったら 「そんなん 毛並み見たら納得いくじゃない」って返された。 確かに ネコの毛とウサギの毛ってすごく似ている。犬の毛とキツネの毛もね。 伝統とか大事かもしれない。しかし その代わりになる物があるならば それでもいいや。なんて なんにでもに固執していない人がする言い分かしら。 ネコが好きだから 嫌いだから。牛が好きだから 嫌いだから。鳥が好きだから 嫌いだから。 人それぞれであるけれど 願いは 動物をそっとほっといてあげてほしい。彼らだって 邪魔されずに 同じように生まれてきた命を満喫したいだろうに。
2006/08/17

チョロちゃんが 再び我が家に泊まりに来てくれることになりました。 可愛すぎて 私と彼 そして子供たちまでもが チョロちゃんをそっとしておかず 意地悪ばかりしてしまう日々がまたやってきました。チョロちゃんには迷惑だろうな。。。 ねこの喜びかたは興味深い。犬のように開けっぴろには喜んでくれない。 実家のラブラドールのモコは 誰かが家に帰ってくると そのたびにスリッパーやらぬいぐるみを口にくわえて シッポを振りながら 「もういいよ。モコちゃん」と呆れられるくらいまで ずっとついて回る。これが毎回なんだから・・・。それを 実家のネコどもが 冷ややかな目で上の方から見ている。 ネコは 遠くから見ているぶんには 喜んでいるのか そうでないのかわかりにくい。 私は チョロちゃんが寝ているのを見つけると 「あっ チョロちゃん!こんな所で寝ていたのねぇ」と駆け寄って チョロちゃんの首からお腹のあたりに自分の顔を押しつける。 そうすると グルグル・グルグル・グルグル(私たちにはゴロゴロというよりグルグルという音に聞こえる)と チョロちゃんの中から音が聞こえてくる。ペロッと顔もなめてくれる。 あぁ 一人で寝ていたけど 寂しかったのね。私が来て喜んでくれている。 しかし いつも喜んでくれているとは限らない。どれだけ顔を押しつけても グルグルという音が聞こえてこない時もある。そんな時はカプッと顔を噛まれる時も。。。あら 迷惑だったのかしら? ネコは正直というか 媚びない生き物。いつも 自分に面倒が起こるのはイヤって感じ。とにかく自分のペースで生きますよってね。 その点 犬は常に人間の側に寄ってきてくれて 気を遣ってくれている。心から人間を好きでいてくれて裏切らない。 あぁ どちらも愛すべき生き物。もちろん どんな動物も見るからに 愛らしいし 一緒に生活を共にしたり 近くにいたら もっともっと彼らのことわかるだろうな。 私たちが 遅く帰宅したり 夜中起きたりすると チョロちゃんは 少し離れていても聞こえるほどのグルグルをしてくれる。なんだか面白い。喜び方は 派手ではないけど 足下や壁などに頭をスーッとすりつけたりする姿が無音で さらに面白い。 我が娘達は すごくチョロちゃんが好き。一緒に寝たがる。上の娘モモは チョロちゃんがナニをしたらいやがるかをだんだんわかってきたみたいで 接し方が優しい。しかし下の娘ベベは まだそういうことがわかっていないみたいで 突然 少しつねってみたりして・・・可愛いと思う気持ちから意地悪しても大丈夫だと思いこんでいる。 だから 最初 モモとベベの間で寝かしつけられているチョロちゃんも やはり 逃げて ベットの上で一人で横になる。少しチョロちゃんが落ち着いたのを見計らって モモは静かにチョロちゃんのそばにブランケットを持って寝に行く。 とにかく チョロちゃんが 我が家でも 図々しく??ブランケットの中に入って眠ったり 日だまりの中気持ちよさそうに転がっていたり 子供の遊びに付き合ってくれている姿は 嬉しい限りである。
2006/08/16
ポーランド料理で人気のプラツキ(Placki)は ポテトのパンケーキという意味らしい。キノコなどのソースをかけたり ケチャップなどで食べます。 材料は ポテトと小麦粉と塩。 作り方は ジャガイモの皮をむき 細かく千切りのようになる程 スライサーですりおろす。 細かくなったジャガイモの上に 小麦粉と塩を混ぜる。少し水っぽい感じくらいで。 フライパンに多目の油を入れる。揚げる感じで。 油の温度が上がってきたら スプーンで適当な量をとって 平べったくなるように落とす。 とても簡単ですが おいしいです。子供もたくさん食べてくれます。パンなどにはさむと お肉のかわりのハンバーガーみたいに楽しめます。
2006/08/14

私は牛が好き。インドの地を初めて踏んだときから 何よりも牛の存在に私の心は奪われてしまった。 動物の目って 本当にきれい。彼らの目を見ていると 自分がなんて汚い心を持って生きているんだろう・・・と思ってしまう。 牛の目。私は大好きです。大きな潤んだ瞳にフサフサとした睫。物静かに物事を見ている。 この頃の私は 弱くなっていて もう 屠殺されてゆく動物達の映像は見れなくなってしまった。もちろん毛皮のために生きたまま剥がされる動物達の映像も。。。ただ 想像して憂鬱になるだけで。。。その想像の中でも 特に あの美しい目が悲しみに変わる姿を思ってしまう。 大好きなインドに また悲しいニュースを知りました。教えてくれたのは インドの動物事情の師匠であるPETA INDIAにより。好きなインドだからこそ 動物にはもっともっと優しくなってほしいから インド人の思いを知るのは大切。 インドが好きなバックパッカーの人 とても多いですよね。私も たとえインド人の彼と結婚したからって インドへの思いはバックパッカーの頃と変わっていません。(変な意味ですが) インドの現状をバックパッカーの人達にも知ってもらいたい。 マリファナして バングラッシー飲んで チャイすすって インド人のおっさんひやかして 聖地巡り のインドの一日もいいけど もし 好きではまりまくっているインドなら インドの魅力の手助けをしているインドの動物達のこともっともっと考える一日もいいかも。そして 私たちの日本の事情も重ね合わせて。 私は 遅ればせながら 今頃 はまりまくっているインドのこと知ろうとしていますが。 少し要約してみました。 ***************the HORROR of the indian leather trade************************* この7年間 PETA INDIAの団体は インドの革の貿易に使われる牛・水牛・羊・山羊が秘密に屠殺場に連れて行かれる状況の調査をした。このインドで殺された動物達の革は イギリス・ヨーロッパをも含む世界中に輸出されている。 革にされる動物達は 荷台に所狭しと詰め込まれ その場所の無さにより 屠殺場に着くまでにお互いが怪我を負ったり 角により相手を傷つけたりする。多くは たどり着く道のりの間に死んでいたりもする。屠殺場に引きずりこまれると 多くの生きた牛たちが見ている前で 汚く血のついたナイフで切られてゆく。彼らが意識があるにもかかわらず 皮をはがされてゆく。床一面は 血の海であり その中には殺された牛の顔が転がっていたままだったり 糞尿も混じっている。 破られた約束・図々しく露骨な犯罪 6年前から インド政府はインドの州に対し動物生存権の改善について公に保証していた。が 明らかに 動物を保護する改善は見受けられない。ライセンスも無く 違法で屠殺が行われ続けていてる。動物に関する貿易・屠殺状況など動物を守る法律は全く守られていず 悲しむに値するもの。小さな仔牛までも含む あらゆる動物達が違法に殺され 革産業の手助けをしている。 ******************************************************************** インドの革がイギリス・ヨーロッパなどにも入ってきていることには 驚きました。もちろん どこの国の革でも 動物の苦痛が入り混じっているのには変わりませんが。 今は 夏だけど また 秋が来て 冬が来る。 そろそろ また毛皮などが準備されているのでは・・・と思うといやだ。 革製品は もちろん 年中 財布やバッグや靴には使われているけど。 私は 大学の時 ルイ・ヴィトンのバッグが欲しくてアルバイトして買ったことがある。財布も。今思えば ブランドにこだわっていた過去さえ恥ずかしい。。。 今では 「お金貯めて あの革のバッグ買おうと思ってるねん」なんて頭にも思い浮かばないけど。タイムマシーンがあったら あの頃の私にこの事情を教えてあげたい。馬鹿だった私でも考え直すだろうな。 この頃は 服でも靴でも鞄でも 革なしでオシャレなものが 簡単に手に入り嬉しい。 というか 私自身 もう革や毛を使った物で着飾ることが なんだかオシャレとはほど遠いものになってしまっただけなんだけど。 いつも 遅ればせながら気づいてしまう私です。
2006/08/10
私は スマップの「セロリ」の歌が好き。 セロリが好きだったり 夏が嫌いだったりという些細な二人の「違い」から 育ってきた環境や男女のどうすることもできない「違い」もあるけど 「つまりは単純に君のこと好きなのさ」という本当に単純な歌詞がなんかいい。どうして二人は一緒にいるのかの理由がわかりそうな。。。 この歌を聴いていると 私と彼の「すれ違い」を思い直してしまう。 私達は よく喧嘩をする。カップルには喧嘩がつきものかもしれないが レベルがかなり違うだろうと予想される。 ベジタリアンになって 気持ちがゆったりすると言う人もいるけど 私達は 特殊なベジタリアンの部類に入るかもしれない。。。 もともと私ははっきり物事をさせるのが好きなタイプ。ベジタリアンとかヴィーガンとか そういう考え方に出会え その菜食主義という枠には捕らわれたくないけど 動物に対する自分の生き方は? これから自分の食べ物をどう自分でチョイスしていくか?どういう風に自分は生きていこうか?など考えていくうちに よりきっぱりするようになってしまった。。。 一緒にいてくれる彼には迷惑かもしれないが 彼に対しても白黒はっきりさせることを強要してしまい衝突が起きる。 育ってきた環境の違いとも国の違いとも言えるかもしれないけど 出会ってから今も継続的にもめてしまうことがある。 一番の原因は 「人間関係」への二人の思いのズレ。 私はどちらかというと社交的ではなく 気の合わない人と我慢して毎日付き合うよりは 寂しくても自分だけの時間を持てる方を好んでしまう。 しかし 彼は違う。結構 たくさんの人と会ったりするのが好き。これは インドの国民性な感じもするけど。 つきあい始めの頃 驚きくたびれた事がある。 出会った頃 私に気を遣ってくれ 週末の土曜か日曜の一日を開けてくれて遊んでいた。しかし どうしてか土日連続では会ってくれない。疑い深い私は ひつこく問いつめ やっと理由が判明した。 彼には 私と出会う前から親しくしていたインド人の年上の男の友人がいた。 週末は朝からフリーマーケットなどに行った後 どちらかの家でご飯を作って一緒に食べ 丸一日お終い。普通の日も 結構よく一緒に夕ご飯を食べる。 私もしつこいから 結局二日一緒にいたければ 彼の友人とともに朝からフリーマーケットなどに行って 夕方も一緒にご飯を作って食べたりしていた。しかも土日どちらも。普段も夕方からそういう日があったし。それはそれなりに面白かったけど やっぱり 私としては 二人きりでいたかった。。。 彼は 私より前から友達である彼には絶対に断れないと言う。確かにわかるけど 私の気持ちはいったいどうなるのだ? インドの人というか 男の人は 彼女より友達を優先するのかもしれない。 今度は 子供ができ家族ぐるみで遊びに行くことが多くなった。キューバでは 結構 気の合うインド人ファミリーがいたので お互い子供を遊ばせ目的 休日をビーチで過ごすというのはまぁよかった。でも毎週となると気が引ける。本当にインド人は毎日でも家族のように会えるのだから。。。フレンドリーかもしれないけど 私は家族だけという時間も大切。 こんな私にも 気の合う合わないというのが外国人にもあって ポーランドに来てからこちらのインド人とは あんまり話も弾まないから 私自身面倒臭くなりどうしても足が出向かない。 そういうことで かなり彼とはもめた。今も時折もめるから 話題にもしたくない程。 一緒にうまくやっていくということは どちらかが相手の気持ちを認め妥協しているのだろうな。 