ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2007.04.02
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カテゴリ: 国際政治



 1982(昭和57)年4月2日

 フォークランド諸島は、イギリスとアルゼンチンが
 かねてから、領有をめぐって争っていたパタゴニア沖
 400kmの海上に浮かぶ群島です。
 この地は、西欧諸国による世界の植民地化が進行する
 過程にあった1833年に、当時最大の植民地大国だった
 イギリスが領有を宣言して、植民地とし、以後ずっと
 領有し続けておりました。

 独立時に、当時の宗主国スペインから継承した固有の
 アルゼンチン領だと主張して譲らず、両国の主張は真っ向
 から対立していました。
 しかし、この時まで両国の軍事衝突はなかったのです。
 それが一転。この日武装した2000人のアルゼンチン軍が
 同諸島を攻撃、79人のイギリス軍警備隊を降伏させ、同島を
 武力で占拠したのです。

 イギリスは直ちにアルゼンチンに撤退を要求、拒否されると
 武力による奪還を決定、アルゼンチンとの国交断絶を宣言します。
 アメリカとペルーによる調停工作も失敗し、本格的に戦闘が

 イギリス軍は、空母を含む40艘の大艦隊で周辺海域を封鎖し、
 制空権をも確保した上で、同諸島のアルゼンチン軍を総攻撃、
 6月14日に、アルゼンチンの同島守備軍が降伏して戦闘は
 終了しました。アルゼンチン側死者712人、イギリス側死者
 225人を数えた戦争が終結しました。

 無謀な戦いに突入したのかが、問題になりますが、この点は
 当時アルゼンチンが軍事独裁政権下で、極度の経済不振に悩まされて
 いた(第2次オイルショック不況下で、債務危機に陥っていました)
 ため、内政の失敗を固塗するために、冒険主義的行動に走ったものと
 考えられています。結果は失敗の上塗りに終り、かえって民政移管を
 早める結果になりました。

 しかし、アルゼンチンに近く、イギリスからは遥か彼方の地にある
 フォークランド諸島の領有に、何故イギリスが拘り、巨額の軍事費を
 負担し続けるのかには、疑問が絶えません。欧米諸国はイギリスの
 行動を支持しましたが、中南米をはじめとする多くの国々や国際世論は、
 次第にアルゼンチンを支持するようになってゆきました。

 そして見逃してならないのは、戦争は政治家の決断によって起こり、
 軍幹部が戦闘計画を練り、その上で前線の兵士達が戦い、傷つき、
 恐怖をあじわい、次第に人としての尊厳を傷つけられ、人格を破壊
 されてゆくという現実です。
 この戦いでも、生還した兵士の多くが、イギリスでもアルゼンチンでも
 戦争のトラウマに悩まされ、精神疾患による自殺者が現在に至るも継続し、
 戦死者数を上回っているという現実があります。
 戦争はやってはならない。戦争に道を開くような方向に政治が動くことは、
 厳しく国民がチェックしなければならない、私は常にこう考えています。





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最終更新日  2007.04.02 12:11:05 コメントを書く


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