晴れ、時々スピリチュアル
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私は水を飲むのが苦手です。身体に必要と分かっていても、あまり積極的にとれません。何でだろう?と思い、ある日記憶をずっと遡っていくと、1つの出来事を思い出しました。まだ幼稚園に入る前のことです。私の背中には、「うろこ」とか「毛をむしった後のニワトリの皮のような」と表現された、お医者さんでも原因のわからない疾患がありました。正確に言うと、でん部の上部から腰の辺りまで、グロテスクで黒ずんだデコボコが一面に広がっていました。触ると硬く、私にはサイやゾウの皮膚を連想させました。しかし、かゆくもなんとも無いし、背中にあるので本人にはグロさが分かりません。母は皮膚科を捜して私を連れて行ってくれました。病院はとても遠く、家から駅まで30分、さらに電車で1時間、往復するだけで半日、診察も入れると一日かかりました。そこで処方されたのが漢方薬と、民間療法でした。ヨクイニンなどを煎じた湯を、毎日大量に飲まされました。この湯、えらく不味かったです。毎回作ってくれた母も根負けするぐらいのテイスト。我が家では、この湯のネタはいまだに笑い話です。我が家はとても貧乏でしたし、兄弟は病気がちでした。背中は見えないので私は全く気にしていませんでしたが、母の真剣な取り組みと、それにかかる手間隙、時間、お金を考えると、健康なはずなのに手間をかける自分を、子供心にとても申し訳なく思ったのを覚えています。1年ほど経った頃でしょうか。一向に改善傾向が見られなかったため、母も医者も薬の投与を諦めました。ヨクイニン湯はその後暫く続きましたが、妹が生まれたりなどで、それも終了します。それ以上、対処の方法が無かったので、母は言いました。「背中が汚いから、決して人に見せちゃだめ。」小学校へ上がり、新学期には毎回、新しく担任になる先生へ「これは人に移らない皮膚病です」と伝えました。そうしないと、子供達に見つかった時にビックリして騒ぐからです。とはいえ、初めはいつも、「本当に移らないの?」「治らないの?」と、先生に何度も念を押されました。医者でない私に聞かれても…と内心思いつつ「はい!家族にも移っていません!」と応えました。中学校を卒業するまで、胸のふくらみよりも背中のグロさを気にして、私はずっと、ある意味オープンな着替え方をしていました。貧乳なのが幸いし、だれも私を気にする人はいませんでした。高校へ上がり、ふと思い出して背中を母に見せると、理由は分かりませんがウロコは殆ど消えており、残っているのは腰の後ろあたりだけ、になりました。成長と共に、体質や肌質が変わったのかもしれません。さらに30を過ぎたころもう一度母に見せると、殆どと言って良いほど消えていることが分かりました。やれやれ。皮膚疾患が出現した原因も、消えた理由も分かりませんが、とにかくホッとしました。そのまますっかり忘れていました。これらの出来事により、「水を飲む」という行為は、「えらく不味いお湯」「貧乏なのにお金や手間がかかる私」「汚かった私」「悪意は無いのに先生や子供達を怖がらせた私」と一緒に記憶されたまま、しばらく修正されることはありませんでした。今年に入って、クリスタルボウルで水を作り、それぞれ質の違う水を飲む、という行為を続けているとき、ふとこの一連の出来事を思い出しました。そうか。クリスタルボウルってのは、そういう形で記憶のクリーニングもしてくれるのだな。そう思った私は、クリスタルボウルで作ったお水を飲みながら、水に対する信念を、新たに塗り替えました。「結構美味しい!」「いろんな味がある」「飲むと心がスッキリする!」「身体も元気になる」「意外と沢山飲める」「楽しいこと!」結局、味比べが楽しくて、気が付くと1日で3リットルくらい飲んでいる日もありました。しばらく経った後、あるきっかけで、お互いの過去世を読み解く練習、みたいな講習を受けました。パートナーになってくれた人は、こう言いました。「さとこさん人魚だったみたいよ!ガッツリ泳いでたよ!」私は泳ぎが下手で、ほぼかなづちに近いです。ほほーそんな過去世が、と思う程度の認識でした。そして。何の研修だったか忘れましたが、ある講師のコトバに、私の心にバラバラに散在していた、パズルピースがばーーーーーっと繋がる瞬間がありました。細かいニュアンスは忘れましたが、現在地球には、宇宙から来た人、別の銀河系から来た人、そもそも人間でなかった人など、本当に沢山のハーフ、クオーターが混在しているのだそうです。有名なのがレプティリアン。爬虫類系生命体です。他にも、鉱物、岩石だった人、妖精や天使だった人、動物、魚、昆虫、鳥などのハーフ、ミックスもいるそうで。本当に沢山の「形」を経験しながら、現在の「ニンゲン」になっているのですね。不思議なもので、当時の面影や名残を、記憶や形状にしたままニンゲンの形になっている人も多いのだそう。私自身も忘れていたので、この方に皮膚病があったことは一切話していませんでしたが、ふと「あなたも人魚だったわね」と言われました。それを聞いたとき、私の中で何かが繋がりました。人魚の過去世。水に感じる恐怖心と親近感。「さとこさん人魚だったみたいよ!」背中にあったグロいウロコ。答えが見えて、毒が光に変わったように感じました。ただ名残が残っていただけ、と考えると、心がスカッとしたのです。本当のところは分かりません。調べる術もありません。泳ぎを思い出して上手になりそうな気配もありません。ただ、このお話が、当時ドンマイな頑張りをしてくれた母、いわれの無いことで人の注意を引いてしまった私、背中を見せないように頑張ってきた思春期の私が、ばーーーーーーーっと光の方向へひっくり返ったのは事実なのでした。もともと私は、おかしなことを言ったりやったりする割りに、スピに懐疑的な部分も持っています。科学的には今のところ説明のつかない経験も、人並み程度にはありますが、それでも、心のどこかは引っ張られすぎないように、とブレーキをかけています。しかし、スピ的な物事の考え方は、非常にポジティブに、ある時にはクールに物事を対処できるようになる一面を持っていると思います。結局、ポジティブにあるいは淡々と、元気に生きていくには、どんなツールも楽しくこなせば良い訳で、他人に迷惑がかからないなら、どんどんエンジョイするに越したことは無いのだな、と思います。ナントカとハサミは使いよう。そう思います。
2010.11.13
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