私と彼は 「二人だけの時間」を過ごす時は とてもうまくやっているとも思う。その中に 家族とか 友達とか 仕事上のつきあいとかが入ってきたら混乱してしまう。 喧嘩をした後って すごくイヤな気分。すごく寂しくなる。一緒にいるこの関係に不安にもなるし。本当に彼のことが好きなんだろうか?お互いの人生 お互いが必要なのか?わからなくもなる。 何度か離婚しようと考えたこともある。私達の両方の家族が 私達の喧嘩に困り果ててしまう程で 離婚するかも・・・と懸念までされている。 将来 離婚することがあるかもしれない。私はそれはそれでいいとも思ってしまう。 子供には我が儘としか映らないだろうが。 結局の理由は 自分を押さえてまで一緒にはいられないから。本当に我が儘な理由です。 お互いすごく好きなのはわかる。別れたとしても好きでい続けるだろうな。それならば 別れないのが一番なんだろうな。 「すれ違い」があるから その自分に持ってない物により お互い一緒にいることができる大事な部分だとも思う。やはり 自分とは違う生き方をしていると面白いなぁと思えることもあるし なるほどねぇと学ぶこともある。 一緒にいるようになり 子供もできたのに まだまだ 私達は二人の関係の具合を探っている感じです。 喧嘩をしないカップルという話を聞くと すごく羨ましい。一緒にいるなら 楽しくいれた方が絶対にいいもの。 しかし 自分の感情を抑えることができないということは 本当の私の心は「お互いの平和」を望んでいるのじゃないんだろうな。喧嘩してでもハッキリさせたいのだろうな。。。 喧嘩したからといって 物事に白黒つくわけではなく さらに混乱を招くだけなのに。。。 ♪ウ~ 頑張ってみるよ やれるだけ 頑張ってみてよぉ~ 少しだけ なんだかんだいっても つまりは単純に君のこと好きなのさぁ
2006/08/09

ポーランドで 簡単にベジタリアンが利用できるものを紹介。 写真は 私達ベジ・スタイルの強い味方たち。SOYA MILK(豆乳)・豆乳からできたクリーム(おやつに)・KOTLEY(大豆を固め乾燥させたもの)。こういう物まで ポーランドで手に入るとは思わなかった。 あとは 豆類もすごく豊富だし 蕎麦の実もある。パスタの種類もたくさんある。 嬉しかったのは スープの素みたいのがあること。日本では コンソメスープなどの素を料理の隠し味として使われているけど 鶏ガラなどが使用されていて。。。だめ。 こちらには VEGETAという名のスープの素があります。入っている物はニンジンやタマネギやセロリなどを乾燥させたものを粉にした物と砂糖やコーンスターチなど。料理が苦手な私や たまにはレストランみたいな味がほしい家族のため 大いに役立ってくれています。 野菜もこちらは豊富ですが 特にポーランド人は ジャガイモを自慢するらしい。。。本当においしい。ジャガイモはすごくいろんな栄養素が含まれていると聞くから 安くておいしくて子供が好きと三拍子きたら 毎日のように使わせてもらうしかありません。昔は ジャガイモとトウモロコシだけ食べて生きていた国もあったみたいですよね。。。 果物も ベリー類やプラム・林檎などおいしい。日本でチェリーとかって高いけど こちらでは1KG売りで250円ほどです。毎日 チェリーとラズベリーを食べっぱなし。 もう一つのポーランド人の自慢はパンだそう。たしかに おいしい。種類もすごく多い。しかもヴィーガンにはもってこいのミルクなしのパンも普通にある。 日本では 食パンが普通のパンって感じがあり この頃はアレルギーの人達のために ミルク卵不使用のパンが売られているけど それは特別な感じがあったような。。。 こちらは 植物性のオイルなどを使ってミルクも入れずに焼くみたい。中にはひまわりの種やナッツ類も混ぜていて そのままパクパクと食べてしまえる。どこか酸っぱいような味がするのもあっておもしろい。フランスパンも柔らかいものもあって野菜とマスタードなどはさんで サンドイッチにしたり。 最近 びっくりしたのが靴。子供の靴がクタクタになってきたので さて買わないと・・・とお店に入りました。 しかし 私達はできるだけ 革を使ってないのを購入したい。 見た目からして まさに革という靴もあるけど なかなかわからないのもある。 前入った店では 革か他の物で作ったのかインフォーメーションがないからわからないと言われたので また店員に聞いてもわからないと言われるだろうな・・・なんて思ってたけど 念のため聞いてみました。 ・・・と 店員さんは「見てください。この表示を。マークによって革かその他の物からできあがっているのかが示されていますので。」 革でできあがった物は 動物の体の皮を広げた様な形をしたマークになっていました。表面と中側と区別され表示もされていました。いつのまに こんな風に表示されるようになったのだろう。。。たしか 去年の冬靴を買った時はナニも表示されてなかったのに。。。 以前買った靴屋さんにためしに行ってみると ちゃんと表示されたシールが一つずつの靴に貼られていました。 彼と話していたのですが きっと 動物に対して敏感な人が増えてきたのだろうか。やはり 動物の実情を知れば知る程 もう動物の苦しさに関するものには手を出せなくなるから そういう人たちが思いを訴え 会社側も考えてきているのかもしれない。 日本では いまどうなっているのかなぁ? 日常生活している上で まだまだ 無関心のまま動物に関する物を使っているはずですが ポーランドの様に 食べるものとか着る物とか 普段必要な物が 向こう側から変わってくれていると選択も楽です。 でも やっぱり 誰かが 訴え続けていてくれるから 私はその恩恵を頂いているのだなぁ。
2006/08/07
ラブバード(瑠璃こしインコ)のベベは 11歳7ヶ月で やすらかに眠りました。 この2日間 日本の実家から状況を伝えてもらっていました。 原因はわかりませんが 様子から見ると脳に血が溜まっているのか 歳も寿命といえる程らしいです。 ほんの何日前まで 彼は元気でした。すごく ヤンチャな性格で 親である13歳になろうとするモモ(きっと彼らは親子だと思ってない感じだったけど)を追いかけたり モモを追い払って苺を独り占めして食べたり 私達の肩に乗っては突然噛んだり・・・悪かった。。。 だけど 顔は本当にかわいかった。きっと ブルー瑠璃こしインコの母親譲りの何重にもなった白い目の縁に愛らしく澄んだ瞳を持っていました。 妹が病院に連れて行ってくれました。 先生が「11年も生きているって 上手に育てて飼ってあげてたのね。2・3歳みたいなきれいな目をしているね。かわいらしいお顔」と言ってくれたみたいです。 私は 2日前 日本の家族とメッセンジャーを使って会話をしている時に ベベの様態が急変したのを知って日本に帰りたいと思った。 4年前 キューバに行くことが決まった時点で モモとベベを連れて行く計画でした。 でも鳥を運ぶのは犬や猫に比べて問題が多いこと。特にアメリカ経由の場合許可をしてくれないことも聞いた。その上 私は初めての子供を産み 3ヶ月ほどの小ささで 赤ちゃん用のシートがある下には動物は一緒にできないと言われました。やはり 他の赤ちゃん連れの方に迷惑がかかるのでしょう。貨物だと死ぬ恐れがあるし。。。モモとベベも若くはないし。。。 そういうことで 実家に今までの様に世話を任せることにしました。 日本を出るということで モモとベベが私のいない間に死ぬことは覚悟していました。 しかし 望みはポテッと一瞬で死んでくれること。病気になって長いこと苦しむのはやはり辛い。 ベベが脳がやられているかもしれないと聞いて そう寿命は長くないとは気づいたけど 自分でご飯が食べれなくなったりが続けば 私は日本に戻って最期を見届けたいとこの2日で考えました。遠く離れて ベベのこと考えて泣いているばかりだもの。。。 彼に相談すると「したいようにすればいい。でも べべはお母さんや妹のことを今では信頼しきっているんじゃないのかな・・・」 ・・・そうかもしれない。私が一番初めに鳥を飼いだしたのですが その本人はこの4年家を出て たまにしか帰国しない身。べべは私のことが好きでいてくれるのはわかるけど 本当に助けてくれる人のことをよくわきまえているんだろうな。。。 痙攣を起こしたので また父親が車を出して妹と共に病院に行ってくれました。 先生は「脳の血を循環よくさせる注射があるけど そのショックで死ぬ場合がありますよ。どうしますか?」 妹は 私と同じ考えで 苦しむのを長引かせるよりも そのままの寿命で死んでくれたらという方針をとってくれました。だから 痙攣を落ち着かせる注射だけしてもらいました。 家に着いて 母親が手の中にベベを入れたら そのままゆっくり息を引き取ったそうです。手の中で眠ってくれたということは きっと安心して死ねたのだろうなと思っています。 苦しさから自由になったことで 私はある意味 ホッとしたりしました。。。 ベベは モモとブルー(ブルー瑠璃こしインコ・簡単に名付けています)の子供です。 11年前のこと。ブルーは巣箱に入りっぱなしで出てきませんでした。そっと中を見たら卵が6個ほどあります。温めていました。でもなかなか孵らず よく見ると腐っているのがあるではありませんか。。。家で孵すのは難しいと本にありました。 私達は じゃ あと1週間待とうということに。ブルーも弱ってきそうだし。。。そうして日が近づいて 明日箱から卵を出そうという12月24日のクリスマス・イブの夜中 卵がカチッと割れる小さな音が聞こえました。翌日見てみると フラミンゴのようなピンク色した毛のない赤ちゃんがいました。これがベベの誕生です。 私は鳥が大好き。あの体の形 愛くるし顔立ち くちばし 色合い 声 くさいニオイ・・・おとぎの国からやってきた生き物みたい。鳥は 顔に似合わず意地悪だし。。。そういう所がもっと好き。 鳥のこと。TSUBASAより。 鳥の飼い主への十戒 (鳥の視点から) 1. 私は10年かそれ以上生きるでしょう。飼い主と別れるのは大変辛いのです。お家に連れて帰る前にその事を思い出して下さい。 2. あなたが私に望んでいることを理解する時間をください。 3. 私を信じてください-それが私の幸せにとって重要なのです。 4. 長い間私に対して怒らないでください。罰として閉じ込めたりしないでください。あなたには仕事と娯楽があり友達もいます。私にはあなたしかいないのです。 5. 私に時々話しかけてください。あなたの言葉が理解できなくても、話しかけてくれればあなたの声はわかります。 6. あなたがどのように私を扱っても、私はそれを忘れません。 7. 私を叩く前に、私にはくちばしがあってあなたの手の骨をたやすく噛み砕いてしまうこともできるということを思い出してください。でも私は噛みません。 8. 私を協力的でない、ガンコ、だらしないと叱る前に、そうさせる原因があるかどうか考えてみてください。たぶん適切な食べ物をもらっていないか、ケージにいる時間が長すぎるのです。 9. 私が年老いても世話をしてください。あなたも年をとるのですから。 10. 私が最後に旅立つとき、一緒にいてください。“見ていられない”とか“自分のいないときであってほしい”なんて言わないで。あなたがそこにいてくれれば、どんなことも平気です。あなたを愛しているのだから。 TEN COMMANDMENTS OF PARROT OWNERSHIP - From a parrot's point of view - By Jane Hallander この十戒を読んで自分の胸に手を合わせてみよう。私はべべにとっていい仲間や家族であったのか。離ればなれで住んでいたけど 実家が私の代わりに大切に世話をしてくれたこと感謝しています。 ある意味 自分の子供のような感覚でベベとモモを愛しています。自分の娘達とは違った また別の私の深いどこかで繋がっている大切な大切な存在です。ベベの思い出はたくさんあるから また思い出して笑ったり 泣いたりしようっと。
2006/08/04

私の娘達はとってもとっても動物が大好き。ウンウン いいことだ。唯一自分の子供を自慢できる点。 ここポーランドにも動物園がある。日本のように狭苦しいケージではないとは聞くけど。。。 私が小学生だったとき 担任の先生がみんなに尋ねてきました。 「ねぇ あなた達 動物園にいる動物と自然の中で生きている動物 どちらが幸せだと思う?」 うぅぅぅん。。。幼い私は考えました。 自然の中で生きている動物達をTVで見たけど ライオンや虎に襲われて食べられてしまう。あの場面すごく嫌い。やっぱり 動物園にいる動物は ライオンからも食べられず いつも守られてエサももらえるから 動物園にいる動物の方が幸せ。 先生が言いました。 「本当にあんた達 動物園の動物の方が幸せだと思うの?ちゃんと考えなさい。あんな身動きもできない檻に入れられ 仲間もいない。毎日毎日 人間に見られてゆっくり寛いでもいられないんじゃないのかなぁ・・・・・」 それでも あの頃の小さな私には動物の気持ちは理解できなかった。ペットで飼っている犬は幸せだと 野良犬よりも。。。そういう感覚だったのかも。 果たして 今でも ペットと野良犬 どちらが幸せか計りにくいけど。。。状況によって違うから。。。 今思えば あの小学校の先生っていい方だったなぁと思う。彼女は また鶏の話もしてくれた。 たくさんの鶏たちが狭いケージに詰め込まれる時 エサの側に顔を向けれればいいけど 間違って反対側を向いてしまった鶏は 身動きできないケージの中エサも食べられず飢え死にするらしい。そのケージの鶏は私たちのために卵を提供してくれているのよ。。。 動物園には 幼いときよく行きました。あの頃 そこまで動物達がかわいそうなんて思わなかった。ただ 怖い虎が間近で見れるのを楽しんだり 首の長いキリンを見て喜んでいた。 妊娠している時 彼とさぁ今日はどこ行こうか?とぶらぶらしていると 一人のおじさんがこのチケット安くするから買わない?とやって来た。遊園地の券。そこには動物園も付随している。 何気なく購入して 遊園地を楽しんだ。 そして 動物園も見た。 初めに 一匹の象を目にしました。そのとき 私の彼がポツンと聞いてきました。 「ねぇ なんで あんなに狭い場所に象がたった一匹でいるの?あれじゃ 気が狂うよ。。。」 その悲しそうな彼の顔を見て 私は ハッと気づきました。動物園という存在に慣れていた私はそれが普通のことだったのだけど 彼は初めて目のあたりにして 動物がどういう状況にいるのが一番幸せなことか普通に理解していたんだと思う。 あの日を境に 私は動物園には絶対に行くまいと決めました。。。 しかし その数ヶ月後 あの遊園地が閉鎖されたのを耳にし あの象たちはどうなるのだろう・・・と不安になりました。 モモとベベ 二人を産み 少し大きくなり 日本に帰国した時のこと。 母親が モモとベベを動物園に連れて行かない?と言ってきた。 「お母さん ごめんけど 私そういう場所には子供を連れて行かないことに決めてるの」 母「でも 前見たけど 動物園も変わってきているよ。シロクマの大きなプールもできて 気持ちよさそうに泳いでたのかわいかったよ」 。。。いやいやと言ってばかりじゃ 始まらない。じゃ 一度見学という形で私は行くね ということで 子供を連れて行きました。 やっぱり 悲しいだけでした。 まず 象が2匹いるのはいいですが 狭い場所に木陰さえもない。暑い中 あほみたいにぶらぶら体と鼻をゆすっておくしか やることがなさそう。。。 熊は かわいそうに 一匹ずつ入れられていて 立つスペースもないではないか。。。ぐるぐる檻の中を回っている。 ホワイトタイガー。インド産。彼らも狭い檻を行ったり来たり。はるばるインドから来られたのに。。。インドの草原が懐かしいだろうに。 シロクマは確かに大きなプールが用意されていて 泳いでいる姿がガラス越しから見えるようになっていました。大きいといっても海に比べると水たまり程しかなりませんが。氷のある国に帰りたいでしょうに。 ライオンの場所も 草が植えてあってゆっくり座っていましたが 走りたいだろうな。 ゴリラの場所も 割合広かったし 遊具もあったけど そんなのより 木の上で枝を噛んだり風を受けてウトウトしたりしたいだろうに。 不公平な状態でした。 妹が 「なんかモモ寂しそうだね。。。子供って動物園でははしゃぎそうなものなのに。。。ママを見てその気持ちが移ったのかな?」 そう モモは私の気持ちを察してか喜ばなかった。私はそういう状況を見て 動物好きなモモが将来少しでも 動物の現状に対して傷つかないようにせねばと思いました。 さっそく 帰宅して手紙を動物園宛に書き送りました。 内容は コピーしておいていませんが こういう事を書きました。 象や熊などの 場所の狭さ。子供が私の気持ちをくみ取ってのことか 寂しそうにしていたこと。彼がインド人で日本の動物園を見た時ショックを受けたこと。 インドの国立公園は自然の中にいる動物達を人間が車に乗って見学できること。 すぐに 返事が来ました。キューバからポーランドに来る間なくなりましたが。 返事は 動物愛護団体から指摘を受けていること。象の場所に木を植えてもすぐ投げ倒して植えれないこと。インドと違い 土地が狭くて場所を広めれないこと。 返事を頂き嬉しく キューバに行ってからまた私は思ったことを書きました。キューバからは絶対に届かないので 彼がメキシコに出張の時 日本宛に。 その返事はメールで頂きました。こういう内容です。 * 戦後復興途上にあったこともあり、広大かつ豪華な施設を用意する資源(資金・土地等)に乏しい中で、子供たちに生きた動物の観察機会を与えるなどの目的を果たすため、建設されたといういきさつがあります。このような事情により、当園の動物にとっての居住環境は、特にその広さにおいて必ずしも十分なものではないと思います。一方で動物園は、1,市民の憩いの場、2,社会教育の場、3,調査研究、4,自然保護・環境保全啓発の4つの役割を持っておりますので、より多くの人々が身近に動物に接することが出来る施設であることも求められております。このような状況の中で、△△動物園では、できるだけ自然に近い環境で動物たちを飼育し、動物たちのエンリッチメント(快適な生活)を確保するよう努力を続けております。動物のストレスについては、展示時間や遊具の設置や利用、餌のやり方など運用面で可能な範囲で解消を図るよう努めております。また、展示のために放飼場に出している動物も閉園時間になると寝室に移し、温度などの管理も行い動物の健康にも配慮しております。○○様のご指摘のとおり、一部の獣舎は決して快適なものとはいえないものもあります。都市型動物園であるがための用地不足や昨今の財政難で直ちに改修し、獣舎の拡張というわけには行かない事情もありますが、○○様のご意見も参考にさせていただきながら、少しずつ改善の努力をしていきたいと思います。また、○○様におかれましても、野生動物の保護や野生動物が生存できるための環境の保全などの活動を行われるとのこと、ご活躍を期待しております。今後とも、動物園の社会的役割を見据え、多くの方々に愛される動物園にしていきたいと思いますので、ご協力をお願いします。 *** 今回 ポーランドに来てから メールをしたのですが まだ返事は頂いていません。 キューバで返信を頂いたのですが キューバではインターネットがなかなか繋がらなかったので 遅ればせながらポーランドで感想をメールで述べさせてもらいました。そのコピーまた手違いで削除してしまいましたが 簡潔に述べますと。。。 &&& 経済的な面での問題は動物には関係がないと思います。承知の上 彼らを受け入れたのだから。日本にはたくさん そして 狭い中を生活している動物園がいっぱいあると思います。それならば他の動物園と協力して 一つの広い土地を探して 動物をできるだけ自然の状態の中放してあげれるようにしてほしい。人間が見学できる場所は広めにとっているのに どうして動物園の動物には自由に歩けることもできない狭さなのか。 また 動物園の動物をこれ以上生ましたりして 増やすのはやめて欲しい。 夏休みなどに 子供のための「動物とふれあおう」コーナーなどのイベントも控えて欲しい。一日中触られているウサギたちの苦労や シーズンが終わった後の行方。毛皮や動物実験に使用されていることを聞いたこと。 そして 私が子供を今の動物園には連れて行けない理由。身動きも自由にできない檻や走り回ることのできない狭い場所で 生き生きしていない表情の動物達を見せるのは 動物観察というより 動物を見せ物にしてもいいと勘違いしてしまうかもしれないから。動物虐待に繋がっても仕方がないような気がするので。また TVや本で 自然の本来の姿の動物を見れるので十分だと感じていること。 もう一つ 私的なことですが 私自身好きな人と出会い 妊娠して 大切な子供を育てる経験をした中で 動物園のために捕まえられた動物達にも 愛する家族や子供たち 友達や恋人がきっといたはずで 人間の単なる娯楽のために はるばる遠方から異国に連れてこられ 一人ぼっちで 自然もない中いることを思うと私はどうしてもやりきれない思いがすることをも伝えてしまいました。 &&& 今回のメールは 結構シビアに動物園の存在を反対した意見や動物実験にされるかもということ それに自分の愛する者への思いがきっと動物園の動物も同じだと書きましたので なかなか返事に困っているのかもしれません。私が訪問してから2年が経とうとしているので その間いい風に変わっていたらいいのですが。 夢見がちな意見ばかりですが 最終的には動物園の存在は私は反対です。人間のためという理由が間違っていると思う。 子供には勉強になるから・・・ 本当にそうでしょうか??もちろん 動物と触れ合うことは大切ですが それ以上に大切なのは 動物の本来の姿を見ることなんじゃないでしょうか。。。今はナニもかも可能な時代。TVや本を見ればすぐに本当の自然の中生き生きした動物に触れれるチャンスがいっぱい。 アメリカに行った時 自然博物館の中に象やらキリンやらの剥製でしょうか 見学できるのがありました。どういう過程で剥製にされたのかはわかりませんが 動物園を増やしたり 異国に莫大なお金を払って新しい動物を連れてきたりするよりは 今いる動物園の動物がいつか天国に行く時彼らを剥製にして見学できるような施設が作られたらいいなぁと思ったことがあります。動物園の存在はなかなかなくなりはしないだろうから。。。
2006/08/02
海外にいると 積極的に自分から病院に行かないといけない。 日本では 人間ドックがあって だいたい30歳過ぎると体の隅々まで検査してくれるから 時期が来れば さぁ行こうかってなりそうなもの。 個人的なことですが 私は おりものが結構多い感じがして気になっていた。気になっていても仕方がないので 久しぶりに婦人科を訪ねてみることにしました。 私の父側の家系も母側の家系も ガンを患って亡くなった親戚や 再発を重ねている親戚がいるので ガンにかかりやすい遺伝子が私にもあるはず。 でも この頃は現代の食生活に問題があると言われている。私はそっちの方を信じたいから そういう話を昔耳にした時から 幼いときから受けつけれなかったお肉をいっそう口にしなくなった。今ではヴィーガンです。お肉は生きるために必要な栄養素ではないことを生き証人インド人により気づかされたので。 食生活 特にお肉に関係あることですが 最近 「沈黙の春」(アメリカ人海洋生物学者 レイチェル・カールソン著 1962年)を読む機会があり なるほど・・・と思うことがありました。 彼女は アメリカの田舎町に住んでいました。そこには豊かな自然があり 春には美しい鳥のさえずりが聞こえ 秋には燃えるような紅葉が。森には 狐や鹿がいました。 ところが ある時を境に 何かが変わってきた。家畜の牛や羊が病気で突然死んでいく。美しい鳴き声の鳥たちも木から落ちて死んでいく。人までも死んでいく。 そういえば 少し前に 雪のような白い粉が 屋根やら 庭やら 川やら 野原やらの上に舞い降りてきていた。。。もう 新しい生命は誕生しない。 全ては人間が自ら招いた禍い。誰も空想の物語だと笑うかもしれないが 現に起こっているのに気づこうともしない。 雪のような白い粉の農薬。。。農薬のかかっていない野菜を探すのは難しいです。しかし無農薬やら有機栽培などが ここ何年も注目されてきています。 また 「沈黙の春」の彼女は言っています。 家畜である牛や羊たちが ごろごろ死んでいる。農薬のかかった草を食べてしまったから。驚いたことに 農薬がかかった野菜などの数値は 人や動物の体に入り込むと その数値が増加する。特に肝臓に貯まる。 なるほど。。。よく 栄養が示された欄に レバー(無農薬の飼料を食べているもの)とされているのですが その理由がわかりました。 野菜の無農薬をこだわるのも一理あるけど お肉にこだわることも大事なのでしょうね。体内に入った農薬は体の中で増加されるのだから。 農薬にこだわるということは 野菜や果物だとはっきりしている。きっと 手入れされている時に キュウリやトマトや林檎の上から シューッと撒かれているのだろうな。だから 皮をむいたり よく洗ったりして食べないと 農薬も一緒に食べることになる。。。あぁ怖い。 しかし 家畜の牛や羊や豚や鶏が 農薬にかかっているなんて想像するの難しい。彼らの上から農薬が撒かれているはずないし。食べるのは その中身のお肉なんだから。。。 でも 彼らのご飯である 飼料は農薬漬けなんだろうな。誰がいちいち無農薬のもの彼らにあげるだろうか。。。無農薬とは お金もかかる 時間もかかる。。。何一つ金儲け主義には利益がないのだから。農薬の飼料を食べた彼らの体は 自然の原理で 農薬を倍増してお肉を作っていく それを食べる私達の体は またまた 自然の原理で農薬を倍増して体にためていく。 農薬はガンの原因だと言われていますよね。現代は40代 50代で病気になり死ぬ人が多いのが納得いきます。ぱったりその日で死ぬことができるならいいけど 私はできるだけ病気から遠ざかって死んでゆきたい。子供に迷惑をかけたくない。 私の実家は 私があまりにも口うるさく病気やら動物のことやら言っているので やっと魚や乳製品は摂るけど 豚や牛や鶏のお肉は摂らないようになりました。インドの方の実家は もともとお肉をほとんど摂らないのですが 最近では 実家に滞在した時も一度も誰一人としてお肉は口にしていませんでした。体にもよくないし 殺生はやはり いい生き方ではないみたいです。学ばされてます。 さて いざ病院へ。医療関係の英語は 苦手。。。拙い英語を駆使して 30歳も過ぎているし おりものも多いし 子宮ガンのチェックをして欲しいと伝えました。 一週間待って 結果が来ました。「better than nomal」と冗談を言われ 嬉しかった。子宮ガンではなかった。ただ ストレスによりおりものが多く出るそう。。。 私は 海外を旅行するのは本当大好きだった。今でも 旅行となると目が輝く。しかし 海外にのんびり生活する オフィスなどに行って働くことができないというのが 私にはストレス。贅沢なストレスなのでしょうが 家でのんびりするのは私には向いていないみたい。かと言って 毎日毎日 旅行していた時のように外に出向くこともできない。。。やはり 生活しているから。。。誰かと常に会うということも 私にはできない。。。我が儘なのですが 表面的なつきあいをすることは 私には苦痛で それならば 寂しくても 自分だけの時間を優先してしまう。 いつか チャンスをつかんで夢をかなえてみたいけど 今は 久しぶりにパソコンしたり 本を読んだり とことん自分だけの時間を 自分を見つめてみる時期なのかなぁ。 頑張って婦人科に行ってみてよかった。あれこれ悩むよりも 結果が出るとスッキリするようです。 それに 布ナプキンを使っていることにさらに自信を持ちました。「布ナプキンって気持ちいいなぁ。」にも書きましたが ナプキンの発生するダイオキシンが 体に直に触れていることは やっぱり病気になる手助けを自分でしているのかもしれません。 もっと早く知っておきたかった。。。娘達には 布ナプキンがいいことを伝えようと今から考えています。うるさいママだと言われそうだけど。
2006/08/01
もしかしたら ずっとしたかったことだったのかもしれない。。。 私の乗ろうとしたトラムに 足を引きずり杖をついた男の人が 乗ってきました。トラムが動き出してすぐに 前方から 彼は ナニか言いながら こけまいとバランスをとりながら歩いてきます。 あぁ お金を恵んでもらいにトラムに乗ってきたんだぁ・・・ どうしよう・・・ 私は こういう場面に出くわすのが苦手。「お金を恵む」その行為になにか意味づけしてしまう。お金を渡せる身分でもないんだ・・・ トラムで出会った彼は こざっぱりとした身なりで よく見ると若い。私より少し年上って感じ。前方で 誰かがお金を入れてあげたチャリンという音が。お金をあげない人の方が多いけど あげる人もいる。 なぜだか 今日の私は とてもお金をあげたいって気持ちでいっぱいでした。 これまで お金を渡したことは ポーランドではない。動物関係の寄付には 数度 おばさんの持っている募金箱にお金を入れに行ったことがあるだけ。 キューバでも 動物福祉に力を入れている個人活動をしている方に寄付したことはあるけど なかなか 人に対して渡すのは私にはできない。 インドでは 「バクシーシー」という名で 旅行者の間では話題になる 物乞い。インドの物乞いは かなり大胆でひつこい。 みすぼらしい格好をしたおじいちゃんが ぱっと目の前に現れて 日に焼けすぎた黒ずんだ手を差し伸べてくる。私はひどく戸惑う。。。中には足もない 手もない 目もつぶれている人がいるんだもの・・・ よく聞くのが 一人の物乞いにあげたら 見ていた周りの物乞いが「わしにも わしにも」とどっと押し寄せてくるらしい。 インドでバックパッカーをしていた頃は 物乞いとの距離が私にはつかめなかった。お金を人にあげる行為を日本ではしたことがないんだもの。 確かに 物乞いの人より 私はインドに旅行で来ている身分。お金があるのは当然。彼らにとっては お金のある人からお金をもらうのは当たり前のこと。お金を恵む=喜捨。インドの物乞いの人は ある意味強い。 でも 物乞いをしている子供は やっぱりかわいそう。インドに 二人の娘を連れ外を歩いているとき 私はひどくそう思う。 物乞いをする子達は 娘達を見ると近づいてきて お金ちょうだいと言ってくる。日に焼けたお顔は土埃で汚れている。私は一人で旅している時以上にもっともっと戸惑う。どこかから拾ってきたであろう黒ずんだ服を着て ジュースのボトルについている王冠を集めている。。。きっとなにかの収入になるんだろうな。 私の彼は 「じゃ ナニが食べたいの?食べたいもの買ってあげよう」と 彼らを露店に連れて行ってあげる。 結婚する前 私は彼の実家インドに遊びに行きました。彼の実家からは 私と結婚することは反対されていて 私も彼もお互い迷っていました。 毎日通っていた 神様のシヴァの大きな銅像(私のプロフィールの写真)で二人で寛ぐのがとても楽しかった。その場所で 一人の物乞いのおばあちゃんがまたお金くれと言って 私達の間に割り込んでくる。 彼は「じゃ あの店でなんでも好きなご飯買ってあげるから」とおばあちゃんを連れて行った。私はその姿に衝撃を受けました。この場面から 彼の何か一面を見た気がしました。この人と一緒にいたい。。。私はそう思いました。 たかが おばあちゃんにご飯を奢ったぐらいで。。。本当にそうですが でもなかなかできないことなんじゃないでしょうか。インドでは 貧乏な人のことなんて 汚いから近寄るな 自分にまで不運がつきそうって感じで相手にしない人も多いですから。。。もちろん お金をあげる人はいます。どこの国でも 優しい人 冷たい人の割合は同じです。 お金をあげるより 彼はご飯をご馳走する方が好きみたいです。そうっか・・・ お金をあげることって抵抗あるけど なにか食べ物を渡す方が私にもすんなりできそう。 インドでは 娘と同じくらいの子供たちが来ると スナックを分け合ったりしています。娘の前でやはり同じ子供にお金をあげることはしたくない。お菓子なら「お友達にはいどうぞ」って軽い感覚。いつか娘達も この現状に気づく日が来るけど 彼らのことを自分より下だと見て欲しくない。 お金以前に 食べる物がないのだから ご馳走する形は成り立ちます。たまにインドでも かわいらしいサリーを着て赤ん坊を抱えながらバクシーシーとやって来る。 彼は 赤ちゃんを見ると やはりお金をあげてしまう。。。 しかし 私が「でも 今の彼女 すっごいかわいいサリー着てたよ。お金あるんちがうの?」 そう たまに バクシーシでお金を稼いでいる人もいる。 全部の物乞いの人にお金を渡したりすることは不可能。歩けば物乞いに当たるって感じですもの。やはり 自分の心が動かされた時に渡したらいいんだろうな。 トラムでの男の人は 何故か私の心に響くものがあった。身なり格好からいっても まともな人なのがわかる。きっと 障害などの理由で働くチャンスが狭いのかもしれない。 私たちは 決してお金持ちでもなく 普通の生活を営むので精一杯だけれども たまにコーヒーをカフェで飲む余裕はある。その一杯のコーヒー代くらいだけでも 気持ちだけでも渡せばいいことだけだったのかな。彼にとっては なんの足しになるのかもわからない ただいつも逃げ腰だった私だけの自己満足なのかもしれない。お金を恵む・恵まれるってそういうものなのかなぁ。 私は 一人で旅行している時 よく助けられました。 一度 インドネシアで知り合ったおばさんに 別れ際 「本当に気をつけてね」なんて言われ お弁当も買ってもらい 私のジーンズにお金まで入れてくれました。いやいや びっくりしました。そんな外国でお金を反対にもらえるなんて・・・返そうとしても受け取ってもらえず ありがたくもらいました。 インドでも しょっちゅう チャイやスナックを 電車で一緒のお兄ちゃん達に奢ってもらって私が彼らの荷物を見張っている条件で。。。勝手に私のサンダル使ってるし・・・途中で電車が動かなくなると 私の荷物を持ってみんなで線路を降りて一緒に走って別の電車捕まえたり。。。 ここポーランドでも たまたま5分前に会った日本のおばさんにお茶をご馳走になり選別までもらったり。 私の彼曰く 「貧乏そうな顔してるから かわいそうに思っただけだよ」ってけなされるけど。 ポーランドに着て以来 毎日 車いすに乗った足の無いおじさんがいつも朝から夕方まで 同じ場所で小さな箱を持って座っています。箱のそばには何か書かれています。私はポーランド語がわからないけど なにか理由が書いているんだろうな。。。 毎日毎日出会うから お金を渡してもいいものか迷う。私は会うたびに お金を渡すことはできないし しかし 毎日毎日 おじさんを見るたびに 渡さない自分にどうしてなんだ?と疑問を問いかけている。 ある日 トラムから そんな車いすのおじさんを眺めていました。ある若い女の人が ポンとお金をおじさんに笑いながら渡して走って信号を横切って行きました。渡す方も 受け取る方も なんか恥ずかしい気持ちってあるけど お金を恵んで欲しい人はやはりそこから生活ができるし こちらが恥ずかしいから渡さないだと 本当は渡す気持ちがあるのに おじさんがそれを知ったら やっぱりお金を渡して欲しいのが本音だろうな。一応 そこまで考えがたどり着いたとき 私はやっとお金を渡すことができました。今までのもやもやが少しスッキリしました。 「あげたい」と思ったら その時あげる。 「あげたくない」そう思った時は あげなくていい。 心から 人になにかしてあげたいと思ったら そんな自分の純粋な気持ちを素直に聞いてあげたらよかったんだな。。。
2006/07/27

つい最近の冬は 私たちにとって 約4年ぶりでした。キューバは常夏でしたから。 ポーランドの冬は 初めて味わう寒さでした。ー23度の中 雪が舞い落ちるのを眺めながら 鼻の毛が凍りながら 子供と幼稚園に通っていました。意外に楽しかったです。 さて 寒い寒いと怖がっていても仕方がないので 久しぶりにジャケットを買いました。エスキモー姿を想像していたけど お店にはすっきりした形のジャケットが並んでいます。こんな軽い物で用は済まされるのね・・・ ポーランドでは 帽子の周りにフサフサと毛のついたジャケットが流行のよう。私も素直にかわいいと思いました。でも ファーって動物の毛なのかなぁ?一応調べたけど ナニも書いてなくポリエステル100%。じゃ 大丈夫かなぁなんて 買って着ていました。 昨年秋にポーランドに来る前 私は浦島太郎状態で キューバではインターネットはもちろん 電話はつながらない 手紙は絶対に届かない国でしたから。こちらに来て パソコンを買い直したりしてゆっくりインターネットなど見ていくうちに 毛皮やファーのこと知りました。 すごく ショックでした。自分が軽はずみに買った このジャケットのフワフワ 動物の毛だろうな。何でも作れる世の中だから 人工的に見せかけたfakeだと一人で納得していた。事実を知るとなかなかそのジャケットに手を通すのにためらわれたりもして。。。見るたびに想像したりfakeであって欲しい願ったりして。。。 ファーや毛皮や革製品。盲点です。 お肉=殺す そのイメージに直接繋がるけど ファーや革とかは なかなか動物の痛みとは繋がりにくいかもとも思う。 勝手なこちらの想像の都合で申し訳ないですが 例えば 牛などお肉になる部分を除いた 魂がもはやない死んでしまった皮を靴や鞄やソファーなどに使う。そうなんだろうと勝手に解釈していた。。。 実際を知って 気が狂いそうになりました。馬鹿な痛みも味わっていない私がナニを騒いでいるんだよと 皮をはがされる動物達は言うでしょうね。。。 生きたまま皮をはがすですって。。。 昔 中国では 生きたまま皮をはがす刑があったそうです。中国は世界で一番えげつない刑を考え出していた国だと 世界史を学んでいるとき教えてもらいました。学生だった私は聞いただけでゾッとしました。 「ラスト・サムライ」でのトム・クルーズの台詞があります。 彼は雇われで日本に鉄砲を使えるなどの技術を教えに来た始めに 以前から日本に住んでいる日本語も多少できる男と話していたとき。 男が「生きたまま皮をはがされるってどんな気分だろうな」と笑いながら興味ありげにトムに話したとき トムは「では おまえの皮をはがしてあげようか?どんな気分か味わえるぜ」みたいなことを怒った顔で言っていた場面がありました。 トム・クルーズはベジタリアンですよね。理由は深く知りません。健康のためかもしれない。別に動物なんて関係ないのかもしれない。しかし その役になりきるには その役の気持ちを理解しているからうまく演じれるのかもしれません。俳優や歌手の人達にアメリカでは ベジが多いですよね。やはり 感情面で働いている人達だからなのかしら? 買ってしまったくせに偉そうですけど ファーって 防寒のためにはナニも役立たないものですよね。単なるアクセサリーだけ。 毛皮。これは見た目にも動物そのもの丸出しですよね。ポーランドのおばさん達は結構着ている。寒いからって毛皮が必要とは限らないことを知りました。ー23度くらいでなにをぉ?かもしれませんが ポリエステルのジャケットの中にTシャツ・長袖Tシャツ・カーディガン計4枚で十分でした。私の場合は寒がりですが 手袋とマフラーと毛糸の帽子をかぶると寒さは感じません。ポーランド人の女の人はたまに あんなに寒いのにジャケットを開けて その中身がお腹を出したシャツだけ来ている人もいて・・・ シェパードなどの犬が生きたまま殺され毛皮にされるのを見ました。別のサイトでは タヌキが毛皮をはがされ 最後まで意識があって 自分の毛が横に置かれているのを骨の姿で自分の目で見ていた現実。苦しい。生きたまま皮をはがす理由が 商品を傷めないため。。。。愕然としました。狂ってるよね私たち。。。 私は いくら現実に目を向けたいからと言って 現場に行くことは今だできません。遠くから支援をしたり これから買わないこと 子供にも与えないこと それくらいしかできません。 ポーランドの公園でウサギを散歩させている子供に会いました。子供たちは 動物が大好き。すぐに見つけてワァーとみんなウサギの方に駆け寄る。すごく気持ちのいい毛。本当にずっとずっと触っていたい感触。 だからといって 人間が自分にない気持ちのいい毛を奪う権利はないんですよね。ファーや毛皮を羽織ったり それは動物本人の物だから かわいく美しく見えるだけ。 ウサギの毛が すごく安く日本で売られているらしいですね。バーゲンとかにも出されたりして。。。痛みを安くできるものなんでしょうか? 簡単に繁殖するし 動物園の夏休みのイベントで「動物と触れ合おう」なんていうテーマで 子供達に抱かれた挙げ句に 毛をはがされる。。。動物園の存在も反対ですが。 *私の気に入っている服のメーカーに ファーについて現実を知ったこと 貴社のスタイルが好きなので利用したいのだけど動物性のないデザインを作ってほしいことなどメールしたけど返事待ちです。下手な英語だったから通じなかったのかな?もう一度出してみます。 靴。確かに綿100%だと 雪や雨の中は難しいですよね。暑い時は ナイロンのサンダルやコットン生地の靴でも かわいいデザインはたくさんあるから困りません。 しかし 買ってしまったブーツ。革製品。雪の中では今までのようにはいきませんから購入したけど 履くたびに足の横の方が痛む。。。そのたびに 革になった動物が私たちの痛みや怒りを忘れないようにと訴えている気がしました。 インターネットでfakeブーツがあるのを教えてもらいました。今まで買ったのを捨てたりはしませんが(本当は使用することもダメなのでしょうね・・・考え中です) 革靴でも雪の時はやはり足の先が冷たくなったりします。それならば 革でなくてもいいのです。きっと同じことなんだから。 ー23度とポーランドのここ5年程で一番寒かったらしいのを味わえました。夜中はもちろんー30度を超えます。それを体験した私が言えることは 毛皮は必要ないということです。日本はそんなに普通寒くないのだから 必要なしな国なのでしょうね。 羊の毛のことも。セーターなど身近に使われている。草をのんきに食べている羊のモコモコの毛はカットすればまたすぐ伸びてきて。。。オーストラリアは世界でトップ。 いやがる羊を殴りまくって顔が半分なくなったもの 麻酔なしで歯茎近くまで歯を削られる。。。これは歯の弱い日本人には簡単に痛みが想像できるでしょうね。絶対麻酔して治療してもらえる私たち。。。 そんな羊たちは イスラムの年に一度の宗教儀式で屠られるため オーストラリアからはるばるアラブカントリーまで船で連れて行かれ もちろん水や食料。糞尿の世話をしてくれる人がいるでしょうか?他の羊の下敷きになり死ぬもの 弱り果てる物。。。。着いた果てに 水一滴も飲まされることなく神への捧げ物として血を最後の一滴がなくなるまで 意識ある状態で犠牲にされる。 これを聞いて 昔アフリカの人達が「奴隷貿易」で身動きのできない船の中で一列ずつ横に並びながら もちろん立つことも寝返り打つことも そんな隙間なんて無い中 スペインなどの国に運ばれた歴史を思い出しました。今 こんなに平和に見える世界でも 動物に同じ事をさせているのですね。 もちろん ポーランドのアウシュビッツも 動物のことと重なり合わされます。 自分をかわいく見せたくて動物の力を借りてまで。。。それは結局醜いことなんだと知りました。 私は 自慢ですが 化粧はしたことがありません。えぇ!きっとファッションとかに興味ない女なのね。。。と思われるかもしれませんが。 私を知る人は ファンデーションもせず たまにアイシャドウだけ(今ではすっぴんが多いかな)するのですが その姿を見ても 「すごいね すっぴんでも外を歩けるなんて。うらやましい」と言ってくれます。 口紅もしていた時代はありましたが どうしてもご飯を食べる時一緒に飲み込むのと 体に害があるなどで 遠のいているうちに 唇の色がまた戻ってきて自然な状態でも一応?大丈夫なので。それと ウサギたちに強いる動物実験。。。そんな犠牲にお金を払うのはいや どうしてそんな危ない物が美しくなるために必要なのか?疑問の渦。 *フランスのある化粧品会社は 動物実験に反対で 人間そのもので試してから売り出しているそう。働いている人の大半がヴィーガンかベジというのもいいです。こちらポーランドでもその化粧品が簡単に手に入ります。EU加盟国で 数年後 動物実験廃止・動物性を使った物など売れない規制の影響で 今からでもその動きが始まってきています。 盲点。卵やミルクなどもそうかも。。。例え 鶏や牛を殺してないとはいえ 結局飼育しているのは人間であり 使えるだけ使った後の末は お肉の道をたどるだけ。恐怖と苦痛と死への一環の手助けをしているのかもしれません。 考えれば考えるほど 知れば知るほど 私たちには選択の幅が狭まっている感じがする。今までの自分のスタイルを変えなければそう感じるけど 反対に 新しい道を自由な道を知れるチャンスがある。 動物の苦しみからは ナニ一つ 私たちを美しくしてくれる物はないのでしょうね。
2006/07/23
「私はベジタリアンです」 彼がインド人と知って そういう話題になると 「宗教かしら?」となる。 「いえ。彼は以前までお肉を食べていました」 そうすると 「じゃ どうして?」となる。私は何故ベジタリアンかという質問をされるのは嬉しい。ベジタリアンと聞いて 曖昧に笑ってその話題を避けられようとすると なんか反対に寂しくなる。 私達の状況を説明しますと。。。。(私の以前の日記「お肉を食べなくなったわけ」に詳しくありますが) 私が幼い頃から 動物が好きで お肉を食べることを避けてきたこと。インドに出会い ベジタリアンレストランがあり ベジとして生涯を過ごしている人達がいることを知り素敵だなぁと思えたこと。牛が町を歩いていること。彼に出会えて 動物好きなのに チキンや豚 牛のお肉なら食べてもいいって?不平等だよと文句を言われたこと。子供ができて 親として娘達には動物好きでいて欲しいこと。娘といるとなんら動物問題に関わる自分達の運命を考え もう現実を避けたくないと思ったこと。そして 現実にぶつかるうちに もう見て見ぬふりできる状態ではない 私たち人間がむごいことを強いているのだから その人間である私たちが ナニも訴えない動物達を守らないといけないのでは・・・・ やはり よほど仲のいい人でない限り 奥深くまでは伝えませんが 動物を思ってのことはさらっと言ってから また別の理由である健康によい 太りたくない お肉・牛乳の危険性も話します。 聞いてくれた人の中には 「あなた強制的に 旦那さんをベジにしたんじゃないの?男の人はお肉をやめれるもんではないわよ。よっぽど あなたのことが好きなのね!」 そうなんですよ!彼は私の魅力にはかないません。。。いや それももちろん一理あるでしょう?でも 私たちは 常にお肉になる命ある感情ある癒してくれる存在について考えさせられていました。現状を見ていくうちに 彼は私ほど動物に関心あるわけではなかったのに 眠れない日々が続いたそうです。 インドでは ベジの人が世界的に見ても圧倒的に多いです。インドの方のパーティーに呼ばれると大概がベジ料理だけです。以前お肉を食べていた人も ベジへと移行しています。 私がベジになったときも インドの人には 「いいことよ!」の一言。 日本だと 栄養は大丈夫なのかしら?子供にまで。。。動物が好きだからってお肉を食べるのは自然のことでしょ。 インドと日本だけでも 食に対する考えの違いは大きいです。しかし インド人は ベジに対してはとてもいいイメージがあり いい生き方をしているねと言われる。インド人にさえ 日本人の私がベジでミルクを取らないヴィーガンだと伝えると 日本人のイメージから離れているみたい。よほど 日本人はお肉を食べる民族と思われているみたいです。 インドでは 家族がベジだと子供もやはりベジ。ベジはベジなんだから小さいうちは ベジのまま過ごさせているようです。大きくなるとその子次第ですけど。 私も娘にはベジになってほしいのですが 上の娘はお肉の味を知っているし 友達がみんな食べるみたいで なんとなく学校ではそのままにしていますが インド人のように 他の誰が食べようが自分の子には与えないというのも なんか子供も最初から自分の状況を把握するのだろうなと。 ポーランドでも ベジはいるみたいで 私がベジだと言っても「あらそうなの」ぐらい。 日本人だとびっくりするよ!と 日本に興味のある子に言うと「えぇどうして?それは あなたのスタイルでしょ」と あっさりしている。ポーランドもヨーロッパになりつつあり 人と違うことに意味があるそう。日本のように なんとなく同じコトした方が無難というのは 魅力がない生き方なのだそう。。。 でも この頃の日本人はなかなか変わった人も多くて そういう人に出会えると嬉しい。 たしかに ベジでもノンベジでも それを選ぶのはその人の人生であるのは確か。でも 自分のために お肉となってくれる動物たちが 狭い檻に閉じ込められ 麻酔なしで去勢されたり 一度も空を仰いだことのない一生を送り 生まれてすぐ親と離され 監禁状態の中好奇心大盛な心は誰にも関われないまま鬱状態になり 末は長い時間をかけ意識あるまま殺されてゆく。変な言い方ですが 殺し方って大事なんではないでしょうか?私は 屠殺には反対ですが 現に食べる人がいるのだから 感謝してお肉を頂く前に 何故自分にはお肉が必要なのか考えるのって大事なことだろうな。 インドのベジの方に どうしてベジなのか聞いたことがあります。 彼女は「私の両親がいつも言ってたの。自分一つの命を生かすために なぜ他の命を奪ってまで生きないといけないのか」 ちょっと びっくりした言葉でした。日本でお肉を取ることを当たり前のようにしてきた私は 動物がかわいそうだから・・・という理由でしたが 本当にたった一つの私の命を生かすだけのために 奪ってきた命のことを 自分の命を生かすということに繋がっていることを考えてなかった。 そう 動物にも自由に生き 愛する物を見つけ 家族を守り 安らぎの時間を過ごす権利はあるのです。 インドは 古い国 遅れている国 貧しい国 そんなイメージいっぱいの国でベジが多いですが発展している国がお肉をそれでも必要としているとは。。。 インドでは ゴミをあさって食べ物を見つける人をよく見かけます。もし 私がそういう状況ならお肉でもかまわず口にするでしょう。「生きるためにお肉を食べます」そう言えます。 発展して なんでも選べる環境にいるのなら なにも動物に苦痛を強いて 自由を奪ってまで 自分の物にする必要はないのでは。。。代わりの物はたくさんあるのだから。お金があるからお肉を買う それは 貧乏な国をもっと飢餓に追い込んでいる このサイクル。。。環境破壊(家畜の糞尿などでの汚染・二酸化酸素の増加)・家畜の飼料のための穀物を貧しい人に分け与えれる。。。お金がある人は やはり貧乏な人たちの一生を自分に置き換えて考えれるようにならないと いつまでも世界は不平等なんだなぁと感じます。 インド人の彼。。。私が彼を変えたのかもしれません。私も彼によって変わったから。それでいいのです。 二人で 自分達の人生は もうこれ以上動物に迷惑をかけずに生きていこうって決めたのだから。それで罪が償えるわけではない。でも 現実を知れたおかげで 自分達の生き方がまた自由になったことに感謝しています。
2006/07/20
ポーランドで生まれた犬たちは 結構幸せな方かもと思う。 日本で見慣れていた犬の散歩とは だいぶ違うイメージ。 野良犬がいないのが やはり気になりますが。。。 野良犬たちが自由に歩ける国は 大概が発展されていない国であって 皮膚病を患っていたり エサを求めてゴミをあさったり 車に轢かれたり・・・とかわいそうな面もあるけど 人間にとって不要な物扱いはされていないみたい。好きな所で眠って 好きな友達を見つけてじゃれ合ったり喧嘩したり 強さを感じる。そういう光景を目にするたび ノビノビ生きているねぇ~なんて少しホッとする。 ポーランドの散歩している犬たちは 結構ヒモに繋がれていなく 飼い主の前後をウロウロしてナニかを臭ってみたり おしっこしてみたり・・・と自由に散歩なさっている感じ。 たまに 口のまわりを覆うような物をはめさせられている犬も見かける。もしかしたら 見知らぬ人に不安を抱く犬で噛んでしまうのかもしれない。 トラムにも 犬がよく乗ってきます。慣れているのか静かにしています。 乗客も特に関心はよせていないのがいい。 娘達は トラムに犬と一緒になると 近づいて触りたがる。子供って すごく動物が好きですね。今日もトラムに犬がいるのを 遠足の子供たちが見つけて触っていた。いい風景だなぁと思う。 日本では 犬の散歩は絶対にヒモで繋いでおかないといけない。もちろん 噛む犬とか中にはいるでしょうが 犬は人間を大好きでいてくれる動物。 人間がもっと寛大になれば 犬は絶対に噛みつこうとしないはず。 娘が小さい時 日本で散歩していたら 犬が近づいてきた。娘は 実家にも犬・猫・鳥がいる境遇の中にいたから 動物が大好き。 私は 娘が触りたそうなのを見て「わんちゃんに触ってもいいですかぁ?」と聞いてみた。犬を連れていたおばさんは 小さい娘を見て遠慮して遠くで散歩させようとしてくれてたみたいで 娘が犬を触れて喜んでいるのを見て驚いていた。 「子供連れの人は 犬を見ると心配するからね。ナニもしないんだけどね」 確かに噛まれたら困るという気持ちはわかる。実際 犬は恐怖心で人を噛んでしまうから。。。でも ポーランドの散歩風景を見ていると 犬はポーランド人の中で寛大に受け入れてもらっているから 人を怖い存在というより かわいがってくれる存在と思いこんでいる様子。 道で通りすがる犬たちは 私がほほえみながら彼らを見ていると すぐ気づいて頭をなでてもらおうとやってくる。子供みたいです。 日本のでは 最初から 「犬は危険な存在」と見なしていることで「犬と人間の関係」が悪循環に巡っている。犬は人間が好きだし 子供達も動物は大好き。小さい頃から動物に触れれるチャンスは大事だと思う。「危ない 汚い」そう言われると 子供はそのまま動物たちをそういう目で見ていくだろうし 偏見が生まれ 動物達の気持ちを考えれずに大きくなってゆくのだろうな。 あと気になるのが 子供が欲しいから犬を飼うこと。子供って本当に動物と心通じて遊べるのだけれど 世話は結局は大人がしないといけない。子供にオモチャのように犬を与え 子供がいらなくなったから 世話が面倒くさくなったからと 保健所に送る人もいるみたいですね。感情のある命を簡単にゴミみたく扱える世間って どこかおかしくなってきています。 一度 ポーランドで 捨て犬・捨てネコを集めている場所に行きました。ボランティアをしたかったのですが 外国人はだめみたいで いらなくなったタオルやマットレスを持って行きました。寒さー20度以上 夜はー30度以上を超える冬を外で越すためには必要です。それでも足りないかも・・・ 事実はわかりませんが そこにやって来た犬たちは絶対に殺されないそうです。ペットをこれから飼おうと思っている人たちに呼びかけて 毎日時間を決めて犬たちと会って どの犬を自分の家族に迎えようかというシステムを取っていました。しかし すごい数でした。働いているお兄さんたちが ケージの中を掃除して わらを敷いてあげ 5・6匹一緒に散歩させている。ケージの中には 2匹の犬がだいたいいて 一つずつ犬小屋をもらっていました。寒いものね。 もしかしたら人間に捨てられたかもしれない犬たち・・・でも彼らの中には私を見ると「こっちにおいでよぉ」っていう感じで吠えて 私が頭をなぜてあげると おとなしく喜んでくれていました。 涙がでました。。。捨てたのが人間なのに まだあなたは人間が好きなの?犬の言葉は私たちには理解できませんが 行動で彼らの気持ちって手に取るようにわかりますよね。純粋過ぎて自分の嬉しい気持ちを隠そうなんてしないのだから。。。やっぱり そんな純粋な心を持った動物達を裏切ったり 傷つかせたりしてはいけませんよね。あんなにきれいな心を持つことは なかなか人間にはできないことですから・・・ ポーランドでは 国柄緑の多い公園がたくさんあることも 犬たちにはラッキーです。好きなように犬同士走り回っている。ウンチも草むらでしています。これもいいかも!道ばたでウンチをされたら踏んでしまって大変だけど 草むらでしてうるさく誰も言わないのはいいことかも。木の肥やしになるだけだものね。日本では 公園さえも犬立ち入り禁止だから 全く犬の存在を無視した人間だけの世の中だったのだぁと改めて痛感しています。犬たちはどこで寛いだらいいの?狭い家から抜け出した束の間の外の空気を楽しむことは許されないのでしょうか? 日本も 犬と一緒にバスや電車を気軽に乗ることができたらいいのにね。
2006/07/19
野菜炒めをレタスで巻いて 甘いたれとピーナッツを砕いた物をふりかけて食べるフィリピン料理です。フィリピンの方から教わりました。本当はサヤインゲンがあると彩りがきれかったのですが なかったのでそのまま写真を撮りました。 材料 レタス ジャガイモ にんじん サヤインゲン ニンニク ショウガ (たれ)片栗粉 砂糖 醤油 塩 ニンニクをすりおろしたもの ピーナッツ 作り方は 簡単。 サラダオイルに ニンニクショウガを炒め 細かく切ったポテトとにんじん・サヤインゲンを入れ 弱火で蓋をして炒める。少したったら 塩こしょうで味付け。また 柔らかくなるまで蓋を閉めておきます。 たれは 片栗粉を水で溶いて お鍋に 醤油 塩 砂糖(少し多目に)を入れトロリとするのを待つ。最後にすりおろしのニンニクを入れてできあがり。 ピーナッツは小さく砕いておきます。 大きめのレタスの葉っぱに 炒めた野菜を入れて巻き 上からたれとピーナッツをかけるとまたひと味違った異国の味が楽しめます。フィリピンでは ニンニクとショウガはよく使うそうです。
2006/07/18
彼と出会ってから もう6年が過ぎようとしています。 穏やかではない道のりでした。そして 今から先の道のりもそう平穏ではないでしょう。まるで私たちの性格を表しているように。。。 お互い一目惚れでした。 最初の頃 前の恋愛のこともあって かなり自分の気持ちを私なりに抑え込んでいました。以前も外国人を好きになっていた上 かなりインドの虜になっていましたから インド人の彼を好きになることは なんだか あこがれの国インドと彼を重ね合わせているのでは? 外国人という響きにまた特別な物を感じているのかも・・・という自分の不安を冷静に見たかった。 私たちは同じオフィスで働いていました。彼はいつも私だけと話せるようなチャンスを作って待っててくれてました。朝遅くやって来る私をエレベーターの近くでたまたま出会ったように オフィス内でも一人でぼぉっとしてる時やって来たり。 なんとなく 彼も私のこと気に入ってくれてるんだぁと確信した時 いつまでも心を閉じこめているのはもったいないなぁ 彼のこともっともっと知りたい正直な気持ちを隠していては ナニも始まっていないのに後悔だけで終わってしまいそう。 私達は すぐに仲良くなりました。こんなに誰かと長く一緒に時を過ごせる 楽しくてずっと会っていたいなんて 今まであったかな? 彼といて 「あぁ外国人ねぇ」って あんまり感じたことはなかったから 彼の口から「一緒にいてると ○○ちゃんが日本人ってこと忘れてしまう」って聞いたとき 私は素直に嬉しかった。彼なりに 初めての外国で しかも働かないといけない中 日本人を外国人だぁ・・・って感じ 自分が異国の人だと寂しく思うこともあったでしょうから。 たまたま 私がインドに興味があり 何度も足を運んでいることにも安心感はあったかもしれません。 私と彼は よく 二人の関係について話し合います。今でもあの頃とは その関係の状態は変わっていません。 私にとっての 彼は なんでも話せる・話しておきたい友達であり 頼れるお兄ちゃんでもあり どうしようもない弟でもあり 時折おじいちゃん?かもって思える安心感もある・・・こういうのが 旦那という存在なのかもしれませんが 私と彼は その言葉を使うのがまだ戸惑われています。二人の娘がいるのに認めざるを得ない 私と彼は やっぱり「私と彼」の関係のなにものでもない。 こういう風に書いていると 自分のことながら あら すごく仲がいいカップルなのねぇって感じですが いえいえ 喧嘩をするときは すごく激しい。。。本当に大人気ない。離婚を考えたことは数え切れないほど。。。本当に 喧嘩するのって 後味悪いし寂しくなるし 自分達の関係に自身を持てなくなって。。。それでも また喧嘩をする繰り返し。。。 これは 国籍の違いも絶対に理由にはあるでしょうが 二人の相性が悪いしか言いようがない。私たちは 特に言いたいことを押さえるってことができないから 衝突にさらに輪をかけてしまい大変な事態を起こしたりする。 インドと日本。全然違う文化を持っている。 彼と出会う前から私はインドが好き。彼の国がインドだから ではなく 彼が日本人でも他の国の人でも インドの好きさは変わらない。 インドに足を初めて踏み入れた時から 「地球にインドっていう国があってよかった」って 自分の体が求めていた空気がインドにちょうどあったみたいな居心地の良さを感じていた。 インド人の彼からすると あんなに汚く 生活のしにくい国がいいなんて 夢を見ているに過ぎない。 もちろん 旅行と生活は違う。バックパッカー時代は気のむくままインドの町を転々とし 小さな店を覗きながら インドのスナックを食べ 一日を終えることができた。 彼と出会い 休暇でインドに戻るたび 彼の実家で4家族と一緒に同居することは 旅行とは大きな違いがある。好きだったインドも 現実になると 昔のように勝手気儘に外出もできない 同居 しかもインドに根がさした生活スタイルでとなると やはりストレスがたまるもの。何度も喧嘩しました。 同じ国の人だったとしても 他の国の人だったとしても 彼と出会えて共に人生をま歩んでいる気がする。幼い子供のように不安ながら こうしたらいいのかも・・・と無い知恵を出し合って。言いようによっては 彼に左右されている人生かもしれないし 私が彼の人生を動かしている場合もあるけど 一緒に生きるってことはこんなものなのかしら。。。 たとえ 離婚するようなことがあっても? 誰かと一緒に生きることを知れたのは素敵なことだと思ってます。 一緒に旅行したり どうやって今日楽しもうかと考えたり 夜通し話し込んだり また 自分の気持ちを思いっきりぶちつけ 恥ずかしげもなく子供のように泣けて 自分だけでしまい込めない不安を話せる存在を私は感謝しないといけないはずなのに また喧嘩を繰り返してしまうのでしょうね・・・
2006/07/17
ポーランドでのお気に入りのカフェ Green Wayを紹介したいです。 Green Wayはチェーン店で 首都ワルシャワには 結構あらゆる所にあり ショッピングモールにも入っています。ワルシャワ以外にもあります。 ポーランドって よくお肉を食べる国だと聞いているのですが ベジタリアン食も人気があるみたい。健康のため 動物のため・・・理由は様々ですが ファーストフードのように手軽に利用でき お値段も手頃なので いつも店内は賑わっています。びっくりしたのが 若者も多いが おばちゃん しかも おばあちゃままでが ニンジンジュースを飲んでいること。。。かわいいです。 この店のいいところは ヴィーガンにもちゃんと気を遣ってくれている点。掲げられたメニューの絵にちゃんとVマークが張られている。もちろんヴィーガンのVです。ここまできっちりされているなんて。。。 メニューには インド風・メキシカン風 そしてポーランド人もよく利用するという大豆を使ってお肉のような感じに見せかけた物などあります。味もおいしいです。幸せ。 甘い物には やはり選択の余地がありません。大半がミルクや卵を使ったケーキ・パン・びすけっと・アイスクリームなど。でも ヴィーガン用のアップルタルトがありました。満足満足。 飲み物は ニンジンジュースを生でミキサーに入れ絞ってくれた物が甘みがあっておいしい。でも お気に入りはBread Drink。名前からすると パンの粉を作る小麦から発酵させできあがったようで 見た目はビールみたいですけど 甘くてなんか不思議な味。 はっきりベジタリアンカフェとして チェーン店まであるのは助かります。菜食の為の料理ってなんだか味がはっきりしないとかいうイメージがあるみたいですが 味もしっかりして見た目も明るくって 外食できる楽しみを増やしてくれます。家でもまねて作ってみよう。 ・・・でも たまには誰かが作ってくれた物をいつもと違った場所で食べるのはいいものですよねぇ。。。
2006/07/15
ラディッシュって サラダにちょこんと乗せて飾りをつけるだけのイメージでした。私は サラダとしてラディッシュをたくさん食べるのは少し苦手。 インドでは ラディッシュも大根科の部類なので 大根のように炒めて食べるみたいです。しかも 葉っぱも一緒に! 大根の葉っぱには とても鉄分があるそうですね。ラディッシュの葉っぱも栄養があるみたいですよ。 材料 サラダにするより 多くのラディッシュが必要。炒めると小さくなりますので。 葉っぱもきれいに洗って使います。 ニンニク 塩 こしょう。 作り方も簡単で ただ サラダオイルでニンニクを炒め その上から食べやすい大きさに切ったラディッシュを葉っぱと一緒に入れるだけ。 少ししんなりしてきたら 塩こしょう。 ラディッシュの苦みがまろやかになって子供も食べてくれます。サラダだとどうしてもいやがるのですが・・・ おかずの一品として手軽に用意できます。
2006/07/14
モモは 夏休みの新しい幼稚園を 毎朝いやだと言いながら通っている。私は「あっそうなん」と返答するだけにしている。お迎えの時 いつも笑いながら新しい友達と遊んでいる姿を知っているから。 昨日も 帰り際 友達が「明日も来るよね?」 モモ 「Dobra(わかったわ)」 そういう情景を目にすると とても安心する。やっぱり 私とばかりいるよりも 同じ年の友達と遊ぶ方がいいよね。。。ママといても怒られるだけだもんね・・・(私がすぐイライラするもので) 今朝もお決まりの一言「学校行くのいや」と言いながら 来ていく服を選んでいる。ワンピースがとても好き。いつもお出かけ用のワンピースを着たがり 汚れたらいやだからと私は認めないけど 今日はなんとなく 来年はまた大きくなるのだし そうそう着る機会もないからもう普段着にしようかぁなんて 気儘に着せてみました。 モモはとても喜び サンダルを履いて幼稚園に早向かう様子。そんな姿を見ると やっぱり子供には楽しんで毎日過ごしていて欲しいなと思う。 さて 念願のワンピースを友達に見せびらかして 今日一日 幼稚園を楽しんでくれるだろうなぁ・・・と安心していました。 部屋に入ると すぐ二人の女の子が私とモモの所に来て 何か言いました。 「・・・・・・・。わかりましたか?」と 彼女らに言われ 私は彼女らのポーランド語が理解できないまま モモに聞いてみた。なんだか面白いことを言っている様子ではなかったので・・・ 「なんて お友達は言ってるの?」 しかし モモは答えようとしません。彼女らは 自分達の席に着いてチラチラとモモを見ている。あんまり いい状態ではなさそう・・・ えぇ 朝からモモの気分を悪くさせないでよぉ。。。と過保護ですよね。 モモの顔色が寂しそう。。。 なんか あったのかなぁ。。。ごめんね ママはポーランド語理解できないから100%状況がつかめないのよ。ただ 何かあったしかわからない。 私もモモとバイバイしずらくなり 少し戸惑っていると先生がやって来て モモをオモチャの方に連れて行った。。。とりあえず 私はこの場から離れることにしよう。 トラムに乗る時には 私の気分もだいぶ落ち着いてきました。 しかし 彼女らには 私に話してきたから 「理解できない」ことだけは伝えるべきだったかなぁ。。。 モモだけを一概にかわいそうだと思うのはだめなこと。もしかしたら 彼女らに意地悪をしたのかもしれない。オモチャを貸さなかったとか。。。 私自身のことですが 幼稚園・小学校低学年まで登校拒否でした。理由は みんなと一緒にお遊戯などさせられるとなぜか不安に駆られる。その上お母さんのことがすごく大好きで一秒たりとも離れたくなかったのを覚えています。 朝 母親が「今日ね お母さん ちょっと出かけてくるから」 その一言を聞くともう胸の中が張り裂けそうになる。私も一緒に行きたい。お母さんどこ行くのだろう?ちゃんと帰ってきてくれるの? 不安だらけで 学校に行って 先生にまで「お母さん今日お出かけするの。ちゃんと帰ってくるかなぁ?私今から家に帰ってもいい?」なんて聞いていたのを 今でも鮮明に記憶にその場面が残っています。 そんなこともあってか 私は娘にはそうなって欲しくないのです。。。私から離れても楽しくして欲しい。勝手ですよね。。。自分はさんざん母親を困らせべったりくっついていたのに。。。 登校拒否だった私は 少しでも友達が意地悪をすると泣いていた。さらに人間恐怖症になるというか・・・ 一番嫌いだったのは 陰で意地悪をする子。堂々とみんなの前で喧嘩をしてくれたらいいけど 女の子って陰でするから 娘のモモとベベには 喧嘩はしてもいいけど 陰で意地悪をする子にはなって欲しくないし そういう目にも やっぱり合って欲しくない。 インドと日本のミックスである娘たちは やはりポーランドでは 顔立ちと肌の色が違う。初めて会う子供達は じっと観察している様子。子供は違うものにとても敏感なようで 興味があって眺めているだけなのでしょう。ポーランドは混血・混血が続いた人達のようで とても美人が多い。しかし ヨーロッパ系だなぁという顔立ち。モモとベベは顔立ちははっきりしているのですが肌の色が小麦色なので目立つ。 この国でも 黒人とのミックスの子供をチラホラ見ますがそう多くはなさそうですが 幼稚園に一組の兄弟がいます。やはり顔立ちが違っていて 何故か安心させられる。 国の違い 顔立ちの違い 言葉が上手に話せないなどで意地悪されたら さすがに私自身傷つくかもしれませんが 現にある問題なので その問題にぶち当たったら私が子供より先に受け止めないといけません。 でも モモとベベの性格 行いで意地悪されるなら 彼女ら自身が直面しないといけないこと。 私のいとこに 自閉症の子がいます。彼は小さい頃から同じ年の子供になかなかついて行けない様子でした。中学・高校になると友達にはいいように利用されるだけ それでも仲間が欲しいので一緒にいていました。 その彼の母親であるおばさんが 言っていました。 「どれだけ私が助けてあげたいと思っても 友達の中に入ってこうしてあげてね なんて言うことはできない。結局 彼自身で解決しないとね。 助けてあげたいけど 助けれないのは見ているだけで苦しいのよ」 いとこの彼と モモとベベのハードルの高さは全然違います。 それはわかっていますが 「助けてあげたくても助けてあげれない。見守るだけ」という親の気持ちが 今日 少しづつわかってきた気がします。 そう 親が子供達の世界にずんずん入るということは 結局子供なりに自分で解決していこうとするチャンスを奪うことになるだけなのかも・・・こんなに小さいながらも 幼稚園などで人間関係を学んでいるのだなぁ・・・とつくづく思いました。 親になった今(100%自覚はしていませんが) 子供を見守れるゆとりを持つ強さが必要なのだと実感しています。まだまだ 弱いママですが。
2006/07/13
生理がやって来ても 快く受け止めれるようになった。理由は布ナプキンを使っているから。 キューバでは いつでも欲しい物が手に入る状態ではなかった。たとえば 一軒の店にトイレットペーパーが無いとすると 他の店をどれだけ探しても無い。住んでいたハバナ(キューバの都市)全体が売り切れ状態になった様子。 そんな中で 生理用ナプキンはどこの店にもある物ではなかった。物価のわりに高く 日本製のようにしっかり下着に付着できるような代物でもなく 簡単な作りになっていた。外国製もあるけど高すぎる!しかも 私はナプキンのナイロン生地がどうしても受け付けない。。。 ナイロン生地って どうもしっくりとこない。私はストッキングを履くのも大嫌いなタイプで 日本で仕方なく履かなければならない時は それだけで憂鬱だった。なんとなく足がかゆくなる。早く家に帰って脱ぎたいよ。。。 生理の時も同じ。ナイロン生地をあまり使っていないコットン製のメーカーを探していた。 しかし キューバでは選択の余地もない。子供のオムツの世話をしながら考えました。 どうして この子らには 布オムツを履かせているのだろう? 理由は 紙オムツを一日中履かせると想像するだけで なんか居心地が悪そう。かゆくなったり暑くなったりするだろうな。しかも そのゴミがいや。布だと 面倒だけど洗い流して何度でも使える。キューバの気候のおかげですぐ乾いたし。 私は自分の生理と照らし合わせてみました。一番 生理になっていやなのは 使用後のナプキンを捨てること。。。そのナプキンの行方を考えるだけで不安になる。。。ちゃんと燃えてなくなってくれるのかしら。。。そのままゴミの山の中ずっとうずもっているのかしら。。。自分の物だからこそ すっきり無くなって欲しい。 だから 私は手製のナプキンを簡単に作って使っていました。今でも生理のたび使っています。一度布のよさを味わうと ナイロン製には後戻りできません。 ポーランドに来て インターネットが自由にできるようになり 結構いろんな人達が布ナプキンを利用して生活を楽しんでいることを知りました。 また 市販のナプキンは 動物実験まで行われていること・・・そんなに危ない物を使ってまで快適な?ナプキンを作りだそうとしているのでしょうか・・・市販のナプキンはダイオキシンなど体の影響に悪いものが含まれているので 使い続けていると子宮にもなんら影響を起こすこと。いずれ女の人は子供を産む可能性もあるので その将来の赤ちゃんにまで影響があるみたいです。 また ゴミとなったナプキンからは かなりのダイオキシンが発生され地球環境にもよろしくないということ。 最近になり知ったのですが 市販などでも 手軽に布ナプキンが手に入るみたいですね。動物実験を行っている会社もあるみたいなので その点注意して購入した方がいいですよね。 フト 中学生の頃 一人の女の先生のお話を思い出しました。 「あなた達は なにもありがたく思っていないわね。私が 中学生の頃は 戦争があって 今のようにナプキンなんてなかったから みんな女学生達は 適当な布を縫って使っていたのよ」 戦争なんて大変な時代には もちろんそんな便利な物ってなかったはずですよね。。。戦争で妊娠したり 出産したりした人たちの苦労 また 泣く赤ちゃんと一緒に防空壕の中隠れる気持ち 想像するだけで 今の時代は平和だなぁ・・・とつくづく思います。 平和な時代だからこそ 余裕のある私たち。快適な生活を選ぼうとしたら選べます。 布ナプキンは 思ったほど漏れたりしない。私は外出する時も使っています。変に潔癖な所のある私なので。。。私なりに気持ちよく生理中は過ごしたい。 子供のオムツと私たちの生理用ナプキン どことなく似ているのかも。。。
2006/07/12
週末 ポーランドの北部 ロシアとの国境近くの湖のある町(Gizycko)まで行ってきました。 ロシア方面というだけで 夏だけど肌寒いかな?という予想に反し 気持ちいいくらい暑かったです。この町は 7・8月だけ観光地と様変わりしているみたいな田舎。湖にボートを浮かばせたり カヌーをしたり ヨットの旅をしたり キャンプしたり・・・とポーランドのいろんな場所から遊びにやってきている。 私は 以前バックパッカーだったので 旅行となるとどうしてもそのスタイルから抜け出せません。子供もいるのに。。。「旅に慣れた」というよりも「何かハプニングが起こって当たり前」が 彼との旅行への考え方の違いを生み出すみたいで 今回もいつものことながら衝突しました。(彼は子供と一緒だから 子供のことを考えてできる限り無茶をしたくないという想いなのかもしれません。きっと私よりまともなんでしょうね) 電車で6時間の道のり。一番安い2等車のチケットを買いました。安いけど今回のはちゃんと席番号もあります。ポーランドの列車は時折盗みが発生するとか言われていますが 子供連れだし ポーランド人の家族も同じように2等車を利用しているのだし。。。あくまでも私は土地の人たちとできるだけ近いことをすることで満足なのです。 しかし 彼は電車が来るまで不安いっぱいの様子。ポーランドの交通は 時刻表があってない国インドとは違って かなりきっちりしているから安心なのに。。。(オイオイ君は本当にインド人かい?と問いたくなることしばし)「○○時 △△ホーム ◇◇行き」ここまではっきりしています。インドでは 定時に来ることなんてあまりないし ホームの番号もすぐ変わる(アナウンサーされていても うるさい駅では聞こえないし) インド人に聞いてもデタラメ教えてくれるし。 車窓からの眺めは緑がずっと続いています。ワルシャワを少し離れるだけで とても田舎になります。みんな席を立って 通路の窓を開け外を見ている。風が気持ちいい。 田舎の方では 牛が5匹程とか放し飼いになっていました。草を食べてたり ゆっくり座って口をもごもごさせている姿。かわいいな。もし 牛乳だけをもらうために放牧されていたらいいのにな・・・なんて。いずれ お肉にされるのでしょうか。まぁ工場生産の牛のように 一生狭い場所に押し込まれて動くことも 空を見上げることもできず お肉にされる時だけトラックいっぱいに乗せられ運ばれる時初めて太陽をのぞける牛たちに比べると幸せなのかもしれませんが・・・。 Gizyckoでは 幼稚園だった建物を安く泊まれる所にした宿に泊まりました。ホテルよりも独特で面白みが私にはあるので選びました。ポーランド人・アメリカ人・リトアニア人など結構たくさんいました。私たちは家族なので 一部屋貸してくれました。家族以外の人たちはドミトリーを利用しています。庭は幼稚園のままになっていて 子供たちも遊具で遊んでいました。 助かったのはキッチンがあったことです。レストランに行けばなんでも手に入るけれど 私たちはベジタリアンだし できる限りミルクも摂りたくないので 自分たちで作れるのはありがたかったです。なんといっても 安くあがるし その上温かくお腹いっぱいまで食べれる。と言ってもパスタを簡単に作っただけですけど。 久しぶりに泳ぐのは気持ちがよかった。焼けるのが心配だったけど 冬の間お日様に当たってなかった分いいかな。ポーランド人の若者たちもすごくはしゃいでいた。一冬ここポーランドで過ごしただけですが 水着で水の中を泳げる体験がどんなに貴重なことかわかりました。またすぐに厚着をして灰色の空の下歩かないといけなくなるから。 子供達もかなりはしゃいでいました。浮き輪をもって ぷかぷか浮いているだけで開放感があるのでしょうね。なかなか外に出ようとはしませんでした。 帰りはバスで。列車よりも バスの方が町の中を進んでゆくので好きです。チケットを買うのは私がしました。かなり英語ができる彼は どうしても英語を使おうとします。そのおかげで行きのチケットは失敗して見回りに来る電車のおじさんに罰金を払いました。子供のことがチケットに書いていなく その上乗せ料金を払わせられました。だから 帰りは私が。 アジアを旅行していて困ったことは英語が通じない場所があること。本当に通じないとどうにかして 少し覚えた現地語(ガイドブックなどに載っているのを利用したり)や数字を書いたりしてチケットを買ったりしていました。そうしないとどこにも行けない 帰れない。だから英語は通じなくて当たり前なのです。 ポーランドでは英語は通じますが やはり通じにくい場所もあるので 大事な点は数少ない単語を駆使して会話をするようにしています。それが 異国を旅する上で 相手の気持ちが和んでくれ事がスムーズに行くと学んだので。インドでは英語が通じるけど ヒンディー語を話すことでどれだけ恩恵を受けたり 守ってくれたりしてくれたことか。。。 子供にとっては 少ししんどい旅行だったかもしれませんが楽しかったようで 何度も浮き輪で浮いたことを思い出しては話し出すから こちらも嬉しい。 寒い間は 家に閉じ籠もりっぱなしだったから 久しぶりの暑さの中 もっと旅行できたらいいのにな。
2006/07/11
日本にいた頃は 混んだ電車に乗るのが億劫だった。 朝から 通勤・通学の人が 駅員さんに押し込まれながら ドアの中へと閉め込まれる。それをいい機会にと 変な人がどこからともなく触ってくる。。。きっと乗る前から目をつけて近くにいてるんだろうな。。。 自慢しているように日本人の方には思われるかもしれないけど 私は胸が大きい。日本にいる時の私は その事ばかり気にして生きていたような感じ。 道を歩いていると 変なおっさんに声をかけられる。かわいいなと思う服も試着してみるとなんだか胸が強調されているようで弱気になる。 私が自分の胸のことを本当に気にならなくなったのは キューバのおかげだ。 キューバでは 女の人は胸が大きいのは普通のことで さらにお尻までも大きい。それなのに 全く隠そうとせず胸の谷間が見える服を着ているわ ぴちぴちの短パン ミニスカートを履いている。水着だけを着て歩いている姿もちらほら。 一番 感動したのは 混み混みのバスに乗った時のこと。もうバス自体がはち切れそうな状態に女も男も乗っているのに 痴漢という行為は一切ない。あんなにお肌が露出されているにかかわらず触る男どもはいない。 ・・・ラテンスタイルは 大人だなぁ。。。 私は 暑さもあったけど 今までの鬱憤が表に出てか 胸を気にして自分の好きな服を着ていなかったことがばからしくなってきた。 腕を出し 胸が少し見えることで 痴漢してもいいと勘違いしている国ってなんだったんだ??日本は 外国から見るとすごく発展している国で魅力に映るみたいだけど 痴漢するという幼稚な行為はなんなんでしょうか? もちろん 肌を隠すという意識は美しいとも思う。なんか日本の伝統的な習慣・日本人の性質がまだ残っているようで。 インドもその点遅れている。バックパッカーしていた頃 女一人で電車に乗ったりすると どこからともなくインド人が触ってくる。それも通路を進むごとに。。。だから いつも私は雑誌を手に持ってたたきまくってましたけど・・・(それでもインドに行く?って疑問もありますが) それを彼に言うと「たたきまくって乗る人 初めて聞いたなぁ」 こんな事があるから 私一人ではインドに行かせたくないそうです。(私はもう慣れっこだけど) インドでは 彼と一緒に歩いていると何も起こらないのですが 少し間をあけて歩くと 途端に通りすがりの振りして お尻とか触ってくる。 お見合い90%の国インドですから 結婚前に恋人を作るなんて難しいみたいです。貧乏だと結婚もできないとか・・・最近のインドの若者はそれでも学校で恋人作って楽しんでますけど。 ここポーランドも 暑くなるとみんな服を脱ぎ出す。お腹を見せたり 足を見せたり。短い夏を楽しんでいるようです。もちろん私も好きな服を着たい。30歳を過ぎ子供もいるけど 好きな格好させてもらっています。子供も喜んでくれるし。 フト感じるのですが キューバやポーランドで こんなに女の人が思い思いの服を堂々と着ていられること。意味があるのでは?? 私が思うに 男の人の 女の人を見る目が大人かも。見慣れているのかもしれないけど 痴漢という行動を絶対起こさない。道を歩いていても やらしい目で見ず 「きれいだよ」って感じで見てくれるから きっと女の人たちも自身を持って抵抗なくいれるのかも。 キューバでは 一人で歩いていると必ず声がかかってくる。 「チーナ(中国人という意味。日本人との区別がわからないらしい。) どこ行くの?」って感じで。別に付いて来ない。ただ声をかけたかったみたい。 「かわいいね!」って笑いながら言ってくれる人もいる。 一度 トラックのポリス達全員が「バイバイ」と通り過ぎながら手を振ってくれたのは嬉しかった。 なんか 単に興味があるから声をかけているだけだけど こちらにいい気分を残してくれる。私ってかわいいんだぁ・・・(思い上がり過ぎだけど)って。だから キューバの女の人もポーランドの女の人も自分に自信をもって歩いているんだな。 日本の男の人はほめ下手らしいけど それはそれで男らしい気もする。 痴漢があるのは 日本とインド。インド人のほとんどには自由がないからね。。。 しかし 日本は恋愛も結婚も自由。こんなにも発展しているのにどうしたのかしら? 日本人の もう一つ不可解な点はアジアなどに行って売春すること。寂しいですよね。お金を払うことで 体を売っている女の子たちの暮らしの助けをしているとでも思ってるのでしょうか?それならば お金だけ払ってあげたらいいのに。特によく言われるのは 日本人はそういう彼女らと値段交渉をケチったり チップも払わず 性欲の対象としか見なさないとか。。。 「痴漢のある国」と「痴漢のない国」の間には なにかその国の特徴が垣間見えてきそうです。
2006/07/06
全70件 (70件中 1-50件目)


